※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 2003年10月号(書評編)    =====☆                    ☆=====   =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====    =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====                                  No.54 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌● ●http://www.yamaneko.org/mgzn/                      ● ●編集部:mgzn@yamaneko.org      2003年10月15日発行 配信数 2400 無料● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●2003年10月号(書評編)もくじ● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◎賞情報1:ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)賞発表 ◎賞情報2:ガーディアン賞発表 ◎特集:ガーディアン賞受賞作及び最終候補作レビュー  『夜中に犬に起こった奇妙な事件』 マーク・ハッドン作  "The Fire-Eaters" デイヴィッド・アーモンド作  "Lucas" ケヴィン・ブルックス作  "The Speed of the Dark" アレックス・シアラー作 ◎注目の本(邦訳絵本):『デザートタウン』             ボニー・ガイサート文/アーサー・ガイサート絵 ◎Chicoco の親ばか絵本日誌:第24回「お話のなかにはいりたい」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞情報1●第19回(2003年度)ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)賞発表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  ブラティスラヴァ世界絵本原画展(Biennale of Illustrations Bratislava)は、 隔年9月〜10月にスロヴァキア共和国の首都ブラティスラヴァで開催される世界最大 規模の絵本原画展。1967年に第1回が開催され、以後奇数年に開かれている。今年度 は38か国、311名の絵本画家の作品2398点が出展された。日本では1996年から、ブラ ティスラヴァでの展示の翌年に展示会が行われている。  9月1日〜4日に行われた審査委員会で今年度の受賞者が以下の通り決定された。 ★第19回(2003年度)ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)賞受賞者                              及び出展された絵本 グランプリ : 出久根育(日本) (1名)    『あめふらし』(パロル舎) 金のりんご賞: Isol Misenta(アルゼンチン) (5名)    "Tic Tac" (Alfaguara)         Michael Dudok De Wit(オランダ)         "Vader en dochter" (Leopold)         Victoria Fomina(ロシア)         "Mozart, Velikije imena" (Grimm press)         Armin Greder(スイス)         "An Ordinary Day" (Scholastic Press)         "Die Insel" (Sauerlander)                *Sauerlander のふたつめの a の上にウムラウト         Chiara Carrer(イタリア)         "A Qui La Faute" (Circonflexe) 金  牌  : Carll Cneut(ベルギー) (5名)    "Mijnheer Ferdinand" (De Eenhoorn)         Andrea Petrlik Huseinovic(クロアチア)                *Huseinovic の c の上に「´」         "The blue sky" (Kasmir Promet)                *Kasmir の s の上にハーチェク         "Alica u Zemlji cudesa" (Kasmir Promet)                *cudesa c、Kasmir の s の上にハーチェク         Hafez Mir