※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 2001年5月号(書評編) =====☆ ☆===== =====★ 月 刊 児 童 文 学 翻 訳 ★===== =====☆  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ☆=====                                  No.30 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌● ●http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/          ● ●編集部:yamaneko-mgzn@office-ono.com 2001年5月15日発行 配信数 2190 無料● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●2001年5月号(書評編)もくじ● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◎賞情報1:2001年MWA賞(エドガー賞)発表 ◎賞情報2:カーネギー賞・グリーナウェイ賞候補作発表 ◎注目の本(邦訳絵本):ルート文/ヒレンブランド絵『キスなんかしないよ!』 ◎注目の本(邦訳読み物):アネット・カーティス・クラウス作『銀のキス』 ◎注目の本(未訳絵本):ドリーン・クロニン文/べッツィー・ルウィン絵 "Click, Clack, Moo: Cows That Type" ◎Chicoco の親ばか絵本日誌:第10回「にくらしいけれど、かわいい」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞情報1●2001年MWA賞(エドガー賞)発表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  5月3日、MWA賞(エドガー賞)が発表された。この賞はアメリカ探偵作家クラ ブ(Mystery Writers of America)が主催するもので、前年度に出版された広義のミ ステリー作品の中より選出される。現在12の部門賞が設けられているが、ここでは児 童文学に関係する2部門のみ下記に掲載する。エドガー賞についての詳細は本誌今月 号情報編を参照のこと。  2001年の★Winner(受賞作)、☆Nominees(候補作)は以下の通り。 【最優秀ヤングアダルト小説賞】(Best Young Adult) ★Winner "Counterfeit Son" Elaine Marie Alphin (Harcourt Inc.) ☆Nominees "Silent to the Bone" E.L. Konigsberg (Atheneum Books for Young Readers) "The Body of Christopher Creed" Carol Plum-Ucci (Harcourt Inc.) "Locked Inside" Nancy Werlin (Delacorte Press)  受賞作の "Counterfeit Son" は殺人犯の息子として育ってきた14歳の少年が全く 別の行方不明の少年になりすまして、その家族のもとに戻り……という話。この作品 はALA(米国図書館協会)主催の Best Books for Young Adults List にも挙がっ ている。候補作の "The Body of Christopher Creed" はプリンツ賞にもノミネート された。一方 "Locked Inside" の Werlin は1999年 "The Killer's Cousin" で受賞 経験あり。"Silent to the Bone" は児童文学の大家 Konigsberg の作品。本誌3月 号書評編にレビューを掲載。 【最優秀児童図書賞】(Best Children's) ★Winner "Dovey Coe" Frances O'Roark Dowell (Atheneum) ☆Nominees "Trouble at Fort La Pointe" Kathleen Ernst (American Girl) "Sammy Keyes and the Curse of Moustache Mary" Wendelin Van Draanen (Knopf) "Walking to the Bus-Rider Blues" Harriette Gillem Robinet (Atheneum) "Ghosts in the Gallery" Barbara Brooks Wallace (Atheneum)  最優秀賞は、12歳の少女ドビーの淡々とした語りで始まる "Dovey Coe"。目覚めた とき、隣に姉のボーイフレンドの死体が横たわっていたことで殺人犯の汚名をきせら れる主人公ドビー。さて、この疑いをドビーはどのように晴らしていくのだろうか? 