※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 2002年5月号(書評編) =====☆ ☆===== =====★ 月 刊 児 童 文 学 翻 訳 ★===== =====☆  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ☆===== No.40 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌● ●http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/      ● ●編集部:yamaneko-mgzn@office-ono.com 2002年5月15日発行 配信数 2510 無料● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●2002年5月号(書評編)もくじ● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◎賞情報1:2002年MWA賞(エドガー賞)発表 ◎賞情報2:2002年アガサ賞発表 ◎賞情報3:カーネギー賞・グリーナウェイ賞候補作発表 ◎注目の本(邦訳絵本):『おばあちゃんのキルト』              ナンシー・ウィラード文/トミー・デ・パオラ絵 ◎注目の本(邦訳読み物):『旅立ちの翼』 プリシラ・カミングズ作 ◎注目の本(未訳読み物):"A Single Shard" リンダ・スー・パク作 ◎Chicoco の親ばか絵本日誌:第17回「眠い毎日」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞情報1●2002年MWA賞(エドガー賞)発表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  5月2日、MWA賞(エドガー・アラン・ポー賞)が発表された。この賞はアメリ カ探偵作家クラブ(Mystery Writers of America)が主催。前年度に出版された広義 のミステリー作品の中より選出される。現在12の部門賞が設けられているが、ここで は児童文学に関係する2部門のみ掲載する。エドガー賞についての詳細は本誌2001年 5月号情報編を参考のこと。  2002年の★Winner(受賞作)、☆Nominees(候補作)は以下の通り。 【最優秀ヤングアダルト小説賞】(Best Young Adult) ★Winner "The Boy in the Burning House" by Tim Wynne-Jones (Farrar, Straus and Giroux/Melanie Kroupa Books) ☆Nominees "Death on Sacred Ground" by Harriet K. Feder (Lerner Publications Co.) "Shades of Simon Gray" by Joyce McDonald (Delacorte Press) "Witch Hill" by Marcus Sedgwick (Delacorte Press) "Dark Secrets:Don't Tell" by Elizabeth Chandler (Pocket Books/Archway Paperbacks)  ヤングアダルト部門を射止めたティム・ウィン=ジョーンズは、"The Maestro" で ボストングローブ・ホーンブック賞を受賞したことがある。邦訳には、カナダ総督文 学賞(児童書部門)を受賞した『火星を見たことありますか』(山田順子訳/岩波書 店)他、絵本「ズーム」シリーズ(エリック・ベドウズ絵/えんどういくえ訳/BL 出版)などがある。今回の受賞作は、2年前に突然姿を消した父親の謎に迫る少年の 話。候補に挙がったフェダーは同じ作品でアガサ賞にもノミネートされた。マクドナ ルドはデビュー作『カタログ注文できた弟』(久米穣訳/文研出版)が邦訳されてい る。"Witch Hill" のセジウィックは、昨年デビュー作 "Floodland" でブランフォー ド・ボウズ賞を受賞した、期待の作家である。チャンドラーの "Dark Secrets:Don't Tell" は "Dark Secrets" シリーズ、2作目。すでに3作目も出版されている。この チャンドラー、実は Mary Claire Helldorfer という名で子ども向けの作品を多数発 表している。 