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やまねこ翻訳クラブ レビュー集

今月のおすすめ(99年3月)


『オーブンの中のオウム』

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  『オーブンの中のオウム』

     Parrot in the Oven

   ヴィクター・マルティネス/作 さくま ゆみこ/訳
   講談社 YOUTH SELECTION 1998.11 

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 *表紙の画像は、出版社の許可を得て使用しています。

 

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 メキシコ系アメリカ人(チカーノ)の少年マニー。4人きょうだいの3番目。人種という壁に立ちふさがれ、期待は常に裏切られる。14歳の主人公は、あきらめることが生きる術という状況を、ただ黙って受け入れざるをえない。

 父親は無職で酒びたり。母親は夫に失望を感じながらも、家族としての絆をたち切れず、家中、塵一つない状態に磨き上げることで、精神のバランスを保っている。

 前半は、両親の葛藤、仕事が長続きしない兄の姿、周囲との関わりなどを通し、チカーノの身にふりかかる貧困、差別、暴力が語られる。マニー達は、不法労働者ではなく、あくまでも国策にのっとった、合法的な移民である。もちろん、ぎりぎりの暮らしにはちがいないが、最低とは言い難い。父親は、生きることを完全に投げ出してはいないし、斜に構えたような兄にしても、心の動揺が見え隠れする。そのあたり、一見まるで異なった環境に育つ日本のヤングアダルト達との共通項が輪郭をあらわす。そして後半、姉の身に起きた悲痛な出来事から、マニーや家族は少しずつ変わっていく。

 いくつものエピソードが織りこまれており、それぞれに重い問題をかかえているが、著者は登場人物をあまり深く追いかけようとしない。その突き放し加減は、読者との距離を保ち、なかなか縮めさせない。

 作者のヴィクター・マルティネス自身も、チカーノと呼ばれるメキシコ系アメリカ人。詩人で小説は1作目。マルティネス自身の経験が各章に映し出されている。全体に詩のようなリズムが流れており、最後まで読み手を引きつける。依然、人種問題を解決できないアメリカにあって、着実に力を持ちつつあるチカーノの存在を深く印象づける作品。1996年、全米図書賞に新しく設けられた「若者の文学」部門、第1回受賞作。

 自分を信じること、自分に誇りを持つこと。差別の中で、否定され、見失ってしまったものを見つけ出そうとする、家族の物語である。(大原慈省) 

【作者】

Victor Martinez(ヴィクター・マルティネス):カリフォルニア州フレズノに、12人きょうだいの4番目として生まれ育つ。メキシコ系アメリカ人。カリフォルニア州立大学を卒業後、スタンフォード大学で創作を学ぶ。農作業員、溶接工、トラック運転手、消防士、教師など、様々な職歴を持つ。著作に、"Iowa Review""Caring for a House"などがあるが、日本では未訳。本書が初の邦訳作品である。サンフランシスコ在住。

【訳者】

さくま ゆみこ:1947年、東京生まれ。出版社勤務を経て、現在はフリーの翻訳家並びに玉川大学英米文学科講師。アフリカ文学研究者でもある。訳書に、ソールズベリー『その時ぼくはパールハーバーにいた』(徳間書店)、リーライト『子どもを喰う世界』(晶文社)、ウッドソン『レーナ』(理論社)、シュルヴィッツ『ゆき』、ブラウン『ぺちゃんこスタンレー』(いずれも、あすなろ書房)など多数。

[講談社新刊情報コーナー]

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