Aftabi(イラン)         "Bayad be Fekre Fereshteh Bood" (Shabaviz)         "Elyas" (Shabaviz)         Piet Grobler(南アフリカ)         "Een slokje, Kikker!" (Lemniscaart)                *Een の e の上に「´」         "Die spree met foete" (Human & Rouseau)         Antonio Acebal(スペイン)         "!Sahar, despierta!" (Milenta Muyeres)                *先頭の ! は逆さに表記される  グランプリを受賞したのは出久根育氏であった。日本人では瀬川康男氏、中辻悦子 氏に続いて、3人目のグランプリ受賞者となる。これまでに『穴』(ルイス・サッカ ー作/幸田敦子訳/講談社)、『ペンキや』(梨木香歩作/理論社)、『ルチアさん』 (高楼方子作/フレーベル館)などの表紙画や挿絵を手がけている。彼女の描く登場 人物は強烈な存在感があり、その瞳は不思議な魅力を放っている。1998年には、グリ ム童話をエッチングで描いた作品でボローニャ国際絵本原画展に入選した。金のりん ご賞を受賞した Armin Greder の "An Ordinary Day" は、昨年のオーストラリア児 童図書賞絵本部門の受賞作である。                        (西薗房枝/なかつかさひでこ) 【参考】 ◆「スロヴァキア国際児童芸術館」公式サイト http://www.bibiana.sk/uvod_e.htm ◆Michael Dudok de Wit 公式アニメーションサイト http://www.dudokdewit.com/ ◆Victoria Fomina 紹介サイト(Grimm press) http://www.grimm.com.tw/20.htm ◆Carll Cneu 公式サイト http://users.pandora.be/carllcneut/ ◆Andrea Petrlik Huseinovic 紹介サイト http://www.crowmagazine.com/aph_eng.htm ◇ブラティスラヴァ世界絵本原画展について  本誌2001年2月号情報編「世界の児童文学賞」 http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2001/02a.htm#bungaku ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞情報2●ガーディアン賞発表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  10月2日、英国「ガーディアン」紙主催の児童文学賞、ガーディアン賞が発表され た。7月に8作品がロングリストとして発表され、9月にはそのうち4作品がショー トリスト(最終候補作)に残ったと発表されたところだった。本年度、審査員に加わ った作家は、Michael Morpurgo、Malorie Blackman、Philip Ardagh の3人。 ★2003年度 The Guardian Children's Book Prize★ "The Curious Incident of the Dog in the Night-time"    by Mark Haddon (David Fickling Books)  本年度の受賞作は、これまで絵本や低・中学年向けの作品を発表してきた Mark Haddon が、はじめて書いたYA作品。日本では、いち早く6月に邦訳が出版されて いる(『夜中に犬に起こった奇妙な事件』/小尾芙佐訳/早川書房)。審査委員長の Julia Eccleshare が「魅力的で独創的、そして考え方を一変させられる」と絶賛し たこの作品は、アスペルガー症候群(広義の自閉症の一種)の15歳の少年クリストフ ァーを語り手にした物語。数学は得意だが人の表情を理解することのできない主人公 が、まわりの情報をどのように受け止め、どう考えていくのかがうまく描かれており、 イギリスで話題となった。児童書と同時に一般向け装幀版も出版され、児童書として は2度目のブッカー賞候補作品(ロングリスト)にもあげられた。すでに世界15か国 で翻訳出版されている。内容については、今月号の「ガーディアン賞受賞作及び最終 候補作レビュー」記事のレビューを参照のこと。 ★The shortlist for the Guardian Children's Book Prize★  (ロングリストは、やまねこ翻訳クラブ資料室:ガーディアン賞受賞作品リストを   参照のこと。