【最優秀児童図書賞】(Best Juvenile) ★Winner "Dangling" by Lillian Eige (Simon & Schuster, Atheneum) ☆Nominees "Ghost Soldier" by Elaine Marie Alphin (Henry Holt) "Ghost Sitter" by Peni R. Griffin (Penguin-Putnam/Dutton) "Following Fake Man" by Barbara Ware Holmes (Random House/Alfred A. Knopf) "Bug Muldoon" by Paul Shipton (Penguin-Putnam/Viking)  児童図書部門を受賞した "Dangling" の主人公は11歳の少年。友人が川に入り姿を 消してしまったことから話が始まる。ノミネート作家のうち、アルフィンは昨年 "Counterfeit Son" でヤングアダルト部門を受賞した作家。"Ghost Sitter" は、古 い家でいなくなった家族を待ちつづける少女の幽霊が主人公。ゴーストストーリーと はいえ哀感漂う叙情的な作品だ。"Following Fake Man" は、父の死の謎を追う少年 の姿をミステリータッチで描いている。"Bug Muldoon" はクールな虫の私立探偵 Bug Muldoon が庭の勢力争いに巻き込まれる、ハードボイルドでハートウォーミングな物 語。                                 (西薗房枝) 【参考】 ◇Mystery Writers of America:MWA賞(エドガー賞)発表記事 http://www.mysterywriters.org/awards/edgars_01_winners.html ◆Joyce McDonald HP http://www.joycemcdonald.net/ ◇Elaine Marie Alphin HP http://members.aol.com/elainemalphin/Index.html ◆MWA賞(エドガー賞)について(本誌2001年5月号情報編「世界の児童文学賞」) http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/dtp/2001/05a.htm#bungaku ◇MWA賞(エドガー賞)受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ作成) http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/award/us/mwa/index.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞情報2●2002年アガサ賞発表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  5月4日、アガサ賞が発表された。この賞はマリス・ドメスティックが主催。アガ サ・クリスティの作品のように過激な描写などの少ないミステリー作品を選考対象と する。Best Novel、Best First Mystery Novel、Nonfiction、Short Story、 Children's/YA の5部門が設けられているが、ここでは児童文学に関する1部門のみ 掲載する。  2002年の★Winner(受賞作)、☆Nominees(候補作)は以下の通り。 【児童書及びヤングアダルト部門】(Children's/YA) ★Winner "The Mystery of the Haunted Caves (Troop 13 Mystery)" by Penny Warner (Meadowbook Press) ☆Nominees "The Viking Claw" by Michael Dahl (Pocket Books) "Death on Sacred Ground" by Harriet K. Feder (Lerner Publications Co.) "The Mystery of the Octagon House" by Gay Toltl Kinman (RFI West) "Ring Out Wild Bells: A Matty Trescott Novel" by Carroll Thomas (Smith & Kraus)    受賞作の "The Mystery of the Haunted Caves (Troop 13 Mystery)" はサマーキ ャンプで同じグループになった少女たちが、今も眠るだろう宝を探しに、廃墟となっ た金鉱跡地に向かうという話。ワーナーの大人向け作品では、1997年にマカヴィティ 賞最優秀処女長編賞を受賞した『死体は訴える』(吉澤康子訳/ハヤカワ・ミステリ 文庫)が邦訳されている。"The Viking Claw" は少年が作家の伯父と、少年の両親が 消えてしまったゴーストタウンへ旅に出る話である。