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やまねこ翻訳クラブ レビュー集

オランダ作品レビュー集(1/5)


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「やじるし」by Hiroyuki Inagaki

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『調子っぱずれのデュエット』 バルト・ムイヤールト作 西村由美訳
くもん出版 1998年

Duet Met Valse Noten by Bart Moeyaert
1983,1996, Uitgeverij Averbode Lltiora N.V.

 ランダーは転校生のリセロットにひと目ぼれ。リセロットもランダーが好きになっ
た。授業中に視線をかわしあい、放課後はいつも一緒におしゃべりをしたり、勉強を
したり。恋をするふたりにとって、毎日は夢のように楽しく、なにもかもが輝きに満
ちていた。
 ところが、ささいなことでふたりの気持ちがすれ違い、リセロットは別の男の子を
学校のダンスパーティに連れてきた。かっとなったランダーが、リセロットを責め
る。そして、リセロットがランダーから走り去ろうとしたとき、悲劇は起きた……。
 十代の恋人たちを描いた清々しい作品だ。はじめての恋に胸を高鳴らせるふたりの
喜びが、きらきらとまぶしい。出会いのときの予感、はじめての唇の感触、ひとりの
異性をどうしようもないほど好きだと思う気持ち――読者の誰もが経験した、あるい
はこれから経験する、甘く切ない心の動きや、やさしい肌ざわりが、細やかに、みず
みずしく描かれている。
 突然の悲劇は、光あふれる日々を暗黒の雲で覆い、ふたりの運命を大きく変えた。
若い恋人たちの未来がどうなるのかはわからない。けれども、このふたりならば、悲
しみも苦悩もきっと乗り越えていくことだろう。雲の切れ間から、太陽がうっすらと、
だが間違いなくふたりを照らしているのだから。

 作者バルト・ムイヤールト(1964年ベルギー生まれ)は、現代オランダ語文学を
代表する作家のひとり。本作品は作者が16歳のときに書き上げられたもので、刊行後
10年以上たった今日も若い読者の支持を得ている。

(柳田 利枝)

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『ハンナのひみつの庭』 アネミーマルフリート・ヘイマンス文/絵 野坂悦子訳
岩波書店 1998年

DE PRINSES VAN DE MOESTUIM by Annemie and Margriet Heymans
1991, Em. Querido's Uitgeverij B.V.

 もしも家族のだれかが死んでしまったら、残された者はその悲しみをどうやって乗
り越えていくのだろう。ママを失ったハンナの一家は、それぞれが、母や妻の不在を
受け止めかねていて、家のなかはどこかギクシャクしていた。「ひみつの庭」へのハ
ンナの家出をきっかけに、家族は自分たちの絆を再確認していく。
 死という深刻な問題を扱っているが、パステルと鉛筆を使った心暖まる絵とユーモ
アが散りばめられた文章のおかげで、作品に重苦しさは感じない。ママの愛した庭で、
ハンナのかたくなな心は解き放され、家に残った弟は、姉思いの少年に成長していく。
そして、ついには、傷ついたパパも……。名作『秘密の花園』の現代版ともいえる、
子どもたちの成長と家族愛をテーマにした物語である。
 絵本にしては文章がかなり多い作品だが、作者は、あえて読み物ではなく絵本とい
う形式を選んだのだろう。絵も文章も、左ページは家にいる弟の視点から描かれ、右
ページは「ひみつの庭」にいるハンナの視点から描かれている。家族の心が少しずつ
近づいてくると、ハンナの庭に弟やパパがやってくる。お話と絵の両方で表現するこ
とで、読み物とは一味ちがう立体感を作り出しているのだ。

 作者のヘイメンス姉妹は、二人ともオランダを代表する絵本作家。この作品は、二
人が見開きの左右で絵を分担して手がけた絵本。でも、そういわれなければ気付かな
いほど画風を合わせている。

(河原まこ)

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『ひみつの小屋のマデリーフ』 フース・コイヤー作 野坂悦子訳 
国土社 1999年

KRASSEN IN HET TAFELBLAD by Guus Kuijer
1978, Em. Querido's Uitgeverij B.V.
                                       
 マデリーフのおばあちゃんが亡くなった。でも、マデリーフはおばあちゃんの事を
あまり知らないので涙が出ない。かあさんも泣かない。おばあちゃんはどんな人だっ
たの?

