■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 99年2月号 =====☆ ☆===== =====★ 月 刊 児 童 文 学 翻 訳 ★===== =====☆  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ☆===== No.7 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌■ ■http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/index.htm      ■ ■編集部:yamaneko-mgzn@office-ono.com 1999年2月15日発行 配信数380 無料■ ============================================================================ ●もくじ● ◎特別企画――プロに訊く:第4回 西崎憲さん(翻訳家) ◎特集:速報! 1999年ニューベリー賞、コールデコット賞発表 ◎展示会情報:大阪府立中央図書館「カナダと日本文化の絆展」など全4種 ◎セミナー・講演会情報:遊学館「翻訳セミナー 〜翻訳と誤訳〜」など全3種 ◎Chicocoの洋書奮闘記:第4回「シリーズものだけど」よしいちよこ ◎注目の本:マーガレット・マーヒー作『紙人形のぼうけん』 ◎お菓子の旅:第3回 フィンランドのパン ☆プッラ pullat☆ ◎PR:やまねこ翻訳クラブ/月刊児童文学翻訳 ============================================================================ ●特別企画――プロに訊く●第4回 西崎憲さん(翻訳家) 今回は、ファンタジー、ミステリー、純文学などの分野でご活躍中の翻訳家、西崎 憲さんに、デビューのきっかけや、今後の翻訳のご予定などについてのお話をうかが いました。メール・インタビューに快く応じてくださった西崎憲さんに、厚く御礼申 し上げます。 ※西崎憲さん編訳作品リスト(2/22公開予定) http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/mgzn/knisizak.htm 【西崎憲(にしざきけん)さん】 +――――――――――――――――――――――――――――――――――――+ | 1955年、青森県生まれ。青森県鰺ヶ沢高等学校卒業。英米文学翻訳家。編・共| |訳書に、『怪奇小説の世紀』全三巻(国書刊行会)、『英国短篇小説の愉しみ』| |全三巻(筑摩書房)、訳書にアントニイ・バークリー『第二の銃声』(国書刊行| |会)、A・E・コッパード『郵便局と蛇』(国書刊行会)などがある。    | +――――――――――――――――――――――――――――――――――――+ Q☆翻訳を始められたきっかけはなんですか? A★読みたい作家の本が訳されていず、それをぜがひでも読みたいと思ったからだと  思います。 Q☆最初のお仕事はどのようにして決まりましたか? A★すでに文筆家として立っている友人がいて、その友人から編集者に「これこれこ  ういう友人がいて企画書を見てもらいたがっているので見てやって欲しい」という  電話を入れてもらってから企画書をその編集氏宛に送りました。幸運にもそれが通  り、本を出すことができました。 Q☆最初のお仕事をなさったとき、どのような点に苦労なさいましたか? A★普通に英語で苦しみました。あと編集氏とのやりとりはやはり社会人として常識  をもってやらなければ駄目なのだなと思いました。当たり前のことですが。 Q☆西崎さんは、ミステリー、ファンタジー、怪奇小説、純文学などを訳されていま  すが、この中で特にお好きな分野はありますか? A★「スーパーナチュラル」ということで私の趣味は大雑把に括られるかしれません。  でもそれ以外にも好きなものはあります。 Q☆西崎さんは、イギリス文学を中心に訳されていますが、それについては、何か理  由はありますか? 今後、アメリカ文学を訳される予定はあるのでしょうか? A★確かにイギリスのものはとても好きですが、アメリカのものが嫌いというわけで  はないので、いつかナンシー・ウィラードやヘルプリンは訳してみたいなと思って  います。 Q☆西崎さんは、新しい作品よりも、古い作品がお好きだという印象があるのですが、  そのへんについては、いかがでしょうか? A★そうです。でも新しいものでも好きな作品はあります。古いものの好きな新しい  人の作品ですね。 Q☆話は変わりますが、子どもの頃から本はお好きでしたか? 子どもの頃にお好き  だった本について、具体的に教えていただけるとうれしいです。 