http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/guardian/guarsl.htm) **************************************************************************** "The Fire-Eaters" by David Almond (Hodder) "Lucas" by Kevin Brooks (The Chicken House) "The Speed of the Dark" by Alex Shearer (Macmillan) ****************************************************************************  ショートリストには、日本でも名の知られた実力派作家の名前が並んだ。数々の賞 を受賞してきた David Almond は、『肩胛骨は翼のなごり』(山田順子訳/東京創元 社)をはじめ、これまでに3冊の邦訳が紹介されている。Alex Shearer も、最近立 て続けに4冊の邦訳が出版された話題の作家だ。一方、Kevin Brooks は "Lucas" が YA作品2作目ながら、前作 "Martyn Pig" では、ブランフォード・ボウズ賞を受賞 し、またカーネギー賞候補作品にもあげられた実力派。10月31日には角川書店から初 邦訳『マーティン・ピッグ』が出版される予定。各候補作品のレビューは、今月号で まとめて紹介している。                                (植村わらび) 【参考】 ◆ガーディアン賞サイト http://books.guardian.co.uk/guardianchildrensprize2003/ ◇ガーディアン賞について(本誌1999年3月号「世界の児童文学賞」) http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/1999/03.htm#bungaku ◇ガーディアン賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/guardian/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●特集●ガーディアン賞受賞作及び最終候補作レビュー ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  ガーディアン賞の受賞作と最終候補作のレビューをお届けする。受賞作のレビュー は邦訳本を、他はすべて英国版の本を参照して書かれている。なお米国版の詳しい出 版状況は「やまねこオンライン書店街」http://www.yamaneko.org/mgzn/shop/ を参 照のこと。 **************************************************************************** 『夜中に犬に起こった奇妙な事件』 マーク・ハッドン作/小尾芙佐訳 早川書房 本体1,700円 2003.06 373ページ "The Curious Incident of the Dog in the Night-time" by Mark Haddon David Fickling Books, 2003  近くの家の犬が園芸用のフォークを刺されて死んでいた。第一発見者のクリストフ ァーは、殺した犯人をなんとしても突きとめなければと思った。父親に反対されなが らも、近所の人たちに聞きこみをするなど「探偵の仕事」に励み、ついに容疑者を割 り出した。ところが、意外な人物が犯人であることが判明。さらにそれがきっかけで、 自分の家庭にも衝撃的な事実が隠されていたことを知り、クリストファーは父親を信 じられなくなった。そこで、ある場所を目指して家を出ようと決意する。知らない場 所に行くのが苦手なのにもかかわらず……。  クリストファーは養護学校に通う15歳。数学と物理学の成績が優秀で、すばらしい 記憶力を持っているが、人の表情を見分けることができず、コミュニケーションがう まくとれない。本作は、そんなクリストファーが自分で書いた小説という形をとって いる。几帳面に綴られる文章を読んでいると、頭のなかのスクリーンにクリストファ ーの内面が克明に映し出される。それはあまりに新鮮で、驚きをおぼえるとともに、 言い知れない思いがこみ上げてくる。  初めてひとりで訪れた駅や町で、クリストファーは目や耳から容赦なくなだれこむ たくさんの情報を処理できなくなり、たびたび混乱する。苦しみながらも自分なりに 気をしずめ、再び歩き出そうとするひたむきな姿は、あまりに痛々しい。けれども、 クリストファーはあきらめない。自分の頭で論理的に考えたことをひとつひとつ行動 に移し、目的を果たそうとする。いつも自分の意志を大切にしているのだ。そうして しだいに、家族やまわりの人とのちょうどいい関係を保てるようになっていく。複雑 な世の中を自分なりに歩むクリストファーの足取りは、ぎこちないけれどたくましい。                                 (須田直美) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作】マーク・ハッドン(Mark Haddon):1962年、英国ノーサンプトン生まれ。