この作品同様、フェダーの作品 にも冒険がからむ。こちらは、ネイティブ・アメリカンのセネカ族の居住地での事件 を少女が解決する話。キンマンの作品は優秀な e-book に贈られる Eppie Awards を 獲得している。トーマスの "Ring Out Wild Bells" は Matty Trescott Stories の 3作目。                                 (西薗房枝) 【参考】 ◇MALICE DOMESTIC 公式サイト http://www.malicedomestic.org/  ◆Penny Warner HP http://pw1.netcom.com/~tpwarner/penny.html ◇Michael Dahl HP http://www.mysteryworks.com/ ◆Carrol Thomas HP http://www.mattytrescott.com/Home/Carroll_Thomax.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞情報3●カーネギー賞・グリーナウェイ賞候補作発表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  4月26日、カーネギー賞、グリーナウェイ賞の候補作が発表された。英国図書館協 会主催のこの賞は、イギリスで最も権威ある児童文学賞である。発表及び授賞式は7 月12日。候補作は以下の通り。 【カーネギー賞候補作】〜 Carnegie 〜(作家対象) "Love that Dog" by Sharon Creech (Bloomsbury) "The Ropemaker" by Peter Dickinson (Macmillan) "Journey to the River Sea" by Eva Ibbotson (Macmillan) "Jake's Tower" by Elizabeth Laird (Macmillan) "The Kite Rider" by Geraldine McCaughrean (Oxford) "Stop the Train" by Geraldine McCaughrean (Oxford) "Amazing Maurice and his Educated Rodents" by Terry Pratchett (Doubleday) "True Believer" by Virginia Euwer Wolff (Faber) 『めぐりめぐる月』(もきかずこ訳/講談社)などでお馴染みのクリーチは、詩を好 む少年が自分の素直な気持ちを表現する術を獲得するまでを描いた作品で、昨年に引 き続いてのノミネートだ。カーネギー賞を2度も受賞しているディキンソン。ノミ ネート作品の本格ファンタジー "The Ropemaker" は既にアメリカのプリンツ賞を受 賞している。日本では『アレックスとゆうれいたち』(野沢佳織訳/徳間書店)が紹 介されているイボットソンの作品は、1900年代にイギリスからアマゾンに移り住んだ 少女が主役である。この作品は昨年スマーティーズ賞を受賞している(本誌昨年11月 号書評編のレビュー参照)。レアードの "Jake's Tower" は義父から虐待を受けてい る少年が、そこから逃れるために空想の中に築いた理想の世界の話。レアードの邦訳 には『ひみつの友だち』(香山千加子訳/徳間書店)、『ロージーの庭』(市川里美 絵/坂崎麻子訳/リブロポート)などがある。『不思議を売る男』(金原瑞人訳/偕 成社)で知られるマコーリアンは2作品が候補に挙がっている。"The Kite Rider" は儒教を重んじる時代の中国が舞台である。家長に従っていた12歳の少年が自分の意 志を持ち、道を切り開いていくという話。一方 "Stop the Train" は少女が主人公で、 1890年アメリカ、オクラホマ州が舞台。鉄道開通をあてにして開拓地に移り住んだ人 々が出会う苦難を、少女の目から描く。プラチェットの作品は有名な「ディスクワー ルド」シリーズ(邦訳は角川書店など)の児童版。「ハーメルンの笛吹き」の話が下 敷きになっているという。ウルフの作品は本誌4月号でもお知らせした通りゴールデ ン・カイト賞を受賞している。 