メニュー読書室レビュー集千葉茂樹レビュー集


北海道新聞 2003年10月    掲載紙から   トップ

★幼児

おしっこぼうや
ウラジミール・ラドゥンスキー 作
木坂涼 訳
セーラー出版 1500円


 最近はテレビCMでも活躍の小便小僧ですが、ベルギーのブリュッセルに立つ愛らしい銅像にこんないわれがあったなんて、ちっとも知りませんでした。
 美しいちいさな町で、両親に愛されて幸せに暮らすちいさなぼうやに、ある日とつぜん不幸がおそいかかります。戦争がはじまったのです。町からはたちまち笑い声が消え、美しかった町も、人の心もすっかりすさんでしまいます。姿を消してしまった両親をさがして、ぼうやは暗い町をさまよいますが、返事はありません。すっかりおびえるぼうやですが、おしっこばかりはがまんできない! そこで、へいの上からぼうやがおしっこをすると……。
 コラージュを駆使した鮮やかな色使いの絵で、平和を願うぼうやの心模様をくっきり浮かび上がらせます。

ランスロットとパブロくん
たむらしげる 作
偕成社 1000円


 ロボットのランスロットの幸せな一日をえがいた絵本です。朝、気持ちよく目覚めたランスロットはのんびり朝ごはんを食べているときに、くまのパブロくんと釣りにいく約束をしていたことを思い出します。そこで釣り道具をさがしはじめるのですが、さがしているうちに自分がなにをしているのか忘れて、ひとり遊びに夢中に。待ちくたびれたパブロくんがやってきたのは、もう暗くなってから。
 そこで今度は天体観測をすることにしたのですが、望遠鏡をさがしにもどったランスロットはまたしても……。
 こんなにマイペースで生きていけるなら、毎日が楽しくて幸せだろうな。でも、いちばん幸せなのは、そんなランスロットをあたたかく受け止めてくれる友だちがいることなんだよね。


★低・中学年

ぼくはきみのミスター
トーマス・ヴィンディング 作 ヴォルフ・エァルブルッフ 絵
小森香折 訳
BL出版 1300円


 犬を飼っている人、飼ったことのある人にはきっとわかってもらえると思うのですが、犬と人とは確かに会話が交わせます。でも、その会話をこんなにも自然にとらえた文章は、今まで読んだことがありません。犬の行動や仕草の裏にある心理までが、手に取るようにくっきりと描写されています。しかも、楽しくユーモラスに。
 ある日とつぜんやってきて、いっしょに暮らしたいと申し出る犬のミスターと「わたし」とのやりとりだけでも面白いのに、「わたし」がミスターに語って聞かせてあげる十編ほどのお話がまた絶品。一粒で二度おいしいとはまさにこのことです!
 お子さんのおやすみまえに、毎晩すこしずつ読み聞かせてあげるにはもってこいの作品です。

わがままガールズ
花形みつる 作 藤田裕美 絵
佼成出版社 1300円


 子どもの頃、女の子たちの友だち関係というのはとても不思議なものに見えました。仲がいいのだとばかり思っていた子どうしが、裏では悪口をいいあっていたり、学校では口もきかないのに、一歩外にでると大親友にはや変わりする子たちがいたり、グループごとに強力なバリヤーがあってバチバチと音を立てそうなほどだったり。
 どうやら、単細胞の男子にははかりしれないナニカがあるらしいと、ときに恐怖さえ感じながら見入っていたものです(大げさ)。
 四人の女の子の複雑な友情(?)を軽妙なタッチで描いた本書を読んでいて、そんな女の子の友だちづきあいの真実を垣間見たような気がしました。ちょっと手遅れだけど。個人的には女の子たちの気まぐれに翻弄されるマツオくんに心から同情しますです!


★高学年以上

妖怪アパートの幽雅な日常
香月日輪 作
講談社 950円


 両親を早くになくした夕士は、高校入学と同時に伯父の家を出て寮に入る予定でした。ところが寮が火事で焼けてしまい、しかたなく古いアパートに入居することになるのですが、このアパートが変なんです。超のつく変人ぞろいなばかりでなく、出るんです、幽霊や妖怪がうじゃうじゃ!
 きっと、そんな「住人たち」との一風変わった毎日をおもしろおかしく描いたナンセンス物なんだろうと、この本に手を出さなかった人は損をします。社会に出て行く若者たちに向けて熱い熱いメッセージのこめられた、近頃珍しいほど、剛速球の直球ど真ん中青春小説なのです!
 こんな設定でどうして? と思ったあなた。とにかくだまされたと思って読んでみて。きっと、あなたの胸も熱くたぎるはず。

