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やまねこ翻訳クラブ レビュー集

やまねこのおすすめ(2003年7月

<本当のことはだれにもわからない>

表紙

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13ヵ月と13週と13日と満月の夜

"The Stolen"

アレックス・シアラー/作

金原 瑞人/訳


求龍堂

2003.05

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*表紙の画像は、出版社の許可を得て使用しています。


 わたしはカーリー、12歳の女の子。きょうだいはいない。ううん、ほんとはいたの。生まれてすぐに死んでしまった妹のマーシャが。今でも思い出すととっても悲しい。わたし、ずっと女きょうだいが欲しかったのよ。それか、女きょうだいみたいな親友が。わたしはクラスに転校生が来るたび、親友になれないかなあって、いつも思ってた。そして、――メレディスがやってきたの。すらっとして色白の美人。でも、ちょっと変わってるんだ。みんなと遊ばないし、なんだか妙に大人っぽい。

 メレディスはおばあちゃんとふたりきりで暮らしてたから、学校にはいつもおばあちゃんが迎えにやってきた。おばあちゃんはとっても年取ってるのよ。わたしにはおばあちゃんはいないから、優しそうなおばあちゃんのいるメレディスがうらやましい。でも、変ね、メレディスはなんだかおばあちゃんのこと、好きじゃないみたい。迎えにくるのが早すぎるって、おばあちゃんをしかりつけてたこともあった。まるでメレディスのほうが大人みたいに……。そんなある日、おばあちゃんはこっそりわたしに言ったの。「わたしは女の子。わたしがほんとうのメレディスよ。あの恐ろしい魔女に体を盗まれたの」まさか! そんな話、信じられない! おばあちゃんはメレディスに手首をつかまれて帰っていったけど、ねえ、気のせいかな、その手首から赤い血が流れてるように見えた……。

 誰にも信じてもらえない、誰にも助けてもらえない。好奇心旺盛でお人よし、おしゃべり好きのどこにでもいるような少女が、知恵と勇気をふりしぼり、恐ろしい魔女に立ち向かおうとする。けれども、カーリーはあまりに「ふつうの女の子」で、見ているほうはハラハラドキドキ。危なっかしくてしかたがない。心配で放っておけないから、読み出したらもう途中で本を閉じることができない。ところが手に汗握って応援しているうちに、気がつけば読者までが、主人公と一緒になってすっかり魔女のわなに落ちてしまうのだ。

 ところで、この作品は装丁がとても魅力的だ。少女のシルエットの浮かぶ白い表紙に透明なカバーがかけられ、カバーの題字が表紙にかすかな影を落としている。原作の表紙は神秘性を強く感じさせるものだったが、邦訳のほうはもっとセンシティブな印象だ。その表紙を開くと、濃いブルーの地に金色の月、本を手に月を仰ぐ少女の金色のシルエット、やはり金文字でつづられた詞。そして、ひとすじの金の糸が金の粉をふりまきながら中空を流れていく。ひょっとしたら、ここでもうこの本の魔法にかけられているのかもしれない。見つめていると、幻想的な光と闇の中に吸いこまれていくような気がしてくる。
 そんな幻想の世界がなんでもない日常のすぐとなりに息づいている。カーリーと一緒に冒険をしていると、不思議なリアリティをもってそう感じてしまう。あるいは、よく見知ったはずの世界でも、どこに想像もつかないような秘密が隠されているかわからないのだと。カーリーのまっすぐな心は、いつのまにかこちらの気持ちまで素直に、信じやすくしてしまうようだ。なんだかうれしい。ちょっと元気になれる。物語を読み終えたとき、日々の暮らしやこれからの人生に、まわりの人々やすれ違うだけの見知らぬ人々にと、あたたかな思いがどこまでも広がっていく気がする。


【作者】アレックス・シアラー Alex Shearer :1949年生まれ。イギリス、サマセット州在住。2児の父。シナリオライターとして執筆活動をはじめ、映画、舞台、ラジオ劇の脚本などに多くの作品がある。その後、若い世代むけに冒険小説などを発表。デビュー作は"The Dream Maker"。最新作"The Speed of the Dark"は、先日発表されたガーディアン賞ロングリストに挙がっている。翻訳書では昨年刊行された初の邦訳『青空のむこう』(金原瑞人訳/求龍堂)がベストセラーとなり、その後、『魔法があるなら』『ボーイズ・ドリーム』(いずれもPHP研究所)と、出版があいついでいる。

【訳者】金原瑞人 かねはら みずひと :1954年岡山県生まれ。法政大学英文学専攻博士課程修了。現在、法政大学教授。『盗神伝 I・II』(メーガン・ウェイレン・ターナー作/宮坂宏美共訳/あかね書房)、『ヘヴンアイズ』(デイヴィッド・アーモンド作/河出書房新社)ほか、訳書多数。

杉本江美   

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<空飛ぶ城には不思議がいっぱい>

表紙 *************

魔法使いハウルと火の悪魔
―ハウルの動く城〈1〉

"Howl's Moving Castle"