【ケイト・グリーナウェイ賞候補作】〜 Greenaway 〜(画家対象) "Fix-it Duck" by Jez Alborough (Lions) "The Witch's Children" by Russell Ayto (Orchard) "Katje the Windmill Cat" by Nicola Bayley (Walker) "Silver Shoes" by Caroline Binch (Dorling Kindersley) "Tatty Ratty" by Helen Cooper (Doubleday) "Sometimes I Like to Curl up in a Ball" by Charles Fuge (Gullane) "Let's Get A Pup!" by Bob Graham (Walker) "Pirate Diary" by Chris Riddell (Walker)  至る所で賞を獲得している候補者が並んでいる。『ぎゅっ』(徳間書店)で日本に 紹介されたオールバラの "Fix-it Duck" は "Duck in the Truck" の続編である。今 回はのん気なアヒルが大工道具片手に問題を解決していくという愉快な作品。"The Witch's Children" は二頭身の可愛い魔女の子供たちが主人公である。公園で変身魔 法をかけてみたがもとに戻せず、さあ大変!という話だ。"Katje the Windmill Cat" のベイリーはかつて、『ネズミあなのネコの物語』(アントーニャ・バーバ文/今江 祥智・遠藤育枝訳/BL出版)で各賞を多数受賞、本賞の候補にも挙がった。繊細な 色使いで描くネコの絵には定評がある。リアリティにとんだ画風はビンチ。少女の表 情を細かに描いている。クーパーはグリーナウェイ賞を過去2回受賞している。2回 目の受賞作 "Pumpkin Soup" は『かぼちゃスープ』(せなあいこ訳/アスラン書房) として出版されている。今回の "Tatty Ratty" は女の子が失くしたぬいぐるみのウ サギ Tatty Ratty の物語。表紙の、夜空に赤い傘をさして浮かぶ白ウサギの姿に心 惹かれる。フュージの "Sometimes I Like to Curl up in a Ball" はウォンバット が主人公である。体をクルッと丸める姿が愛らしい。『ちいさなチョーじん スーパ ーぼうや』(まつかわまゆみ訳/評論社)でオーストラリア児童図書賞を受賞した経 験のあるグラハムの作品は、家族にするにふさわしい犬を探す話。リデルは『ぞうっ て、こまっちゃう』(たなかかおるこ訳/徳間書店)のほか「崖の国物語」シリーズ (ポール・スチュワート文/唐沢則幸訳/ポプラ社)の挿絵なども手がけている。 "Pirate Diary" は海賊の生活を表情豊かに描いた作品。                                 (西薗房枝) 【参考】 ◆カーネギー・グリーナウェイ賞公式HP http://www.carnegiegreenaway.org.uk/ ◇過去の受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ作成) http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/award/uk/carnegie/ http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/award/uk/greenawy/ ◆カーネギー・グリーナウェイ賞について(本誌1999年7月号情報編「世界の児童文  学賞」) http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/dtp/1999/07a.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(邦訳絵本)●自分だけの山脈をもつこと ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『おばあちゃんのキルト』 ナンシー・ウィラード文/トミー・デ・パオラ絵/長田弘訳 みすず書房 本体1,800円 2002.03 32ページ "The Mountains of Quilt" by Nancy Willard, Illustrated by Tomie de Paola Harcourt Brace Jovanovich, 1987 “1人の魔法使いが、クリーブランド山脈に住んでいました”と、お話ははじまる。 クリーブランドに山脈があったっけ――? いいえ、それはこの魔法使いがこしらえ た、誰にも見えない山脈。住んでいるのは彼1人だけ。友人の魔法使いたちもそれぞ れ、自分だけの山脈をもっている。彼らは時々集まって、野球のボールを空に浮かべ て月のかわりにしたり、うたうスニーカーをつくったりと、魔法の力を見せっこする のだ。ある日、クリーブランド山脈の魔法使いが取り出した布切れには、とても魅力 的な魔法がかかっていた。ところが、1羽のカササギのせいで、魔法使いのことなん か何も知らないおばあちゃんのところに、その布が持ち込まれてしまう。