A★もちろん本は好きでした。しかしあまり上等な子供用の本は知りませんでした。  宮沢賢治は読んだ覚えがあります。あと『赤い鳥』の選集を読んだ記憶があるので  すが、それは定かではありません。どうも何でもよかったらしく、大人向け大衆雑  誌にのっていた乱歩の「一寸法師」をどきどきしながら読んだ記憶もあります。翻  訳の絵本・児童文学とはまったく無縁でした。子供のころアーサー・ランサムとか  を読んでいたらもっとかっこいい都会的な大人になっていたように思います。 Q☆絵本の翻訳に興味をお持ちだそうですが、その理由は何でしょうか? A★難しい質問ですね。修辞のひとつの形態として好きという以外に理由もありそう  です。絵本の翻訳と言うより、もう少し年齢層の高い児童文学のほうが好きかもし  れません。絵本も児童文学もおそらく自己確認みたいな作業かなと思います。つま  り子供の頃の世界を取り戻したいということですね。その意味では子供のために、  ということを強調するのはあまり好きではありません。自分が好きなふうに訳して  それが結果として読者である子供の楽しみにもなるというのが一番いいかなと思っ  ています。というか実際にはそれしかないかなと。散漫に好きなものを並べると、  ドリトル先生の井伏−石井の訳(※)は日本の翻訳史のなかで最上位に位置するも  のだと思います。アリスもかなり好きだし、エルマーも好きだし、レオーニとかも  いいと思います。古典になっているリンクレーターの、挿絵が大好きな『月に吹く  風』や、ほぼ百年前に書かれたサイレットの可愛らしい物語『魔法の街』(これも  挿絵が美しい)など訳せたらなと思いますが、今の状況では無理のようですね。   ところで全然質問の答えになっていませんね。まじめに考えると、確かに詩的な  部分に惹かれもしますし、少ない文字に凝縮された何かに惹かれもするのですが、  それより何かオブジェのような、確固としたものを、絵本の訳でやってみたいのか  もしれません。文章には形はないですよね。でも、絵本はほかの玩具などと一緒で、  「物」であるわけですし、おそらく、そのなかの文字・文章も「物」的な側面があ るのではないでしょうか。だから、こつこつと、木とかを使って遊具を造るように、 文を造ってみたいという気があるのかもしれません。喜びを与えてくれる小さな愛 らしい玩具、そうしたものをつくってみたいです。やらせてくれる方募集中。 Q☆今後の翻訳のご予定について、もしよろしければ教えてください。 A★意外にたくさんあることに気づいてしまいました。まず『ヴァージニア・ウルフ  短篇集』でこれは文庫です。気が遠くなるくらい難しいです。それから『ドイル傑  作集』、二巻本で共同編纂もやります。これは自分の担当するのは八作くらいだし、  難しくないし、楽しく訳せるので、締切以外に大変なことはないです。あとG・K・  チェスタトンの中篇集があります。こちらもウルフ同様難しいのですが、チェスタ  トンの文体は自分にあっているような気がするので、長さ以外に気が重い点はあり  ません。あとアメリカのフォークロアを集めた『アメリカの想像力』という本をあ  る出版社に企画として持ちこんでいますが、こちらはまだ企画自体が通っていませ  ん。これは大部なので十人くらいでやる予定です。それから大分以前に原稿を渡し  ているのですが、遅れているものがあって、早く出て欲しいものだと思っています。  『エレガント・ナイトメア』というもので共訳です。ああ、あと事典もありました。  編集・訳に携わった『幻想文学大事典』というものが二月末に出ます。でも二万円  という恐ろしい値段がついているので、ちょっと個人では買えないですね。図書館  にリクエストしてくだされば嬉しいです。そのほかに今考えているものとしては  『東洋幻想譚』『英米怪談集』『ヘルプリン短篇集』などがあります。果たして実  現するかどうか。 Q☆最後に、文芸翻訳家をめざしている読者のみなさんへ、ひとことお願いします。 A★ただ翻訳家を目指すのではなく、良い翻訳家を目指して欲しいなと思います。で、  私の考える良い翻訳家とは、英語の読めるということでもなく、日本語の達者なと  いうことでもなく、小説や文章にたいする理解が深い翻訳家ということになります。  小説や文章があまり好きではないのに文芸関係の翻訳をやるというのは私には不思  議なことのように思われますし、腹立たしいことでもあります。それに原文にたい  して尊敬の念を持っていない翻訳者には殺意を覚えることもしばしばです。ああ、  これを書いて自分がいかに頑迷固陋な人間か判りました。                         (インタビュアー:宮坂宏美) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ※編集注:ドリトル先生シリーズは、全巻井伏鱒二の単独訳だが、実際には編集者だ った石井桃子が下訳などで訳業に大きくかかわっており、共訳的な側面の強い訳書で あったとされている。 ============================================================================ ●特集●速報! 1999年ニューベリー賞、コールデコット賞発表  2月1日、アメリカで最も権威のある児童文学賞といわれているニューベリー賞、 コールデコット賞が発表された。これは、ALA(American Library Association) が、昨年度アメリカで出版された子どもの本の中から、最も優れた作品に対して贈る 賞である。受賞作家は、6月に行われるALAの総会で受賞スピーチを行い、そのス ピーチは"The Horn Book Magazine"に掲載される。本年度の受賞作品は以下の通り。 なお、両賞の詳細については本誌98年12月号で、過去の受賞作品については、やまね こ翻訳クラブのホームページで参照できる。 http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/award/us/newbery.htm http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/award/us/caldecot.htm           ★☆★☆【ニューベリー賞】☆★☆★ ★大賞          "HOLES" by Louis Sachar  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ (Farrar, Straus and Giroux 233pp. ISBN:0374332657) 〜技巧のかぎりを尽くして、運命の不思議を描く〜  スタンレー・イエルナッツ(Stanley Yelnats)は、プレミアムつきの運動靴を盗 んだという無実の罪で、テキサスにある非行少年収容所、キャンプ・グリーンレイク に送られる。無実ではあるが、彼も家族も頭のどこかで「仕方がない」と思っている。 実はスタンレーの一族には「呪い」がかかっているという言い伝えがあった。曾々祖 父が、ある約束を違えたために、子々孫々に至るまで不運に見舞われる羽目になった というのだ。  さて、グリーンレイクとは名ばかりのこの荒涼たる収容所で、少年たちは、来る日 も来る日も直径5フィート深さ5フィートの穴を掘らされる。所長は、それが彼らの 性根をたたきなおすというのだが、どうもそれだけではないらしい。ある日スタンレ ーが穴の中から奇妙な金色の筒を見つけ、所長に報告したところ、所長は目の色を変 えてそのあたりの地面を集中的に掘らせた。何かを探しているのだろうか?  スタンレーと収容所の少年「ゼロ」(Zero)との友情と因縁、スタンレーの一族に まつわる不思議な運命、そしてキャンプ・グリーンレイクそのものにまつわる110年 前の伝説。3つの大きな流れが時代を超えてからみ合い、やがてパズルのようにおさ まるべきところにおさまってゆく。技巧のかぎりを尽くした「運命小説」である。  「巧まざる」という言葉があるが、この小説はまったく逆で、「巧みに巧んだ」と いう感じ。なにしろ、Stanley Yelnats という名前だって、実は「回文」(前から読 んでも後ろから読んでも同じ)になっていて、それがまたこの物語の構造を象徴して もいるのだから。先祖の物語が繰り返され、土地の因縁が繰り返され……。だから初 めからそれを楽しむつもりで読むといいのかもしれない。  物語の初めには、ただやみくもに運命を受け入れる気弱な少年だったスタンレーも、 物語が終わるころには、みずからの手で運命を切り開くたくましい少年に成長してい く。ただ、このあたりの心の動きは、あまりリアルにみっちりと描かれてはいない。 人物描写、感情の描写は、むしろ希薄と言えるほど淡々としている。でも、考えてみ るとそれもきっとわざとなのだろう。この物語全体が、いわゆる「おはなし」として 書かれているからだ。昔話では、人物や心の動きはむしろ類型的に描かれるもの。そ ういう意味で、インターネット書店アマゾンに感想を寄せている読者の多くが、この 小説を"tall tale"(ほら話)と呼んでいるのが印象的だった。テキサスという土地 柄や、途中に挿入される女盗賊の物語などがあいまって、アメリカの人たちには無理 なく「ほら話」として受け止められるのかもしれない。そのあたりに人気の秘密があ りそうな気もする。この作品は、1998年度全米図書賞も受賞している。 ☆次点(オナーブック)"A Long Way from Chicago" by Richard Peck  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄     (Dial Books for Young Readers 196pp. ISBN:0803722907)  ジョーイは少年の頃、イリノイ州の祖母の家に泊まりにいくのが楽しみだった。祖 母は驚くようなことを豪快にやってのける女性。その祖母との夏の思い出が、毎年ひ とつずつ計7編収められた、ユーモアあふれる秀作である。大恐慌時代のいなか町の 様子も印象的に描かれている。著者のリチャード・ペックは、ヤングアダルト向けを 中心に、多くの作品を発表している。           ★☆★☆【コールデコット賞】☆★☆★ ★大賞       "Snowflake Bentley" by Mary Azarian  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ (Jacqueline Briggs Martin文 Houghton Mifflin 32pp. ISBN:0395861624)  幼いころから雪に魅せられ、顕微鏡付きのカメラで雪の結晶を撮ることに一生を捧 げたウィルソン・ベントレーの絵本伝記。力強い木版画はすばらしく、本のデザイン も凝っている。 ☆次点(オナーブック)は以下の4作品  "Duke Ellington : The Piano Prince and His Orchestra" by Brian Pinkney  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   (Andrea Davis Pinkney文 HYPERION 32pp. ISBN:0786801786)  「デューク」の愛称で親しまれているジャズピアニスト兼作曲家、エドワード・ケ ネディ・エリントンの生涯が描かれた絵本。ブライアン・ピンクニーは、カラフルな 色彩と躍動感あふれるイラストレーションで、デュークの音楽を見事に表現した。  1996年度コールデコット賞オナーブック、1997年度ボストングローブ=ホーンブッ ク賞(絵本部門)を受賞するなど、注目の作家。ジェリー・ピンクニーは彼の父親。            "No David" by David Shannon  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  (Blue Sky/Scholastic 32pp. ISBN:0590930028)  壁に落書きしたり、裸で道を走ったり……その度に母親から"NO DAVID"といわれる やんちゃな子どもの姿が生き生きと描かれている。子どもも、そして昔子どもだった 大人も、ともに楽しめる絵本である。作者デイビッド・シャノンが5歳の時に自分の ことについて書きつづった作品が、この絵本をつくるきっかけになったという。シャ ノンの絵本は、これまでに日本で2冊出版されている。             "Snow" by Uri Shulevitz   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄        (Farrar Straus Giroux 32pp. ISBN:0374370923)  男の子の雪への思いと素直な喜びが豊かに描かれた作品。灰色の街が白い世界へと 変わっていく絵も美しい。  作者のユリ・シュルビッツは、1969年『空とぶ船と世界一のばか』でコールデコッ ト賞、1980年にもオナーブックに輝いている。本作品はあすなろ書房より『ゆき』と 題して既に邦訳が出ている。他にも4冊の絵本が日本で出版されている。         "Tibet : Through the Red Box" by Peter Sis   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄      (Farrar Straus Giroux 64pp. ISBN:0374375526)  父の書斎に置かれていた赤い箱の中には、何年も前、映画製作のためチベットに行 った父が、クルーからはぐれ、山中をさまよったときの日記が入っていた。「私」は その日記を読み、父がチベットで繰り広げた不思議な冒険の数々を知る。  チベットの伝説を織り交ぜながら、かの地へのあこがれと父への思いを綴った1冊。 曼陀羅などを巧みに取り込んだ、精緻で透明感あふれる美しい世界が描かれている。 ピーター・シスの絵本は、1997年度コールデコット賞オナーブック『星の使者』を含 め、全部で8冊が日本で出版されている。 ◆熱い思いで受賞作発表を待つ 〜ウェブ上でのニューベリー下馬評〜  子どもの本の情報サイト Children's Literature Web Guide ※ では、昨年12月10 日から発表直前の今年1月31日まで、50人近くの人々が、思い思いにニューベリー、 コールデコット両賞の予想を行った。  