※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 2002年4月号(書評編) =====☆ ☆===== =====★ 月 刊 児 童 文 学 翻 訳 ★===== =====☆  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ☆===== No.39 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌● ●http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/      ● ●編集部:yamaneko-mgzn@office-ono.com 2002年4月15日発行 配信数 2510 無料● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●2002年4月号(書評編)もくじ● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◎賞情報1:2002年ハンス・クリスチャン・アンデルセン賞発表 ◎賞情報2:2001年度ゴールデン・カイト賞発表 ◎賞情報3:2002年ボローニャ・ラガッツィ賞発表 ◎注目の本(邦訳絵本):『ぼく、もう なかないよ』              サイモン・パトック文/アリソン・バートレット絵 ◎注目の本(邦訳読み物):『家なき鳥』 グロリア・ウィーラン作 ◎注目の本(未訳読み物):"Carver: A Life in Poems" マリリン・ネルソン詩 ◎注目の本(未訳読み物):"A Step from Heaven" アン・ナ作 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞情報1●2002年ハンス・クリスチャン・アンデルセン賞発表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  3月末、ハンス・クリスチャン・アンデルセン賞の受賞者が発表された。この賞は、 児童文学に貢献してきた作家/画家の全業績を称え、国際児童図書評議会(IBBY)が 2年に1度、西暦偶数年に発表するものである。授賞式は9月にバーゼルで行われる。  各国(今回は31か国)から推薦された、28人の作家と27人の画家のうちから選ばれ た受賞者、および最終候補者(finalists)は以下の通り。 Hans Christian Andersen Award 2002 ★Author award: Aidan Chambers (United Kingdom)  ☆finalists: Bart Moeyaert (Belgium) Bjarne Reuter (Denmark) ★Illustrator award: Quentin Blake (United Kingdom) ☆finalists: Rotraut Susanne Berner (Germany) Daihachi Ohta (Japan)         Gre(´)goire Solotareff (France) ※(´)は直前の文字の上に付く  今回は両部門とも、イギリス勢が受賞した。作家賞を受賞したエイダン・チェンバ ーズは "Postcards from No Man's Land" で、2000年のカーネギー賞を受賞している。 邦訳に『おれの墓で踊れ』(浅羽莢子訳/徳間書店)がある。  画家賞を受賞したクェンティン・ブレイクは "Mr. Magnolia"(『マグノリアおじ さん』/谷川俊太郎詩/佑学社) で80年のグリーナウェイ賞を受賞、99年には初代 の Children's Laureate に任命されるなど、英国を代表する画家。  作家賞の最終候補に残ったバルト・ムイヤールトは、現代オランダ語文学の代表的 な作家のひとり。邦訳に『調子っぱずれのデュエット』(西村由美訳/くもん出版) などがある。画家賞の最終候補には、『絵本西遊記』(呉承恩作/中由美子訳/童心 社)など数々の名作を発表し続けている、日本の太田大八も残った。ドイツのロート ラウト・ズザンネ・ベルナーは前回も最終候補に残っている。邦訳に『王女さまは4 時におみえになる』(ヴォルフディートリヒ・シュヌレ文/ひらのきょうこ訳/偕成 社)がある。グレゴアール・ソロタレフは、『もうぜったいうさちゃんってよばない で』(すえまつひみこ訳/リブリオ出版)などの邦訳がある、フランスの人気絵本作 家。      (菊池由美) 【参考】 ◇国際児童図書評議会(IBBY)発表記事 http://www.ibby.org/Seiten/03_news.htm#andersenawards2002 ◆アンデルセン賞について(本誌1999年10月号情報編「世界の児童文学賞」) http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/dtp/1999/10a.htm ◇バルト・ムイヤールト『調子っぱずれのデュエット』レビュー (やまねこ翻訳クラブ作成 オランダ作品レビュー集) http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/cats/k1/r1.htm#r1 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞情報2●2001年度ゴールデン・カイト賞発表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  4月5日、アメリカの児童文学賞、ゴールデン・カイト賞の発表が行われた。