心身 障害のある人たちと関わる仕事を始めとする数々の仕事につくかたわら、1987年に絵 本 "Gilbert's Gobstopper" を発表。その他、'Agent Z' シリーズや、スマーティー ズ賞候補になった "The Real Porky Philips" など、絵本だけでなく読み物も発表し、 TVドラマの脚本家としても活躍している。本作が初の邦訳作品。 【訳】小尾芙佐(おび ふさ):津田塾大学英文科卒、英米文学翻訳家。『アルジャ ーノンに花束を』(ダニエル・キイス作/早川書房)、『闇の左手』(アーシュラ・ K・ル・グィン作/早川書房)など、ミステリやSFの分野を中心に訳書多数。 【参考】 ◇マーク・ハッドン作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/author/h/mhaddon.htm **************************************************************************** "The Fire-Eaters"『火食い術師』(仮題) by David Almond デイヴィッド・アーモンド作 Hodder Children's Books 2003, 249pp. ISBN 0340773820  1962年、夏。英国ニューキャッスルの町で、ボビーは火食い術が得意な曲芸師マク ノルティと出会い、アシスタントを頼まれる。荒々しくふるまい、自分を痛めつけて 芸をするマクノルティを見物人は恐れた。だが、ボビーはこわく思いながらも驚嘆し、 尊敬のまなざしで芸をみつめつづけた。  季節は変わり、秋。ボビーは中学校に入学した。中学の教師は説教中に少し目をそ らしただけでも鞭をうつほど冷酷で、学校全体にぴりぴりとはりつめた空気が漂って いた。家では、父さんが原因不明の咳をしはじめる。世界に目を向ければ、キューバ をめぐってアメリカとソ連がにらみあい、いまにも核戦争がはじまりそうな気配だ。 そんなおり、マクノルティがボビーの家のそばの海辺へやってきた……。  本作はこれまで作者アーモンドが発表してきたなかでも、一番メッセージ性が強い。 キューバ危機当時の人々の不安や苦しみを前面にだし、ボビーの父が第二次世界大戦 でビルマに赴いたときの話をする場面をもりこむなど、反戦を謳っているのだ。とは いえ、登場人物が自然の音(今回は、海)に耳をかたむけ、自然と交感するのは前作 までと同様。この作品でも、アーモンドは人物の心理描写と自然の描写とをうまくリ ンクさせている。五感に訴えるような神秘的な雰囲気も健在だ。  タイトルの「火食い術」にこめられた意味も深いものだ。わたしには、火食い術で 燃える炎が hot、ソ連の寒い大地と冷戦が cold との含みをもっているように思え、 双方が対照的に映った。海辺でマクノルティが火食い術をするシーンでは、その hot と海を渡った先のソ連の cold を連想させられ心に残る。  読後、大好きな作家の世界の余韻に浸りながらも、戦争反対のメッセージが強くの しかかってきた。                                 (早川有加) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作】David Almond(デイヴィッド・アーモンド):1951年、英国ニューキャッスル ・アポン・タイン生まれ。教師、文芸誌の編集者を経て作家となる。子ども向けに執 筆した第1作 "Skellig"(『肩胛骨は翼のなごり』/山田順子訳/東京創元社)で、 カーネギー賞、ウィットブレッド賞を受賞。その後も数々の賞を受賞している。邦訳 は、『闇の底のシルキー』(山田順子訳/東京創元社)、『ヘヴンアイズ』(金原瑞 人訳/河出書房新社)がある。 ◆デイヴィッド・アーモンド公式サイト http://www.davidalmond.com/ ◆U.S. Randomhouse内のサイト http://www.randomhouse.com/features/davidalmond/ ◇デイヴィッド・アーモンド邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/author/a/dalmnd_j.htm **************************************************************************** "Lucas" 『ルーカス』(仮題) by Kevin Brooks ケヴィン・ブルックス作 The Chicken House 2003, 361pp. ISBN 1903434769  15歳の夏、わたしの心はざわついていた。本島の大学からこの小さな島に帰省中の 兄も、仲の良かった女友達のビルも、急に島の不良グループと付き合い出した。昼間 からお酒の臭いをさせているような連中ばかりだし、地主の息子で自信過剰なジェイ ミーが幅をきかせているグループだというのに。そして、島に突然現れてひとりで森 に野宿している謎の少年の存在も気になった。