そしておば あちゃんのキルトに縫い付けられたとたんに、すてきな魔法がはじまった!  お話に出てくる魔法のかずかずは、他愛もないけどとても美しいイメージ。文章に は、豊かな比喩と独特の浮遊感があふれている。理詰めで考えようとせず、流れに身 を任せてぞんぶんに楽しむとしよう。魔法使いがチョコレート・プリンをつくって失 敗したり、おばあちゃんが牛や羊の世話のことを考えたりする、ちょっとした現実感 も好き。現実が魔法にかわる瞬間の感動がいっそう深くなる。自分の現実の生活をわ くわくと見直せば、そこにも魔法はあるのかもしれない。  そう、詩心があれば魔法はいつでもやってくる。日常と魔法が溶け合い、きらきら と輝きだすのは、奔放な想像力とそれをあらわす詩のおかげ。魔法の道具が見えない おばあちゃんだって、キルト山脈の魔法使いにはなれる。キルトに日常の色を織り込 み、すばらしい光景を描き出すことができるのだから。  水彩と色鉛筆を用いた絵は、柔らかな色使いと優しいタッチで描かれ、文章に穏や かに寄り添っている。カラフルなマント姿の魔法使いたちも、丸いめがねのおばあち ゃんも、ほんわかとしてかわいらしい。今回の邦訳では、シリーズのほかの本と大き さを揃えるため版型が縮小され、原書より絵が小さくなっているのが少々残念。  ところで、魔法使いたちの住む山脈の名は、アムトラックの湖畔線の駅名から取ら れている。作者は列車の中で、このユニークな魔法使いの設定を思いついたのかも?                                 (菊池由美) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【文】ナンシー・ウィラード(Nancy Willard):1936年、ミシガン州生まれ。詩、 小説、エッセイなどを手がける。1982年、"A Visit to William Blake's Inn" で、 ニューベリー賞、ボストングローブ・ホーンブック賞を受賞。邦訳作品に『スティー ヴンソンのおかしなふねのたび』(平野敬一訳/ほるぷ出版)などがある。現在、ヴ ァサー大学で英文学を教える。ニューヨーク州在住。 【絵】トミー・デ・パオラ(Tomie de Paora):1934年、コネチカット州生まれ。自 作絵本や挿絵を担当した本の数は200作以上。『まほうつかいのノナばあさん』(ゆ あさふみえ訳/ほるぷ出版)はコールデコット賞オナー、自らの幼年期を題材とした 『フェアマウント通り26番地の家』(片岡しのぶ訳/あすなろ書房)は、ニューベリ ー賞オナーとなった。 【訳】長田弘(おさだひろし):1939年、福島市生まれ。詩人。詩集、エッセイ集な どのほかに、河合隼雄と子どもの本について語り合った対談集『子どもの本の森へ』 (岩波書店)も出版。みすず書房の「詩人が贈る絵本」シリーズでは、選書、翻訳と 編集を自ら手がけている。本書は「詩人が贈る絵本2」シリーズ全7冊の1冊。 【参考】 ◆本誌1999年10月号書評編「作家紹介シリーズ第1回:ナンシー・ウィラード」 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/dtp/1999/10b.htm#a1sakka ◇やまねこ翻訳クラブ データベース:トミー・デ・パオラ邦訳作品リスト http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/author/d/tdepaola.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(邦訳読み物)●父親が失業した家族と傷ついたカナダガン ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『旅立ちの翼』 プリシラ・カミングズ作/斎藤倫子訳 徳間書店 本体1,400円 2002.01 216ページ "Autumn Journey" by Priscilla Cummings Cobblehill, 1997  父さんが失業し、ウィルの家族は、それまで暮らしていた都市ボルティモアを離れ、 ペンシルベニア州のおじいちゃんの農場に身を寄せることになった。父さんは、仕事 がみつからず毎晩遅くまで帰ってこない。母さんは怒りっぽく、父さんにすぐ突っか かる。ウィルのことをわかってくれるのは、おじいちゃんだけだった。  季節はカナダガンが北から南へと渡っていく秋だった。おじいちゃんはウィルにガ ン狩りを教えてくれるが、ウィルが初めて銃を撃ったとき心臓発作を起こし病院に運 ばれる。ぼくのせいだ。ガンなんか嫌いだ! その場にひとり残されたウィルの前に、 1羽のガンが現れた。ウィルは怒りにまかせて発砲し、ガンに怪我をさせるが、その まま殺すこともできずに家へつれ帰り、手当てをする。  ウィルが撃ったガン〈灰色の翼〉は初夏に生まれたばかり。