1973 年より始まったこの賞は、内容や芸術性に富み、子どもの目からも魅力ある作品に贈 られるものである。児童書作家・画家協会が主催し、賞の選考対象となるのは同協会 の会員のみ。  2001年度の★受賞作、および☆オナー(次点)は以下の通り。 ○フィクション  ★"True Believer" by Virginia Euwer Wolff (Atheneum/Simon & Schuster)  ☆"The Life History of a Star" by Kelly Easton (Margaret K. McElderry Books/Simon & Schuster) ○ノンフィクション  ★"Black Potatoes: The Story of the Great Irish Famine" by Susan Campbell Bartoletti (Houghton Mifflin)  ☆"John & Abigail Adams: An American Love Story" by Judith St. George (Holiday House) ○絵本(文)  ★"The Shoe Tree of Chagrin" by J. Patrick Lewis (illus. by Chris Sheban) (Creative Editions/The Creative Company)  ☆"Bluebird Summer" by Deborah Hopkinson (illus. by Bethanne Andersen) (Greenwillow/HarperCollins) ○絵本(絵)  ★"The Lamp, the Ice, and the Boat Called Fish" by Beth Krommes (author: Jacqueline Briggs Martin) (Houghton Mifflin)  ☆"Castles, Caves and Honeycombs" by Lauren Stringer (author: Linda Ashman) (Harcourt)  受賞作 "True Believer" は昨年の全米図書賞を受賞した作品。"Make Lemonade" (『レモネードをつくろう』/こだまともこ訳/徳間書店)の続編である。ラヴォー ンが15歳になって帰ってきた(本誌増刊号 No.1「ヴァージニア・E・ウルフ特集号」 にレビュー掲載)。"The Life History of a Star" はウォーターゲート事件、ベト ナム戦争などのあった1970年代のアメリカを背景に、14歳の少女が大人になっていく ことへの不安感や孤独感を描いた作品である。"Black Potatoes" は1845年にジャガ イモが疫病にかかったことに始まり、何万人もの被害を出したアイルランド大飢饉の 話。"John & Abigail Adams" は政治に身を捧げた第2代大統領ジョン・アダムスと その妻アビゲイルの物語。作者セントジョージは、昨年のコールデコット賞受賞絵本 "So You Want to Be President?" の文を担当していた。  絵本(文)部門受賞の "The Shoe Tree of Chagrin" は他愛ない話をルイスが巧み に脚色し、オハイオの森を舞台に楽しいほら話に仕上げたものだ。おばあちゃんの死 によって様変わりしつつある大好きな農場。このままなくなっていくのは嫌だと動き だす子供たちを描いたのは "Bluebird Summer"。"The Lamp, the Ice, and the Boat Called Fish" で、クロムスはスクラッチボードを使った繊細な線でイヌピアク(エ スキモー)の力強く悠々とした生活を表現し絵本(絵)部門で受賞した。邦訳『氷の 海とアザラシのランプ――カールーク号北極探検記』(ジャクリーン・ブリッグズ・ マーティン文/ベス・クロムス絵/千葉茂樹訳/BL出版)が出版されたばかり。 "Castles, Caves, and Honeycombs" はいろいろな形の住まい(ほら穴、くもの巣な ど)をたくさんの色を贅沢につかって表現した作品。ストリンジャーはこの他に、シ ンシア・ライラントの "Scarecrow" の絵も描いている。                                 (西薗房枝) 【参考】 ◇ゴールデン・カイト賞公式ページ: http://www.scbwi.org/goldkite.htm ◆ゴールデン・カイト賞について(本誌2000年5月号情報編「世界の児童文学賞」) http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/dtp/2000/05a.htm#bungaku ◇"True Believer" レビュー(本誌増刊号 No.1「ヴァージニア・E・ウルフ特集号」) http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/plus/html/z01/index.htm ◆Judith St. Georgeについて(本誌2001年4月号書評編「注目の本(未訳絵本)」  "So You Want to Be President?" レビュー ) http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/dtp/2001/04b.