候補作の "Trouble at Fort La Pointe" は1732年ごろの出来事をネイティブアメリ カンのオジブウェ族の少女の目を通して描いた作品。作者の Ernst は歴史家でもあ る。Robinet の "Walking to the Bus Rider Blues" は、人種差別への対抗策として、 バスの乗車拒否運動を実行しているアフリカ系アメリカ人の主人公が、バスに乗らな かったために起こった出来事を描いた作品。"Sammy Keyes and the Curse of Mustache Mary" の Draanen は1998年に同じ少女探偵サミーシリーズ "Sammy Keyes And The Hotel Thief" で受賞経験あり。Wallace も1994年に "The Twin in the Tavern"、1998年には "Sparrows In The Scullery" で受賞している。        (西薗房枝) ◇参考: Mystery Writers of America:MWA賞(エドガー賞)発表情報 http://www.mysterywriters.org/awards/edgars_01_winners.html Elaine Marie Alphin サイト http://elainemariealphin.com ◇過去の受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ作成) ※5月18日公開予定 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/award/us/mwa/index.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞情報2●カーネギー賞・グリーナウェイ賞候補作発表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  今年度のカーネギー賞・グリーナウェイ賞の候補作が発表された。英国図書館協会 が主催するこの賞は、イギリスでは最も権威ある児童文学賞である。作家の国籍に関 わらず、イギリスで出版された作品が対象となる。発表及び授与式は7月13日。候補 作は以下の通り。 【カーネギー賞候補作】〜 Carnegie Medal 〜(作家対象) "Heaven Eyes" David Almond (Hodder) "The Ghost Behind the Wall" Melvin Burgess (Andersen Press) "The Wanderer" Sharon Creech (Macmillan) "Coram Boy" Jamila Gavin (Mammoth) "Troy" Ade(`)le Geras (Scholastic David Fickling) ※(`)は直前の文字の上に付く "Shadow of the Minotaur" Alan Gibbons (Orion) "The Other Side of the Truth" Beverly Naidoo (Puffin) "The Amber Spyglass" Philip Pullman (Scholastic David Fickling)  強豪が出揃ったという感じの候補者の面々。"Heaven Eyes" の David Almond は 1999年 "Skellig"(『肩胛骨は翼のなごり』/東京創元社)で受賞して以来、今年で 3年連続のノミネート。Melvin Burgess は "Junk"(『ダンデライオン』/東京創元 社)でカーネギー賞を、Sharon Creech は "Walk Two Moon"(『めぐりめぐる月』/ 講談社)でニューベリー賞をそれぞれ受賞している。"Troy" "Heaven Eyes" "Coram Boy" の3作は、本年度のウィットブレッド賞候補。"Coram Boy" がその栄冠を勝ち 取った(本誌2月号書評編参照)。『炎の鎖をつないで』(偕成社)などで人種問題 を提起してきた Beverly Naidoo は、今回の作品 "The Other Side of the Truth" でスマーティーズ賞の銀賞を受賞している。"Shadow of the Minotaur" は少年がヴ ァーチャル世界で冒険する "The Legendeer" 3部作の第1作、"The Amber Spyglass" はライラの冒険シリーズ『黄金の羅針盤』『神秘の短剣』(共に新潮社)に続く最終 巻である。 【グリーナウェイ賞候補作】〜 Greenaway Medal 〜(画家対象) "Fox" Ron Brooks (Cats Whiskers: Franklin Watts) "Willy's Pictures" Anthony Browne (Walker) "Snail Trail" Ruth Brown (Andersen) "Beware of the Storybook Wolves" Lauren Child (Hodder) "I Will Not Ever Never Eat a Tomato" Lauren Child (Orchard) "Crispin: The Pig Who Had It All" Ted Dewan (Doubleday) "Fairy Tales" Jane Ray (Walker)  "Fox" はオーストラリアを舞台に犬とカササギとの友情を描いた作品。