初めての渡りの途中で、 群れからはぐれ、仲間を探しているところだった。 〈灰色の翼〉が、群れを導く父さん鳥を目指して飛んだように、ウィルもまた、たく ましく器用な父さんに憧れていた。ボルティモアにいたころ、父さんは廃物から子ど も用自動車を組み立ててくれた。家では母さんとふざけたり笑いあったりもしていた。 けれども職を失ってからは、自分自身を見失い、家族を省みる余裕をなくしす。思い だしたようにウィルと遊ぶ約束をしてもすぐに忘れてしまう。それどころか、家族を 離れてひとりきりになりたがる。父さんの不安と失意。母さんの動揺と苛立ち。11歳 のウィルは両親の苦しみをかなり理解できるだけに心配も膨らむ。押しつぶされそう な気持ちに耐え、父さんを慕う姿がいじらしく痛々しい。群れからはぐれ傷を負った 〈灰色の翼〉は、ウィルであり、ウィルの父さんであり、ウィルの家族でもあるのだ。  つらい出来事ばかりが重なるなか、長い目で家族を見守るおじいちゃんの存在が、 穏やかで温かい光を投げかけている。ウィルをやさしく諭す言葉は、幾度も困難を乗 り越えてきたであろう人生を思わせ、心に重く響く。家族の立ち直りを暗示する力強 いラストが感動的だ。                                 (三緒由紀)                                        ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作】プリシラ・カミングズ(Priscilla Cummings):マサチューセッツ州の酪農農 家に生まれ、動物に囲まれて育つ。ニューハンプシャーの大学で英文学を学び、卒業 後、新聞記者になる。雑誌記者、編集の仕事もし、1981年にメリーランド州に引っ越 してから、子ども向けの本を書きはじめる。the Chadwick the Crab シリーズなど、 動物を主人公にした作品がよく知られている。 【訳】斎藤倫子(さいとう みちこ):1954年生まれ。国際基督教大学卒。『メイお ばちゃんの庭』(シンシア・ライラント作/あかね書房)、『スクーターでジャン プ!』(ベラ・B・ウィリアムズ作・絵/あかね書房)、『シカゴよりこわい町』 (リチャード・ペック作/東京創元社)などの訳書がある。『シカゴよりこわい町』 は第4回やまねこ賞(読み物部門)を受賞した。東京在住。 【参考】 ◆やまねこ翻訳クラブ データベース:プリシラ・カミングズ作品リスト http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/author/c/pcmmmngs.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(未訳読み物)●高麗青磁を愛した少年 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『たった一つのかけら』(仮題) リンダ・スー・パク作 "A Single Shard" by Linda Sue Park Clarion Books 2001, ISBN 0395978270 152pp. ★2002年ニューベリー賞受賞作  身内のない少年、キクラゲは、12歳の今まで、橋の下で暮らす「鶴男」と呼ばれる 老人に寄り添って生きてきた。鶴男には職がなく、人々が捨てたものなどを拾って暮 らしていたが、決して泥棒や乞食には成り下がらず、おなかを空かせながらも、人間 としての尊厳は守っていた。  キクラゲの楽しみは、近くに住む名陶工、ミンの仕事を密かに覗くことだった。完 璧主義の老人ミンは、他の陶工に比べると作品数が少なく、決して豊かではない。だ が、彼がつくる青磁の美しさ、完成度の高さは、何の知識もないキクラゲさえをも魅 了するほどだった。思いもかけず、キクラゲはミンの手伝いをさせてもらうことにな る。力仕事ばかりで、ろくろに触れるなどは許されないが、出された昼食の一部を鶴 男に持ち帰ることで、二人が空腹に苦しむことはなくなった。そんなある日、皇帝の 使いが、近々陶工たちの村へ仕事を見にくるという噂が伝わった。皇帝からの注文が 入れば、その職人の一生は保証される。ミンに勝る職人は絶対にいないと信じている ものの、キクラゲを不安にさせる要素が一つあった……。  この小説は、12世紀韓国の陶芸村を舞台としたある孤児の成長記だ。同じく孤児の 成長を描いたニューベリー受賞作『アリスの見習い物語』(K・クシュマン作/柳井 薫訳/あすなろ書房)を思い出すが、一つ大きな違いがある。アリスは自力で育って いくのに対し、キクラゲには支えとなり、育つための養分を与えてくれる樹の幹、鶴 男がいる。この違いは、子どもの独立こそ成長とみなす西洋と、親/師との甘えの関 係を土台に、子どもを社会の一員として受け入れていく東洋との本質的な差だろう。 