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞情報3●2002年ボローニャ・ラガッツィ賞発表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  4月10日、イタリアのボローニャ・ブックフェアにおいて、2002年ボローニャ・ラ ガッツィ賞(BolognaRagazzi Award)の授賞式が行われた。  2002年の各部門の★Winner(受賞作)☆Special mentions(特別賞)は以下の通り。 (今年度は16歳までを対象とした作品ということで、特に年齢別の部門設定はされて いない。) ○フィクション ★ "Silent Night" by Sandy Turner   (Simon & Schuster Children's Publishing Division New York, USA)   "El Senor Korbes y Otros Cuentos de Grimm" Illustrated by Oliveiro Dumas (Media Vaca Valencia, Spain)                 ※Senor の n の上にはティルダ( ~ ) がつく。 ☆ "Dictionnaire - Le Petit Rebelle" by Claudine Desmarteau   (Seuil Jeunesse Paris, France)   "Histoires Naturelles" by Jules Renard, Illustrated by Yassen Grigorov   (La Joie de Lire Geneve, Switzerland) ○ノンフィクション ★ "Una Temporada en Calcuta" by Lluisot   (Media Vaca Valencia, Spain)                   ※Lluisot の i の上にはクレマがつく。 ○ニュー・ホライズン(New Horizon)賞 ★ "Agmal Al-Hekayat Al-Shaabeya (Most Beautiful Folk Tales)"   Illustrated by Helmy El-Touni, Author: Yaacoub El-Sharouny   (Dar El-Shorouk Publishing House Cairo, Egypt)                                 (西薗房枝) 【参考】 ◇ボローニャ・ブックフェア公式ページ http://www.xbf2k.bolognafiere.it/standard.asp?Z=Libro2001&S=&L=GB&M=LIBRO&Q= &A=2001&p=Libro2001premi_22 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(邦訳絵本)●悲しみを癒してくれる、優しい思い出のお話  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『ぼく、もう なかないよ』 サイモン・パトック文/アリソン・バートレット絵/ないとうふみこ訳 徳間書店 本体1,400円 2002.02 32ページ "A Story for Hippo" by Simon Puttock, Illustrated by Alison Bartlett Egmont Children's Books, 2001    お話の上手なかばのおばあさんが川のほとりに住んでいました。仲良しの若いさる はその物語を聞くのが大好き。一緒にゆかいなお話を作ったり、冗談を言っておどけ たり、いつも楽しそう。ジャングルの仲間たちはその姿を優しく見守っていました。  ところが、この世との別れの時を悟ったかばは、ある日さるにさよならを告げまし た。「ずうっとしあわせにくらしました」なんてお話は、うそじゃないか……。理解 できないさるは泣いたり怒ったり。かばはさるをなだめながら、さるのような素敵な 友達がいてしあわせだったと言い、「その時」を静かに迎えるために、ジャングルの 奥へ消えてゆきました。それ以来、寂しくてたまらないさるは、来る日も来る日も泣 いてばかり。ジャングルの仲間たちも、かばがいなくなった寂しさに、笑いが消えた さるの姿に、悲しみにくれます……。  以前、私の母と娘が、物語のかばとさるのような会話をしていました。5歳の娘は 「おばあちゃんの意地悪!」と言って泣きました。けれどもつらい別れはいつかどう しても訪れます。心の中にぽっかり穴があいてしまったような寂しい思いをするかも しれません。そんな時が来たら、娘に言ってあげたい。――どんなにつらい別れも、 時が経てば心は和らぐよ。