Ron Brooks は『ぶたばあちゃん』(あすなろ書房)の淡い色彩の優しい絵とはひと味違う力強さ で描き上げている。1999年に "Clarice Bean, That's Me" でスマーティーズを受賞 した Lauren Child は、今回2作が候補に挙がっている。"I Will Not Ever Never Eat a Tomato" は野菜嫌いの妹のためにお姉ちゃんが奮闘する話、"Beware of the Storybook Wolves" は絵本の中のおおかみが本当に出てきちゃって……という話だ。 1992年に "Zoo" で受賞経験がある Anthony Browne は、今回は『ボールのまじゅつ しウィリー』(評論社)などでお馴染みの、おさるのウィリーシリーズで登場。Ruth Brown の "Snail Trail" は、小さなかたつむりから見た世界を描いている作品。Ted Dewan は欲しがりやであきっぽいこぶたのクリスピンの話。『クリスマスのおはなし』 (徳間書店)が日本でも紹介されている Jane Ray の "Fairy Tales" の表紙には淡 い水彩画で安らかな表情の女性が描かれている。さてこの女性は一体何者だろうか?                                  (西薗房枝) ◇参考:カーネギー・グリーナウェイ賞サイト http://www.la-hq.org.uk/directory/medals_awards/shadow/home/home.htm ◇過去の受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ作成) http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/award/uk/carnegie/ http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/award/uk/greenawy/ ◇賞の詳細については、本誌1999年7月号「世界の児童文学賞」の記事をご参照くだ さい。ホームページでもご覧いただけます。 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/awards/                                  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(邦訳絵本)●子どもたちの元気な声が聞こえてくる絵本 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  フィリス・ルート文/ウィル・ヒレンブランド絵 『キスなんかしないよ!』   こだまともこ訳 2001.2.28 徳間書店 本体1,500円 Written by Phyllis Root, Illustrated by Will Hillenbrand                   "Kiss the Cow!"                          Walker Books Limited 2000  ひろい草原のまんなかに、屋根がいくつもつながる大きな家があった。そこに暮ら しているのは、おおぜいの子どもたちとメイかあさん。牧場には、ミルクをほしいだ け出してくれる魔法の牛のルエラ。メイかあさんは毎朝うたいながらルエラのミルク をしぼり、おしまいに必ずルエラの鼻にキスをする。ルエラのミルクは、朝ごはんの 飲みものになり、晩ごはんのチーズになって子どもたちのお腹を満たした。ある日、 知りたがりやで、おまけにとてもがんこな女の子アンナリーサは、ミルクしぼりがど んな感じか知りたくなって、こっそり、小さなバケツにしぼってみた。すると次の日 の朝から、ルエラがミルクを出さなくなった。アンナリーサがキスをしなかったから だ。ミルクがなければ子どもたちのお腹はぺこぺこ。でも、アンナリーサは「牛の鼻 にキスするなんてきもちわるーい。ぜーったいにしない」といいはる。さあ、こまっ た。  青空の下、裸足の子どもたちが干し草置き場や草原を遊びまわっている。どの子も なんとまあ腕白で食欲旺盛なこと。ミルクをごくごく飲みほす姿はたくましい生命力 にあふれ、ほれぼれするほど気持ちいい。子だくさんのメイかあさんは食事作りに洗 濯にと大忙し。無造作に巻きあげた髪はほつれ、しゃれっ気のないエプロンをして、 美人とはいえないけれど、ふくよかな体から朗らかで大らかな人柄がにじみ出ている。 そして魔法の牛ルエラは、大きなピンクのおっぱいから勢いよくミルクを出す。長い まつげが印象的で、その穏やかな顔が、見るものを優しい気持ちにしてくれる。  明るくて温かい色使いで描かれたこの絵本からは、おひさまの明るい光があふれだ し爽やかな風がふいてくる。