 少女マデリーフの視点で書かれたこの物語から見えてくる「女性の人生」に、気持
が大きく揺さぶられる。
 おばあちゃんの事が知りたくて周りの人を質問ぜめにするマデリーフ。その質問に
誰もがすらすらと答えてくれるわけではない。とりわけうまくいってなかった、かあ
さんの口は重く、つれあいを亡くしたばかりのおじいちゃんの言葉も少ない。その数
少ない言葉をつなぎあわせていくと、おばあちゃんの人生がみえてくる。大好きな人
と一緒に暮らすことと、夢をかなえていくことを同時に進行させようとする意欲、未
来に対する希望、それらは、自分以外の他人と<家族>をつくっていくことの大変さ
によってあきらめに変わる。その変化が娘(かあさん)に与えた影響は大きい。
「人はどうやったら幸せになれるのだろう」訳者が感じたこの問いの応えはおばあち
ゃんとおじいちゃんの最後の会話にあると思う。私には幸せだったと聞こえた。

作者フース・コイヤー(1942年アムステルダム生まれ)は、マデリーフを主人公にし
た作品を五作発表している。この物語は四作目にあたり、「金の石筆賞」を受賞した。

(林 さかな)

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『たのしいゾウの大パーティー』 パウル・ビーヘル作  大塚勇三訳
バブス・ファン・ウェリ絵  岩波書店  1980(1992再版)
Het Olifantenfeest by Paul Biegel
1973, Uitgeversmaatschappij Holland-Haarlem
                                       
「タララタタ!」村にサーカス団がやってきて、お披露目パレードが始まった。最後
尾には、本物と同じくらい巨大な灰色のゾウが台車の上でぐらぐらゆらゆら。パレー
ドが広場の真中で止まると、千人もの人が見守る中、サーカスの団長は大声で、明日
の朝ゾウの大パーティーが始まることを告げた。そのために、おかあさんたちは木イ
チゴのプディングをなべいっぱい作り、子どもたちは今すぐ寝なければならなくなっ
た。はてさて、一体何が子どもたちを待ち受けているのか?
  本書は、1973年にオランダで出版された全21編の短編集の中から6編を収録したも
ので、1980年に〈岩波ようねんぶんこ〉の一冊として刊行されたものの再版である。
表題の「たのしいゾウの大パーティー」は、ささいなことにワクワクしていた子供時
代を思い出させてくれる。絵も非常に魅力的で、スプーンを持った子どもたちがピン
ク色のゾウを囲む表紙からは木イチゴの香りが立ち込めてくるようだし、子どもたち
がサーカスの行列を追いかける挿絵からは音楽やざわめきが聞こえてくるようだ。
  この他の収録作品には、お金がなくなるたびに家のものを売って暮らす中、常に楽
しみを見出していくおばあさんの話(「世界でいちばんきれいな家」)や、足を悪く
して寝たきりの少女がベッドの中で作る不思議な紙細工の話(「紙の宮殿」)などが
ある。どの作品も楽しく読みながら深く考えさせられるものばかり。この短編集は、
老若男女を問わずおすすめできる一冊だ。

 作者パウル・ビーヘルは、1925年オランダのブッサムに生まれる。「おとぎ話の語
り手として読者の心を動かす技を心得た、『世代を超えた文学』の書き手」と高い評
価を受けており、その作品はこれまでに20カ国以上で翻訳出版され、数多くの賞を受
賞している。

(海野 祥)

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『うんがにおちたうし』 フィリス・クラシロフスキーピーター・スパイアー絵 みなみもと ちか訳 ポプラ社 1967年

THE COW WHO FELL IN THE CANAL by Phyllis Krasilovsky
Illustrated by Peter Spier
1953,1957 Coubleday & Company,inc.
                                       