ここでも断然多くの支持を集めたのが"Holes"。中には「感動的というよりうまい 作品」という鋭い評もあったが、際だってユニークな作品という点では大方の見方が 一致していたようだ。他にアラビアン・ナイトに題材をとったスーザン・フレッチャ ーの"Shadow Spinner"、知的障害者の両親をもつ少女を主人公にしたキンバリー・ウ ィリス・ホルトの"My Louisiana Sky"、シャロン・クリーチの新作"Bloomability"、 本誌創刊号でも紹介したポール・フライシュマンの"Whirligig"などが幅広い支持を 集めていた。これらの作品は、本誌でも順次紹介してゆきたい。  候補作をめぐる予想と共に目立ったのが、イギリスの作品"Harry Potter and the Sorcerer's Stone"(原題は"Harry Potter and the Philosopher's Stone":本誌98 年9月号で紹介)に受賞資格がないことを嘆く声の多さだった。読んでみたいけれど ちょっと恥ずかしいという大人のために、ついに大人向けの装幀をした版まで売り出 されたというこの本、英米両国で一大ブームを巻き起こしていることがうかがえる。  それにしても、子どもから大人まで様々な人たちが「これ」と思う新刊書を読み、 熱い思いで受賞作の発表を待ちわびるというのは何ともうらやましい状況ではないか。 前回、今回とこの下馬評をつぶさに読んでみて、一番強く感じたのがそのことだった。 ※http://www.acs.ucalgary.ca/~dkbrown/textindex.html ("Holes"紹介、下馬評について     ―― 内藤 文子) (コールデコット賞、各オナーブック紹介 ―― 植村わらび) ============================================================================ ●展示会情報● ◎エルツおもちゃ博物館「ドイツ絵本原画展」 「ドイツ・おもちゃと古城の旅 一志敦子原画展」  所在地:長野県北佐久郡軽井沢町塩沢193-3  電 話:0267-48-2009  開 期:平成11年3月3日から平成11年6月21日  休館日:火曜日  入場料:大人400円 中・高校生300円 小学生200円  内 容:ドイツ現代絵本作家5人の原画展および、ドイツ・エルツ地方に伝わる おもちゃや伝統技術の展示会 ◎都立日比谷図書館子ども室「ことばのない世界」  所在地:東京都千代田区日比谷公園1-4  電 話:03-3502-0101  開 期:平成11年3月末まで  休館日:日曜・祝祭日  入場料:無料  内 容:国内外の文字のない絵本の展示会 ◎大阪府立中央図書館「カナダと日本文化の絆展」  場 所:大阪府立中央図書館展示ホール(東大阪市荒本北57-3)  電 話:06-6745-0170(代表) 問い合わせはこども資料室まで  開 期:平成11年2月16日から平成11年2月27日  休館日:月曜日  入場料:無料  内 容:カナダ関連の絵本やビデオ・パネルを展示   ◎絵本美術館&コテージ「『マッチ売りの少女』絵本原画展」  所在地:南安曇郡穂高町大字有明2215-9  電 話:0263-83-5670  開 期:平成11年4月6日(火)まで  入場料:大人700円 小人500円  内 容:バーナデット・ワッツの描いた絵本『マッチ売りの少女』と『くつやの      マルチン』の原画展                      (瀬尾友子/菊池由美/植村わらび) ============================================================================ ●セミナー・講演会情報● ◎遊学館「外国絵本翻訳コンクール 翻訳セミナー 〜翻訳と誤訳〜」  講 師:掛川恭子(翻訳家)  場 所:山形県「遊学館」第1研修室  日 時:平成11年3月7日(日) 14:30〜16:00  参加費:無料  内 容:第8回「遊学館」外国絵本翻訳コンクールの課題図書を使いながら、今回      の翻訳のポイントと、あわせて翻訳全般に関する講義を行う。  申込先:山形県生涯学習センター(TEL 023-625-6411 FAX 023-625-6415) ◎フェロー・アカデミー「オープンセサミ 〜ヤングアダルト〜」  講 師:こだまともこ(翻訳家)  場 所:東京都港区赤坂8-5-6 翻訳会館  日 時:平成11年3月1日、8日(月) 18:50〜20:30  参加費:12,000円  内 容:悩み多き年頃のティーンエイジャーに人気のヤングアダルト小説を題材に      した翻訳演習。  