ぼくは生きている
テリー・トルーマン 作
藤村裕美 訳
東京創元社 1200円


 十四歳のショーンは生まれたときからの脳性麻痺で一切の筋肉を自分でコントロールすることができません。自分の意思を伝える手段を一切持っていないのです。声を発することはもちろん、指を動かすことも、まばたきで信号を送ることもできません。しかし、まわりの誰一人知らないことなのですが、彼には正常な知能や感情、その上並外れた記憶力もあるのです。
 一切の意志伝達手段を持たない人物の手記、つまり、彼の頭の中だけに存在するものを読んでいるという不思議な感覚は常につきまとって離れません。その感覚があるからこそ、父親が自分に殺意を抱いているという疑念が引き起こす恐怖やさまざまな思いは、胸苦しいほどまでに読むものに迫るのです。濃密な文学体験をしちゃったなあと、読後しばし、茫然。


北海道新聞 2003年7月    掲載紙から   トップ

★幼児

あかちゃんのおさんぽ 2
いとうひろし 作
徳間書店 1300円

 にこにこ顔のあかちゃんが、ひとりでずんずんお散歩してます。最初に出会ったのはくもさん。あかちゃんもまねをしてくもの巣を作ってみたら……。
 次に出会ったのはあまやどりちゅうのかえるさん。あかちゃんはかさにいれてあげてぶじに家まで送ってあげるのですが……。
 子どもの大好きな単純なくりかえし絵本の一種といってもいいのかもしれませんが、やっぱり変だぞ、いとうひろし!(毎度のことながら、「変」はほめことばです)
 わが家の子どもたちはみんな大きくなってしまったので、試していないんですが、小さな子どもたちならきっと、ウキキと笑って受けいれるんだろうな。みなさん、ぜひとも試してみて反応を教えてください!
 もちろん 1 も出てます。

もりのがっしょうだん
たかどのほうこ 作 飯野和好 絵
教育画劇 1300円


 森の守り神さまにささげる合唱曲を歌うために別々の学校から選抜されたクマ、キツネ、アナグマ、ハリネズミの四ひき。なかよくなった四ひきは、毎回帰りにちょっと道草をして、それぞれの学校の先生の話題で盛り上がります。
 いずれも強烈に個性的な先生の話をきいたハリネズミは、やさしくておだやかなヤサシヴィッチ先生のことをそのまま話すことができません。あろうことか、イガグリしゅりけんを飛ばしまくるめちゃくちゃきびしいメチャノヴィッチ先生だ、なんていってしまうのです。場を盛り上げるためだもん、しかたないよね。
 でも、自分のうそに耐えられなくなってしまったハリネズミは、本番の前夜に森の奥の「おゆるしづか」へお参りすることにしたのですが……。
 森にこだまする四ひきの晴れやかな合唱、きいてみたいなあ。芸術の森あたりでどう?


★低・中学年

ズームアップで発見
ガリレオ工房 編 伊知地国夫 写真 滝沢美絵 文
大月書店 1800円


「びっくり、ふしぎ 写真で科学」という科学絵本シリーズの一巻目です。
 見開きの左ページには、とってもきれいで、それでいてなんだか不思議な模様の写真が大きく映し出されています。そして右ページでは、その模様の種明かしが。いずれもが、あるものの一部分を大きく拡大したものなんですね。身の回りにあるなんてことないあれやこれが、宇宙に見えたりぎっしりの宝石に見えたり、ほんとに不思議。
 欲をいえば、せっかくなのでそれぞれの拡大率も表示してほしかったな。
 巻末のズームアップ撮影の仕方を参考にいろいろチャレンジしてみれば、すてきな夏休みの自由研究になるかも!
 全六巻になるということで続刊も楽しみです。

私たちはいま、イラクにいます
シャーロット・アルデブロン 文 森住卓 写真
講談社 1200円


 アメリカの世論調査で、ヒラリー・クリントン氏が大統領にふさわしいかという設問がありました。答えはイエスとノーが拮抗。ノーの理由の半分以上が、「彼女は賢いから」。多くの人は大統領に知性を求めていない! なるほど、ならば現大統領はうってつけ。
 本書は、イラク戦争の直前、アメリカのある平和集会で読み上げられた十三歳の少女が自ら書き上げた非戦のメッセージです。イラクへの爆撃が子どもたちにどのような悲惨な結果を与えるかを、くっきりと浮き上がらせた心揺さぶるメッセージです。
 知性も想像力も著しく欠如した大統領がいる国の、ひとりの少女の勇気ある声に耳をかたむけてください。イラクの子どもたちの瞳の輝きを見てください。