人々は得体の知れない少年を警戒し、 泥棒だと囁く声さえあった。でも、わたしは一目見た時からその青い瞳に心惹かれた。 少年の名はルーカス。言葉を交わすようになると、生い立ちも年齢もわからないこの 少年のことが少しずつ理解できるようになった。自然の中で暮らすルーカスには野生 動物のようなところがある。人並み外れた運動神経に鋭い感覚、そして人を冷静に観 察して善悪を見極める能力。ジェイミーはそんなルーカスを憎んだ。憎しみは悪い噂 を生み、噂は偏見に満ちた人々の心を蝕んでいった。……そしてあの事件が起きた。  主人公のケイトリンが、1年前の夏に起きた2週間の悲しい出来事を書き綴るとい う設定の物語。大人になりたいと背伸びする兄や親友の態度に疑問を感じていたケイ トリンは、その夏ルーカスと出会うことで自然に子供時代を卒業した。だがそのため には、辛い試練を受けなければいけなかった。島という閉鎖的な社会に飛び込んだ放 浪者、ルーカスをたったひとりで擁護する立場に立たされたのだ。感情にまかせ、異 端者を排除しようとする群集心理の恐ろしさ。揺るがないはずの事実が覆され、あり もしない事実が捏造される。不条理を前になすすべなく、ケイトリンの心は悲痛な叫 び声をあげる。だが己の無力さを謙虚に認めた時、人は成長する。「わたしは子ども だった」と1年前を振り返るケイトリンは、今、確実に大人の顔になっている。                                 (大塚典子) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作】ケヴィン・ブルックス(Kevin Brooks):1959年、英国デヴォンシャー生まれ。 アストン大学卒業。火葬場、動物園、郵便局など様々な職場での経歴に終止符を打ち、 作家業に専念するようになった。初めてのYA作品 "Martyn Pig" で2003年のブラン フォード・ボウズ賞を受賞。現在はイギリスで一番小さな町、マニングツリー在住。 ◆ケヴィン・ブルックス インタビュー http://www.thisispush.com/voices/brooks_qa.htm ◇ケヴィン・ブルックス作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/author/b/kbrooks.htm ◇月刊児童文学翻訳7月号書評編 "Martyn Pig" レビュー http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2003/07b.htm#martynpi **************************************************************************** "The Speed of the Dark" 『闇に向かって』(仮題) by Alex Shearer アレックス・シアラー作 Macmillan 2003, 280pp. ISBN 1405020423  クリスは画家の父と二人暮らし。芸術家気質の父は世渡りが下手で、広場の似顔絵 描きとして生計を立てていた。いつしか父は、広場のパフォーマンス仲間の一人、美 しく個性的な踊り子のポッペアと親密な仲に。だが、自分の外見に劣等感をもつ小男 エックマンがひそかにポッペアを愛したことから、すべての歯車が狂いはじめる。エ ックマンは拡大鏡でしか見えないほど微細なミニチュア作品を作り、小さなガラスの ドームに入れて自分の画廊で展示していた。ポッペアをモデルにしたいと申し出るエ ックマン。やがてポッペアが、続いて父が失踪し、クリスはエックマンに引き取られ る。父を恋しく思いながら、エックマンの庇護のもと、クリスはすくすくと育つ。だ が、エックマンの工房にあるガラスドームには、恐ろしい秘密が隠されていた……。  ストーリーは、成人したクリスの同僚が、失踪したクリスの手記を読むという形で 語られる。イギリスの歴史ある町を舞台に、ゴシックの香りを漂わせて話は進み、孤 独な醜い男と美女という設定は、ホフマンの『砂男』やユーゴーの『ノートルダム・ ド・パリ』を連想させる。科学技術によって非現実が現実となったときに人間の本性 が浮き彫りにされるという趣向も、怪奇小説的な味付けだ。誰にも愛されず愛するこ ともなかった男が、はじめて人を愛したときに起きた悲劇。のちにエックマンはあれ ほど望んだ愛を得るが、時すでに遅く、その愛も自らの罪のため一瞬にして消え去っ てしまった。ラストでクリスが選んだ決断は、どんな生きかたが幸福かという問題も つきつけている。  奇想天外な設定と、ふんだんに散りばめられた機知や警句は、作者ならでは。障害 者のダークな扱いかたという点では批判も受けているが、人生の残酷さと、人が痛い ほど愛を欲する気持ちを描き切った作品だ。                                  (菊池由美) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作】Alex Shearer(アレックス・シアラー):1949年生まれ。