申込先:フェロー・アカデミー(TEL 03-3475-5811)                                  ☆大阪京阪こどものとも絵本の講座  場 所:門真市民文化会館ルミエールホール  日 時:平成11年3月6日 13:30〜  参加費:2,800円  内 容:薮内正幸・長新太さんを迎えての講演会  申込先:大阪京阪こどものとも社(TEL 0720-23-5604)                      (横山和江/菊池由美) ============================================================================ ●Chicocoの洋書奮闘記●第4回「シリーズものだけど」   よしいちよこ  3冊めは前回の"Sarah, Plain and Tall"の続編。またまたワラビさんに借りた本。 "Skylark"(Patricia MacLachlan/1994年/Harper Trophy)。『草原のサラ』というタ イトルで邦訳が出ているが、これまた未読。字は大きい。本文は87ページ。  サラはアナの父親と結婚した。その夏、彼らの住む草原には雨が降らず、水不足で 苦しむ。近所の人たちは水を求めて去っていくが、父は草原を離れようとしない。家 族になったばかりのアナたちに幸せな暮らしは訪れるのか。 【6/18】24p。前作に感動したので、かなり期待して読みはじめる。 【6/19】32p。難しい単語がほとんどない。ときどきあっても、そう重要そうでは ない(花の名前や、馬具?らしきもの)ので「まあ、いいやろ」と読みとばす。来る 日も来る日も日照り続きで、みんなが暗い。おまけに火事までおこってしまうし、ち ょっと話をつらくしすぎ……と感じてしまった。私はひねくれ者かも。 【6/20】31p。1日に30ページ以上も読めるのは、やはりこの本だからだろう。こ の2冊は、洋書ビギナーにちょうどいい。  1冊めの感動をそのまま期待しすぎていたかもしれない。読者に感動させようとし ているのが見え見えで、かえってしらけてしまった。アナとケイレブがあまりに良い 子すぎて、ウルフ・スタルクの本に出てくるような悪がきが恋しくなる。アメリカの 大草原をおそう自然の恐さは、英語で読むと映像がうかぶようにいきいき感じられる。 これは得した気分。 ============================================================================ ●注目の本● 5人姉妹の紙人形たちが繰り広げる不思議な冒険                 マーガレット・マーヒー作『紙人形のぼうけん』               清水真砂子訳 1998.10発行 岩波書店 本体1,600円 原作:"FIVE SISTERS", Hamish Hamilton Ltd.1996  静かな夏の日。サリーのおばあちゃんが1枚の紙を折り畳み、女の子の絵を描いて 切り抜くと、同じ形の5人の人形が手をつないだ細工ができた。おばあちゃんは、自 分の描いた人形にアルファと名付けた。ところが、サリーとおばあちゃんが席を外し た隙に、紙人形たちは消えてしまった。二人は知らなかったが、紙とペンには秘密が あり、アルファは心を持ったのだ。そこから、紙人形たちの風まかせの冒険が始まる。 冒険の途中で紙人形を見つけた人が輪郭だけの人形に絵を描く度に、新しい性格を持 った姉妹が増えていった。元気なアルファの後に続いたのは、想像力豊かなキャサベ ル、泣き虫のエロディー、賢いイカシア、そしてユーモアたっぷりのザマイラ。たく さんの冒険を経て、5人の姉妹が揃うまでには長い年月がかかった。そして、5人が 揃った場所は……。  マーヒーのストーリーテラーとしての力量がいかんなく発揮された作品。やさしい 語り口の短い作品だが、その中に多くのメッセージが詰められていて、しかもそれが 押しつけがましくなく心に届く。パトリシア・マッカーシーの可愛らしいイラストが 興を添え、こどもに安心して読ませられる1冊である。5人姉妹を通して個性を持つ ことの素晴らしさを訴えるメッセージは、画一的なしつけをしがちな親にも是非受け 止めてほしい。後半に出てくる化学の「共有結合」などの概念のために対象読者が小 学校4、5年以上になったようだが、ここをもう少しやさしい事例にすれば低学年で も充分に楽しめただろう。物語の雰囲気は低学年向けなだけにこのアンバランスが唯 一悔やまれる。(沢崎杏子) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作者】Margaret Mahy(マーガレット・マーヒー):1935年、ニュージーランド北 島ワカタネ生まれ。ニュージーランド大学卒。1958年以降、図書館員として働く。 