目をとじれば草や土の匂いが漂い、子どもたちの元気な 声が聞こえてくるようだ。  いじをはるアンナリーサは子どもらしくてなんともかわいい。でも、いじっぱりや さんにふりまわされるのは大変。ほとほと弱りはてた様子のメイかあさんには「うん うんわかる」と同情し、くすりと苦笑いせずにいられない。ラストは、嬉しさがこみ あげてくるハッピーエンド。ほかほかミルクを飲んだような満足感が心に広がる。                                 (三緒由紀) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作者】フィリス・ルート(Phyllis Root):1949年にアメリカのインディアナ州に 生まれる。ヴァルパライソ大学を卒業し、1979年から執筆をはじめる。今までに数多 くの絵本を発表し、日本では『つきのひかりのとらとーら』(エド・ヤング絵/福武 書店:現ベネッセ)が紹介されている。現在は、創作活動のかたわら、文章の書き方 などの講座を開き、2人の娘とミネアポリスで暮らしている。 【画家】ウィル・ヒレンブランド(Will Hillenbrand):アメリカのオハイオ州で生 まれる。オハイオ州立大学を卒業。広告の仕事をした後、子どもの本の絵を描きはじ める。"Counting Crocodiles"、"The Golden Sandal: A Middle Eastern Cinderella Story" など多数の絵本にイラストを描いている。 【訳者】こだまともこ:早稲田大学文学部を卒業し、出版社に勤務した後、児童文学 の創作や翻訳をはじめる。創作に『ビスケットのかけらがひとつ』(福音館書店)、 訳書に『シュトルーデルを焼きながら』(ジョアン・ロックリン作/偕成社)、『レ モネードを作ろう』(ヴァージニア・ユウワー・ウルフ作/徳間書店)、「メニム一 家の物語」シリーズ(シルヴィア・ウォー作/講談社)などがある。 ◇参考:ウィル・ヒレンブランド紹介サイト     http://www.willhillenbrand.com/index.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(邦訳読み物)●永遠の先にあるものは…… ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━                 アネット・カーティス・クラウス作『銀のキス』                   柳田利枝訳 2001.3 徳間書店 本体1,400円                    Annette Curtis Klause "The Sliver Kiss" Randam House 1990                   ☆情報編「新人応援!」コーナー連動企画☆  ゾーイはもうすぐ17歳になる少女。母親は重い病気で1年以上入院中、父親は看病 と仕事に追われ、ゾーイに心をかけている余裕がない。そんな中、親友ロレインの遠 方への引っ越しが突然決まり、沈んだ気持ちのまま夜の公園へ気晴らしの散歩へ行く ゾーイ。ベンチに座っていると美しい少年サイモンと出会う。  美少年サイモンは300年以上生きている吸血鬼。周囲はどんどん年月と共に変化し ていくのに、自分だけは永遠の命を持つがゆえに変化を得られない。彼にとって生き ることは孤独との共生でもある。そんなサイモンとゾーイは、お互い少しずつ心惹か れ……。  単なる吸血鬼物語になっていないのは、孤独な魂が惹かれあうサイモンとゾーイを 中心に、ゾーイの家族それぞれの心も、丁寧に描いているからだろう。作者クラウス は、ゾーイとサイモン二人の視点で交互に語りながら、静かに物語を進行させていく。  物語にはサイモン以外にもう一人の吸血鬼が登場する。この吸血鬼は邪悪の象徴と して描かれ、人間的な感情は少しも持ち合わせていない。幼い頃に吸血鬼にされたた め、親に愛された記憶もない。そして、長年生き続けているうちに、自分の理不尽な 運命を憎み、怒りを増幅させてきた。彼の怒りは無意識であったかもしれないが、私 は、その怒りに「永遠」の残酷さを感じ、何ともいえない気持ちになってしまう。  一方、サイモンが吸血鬼になったのはある程度成長してからだ。しかし、サイモン も自身の運命への怒りから、人を愛することはできなのではないかと半ばあきらめて いた。「怒り」は人を遠ざけるが、ゾーイとの出会いで、少しずつサイモンの怒りは とかれ、二人はゆっくりと近づいていく。その姿は、好きな人と出会う幸福と、幸福 によってもたらされる強さに満ちている。  非日常の吸血鬼の物語でありながら、私達の日常生活のリアルさから少しも離れて いない。せつなく美しい物語だ。訳文も愛情深く、物語の機微をあますことなく伝え てくれる。                                (林さかな) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作者】Annette Curtis Klause(アネット・カーティス・クラウス):イギリスの ブリストル生まれ。15歳で渡米。