英国サマセット在住。 シナリオライターとして執筆活動を始め、映画、舞台、ラジオ劇の脚本など多くの作 品を書く。その後、若い世代を主な対象とした小説を発表。昨年刊行された初の邦訳 『青空のむこう』(金原瑞人訳/求龍堂)以降、翻訳出版が相次いでいる。 ◇アレックス・シアラー邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/author/s/ashear_j.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(邦訳絵本)●砂漠の町に息づくたくさんのドラマ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『デザートタウン』ボニー・ガイサート文/アーサー・ガイサート絵/久美沙織訳 BL出版 本体1,500円 2003.8 32ページ "Desert Town" (text by Bonnie Geisert, illustrations by Arthur Geisert) Houghton Mifflin Company, 2001  デザートタウン――舞台はアメリカ、ネバダ州のある砂漠の町。表紙を広げると雄 大な風景に圧倒される。だが、これといった観光名所はない。家や建物は数えられる ほどで、鉄道はあるものの列車は通りすぎるだけ。そこでは時がとまっているようだ。  一見さびれた町に、アーサー・ガイサートの精密な銅版画と妻ボニーの簡潔なテキ ストが生命を吹き込んでいる。きびしい気候とうまくつきあい、自然の恵みを存分に 味わいながら暮らす人々のぬくもりがどのページからも感じられる。読者はいつのま にかこの町の旅人になってしまう。今にも地表の熱にとかされるかと思うと、快適な 室内に案内され、人々のおしゃべりが聞こえてくるようだ。気がつくと気球に乗って いるみたいに町を上空から眺めている。旅人はさまざまな角度から町を案内される。  また、この町ではいくつかの小さなドラマが同時進行している。真夏の夜に恋を実 らせた若いふたりは、人々の祝福をうけよろこびの日を迎える。めぐってきた春の日 の風景は以前と同じではない。変化をひとつずつ追いながら何度も読み返してしまう。  本作品はガイサート夫妻によるアメリカの小さな町を描いた絵本のシリーズの4冊 目である。他の3冊『プレーリータウン』『リバータウン』『マウンテンタウン』 (すべて久美沙織訳/BL出版)同様、夫妻は小さな町の日常に息づくたくさんのド ラマを愛情のこもったまなざしですくいとり、ていねいに再現している。ガイサート 夫妻は、住まいのイリノイ州ガレナからカリフォルニア州オレンジまで何度も旅し、 3年間で数多くの砂漠の町を取材して『デザートタウン』をかきあげた。夫妻の作品 づくりにたいする地道で真摯な姿勢がうかがわれる。  自分の何気ない毎日について、ふと思う。見なれた風景の中にこそたくさんのドラ マがあるのかもしれない。さまざまな角度の視点からそれをひとつずつ見つけたくな った。きっと自分の日常がもっといとおしくなるだけでなく、遠い町の日常から聞こ える鼓動にも耳をすませられるだろう。  表紙を手にしたときには、通りすがりの旅人でしかなかったのに、絵本を閉じる頃 には、すっかりこの町に愛着を感じている。きっと今度は、なつかしいふるさとに帰 郷するような思いでページをめくるだろう。                                 (鈴木明美) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【絵】アーサー・ガイサート(Arthur Geisert):アメリカ、テキサス州ダラス生ま れ。カルフォルニア大で修士号を取得。イリノイ州の大学で教えていたが、1971年頃 からフルタイムの制作生活となる。1978年、国際版画ビエンナーレ展で受賞し、銅版 画家として活躍。サンフランシスコ近代美術館はじめアメリカ各地で作品が巡回展示 される。9月に最新刊 "Mystery" が出版された。 【文】ボニー・ガイサート(Bonnie Geisert):アメリカ、サウスダコタ州クレスバ ード生まれ。イリノイ州ガレナの小学校で20年間教師をして一家の生活を支えた。作 品は、夫アーサーとの共作5冊の絵本のほかに小説 "Prairie Summer" がある。 【訳】久美沙織(くみ さおり):上智大学在学中、『水曜日の夢はとても綺麗な悪 夢だった』でデビュー。SF 、ファンタジー、ミステリ、エッセイなど著書多数。 ガブリエル・バンサンの絵本を愛し、BL出版に愛読者カードを送ったことがきっか けで翻訳のオファーを受け『ヘイスタック』(ボニー・ガイサート文/アーサー・ガ イサート絵/BL出版)が初の訳書となる。最新訳書に『ナーサリークライムズ し ちめんどうくさい七面鳥盗難事件』(アーサー・ガイサート作/BL出版)。 【参考】 ◇ガイサート邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)  http://www.yamaneko.org/bookdb/author/g/geiser_j.