ダイアナ・ウィン・ジョーンズ/作

西村醇子/訳

徳間書店

1997.05

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*表紙の画像は、出版社の許可を得て使用しています。


 インガリーの国には、昔話でおなじみの「七リーグ靴」や「姿かくし」のマントがある。そして魔法使いがいて、魔法の力が働く国だ。この国に住むソフィーは、3人姉妹の長女。〈がやがや町〉で帽子店を営んでいた父親が死ぬと、継母はソフィーに店を継がせ、妹たちを独立させるといいだした。次女のレティーはパン屋へ奉公にいき、三女のマーサは魔女のフェアファックス夫人のところへ弟子入りする。長女だから出世できないとあきらめていたソフィーは、いわれるまま慣れ親しんだ帽子店に残って、こつこつと帽子を作っていた。
 そんなある日、突然店に「荒地の魔女」が現れた。ソフィーは呪いをかけられて、90歳の老婆にされてしまう。こんな姿を家族に見られたくないと思ったソフィーは、運だめしをしようと家をでたものの、老婆の体では長く歩くこともできず、野宿なんてとても無理。そう思っていた時、目の前に現れたのは、若い娘の心臓を食べて魂を盗むと悪名の高い魔法使い、ハウルが住むという空飛ぶ城だった。老婆の姿ならハウルは目もくれないだろうと、ソフィーは強引に城にもぐり込んだ。暖炉の炎にあたってほっとする間もなく、その炎は火の悪魔カルシファーだとわかる。ソフィーに呪いがかけられていることを見破ったカルシファーは、自分とハウルの間に交わされた契約を破ってくれたら、ソフィーにかけられた呪いを解いてやると持ちかけた。ソフィーは元の姿にもどるために、ハウルの城に住み着くことにして……。
 ソフィーの妹たちや、ハウルの見習いのマイケル、荒地の魔女など、登場人物たちはみな個性豊かだが、中でもハウルときたら、外出前には2時間も浴室に閉じこもって身なりを整える、見栄っ張りのおしゃれで甘ったれ。そんなハウルが住む城なのに、中はクモの巣だらけで、広いのか狭いのかわからない。物語にでてくる魔法の道具もおもしろい。1歩で7リーグ進むという「七リーグ靴」の見かけはバケツのようだし、「姿かくし」のマントは、姿が消えるのではなく姿かたちが変わってしまう変装マントだ。
 手作業で帽子を作っていた平凡な生活から、魔法に囲まれ刺激に満ちた生活へ、18歳の娘から90歳の老婆へ。何もかもが変わってしまったソフィーは、今までと違う物の見方に気がついていく。「長女だからなにをやってもうまくいかない」という呪縛にとらわれていたソフィーは、いつもびくびくしていて、何かをやる前にあきらめてしまうところがあった。90歳の老婆からみれば、年上だと思っていた継母だって、ずっと年下。まだまだ若くてきれいな女性だった。継母や妹たちが、自分で道を切り開こうとしていたことに思い至ったとき、ソフィーは自分の本当の力を発揮していく。なりたい自分をみつけるためには、新しい視点をもつことが大切なのかもしれない。

 複数の世界が同時に存在して、行き来できるところは、ジョーンズの他の作品と同じ。インガリー国も、わたしたちがいる世界と接している。ジョン・ダンの詩やシェイクスピアのある場面が引用されるなど、有名な作品の要素がさりげなくでてきて、作者の遊び心に思わずにやりとすることも。一見なんのかかわりもないように思えた雑多な物や出来事が、最後にはすべてぴたりとおさまっていくところも、ジョーンズの作品の醍醐味。存分に楽しんでほしい。
 この作品は1986年ボストングローブ・ホーンブック賞オナーブックに選ばれ、2004年夏には、スタジオジブリによる映画の公開も予定されている。ハウルやソフィーがどんな活躍するのか、そちらも楽しみだ。

【作者】ダイアナ・ウィン・ジョーンズ Diana Wynne Jones :1934年イギリス生まれ。子どものころから古典に親しみ、オックスフォード大学ではトールキンに師事した。作品には、本作品の続編『アブダラと空飛ぶ絨毯』、ガーディアン賞を受賞した『魔女と暮らせば』をはじめとする「クレストマンシー」シリーズ(以上徳間書店)や、『九年目の魔法』、『わたしが幽霊だった時』、『ダークホルムの闇の君』(以上東京創元社)など多数。

【訳者】西村醇子 にしむら じゅんこ :1952年東京生まれ。青山学院大学大学院文学研究科英米文学専攻博士後期課程満了退学。白百合女子大学他で非常勤講師をつとめ、英語圏児童文学の評論、研究、翻訳に携っている。著書に『英米児童文学の宇宙』(共著、ミネルヴァ書房)、『歴史との対話――十人の声』(共著、近代文芸社)。訳書に『物語る力』(シーラ・イーゴフ著、共訳、偕成社)、『ミステリアス・クリスマス』(ロバート・スウィンデルズ他著、共訳、パロル舎)など。

竹内みどり   

【参考】
◆ダイアナ・ウィン・ジョーンズ邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室リスト)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/j/dwjone_j.htm
◇ダイアナ・ウィン・ジョーンズ公式サイト
http://www.dianawynnejones.com/

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