現在は児童図書館員として働きながら作家活動をし ている。『銀のキス』はデビュー作。14歳の時に書いた作品が元になっているという。 他の作品に "Blood and Chocolate"、"Alien Secrets" (共に未訳)がある。 【訳者】柳田利枝(やなぎだ としえ):情報編「新人応援!」コーナー参照 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(未訳絵本)●農夫と動物たちの「かけひき」を愉快に描いた絵本 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━     ドリーン・クロニン文/べッツィー・ルウィン絵                  『ブラウン農場のタイプする牛たち』(仮題)              "Click, Clack, Moo: Cows That Type" 32pp. ($15.00)             Written by Doreen Cronin, Illustrated by Betsy Lewin      Simon & Schuster Books for Young Readers 2000, ISBN 0-689-83213-3                                    ★2001年コールデコット賞次点作品 「カチ! カタン! モー。カチ! カタン! モー」ブラウン農場の牛たちは、納 屋にしまってあった古いタイプライターを使ってなにやら手紙を打っている。それは、 どうやらブラウンさん宛て。「拝啓 ブラウンさん 納屋は夜になると寒いので、電 気毛布が必要です。敬具 牛一同」……納屋の戸に張られたその手紙を読んだブラウ ンさん、そんなもの用意できるわけない、と叫んだけれど、要求が通らないと見た牛 たちが「本日、牛乳ありません。」のメッセージと共にストライキに突入したからた まらない。おまけにニワトリたちが便乗して、ついには卵もとれなくなる始末。これ じゃ農場経営は成り立たない、とあせったブラウンさんは、自分もタイプライターを 取り出して、農夫としての立場を説明する手紙を打ち始める。「わが農場の牛・ニワ トリのみなさん 電気毛布は用意できません。……」ブラウンさんは、このメッセー ジを中立の立場にいるアヒルに頼んで納屋に送り付け、一晩相手の出方を見守ること にする。一方、ブラウンさんからの手紙を受け取った牛たちは、その夜、納屋で密室 会議を開き、まる〜く収まる妥協案を採決。アヒルを仲介に、再びタイプされた条件 を手にしたブラウンさんは、悪くはない、とこの案をのむことにして、話は愉快な結 末へと続く。  テンポのあるストーリー展開とユーモラスなイラストが笑いを誘うこの作品は、 2001年度のコールデコット賞次点作品。アメリカの4年生を担当するある小学校教師 は、この絵本を使って、ストライキ、交渉、妥協、契約遂行などの社会行動を生徒た ちに説明したそうだ。作者のクロニンは弁護士、と聞けば、ブラウン農場で繰り広げ られた騒動のやり取りも、なにやら妙に納得できる。仕事柄、これはきっと現場で浮 かんだアイデアなのだろう。この作品を「人間の社会行動を描いた風刺絵本」と少し 固めに解釈することもできるけれど、伸びやかな筆さばきの水彩画が、明るく軽妙に その「社会行動」を描き、子どもから大人まで文句なく楽しめる仕上がりになってい る。最後のページの落ちは絶妙と言える。                             (ブラウンあすか) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作者】Doreen Cronin(ドリーン・クロニン):アメリカ、ニューヨーク州ラーチ モント在住。弁護士。アンティーク・タイプライターを集めることが趣味。本作品で 絵本作家としてのデビューを飾る。 【画家】Betsy Lewin(べッツィー・ルウィン):アメリカ、ニューヨーク州ブルッ クリン在住。他にもたくさんの絵本を描き、"Aramita's Paintbox" は、American Bookseller Pick of the List に選ばれ、"Snake Alley Band" は、育児雑誌 "Child" の年間優秀絵本に選ばれている。夫と「タイプしない」猫2匹と暮らす。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●Chicoco の親ばか絵本日誌●第10回「にくらしいけれど、かわいい」よしいちよこ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  しゅんとわたしの毎日は「育児」というより「共生」。仕事をしていると、わがま まなしゅんの態度にいらいらすることが多く、つい本気で喧嘩してしまいます。そん なとき、しゅんが「かーさん、すきすき。ぎゅっぎゅっ」といって抱きついてくると、 親ばか心がよみがえり、顔がほころび、心が穏やかになります。しゅんはさらに「か ーさん、おこってないね」と確認。これは顔色をうかがわれているようで複雑です。 