そこには「思い出」という名の宝物がキラキラ輝いている から。それをいつも心に、強く優しくなって欲しい――と。幼い娘は、まださるの涙 顔しか目に入らず、「さるくん、かわいそう。お別れ、いやだな。」としか言わない けれど。  『コッケモーモー!』などの作品で、動物たちを生き生きと描いたバートレットは 本書でも美しい色合いの表情豊かな動物たちを登場させます。楽しそうな笑顔、寂し げな表情――。特にかばが去った後、悲しみにくれぽろぽろと涙を流すさるの表情は 胸がきゅんとなり、思わずさるを抱きしめたくなります。あなたのその悲しみもいつ か優しい思い出に変わるよ、そう言ってあげながら。                                 (井原美穂) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【文】サイモン・パトック(Simon Puttock):ニュージーランド生まれ。両親とと もに世界中を旅しながら育ち、英国の大学で英文学を学ぶ。映画の映写技師やシンガ ーソングライターなど、数々の職を経て子どもの本の仕事を始める。邦訳作品に『そ らへのぼったおばあさん』(矢川澄子訳/徳間書店)、『コーラルの海』(かけがわ やすこ訳/小峰書店)がある。 【絵】アリソン・バートレット(Alison Bartlett):英国アングリア美術学校で学 び、キングストン大学でイラストレーションの学位を取得。1993年に初めてイラスト を書いた絵本がマクミラン絵本賞を受賞し、1995年に "Oliver's Vegetables" とし て出版された。邦訳作品に、『コッケモーモー!』(ジュリエット・ダラス=コンテ 文/たなかあきこ訳/徳間書店)、『もしもぼくがライオンだったら』(マイケル・ ローレンス文/青山南訳/小学館)などがある。 【訳】ないとうふみこ:上智大学外国語学部卒業。ハーレクインの翻訳者としてデビ ュー後、リーディングや絵本の下訳などに従事。子どもの本の訳書に、『宇宙人が来 た!』(ゲイル・ゴーティエ作/徳間書店)がある。やまねこ翻訳クラブ会員として 本誌の編集などにも関わっている。 【参考】 ◇やまねこ翻訳クラブ データベース:サイモン・パトック邦訳作品リスト http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/author/p/spttck_j.htm ◆やまねこ翻訳クラブ データベース:アリソン・バートレット邦訳作品リスト http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/author/b/abrtlt_j.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(邦訳読み物)●インドの現在を生きていく少女 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『家なき鳥』 グロリア・ウィーラン作/代田亜香子訳 白水社 本体1,500円 2001.11 176ページ "Homeless Bird" by Gloria Whelan HarperCollins, 2000  主人公のコリーは、刺繍が得意な少女。貧しいながらも一家で助け合って暮らして いたのだが、13歳を過ぎたとき、口減らしのため、見知らぬ相手に嫁ぐことになった。  夫のハリ・メイターは難病でわがままな16歳の少年で、結婚生活は前途多難である。 サス(姑の呼称)の目当ても、ハリの治療に使うための結婚持参金だけで、新妻のコ リーには厳しい。その上ハリは、コリーに心を開いたのもつかのま、沐浴に訪れたガ ンジス川で客死し、コリーは1年足らずで未亡人になってしまった。  サッサー(舅の呼称)や義妹シャンドラとは仲が良かったが、シャンドラが結婚し、 サッサーが死んだ後、メイター家はどんどん傾いていく。ある日、コリーはサスに連 れられて行ったヴリンダーヴァンという都会に置き去りにされる。家族に厄介払いさ れた未亡人が住む、この「未亡人の街」で、コリーは路頭に迷うことになり……。  インドの風俗や文化や習慣に異国を感じつつ、現代の少女の自己実現の物語が楽し める1作である。物語は困難の連続だが、楽天的で良い意味で気の強いコリーが、自 力で道をひらいていく姿は実に魅力的で、応援せずにはいられない。  コリーのさばさばした明るさの軸になるのは、刺繍に託される思いと、文字を覚え て得た自信である。キルトやサリーを鮮やかに彩る刺繍では、個性的な図柄や色合い の中に、コリー自身の思い出や感情、あるいは人生そのものが細やかに縫い取られて いく。また、向学心旺盛なコリーがサッサーに文字を習い、帰る家を持たない「家な き鳥」の詩(タゴール)を愛唱する場面には、詩こそ励ましの言葉なれという詩人ウ ィーランの願いが感じられ、「言葉」を知ることの力が改めて思い起こされる。  自助努力の少女コリーは、インドに生きる前向きな「アメリカン・ガール」である。 苦境でも希望を失わない快活さ。学ぶ楽しさ。能力を生かした自立。対等な関係でい られる青年との愛。真の家に落ち着く家なき鳥の喜び。私たちがこの物語を素直に受 けとめ、ほっとした読後感を得られるのは、インドという国の現在をのぞく楽しみ以 上に、アメリカ的な自立をとげた少女への共感があるからかもしれない。                                 (鈴木宏枝) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作者】グロリア・ウィーラン(Gloria Whelan):1923年、米国ミシガン州のデト ロイトに生まれる。詩人で、子どものための物語も数多く書いている。五大湖を舞台 にした三部作で Great Lakes Book Award を受賞したほか、13歳の少女と家族が、圧 制を逃れて国外脱出する "Goodbye Vietnam" など著作多数。最新作に、ロシア革命 時の宮殿の内外のドラマを描いた歴史小説 "Angel on the Square" がある。 『家なき鳥』は2000年、全米図書賞を受賞。 【訳者】代田亜香子(だいた あかこ):立教大学英文科卒業。主な訳書に、『スチ ュアート・リトル』(青山出版社)『屋根にのぼって』(白水社)。共訳に、映画 「プリティ・プリンセス」の原作『プリンセス・ダイアリー』(河出書房新社)のほ か、『スクランブル・マインド〈時空の扉〉』『スクランブル・マインド〈はじまり の記憶〉』(共にあかね書房)など。 【参考】 ◇やまねこ翻訳クラブ データベース:グロリア・ウィーラン作品リスト http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/author/w/gwhelan.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(未訳読み物)●人生を59編の詩で―― ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『カーヴァー』(仮題) マリリン・ネルソン詩 "Carver: A Life in Poems" by Marilyn Nelson Front Street 2001, ISBN 1886910537 103pp. ★2002年ニューベリー賞オナー(次点)受賞作 ★2001年ボストングローブ・ホーンブック賞受賞作  1人の人生を詩でなぞる。生きてきた過程を、「詩」というフレームにはりつけ、 その人物を浮き上がらせる。マリリン・ネルソンはそうしてジョージ・ワシントン・ カーヴァーのことを書いた。農学者として成功し、音楽、絵画などにも幅広い豊かな 才能を持った彼の物語を。  どんな人にも人生の物語はある。年を重ねるにつれ、1冊の本が書けるほどの出来 事を抱えている。それを語るのに詩という形式は適しているのかもしれない。詩は言 葉を選び、余分なものをそぎおとし、世界を凝縮してみせてくれる。ネルソンのシン プルで美しい響きをもつ言葉は、カーヴァーの人生をくっきりとひきたたせている。  どの詩も決して長くない。詩のあとに、小さなモノクロの写真とエピソードが短く 添えられているページもある。黒人の奴隷として生まれ、それ故の辛酸もあったろう が、ドラマチックな出来事は書かれていない。カーヴァーは、奴隷の雇い主である白 人夫婦に子どもがなかったことから、彼らのもとで育つことになり、学問を享受でき る恵まれた環境を得た。詩は静かに、彼の生まれた時のことを語り、成長していく様 を淡々と記していく。賞賛に満ちた研究成果を連ねるのではなく、研究室での地味な 実験の様子――種子の分析、土壌調査など――を書き、そこから彼の実績が少しずつ 積み上がるのを読みとることができる。私は植物学についての知識はさっぱりだが、 彼の学んでいく姿を通して、充分楽しむことができた。  趣味の一つであるボビンレース(彼は友人によくプレゼントしていたらしい)につ いての短い詩もいい。彼の人間性をなんとも魅力的にみせてくれる。また、写真でボ ビンレースの作品も紹介され、その素敵さを目にすることができるのはうれしい。  肖像写真も、たくさん掲載されていて、15歳の時のものが表紙を飾っている。この 写真と共に書かれている詩も短くきれいな音で編まれていて、私の一番好きな詩だ。 その詩はある言葉で韻を踏むことによって、美しい汽笛の音を表現している。ぜひ声 に出して読んでほしい。                                (林 さかな) ※2002年12月、本文中の「植物学者」を「農学者」に訂正 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作者】Marilyn Nelson(マリリン・ネルソン):オハイオ州生まれ。父親は空軍の 将校でもあり、詩も書いていた。ネルソンがはじめて詩を書いたのは彼女が11歳の時。 母方が代々教職に就いていて、彼女も現在はコネチカット大学で詩を教えている。前 作の "The Fields of Praise" は全米図書賞ファイナリストとなり、 Lenore Marshall Poetry Prize を受賞している。 