★高学年以上

夜中に犬に起こった奇妙な事件
マーク・ハッドン 作
小尾芙佐 訳
早川書房 1700円


 自分の想像力をいくら駆使しても見ることのできないような世界を垣間見ることは、読書のよろこびの大きな要素のひとつです。でも、そんな世界は魔法やファンタジーの国ばかりにあるわけではありません。
 本書の語り手は、近所の犬に起こったある事件の謎を解こうと決心した少年。彼は事件の真相に迫ろうと、日常のささやかなことにまでていねいに目を配りながら記録を重ねていきます。そして、そのありふれているはずの日常が、彼の目を通したとき、実に新鮮で不思議な世界に見えてきます。彼は自閉症の一種、アスペルガー症候群という障害をもっているのです。
「捜査」を進めるうちに、知らない方が幸せだったかもしれない事実をも知ってしまうクリストファーですが、勇気を持って前進する姿には思わず拍手を送りたくなります。

星野道夫物語
国松俊英 作
ポプラ社 1400円


 子どもの頃から、伝記を読むのは好きではありませんでした。伝記に書かれた人物の大半は、そもそもどんなことをしたのかろくに知らない人ばかり。ただ立派な人の生き方を読んで学べなんていわれても、お説教されているようにしか感じません。
 しかし、自分がすごいと思う人、関心を持っている人となれば話は別。なんでも知りたい! そういう意味ではすばらしい写真やエッセイを残してくれた星野道夫さんの生涯を教えてくれる本書は待望の一冊といえます。
 偉大な仕事を成し遂げるには、強い意志と実行力が必要なことをつくづく感じました。その作品もさることながら、出会った人の誰もが魅了される、朴訥でやさしい星野さんの姿が浮き彫りに。一度お目にかかってみたかったなあ。
 近々、札幌でおこなわれる「星野道夫の宇宙」展、絶対見逃せません。


北海道新聞 2003年4月    掲載紙から   トップ

★幼児

ロンパーちゃんとふうせん
酒井駒子 作
白泉社 1200円

 子どもの本を書く際、登場する子どもに、その年齢にふさわしい思考をさせ、年頃に見合った違和感のない行動や言葉づかいをさせるのは、当然といえば当然なことなのですが、実はこれがすごくむずかしい。文章で書き分けるのもむずかしいのですが、絵本となるとさらに難易度はあがります。
 ところが、この絵本、完璧なんです。ちょっとした仕草や表情、体重移動のバランス感覚といった細かい点まで、目の前でロンパーちゃんを見ているように生き生きと動いているのです。
 そして、ふうせんを手に入れて友達になったよろこびや、手元から離れてしまったときの悲しさなど心の動きも、見ている者の胸をしめつけるほど見事に描かれている!
 この観察力、描写力、ただものじゃありません。

ともだちからともだちへ
アンソニー・フランス 作 ティファニー・ビーク 絵
木坂涼 訳
理論社 1300円


 いやなことがあって落ち込んでるとき、理由もなく、なぜだか元気が出ないとき、そんなときに一通の手紙に救われたという経験、ありませんか? 手紙にはそんな力がありますよね。
 クマネズミが受け取った差し出し人のわからない手紙にもそんな力がありました。朝起きても顔も洗わず、パジャマを着たまま何日もふさぎこんでいたクマネズミは、一通の手紙をきっかけに、久しぶりに外に出かけていきます。
 その手紙をくれた相手をさがしに出たのですが、いろいろな友達と顔を合わすたびにどんどん心のなかの霧が晴れていくよう。
 暖かくやさしい色使いの絵本で、読む人の心もきっとぽかぽかになるでしょう。
 今春、遠くに巣立っていった娘にも、ときどき手紙を書いてあげようっと。