「ぎゅっぎゅっ」が好きなしゅんに、「ぎゅっ」がいっぱいの絵本『ぎゅっ』(ジェ ズ・オールバラ作/徳間書店)を読んでみました。こざるのジョジョが森を散歩して いると、ぞうの親子が抱きあっています。ジョジョは指さして「ぎゅっ」。カメレオ ンの親子もへびの親子も寄りそっています。ひとりぼっちのジョジョはママが恋しく なってきました。ぞうの親子といっしょにママを探しに出かけます。  しゅんはあまり気にいらない本を読むときも、わたしに悪いと思うのか、最後まで 聞いています。『ぎゅっ』を読んだときもそうで、最後に本をとじると、「はい、お しまいだね」とそそくさと立ち上がり、別の本を「よんでー」ともってきました。 『ぎゅっ』は、おとなが読んでかわいいと思う本で、子ども、とくに2歳児のしゅん にはまだまだその愛おしさはわからないのかもしれません。  さて、『ぎゅっ』の後にもってきた絵本は『ちいさな きかんしゃ レッドごう』 (ダイアナ・ロス文/レスリー・ウッド絵/みはらいずみ訳/あすなろ書房)です。 赤い機関車レッド号は毎朝7時に駅を出て、線路わきの動物や踏切で待つ自動車と挨 拶をかわしながら走ります。ところがある朝レッド号が現れません。動物も自動車も 心配します。レッド号は病気だったのです。  こちらの本は最後まで読んだ直後に、しゅんが「もいっかい」といい、何度も続け て読みます。しゅんは「ポッポー」というレッド号の挨拶や「ガタンゴトーン ガタ ンゴトーン」という走る音が出てくるたびにまねをし、「じょうききかんしゃだね。 しゅしゅ、しゅしゅ」といって手で機関車の車輪のしぐさをします。病気になったレ ッド号のページでは温度計を指さし「おねつー」、薬を指さし「おすくりー」(何度 ゆっくり教えても「おすくり」になってしまいます)と叫びます。熱を出して薬をの むのは自分も同じだと思ってうれしいのかもしれません。  この原書が出版されたのは1945年です。赤い機関車、赤色のタイトル文字、赤い背 表紙――古いどころかとてもおしゃれで、わたしも気にいっています。わが家では親 子喧嘩の仲裁に役立つ1冊となりました。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●先月号追補●  先月号賞情報記事「ボローニャ・ラガッツィ賞」の、ヤングアダルト向けフィクシ ョン部門 honorable mention(佳作)には、『道に降りた散歩家』(望月通陽作/偕 成社/英語タイトル "A Stroll in Flanders")も選ばれています。ご指摘いただい たかたに感謝し、追補させていただきます。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●編集後記●今回の邦訳レビューは、「キス」コンビ。ほほえましいキス、ぞくぞく するキス、キスにもいろいろありますね。(き) PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━    【FOSSIL .....The American Authentic】  1984年、テキサス州ダラス生まれ。「fun, smile and humor」がモットーです。  楽しいイラスト入りのティン缶がパッケージ。お店でお好きな絵柄をお選びくだ  さい。申し遅れましたが私は「カジュアル・ウオッチ」。老若男女の皆様にご提  供できる豊富な品揃えが自慢です。日本でもお買い求めいただけます。  詳しくはフォッシル・ホームページまで。 http://www.fossil.com                   ★フォッシルジャパン:やまねこ賞協賛会社 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 発 行 やまねこ翻訳クラブ        発行人 蒲池由佳(やまねこ翻訳クラブ 会長) 編集人 菊池由美(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)   企 画 河まこ キャトル きら くるり こべに さかな 小湖 Gelsomina      sky SUGO Chicoco ちゃぴ つー どんぐり NON BUN ベス      みーこ みるか MOMO YUU りり Rinko ワラビ わんちゅく 協 力 @nifty 文芸翻訳フォーラム     小野仙内 ながさわくにお かもめ うさぎ堂 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・このメールマガジンは、「まぐまぐ」( http://www.mag2.com/ )を利用して配信 しています。購読のお申し込み、解除もこちらからどうぞ。 ・バックナンバーは、http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/でご 覧いただけます。 ・ご意見・ご感想はyamaneko-mgzn@office-ono.comまでお気軽にお寄せください。 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●無断転載を禁じます。