多国籍社会の縮図ともいえる米国で、作者は祖国の文化遺産のみならず、その精神を 表現し、評価を得た。  高麗青磁は決して派手ではないが、独特の肌合い、深い青緑色、ユニークな象嵌や 造形の美しさは大地の暖かみを帯び、土地を愛する民族のこころをあらわす。高麗青 磁のように、地味だが暖かみのある美しさを秘めるこの作品が、思想的には対極的な アメリカで認められたことは、同じアジア人としてとてもうれしい。                                  (池上小湖) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作】Linda Sue Park(リンダ・スー・パク):1960年イリノイ州に生まれる。幼少 期より詩などを書き、一部は雑誌に掲載された。スタンフォード大学英語科を卒業後、 様々な執筆業や ESL の教職を経て、99年に最初の児童書、"Seesaw Girl" を出版。 本作品は3冊目。両親が韓国からの移民であるため、韓国を題材にした作品を主に書 いている。2児の母。 【参考】 ◇やまねこ翻訳クラブ データベース:リンダ・スー・パク作品リスト http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/author/p/lspark.htm ◆リンダ・スー・パクHP http://www.lindasuepark.com/ ◇高麗青磁(大阪市立東洋陶磁美術館内安宅コレクションより) http://www.moco.or.jp/jp/colle/colle/Korea_A/frame.html ◆東京国立博物館平成館「日韓文化交流特別展 韓国の名宝」 詳細は本誌今月号情報編「美術館情報」参照のこと。 http://www.tnm.jp/scripts/Index.idc ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●Chicoco の親ばか絵本日誌●第17回「眠い毎日」       よしいちよこ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  4月、いよいよ幼稚園がはじまりました。しゅんは毎朝8時5分に黄色い幼稚園バ スに乗って元気に登園しています。新しい生活に興奮して疲れて帰ってくるのですが、 お昼寝をするとぐっすり眠ってしまい、そのせいで夜寝るのが遅くなり、翌朝の早起 きにひびきます。そんな些細なことが、しゅんとわたしにとっては大問題。1か月た ち、お昼寝をせずに早めにお風呂と夕食をすませ、8時ごろに就寝する生活パターン をつくろうとしています。しゅんは夕方6時ごろから睡魔とたたかいはじめますが、 食事もせずに朝まで寝てしまうこともしばしば。布団にはいって絵本を1冊読んだら、 すぐに眠ります。  絵本『ねんころりん』(ジョン・バーニンガム作/谷川俊太郎訳/ほるぷ出版)に は眠い目をしたクマや魚が登場します。その目があまりにもしゅんにそっくりで笑っ てしまいます。ネコの親子もガチョウもカエルも疲れた1日の終わりに幸せな眠りを 求めています。しゅんもわたしと声をそろえて「ねんころり〜ん」といっているうち に、だんだん眠りの国へ。絵本の言葉をまねして「しゅんも、あした、まっさら新し いがいいなあ」といいながら(意味をわかっているのでしょうか)、あくびを連発。 絵本を閉じればすぐに目を閉じます。  さて、もう1冊、最近のおやすみ前のお気に入り絵本は『おまめくんビリーのゆめ』 (シーモン・リア作/青山南訳/岩崎書店)です。青いおまめのビリーはロケットを 作って宇宙に飛び出すことを夢みています。ロケットを描いた紙で作った飛行機を飛 ばしたところ、黄色いおまめの頭にあたりました。ビリーは、それがきっかけで知り あった黄、赤、緑のおまめくんや紫のまめねずみと力をあわせてロケットを作ります。 おまめくんたちの顔がたまらなくかわいくて、わたしも大好きな絵本です。  大豆、金時豆、枝豆などまめ好きなしゅんは「ごめんね、おまめくん。かわいいけ ど食べちゃうよ」と、ビリーを指でつまんで口にぽいっ。入園2日めに転んでたんこ ぶをつくったしゅんは、紙飛行機があたった黄色いおまめくんのたんこぶを見て「せ んせい、おへやで走ったらあかんっていった」といいます(おまめくんは転んだので はないのですが)。細かい絵をじっくりひとつひとつ見て、「あ、こんなところに紫 のまめねずみくん、いた!」「緑のおまめくん、とんかちしてる!」と、楽しい発見 の連続ににこにこ。ロケット発射の場面では、まってましたとばかりに「はっしゃ、 ずしーん!」と自分も飛んでいきそうな勢いです。こんなにはじけていても、本を閉 じれば、すぐに目を閉じ、眠ってしまう今日このごろのしゅんです。