★低・中学年

ヘンリー フィッチバーグへいく
D.B.ジョンソン 文・絵
今泉吉晴 訳
福音館書店 1200円


 後世に多大な影響を与えた歴史的名著『森の生活−ウォールデン』の一節にヒントを得て書かれた絵本です。そう、主人公のクマのヘンリーは、『森の生活』の著者、ヘンリー・デイビッド・ソローの分身なのですね。岩波文庫では上下2巻、その中のほんの一ページ余のエピソードなのですが、読んでから15年以上たつわたしも印象深く覚えていた箇所でした。
 ようやく鉄道が敷かれはじめたばかりの150年も前に書かれた本が、いまでもこうして文明というものの本質について考えるきっかけを与えてくれるのですから、すごいことです。
 といっても、決してコムズカシイ作品なんかじゃありません。モダンで暖かみのある絵とシンプルな文章の楽しい絵本でもあるのです。

クー
森山京 作 広瀬弦 絵
ポプラ社 900円


 誰にでも、思い出に残るぬいぐるみがあるのではないでしょうか? わたしはいまでもクマのボッコのこと、忘れられません。わが家の子どもたちにも、それぞれいつも一緒に寝ていたお気に入りのぬいぐるみがありました。
 ぬいぐるみが子どもの心をとらえて離さないのは古今東西を問わないようで、クマのプーさんを例にだすまでもなく、子どもとぬいぐるみをめぐる児童書は数え切れないほどあります。ここにまた1冊、素敵な本の登場です。
 なかよしのアヤとハルナの友情物語であり、真っ白なクマのぬいぐるみ「クー」をめぐる三角関係(?)の物語であるともいえるかもしれません。子どもにだって愛憎入り乱れる感情や嫉妬心はありますもんね。ぬいぐるみを手放せない現役の子どもも、かつての子どももせつない気持ちになるでしょう。


高学年以上

バドの扉がひらくとき
クリストファー・ポール・カーティス 作
前沢明枝 訳
徳間書店 1600円


 父を知らず、母親にも病気で先立たれたバドは施設と養子先をいったりきたり。あるとき、ひょんなことからどちらにも帰るに帰れなくなってしまい、古びたトランクひとつを手に父親探しに旅立ちます。大恐慌で町はすさみ、しかもバドは黒人。怖い目にもあいますが、いきずりの人たちの親切も身にしみます。
 父と信じるジャズ・バンドマンのところについにたどりついたバドですが、むっつり屋のハーマンは本当に父親なのでしょうか? 告白すると、げらげら笑いながら最後は涙でぐちゃぐちゃになってしまいました。大傑作です。
 それにしても、デビュー作が以前この欄でも絶賛した『ワトソン一家に天使がやってくるとき』(くもん出版)で、2作目がこの作品なんですから、才能に恵まれた人って本当にいるんだなあと感服。

ナタリーはひみつの作家
アンドリュー・クレメンツ 作
田中奈津子 訳

講談社 1500円

 12歳の女の子ナタリーは本が大好き。読むだけじゃなく、自分で物語も書いています。そのできばえは学校の先生も絶賛のプロ並みです。ナタリーのお母さんは、出版社で子どもの本を作っている編集者。ナタリーは自分の作品をお母さんの手で本にしてもらいたいと思います。でも、ひいきをされたり、偏見をもたれるのはいや。そこで、ペンネームを使い、自分だとわからないように、親友のゾーイとともに周到に作戦を練って実現を目指します。
 ナタリーとゾーイのやりとりは軽快で楽しいし、事故で父親を失い、母子ふたりで懸命に生きる姿にもほろりとさせられますが、なんといっても、出版作戦がすごく本格的! 元編集者の私も舌を巻きました。作家を目指している人や、出版の世界に興味を持つ人も、ぜひ注目!


北海道新聞 2003年1月    掲載紙から   トップ

★幼児

水のかたち
増村征夫 文・写真
福音館書店 667円

 雨、露、霜など、さまざまな姿で自然界に存在する水の一瞬一瞬をとらえた、それはそれは美しい写真絵本です。ほとんどが信州で撮影されたもののようですが、北海道でもなじみの現象がたくさんあって、うれしくなります。
 北海道に来た当初は雪の結晶のあまりもの美しさにうっとりして、なんとか写真におさめようとがんばったこともありましたっけ。久しぶりにカメラのほこりを払って、また挑戦したくなりました。
 それにしても水がこんなにも多様な形を見せることには驚かされます。神秘的といってもいいぐらい。圧巻は「雨氷」という現象。木に降りかかった雨粒がそのまま凍って、何百何千という小さな太陽のように輝いているのです! こんな場面を目にしたら、やっぱり叫んじゃうでしょうね。「うひょうー!」って。