 牛のヘンドリカは、見渡す限りひらべったい畑の中で暮らしていました。ホフスト
ラおじさんは、白くて濃いミルクを出すヘンドリカを大切にしてくれて、「たくさん
おあがり」といつも草をいっぱいくれます。ヘンドリカはおじさんを喜ばせてあげよ
うと一生懸命食べていました。でも、本当はヘンドリカは不幸せだったんです。だっ
て、毎日同じ景色を見て、草ばかり食べている生活にはもう飽き飽き。町へ小船で行
ってみたい、なんて思っていましたから。そんなある日、ヘンドリカは誤って運河に
落ちて、流れてきた木の箱に乗り、あこがれの町へ行くことができたのです。町は何
て素晴らしい、と走り回るヘンドリカ。やがて、大勢の人でにぎわう広場にやってき
たヘンドリカは……。

 つぶらな瞳が可愛いヘンドリカ。草を食む姿は、いかにものんびりしています。そ
のヘンドリカが不幸せ? 不思議に思う気持ちと、これから何が起こるのだろうとい
う期待から物語の中へ引き込まれました。そして、偶然もたらされた冒険。ヘンドリ
カだけでなく、読者もはらはら、やがてわくわくすることでしょう。また、丹念に描
かれた絵は、お話だけでなく、オランダの美しい風景や町の人々の暮らしぶりを伝え
てくれて、読者の目を楽しませてくれます。

 作者クラシロフスキー(1917年生まれ)はアメリカ人。オランダをヒッチハイクし
た時の経験からこの作品を書きました。
 画家のスパイアー(1927年生まれ)は現在はニューヨークに住むオランダ人。1953
年ごろアメリカに渡ってから子供の本を書くようになりました。この作品では自分の
幼いころに住んでいた村をモデルに絵を描いたそうです。
 

(松田 貴子)

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『マタビアは貝のおまもり』マリオン・ブルーム作・挿し絵 野坂悦子訳
 岩波書店 1997年 218pp

MATABIA of een lange donkere nacht by Marion Bloem
1981,1990, Uitgeverij Leopold, Amsterdam
                                       
 子どもにとって留守番はこわい。夜には、なおさら。
 今夜、シルの父さんと母さんは外に出かける。「もう大きくなったから、大丈夫ね」
と母さんに言われ、家に残ったのは、シルと小さなきょうだいの3人だけ。シルは眠
れない。強盗が入ったら? 火事になったらどうしよう? 不安な気持ちはどんどん
ふくらむ。楽しいことを考えよう。親友イリスと隠した秘密の宝物、大好きな男の子
ウェルナーが聴かせてくれた不思議な歌……。う〜ん何だか、お腹が空いてきた。母
さんがしまっておいたお菓子を一口食べたら、もう止まらない。なんておいしいの!
 ところが夜がふけてくると、お化けや幽霊のことを考えてしまった。これだけは、
避けたかったのに。壁の模様が気味の悪い虫に見える。陰に悪霊がひそんでいるよう
な気配までする。そうだ、おまもりがあったんだ。ウェルナーのくれた、インドネシ
アの「マタビア」という巻き貝のふた。あれさえあれば……。

 シルたちは、インドネシアからオランダに渡って来た、移民の家族だ。シル自身は
オランダで生まれ、インドネシア語すらわからない。だからかえって、眠れぬ夜の空
想は、まだ見ぬ故郷への憧れでいっぱいになるのだった。両親やいとこたちから聞い
たインドネシアの歌や踊り、奇妙な薬や魔術の話……。この物語がオランダ的という
よりむしろ、アジアの雰囲気を濃く伝えているのは、このあたりの描写がとてもリア
ルだからだろう。シルの連想はさらに、自分自身の生きることへの希望や恐れへと、
途切れることなく続く。シルの思いはいったい、どこまで行くのだろうか。

 作者マリオン・ブルームは1952生まれのインドネシア系のオランダ人。本書は自
らの体験にもとづく自伝的な作品だ。多数のイラストもブルーム自身が描き、インド
ネシアの雰囲気をよく伝えている。絵にそえられたユーモラスな文章は、本文をふく
らませ、作品をさらに楽しいものにしている。

(中務秀子)

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Updated: 2000/10/31

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