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●お知らせ●  本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。 (今号掲載の本の情報は、5月17日から反映される予定です。)こちらの「やまねこ オンライン書店街」よりお入りください。 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/shop/index.htm PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  5月下旬発行予定! 「月刊児童文学翻訳」増刊号第3号のお知らせです。 ∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵ ゜・。☆・゜♪。・゜。◆ローレン・チャイルド特集号◆・。・゜♪・。・。☆。・ ∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵ 「クラリス」シリーズを出版するフレーベル館へのインタビューと、訳を担当される 木坂涼さんへのロングインタビュー、そして全作品のレビューを掲載予定です。 PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【イロイロあるから、いろいろ楽しい FOSSIL】 ボタンを押すと「赤い」文字盤が「ブルー」に変わる、大きなデジタル数字が文字盤 を占領して秒ごとに時計の表情が変わる、しかもその数字が漢字だったり、カバーガ ラスがビー玉みたいにコロンと丸っこかったりする・・・。小さな腕時計の中にいろ いろな「遊び心」を詰め込んでいるのが、フォッシルのウオッチ。直営店にもぜひご 来店ください。 《渋谷区神宮前 4-26-28 JUNK YARD 1F TEL 03-5413-6118 》 http://www.fossil.com       (株)エス・エフ・ジェイ:やまねこ賞協賛会社 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▽▲▽▲▽  海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽ やまねこ翻訳クラブ(yamaneko-mgzn@office-ono.com)までお気軽にご相談ください。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━    ☆★姉妹誌「月刊児童文学翻訳あるふぁ」(購読料/月100円)☆★ 洋書ビギナーにおすすめの、楽しく読める未訳書ガイド。クイズに答えてポイントを ためると、プレゼントももらえます。詳細&購読申し込みはこちらから(↓)。    http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/alfa/index.htm (第9号は6月5日発行。申し込み手続きは前日までにおすませください。) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●編集後記●やまねこ翻訳クラブでは、カーネギー・グリーナウェイ賞の候補作を読 み比べて、本誌次号以降にレビューを掲載する予定です。どうぞお楽しみに。(き) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 発 行 やまねこ翻訳クラブ        発行人 河原まこ(やまねこ翻訳クラブ 会長) 編集人 菊池由美(やまねこ翻訳クラブ スタッフ) 企 画 河まこ キャトル きら くるり こべに さかな 小湖 Gelsomina     sky SUGO Chicoco ちゃぴ つー どんぐり NON BUN ぱんち     ベス みーこ みるか 麦わら MOMO YUU yoshiyu りり Rinko     ワラビ わんちゅく 協 力 @nifty 文芸翻訳フォーラム     小野仙内 ながさわくにお ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・このメールマガジンは、「まぐまぐ」( http://www.mag2.com/ )を利用して配信 しています。購読のお申し込み、解除もこちらからどうぞ。 ・バックナンバーは、http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/でご 覧いただけます。 ・ご意見・ご感想はyamaneko-mgzn@office-ono.comまでお気軽にお寄せください。 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●無断転載を禁じます。