キング牧師の力づよいことば
ドリーン・ラパポート 文 ブライアン・コリアー 絵
もりうちすみこ 訳
国土社 1500円


 アメリカの人種差別撤廃のために立ち上がり、徹底した非暴力の思想を貫いて、ついには「夢」を実現するマーティン・ルーサー・キング牧師の生涯をえがいた大判の絵本です。
 インドに独立をもたらしたガンジーの非暴力主義に感銘を受け、その方法を学んだキング牧師ですが、「ことば」には暴力以上の力があることを強く信じた人だったことがよくわかります。ことばには人を、そして、社会を動かし、変えていく力があるということを。
 この絵本の読み聞かせを通して、キング牧師の力強いことばを、ぜひともあなたの声で子どもに伝えてあげてください。
 コラージュを駆使した迫力ある絵も、この作品にさらなる力を与えています。


★低・中学年

2年1組ムシはかせ倉田ごろうくん
那須正幹 作 はたこうしろう 絵
ポプラ社 900円


 ごろうくんは昆虫に夢中。いつも虫のことばかり考えています。くわしいだけではなくて採集も得意です。なのに、そんな楽しみを共有できる友だちがいなくてちょっとさびしい。ところがある日、もっと本格的で、もっとくわしいお兄さんと出会うことになります。
 年のはなれた二人ですが、虫を仲立ちにかけがえのない親友になっていきます。ふたりの幸せな時間がいつまでもつづくことを願わずにはいられません。昆虫採集の豆知識もいっぱいつまっていてガイドブックにもなるかも。
 朝早く、そっと家を抜け出し、朝露に足をぬらしながら、秘密の林に駆けこんでクワガタやカブトムシをとり、そのままラジオ体操の会場に出かけて行く、そんな子ども時代の夏休みがあざやかによみがえりました。

このすばらしい世界
山口タオ 文 葉祥明 絵
講談社 1300円


 なんだかとても不思議な作品です。そもそも、中央アジアの草原で出会ったロバから聞いた話だというんですから。
 そのロバが若かった頃のある日、空から人間が降ってきました。だぶだぶの変な服を着たその人間と、ロバとのつかのまの会話、それがこの作品のすべてです。
 その人間はロバに問いかけます。「どうして地球は青いんだろう?」と。地球が青いということも、その理由もロバにはわかりません。それどころか、その人間以外に、地球が青いことを知るものはまだ誰一人いなかったのです……。
 突拍子のないと思われた物語が、ある歴史的事実と重なるとき、やられた! という思いとともに、あたたかい感動がじんわりと広がります。でもやっぱり不思議な感覚は残るんですけどね。


高学年以上

ホワイト・ピーク・ファーム
バーリー・ドハーティ 作
斎藤倫子 訳
あすなろ書房 1300円


 イングランド中部の美しい田園地方の農場を舞台にしたある家族の物語。穏やかな季節のうつろい以外には、なにひとつ変わるものなどないかに見えたタナー家にもさまざまな変化が訪れます。
 別れ、出会い、いさかい、巣立ちなど、どこの家族も乗り越えていかなければならないことなのですが、代々守りぬかれてきた農場の主として、父親にはなかなか受け入れられないことばかり。
 夢にむかって意思を貫こうとする子どもたちとの溝は深まります。お互い愛情を抱いているのにね。いちばん強く見える父親が、変化を恐れるあまり、いちばん弱さを抱えた人間なのかもしれません。しかし、その弱さを認め、頑なさがほぐれるとき、家族の絆は一層固くなるのです。

ニューヨーク145番通り
ウォルター・ディーン・マイヤーズ 作
金原瑞人・宮坂宏美 訳

小峰書店 1500円

 一方こちらは、対極ともいえるニューヨークのハーレムの街角を舞台にした物語。
 人種差別は根強くあるし、生活は楽じゃない、ときには流れ弾に当たって子どもが死んでしまったりもする。麻薬に手をだすやつだっている。でも、この街には、生き生きとした活力があります。他人を思いやる人情もあります。
 人々の生活の断片を切り取った短編を連ねたこの本は、そのままひとつの街のようです。そして、その本を読んでいる自分も、その街に暮らしているような気がしてきます。
 だから、いまも、キティとマックは幸せになったんだろうか、マザー・フレッチャーは元気かなあ、ビッグ・タイムは少しはましな生活をしてるんだろうか……と登場人物たちのその後が気になってしょうがないのです。


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