【参考】 ◇やまねこ翻訳クラブ データベース:マリリン・ネルソン作品リスト http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/author/n/mnelson.htm ◆マリリン・ネルソンHP http://www.ucc.uconn.edu/~waniek/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(未訳読み物)● 少女が語る「自分」、「家族」、そして「希望」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━                                        『ミグク――天国にいちばん近い国』(仮題) アン・ナ作 "A Step from Heaven" by An Na Front Street 2001, ISBN 1886910588 156pp. ★2002年プリンツ賞受賞作  表紙が印象的だ。半分だけ顔を隠し、こちらを見つめているアジア系の少女の写真。 その瞳に惹きつけられるように本を手に取り、ページをめくったわたしは、詩のよう に美しい文章で綴られる「少女の声」に、たちまち魅了されてしまった。  本書は、韓国系移民の少女パク・ヨンジュの幼児期から高校卒業までを描いた物語 である。韓国の小さな漁村で、つづまやかに暮らすパク一家。父と母は、新しい豊か な生活を夢見て、ミグク(アメリカ)への移住を決める。現地で結婚した伯母がして くれるという、当座の援助を頼っての決断だ。「飛行機に乗って空を飛んでいく」と 聞かされた4歳のヨンジュは、「ミグク」が空の上にあるところ、すなわち天国だと 思い込む。天国にいけば死んだハラボジ(おじいちゃん)に会えると、祖父との再会 を楽しみにアメリカへ渡るが、そこは想像していたような天国ではない。落胆するヨ ンジュに、アメリカ人の伯父が言う。「天国じゃないけど、天国みたいにいいところ だよ。天国にいちばん近い国だ」  一方、父と母にとってもアメリカは「天国」ではなかった。父は複数の仕事をかけ もちし、母も食堂で毎日遅くまで働くが、生活は苦しくなるばかり。夫婦間での口論 が増え、父は次第に追いつめられていく。ヨンジュや、アメリカ生まれの弟ジュンホ にも、事あるごとに手を上げるようになる。  貧しい生活、アイデンティティーの不安、親子間や夫婦間の心のすれ違い。どの家 族にも共通して起こりうるこうした問題が、移民家族を取り上げることでよりくっき りと示されている。ヨンジュの目を通して描かれる家族ひとりひとりの苦しむ姿は、 哀しくせつなく、読む者の胸を打つ。  だが、本書のトーンは決して重苦しくない。日常のさりげない出来事を淡々と語る ヨンジュの「声」には透明感があり、幻想的でさえもある。幼いころのヨンジュはこ ちらが思わずほほえんでしまうほど可愛らしい。大きくなるにつれ、彼女の行動や考 えにはある種の力強さが加わる。傷つき悩みながらものびやかに成長していくヨンジ ュの姿にすがすがしさを感じることができるのも、この作品の魅力のひとつだろう。 心の成長過程にある若者たちと、家族を持つ大人たちにぜひ読んでもらいたい。                                 (生方頼子) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作者】An Na(アン・ナ):1972年、韓国に生まれる。4歳のとき家族とともにア メリカ、カリフォルニア州に移住。アマースト大学卒業後、ノーウィッチ大学にて文 芸修士号を取得。中学校の教師を務めたのち、現在はカリフォルニア州オークランド とバーモント州ウォーレンに住み、執筆活動に専念している。本書がはじめての小説。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●お知らせ●  本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。 (今号掲載の本の情報は、4月16日から反映される予定です。)こちらの「やまねこ オンライン書店街」よりお入りください。 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/shop/index.htm PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【イロイロあるから、いろいろ楽しい FOSSIL】 ボタンを押すと「赤い」文字盤が「ブルー」に変わる、大きなデジタル数字が文字盤 を占領して秒ごとに時計の表情が変わる、しかもその数字が漢字だったり、カバーガ ラスがビー玉みたいにコロンと丸っこかったりする・・・。小さな腕時計の中にいろ いろな「遊び心」を詰め込んでいるのが、フォッシルのウオッチ。直営店にもぜひご 来店ください。 《渋谷区神宮前 4-26-28 JUNK YARD 1F TEL 03-5413-6118 》 http://www.fossil.com       (株)エス・エフ・ジェイ:やまねこ賞協賛会社 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▽▲▽▲▽  海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽ やまねこ翻訳クラブ(yamaneko-mgzn@office-ono.com)までお気軽にご相談ください。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━    ☆★姉妹誌「月刊児童文学翻訳あるふぁ」(購読料/月100円)☆★ 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