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●Chicoco の親ばか絵本日誌●第24回「お話のなかにはいりたい」  よしいちよこ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  ある休日の昼さがり、しゅんは昼寝をしていたおとうさんの上にのっかって遊んで いました。ぶつぶつとなにかいっているので、よく聞くと、「コオロギの下にはしゅ んちゃん。しゅんちゃんの下にはおとうさん。おとうさんの下にはきもちのいいおふ とん」。しゅんは絵本『おひるねのいえ』(オードリー・ウッド文/ドン・ウッド絵 /えくにかおり訳/BL出版)ごっこをしていたのです。お昼寝の家では、おばあち ゃん、ぼうや、いぬ、ねこ、ねずみが重なって気持ちよさそうに眠っています。とこ ろが、その上に眠れないノミがのっかったから大変。しゅんは、ノミがのっかってか らあとの、風船がはじけたような展開が大好きで、何度読んでも爆笑します。その日 のごっこ遊びでも、「コオロギがしゅんちゃんをかんで、ぎゃー! しゅんちゃんが おとうさんの上に、どすん!」……おとうさんの昼寝はここまでとなりました。(し ゅんは今コオロギを飼っています)  もう1冊、しゅんが最近何度も読んでいる絵本は『ドラゴン』(ウエイン・アンダ ースン作/岡田淳訳/BL出版)です。空から水のなかに落ちた卵から生まれた《ぼ く》が自分はなになのかを知ろうとするお話。タイトルを教えずに読みはじめました。 単純なしゅんは、魚が《ぼく》に「ひれがあるから魚の仲間だ」といえば、「ほんま や! ひれ、あるある! 魚や!」といい、トンボが「羽があるから虫だ」といえば 「羽あるある! やっぱり虫や!」といい、鳥が「飛べるから鳥の仲間だ」といえば 「そうそう、鳥や!」といいました。わたしは「もうちょっとよく考えなさいよ」と いいたいのをこらえて読み進みますと、ヘビやワニの登場にしゅんは緊張し、人間の 男の子の登場にあこがれの表情になり、後半の冒険シーンでは胸をわくわくさせてい るのがわかりました。しゅんは、《ぼく》が「ああ、人間の男の子、きみって、とっ てもすてきだ」という場面が大好きで、自分のことをいわれているような誇らしげな 顔をします。かわいさ、笑い、感動をつめこんだストーリーに、美しくやさしいだけ でなくユーモアのある絵がぴったりの、とてもすてきな絵本です。タイトルを知って しまったあとも、しゅんはくりかえしこの絵本を楽しんでいます。  今月号情報編の「出版社研究」で、BL出版の取材に同行しました。取材前の準備 をかねてBL出版の絵本をたくさん読みました。それにつきあったしゅんがとくに気 に入ったのがこの2冊でした。取材で貴重なお話を聞かせてもらえたこと、親子で楽 しめる絵本(父親も楽しんでいたかは謎ですが)と知りあえたことに感謝します。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●お知らせ●  本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。 (今号掲載の本の情報は、10月15日から反映される予定です。)こちらの「やまねこ オンライン書店街」よりお入りください。http://www.yamaneko.org/mgzn/shop/ PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ☆☆ FOSSIL 〜 Made in USA のカジュアルウオッチ ☆☆ 「FOSSILは化石って意味でしょ?レトロ調の時計なの?」。いえいえ、これは創業者 の父親がFOSSIL(石頭、がんこ者)というあだ名だったことから誕生したブランド名。 オーソドックスからユニークまで様々なテイストの時計がいずれもお手頃価格で揃い ます。レトロといえば、時計のパッケージにブリキの缶をお付けすることでしょうか。 数十種類の絵柄からお好きなものをその場で選んでいただけます。選ぶ楽しさも2倍 のフォッシルです。 TEL 03-5428-3701 http://www.fossil.com/       (株)フォッシルジャパン:やまねこ賞協賛会社 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▽▲▽▲▽   海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽    やまねこ翻訳クラブ(info@yamaneko.org)までお気軽にご相談ください。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ PR ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++   +    増 刊 号  No.7                  + 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