1969年に"A LION IN THE MEADOW"(『はらっぱにライオンがいるよ』/偕成社)でデ ビュー。以後、精力的に作品を発表する。1980年より創作に専念。1982年"The Haunting"(『足音がやってくる』/岩波書店)、1984年"The Changeover"(『めざ めれば魔女』/岩波書店)でカーネギー賞を受賞。作品は絵本のテキストや奇想天外 な低学年向けの物語から超自然的な要素を取り入れたヤングアダルトまで幅広い。 【訳者】清水真砂子(しみず・まさこ):1941年、北朝鮮生まれ。1964年静岡大学卒 業。青山学院女子短大教授。訳書にマーヒー『めざめれば魔女』『ゆがめられた記憶』 『ヒーローのふたつの世界』のほか、ル=グウィン『ゲド戦記』四部作(いずれも岩 波書店)など多数。他に児童文学評論の分野で『子どもの本の現在』(大和書房) 『子どもの本のまなざし』(JICC出版局)などの著書がある。 ============================================================================ ●お菓子の旅●第3回 フィンランドのパン ☆プッラ pullat☆ There below him lay the Valley of the Moomins. And in the middle amongst the plum and poplar trees, stood a blue Moominhouse, as blue and peaceful and wonderful as when he had left it. And inside his mother was peacefully baking bread and cakes. Tove Jansson "COMET IN MOOMINLAND" Puffin Books edition 1967(初版1946年) ---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---  子どもから大人まで、世界中で愛されている北欧生まれの童話ムーミン。どの巻で も、料理がお得意のムーミンママが作るおいしそうなごちそうが、物語に花を添えて います。1作目『ムーミン谷の彗星』も例外ではありません。  彗星が地球に向かっていることがわかり、ムーミン谷は大騒ぎ。ムーミンたちは遠 い天文台へ彗星観測に出かけます。その後やっとの思いで帰ってきたとき、いちばん に出迎えてくれたのが、ムーミンママの焼く香ばしいパンのにおいでした。  そのパンは、英語版では "bread" ですが、フィンランド語版("Kometjakten"1946 年)では "pullat" となっています。"pullat" とは丸くて甘いバターパンのことです。  においをかいだムーミンが、思わずかけだしたという"pullat"。あなたもこれを焼 きはじめたら、だれかがかけこんでくるかもしれませんね。 *-* プッラ(24個分)の作り方 *-*  牛乳 1カップ           溶かしたバター 1/2カップ  ドライイースト 大さじ2      砂糖 2/3カップ  卵 2個              カルダモンパウダー 小さじ1/2  塩 小さじ1+1/2          レーズン 1/2カップ(好みで)  薄力粉 500g         グラニュー糖、アーモンドスライス、溶き卵 適量 1.バターを溶かしておく。 2.ボウルに40度の牛乳、ドライイーストを入れ、砂糖、卵、小麦粉、カルダモン、  塩を加えてこねる。小麦粉はパンが固くなりすぎない程度になるべくたくさん混ぜ  こみ、ボウルにくっつかなくなるほど弾力に富んだパン生地になったら、冷めた1  も混ぜこむ。こね作業の最後に好みでレーズンも混ぜる。 3.生地にふきんをかけて21度の室温で1時間ねかせ、倍にふくらませる。 4.ふたつに分けた生地をそれぞれ棒状にして12等分し、合計24個の丸い生地を作り、  オーブンシートをしいた天板に並べて、さらに30分ふきんをかけてふくらませる。 5.ふくれた4のまん中に親指でくぼみをつけ、バターかマーガリンを小さじ1ほど  入れてから表面にとき卵をぬり、グラニュー糖やアーモンドスライスをふりかける。 6.200度のオーブンで10〜12分焼いて、できあがり。 *-* 参考文献 *-* 『ムーミン谷の彗星』      トーベ・ヤンソン文/絵 下村隆一訳(講談社) 『ムーミンママのお料理の本』   サミ・マリラ文 トーベ・ヤンソン絵/引用文                              渡部翠訳(講談社) "Muumi Mamman Keittokirja"    Sami Malila (Werner Soderstron Osakeyhtio) "Natural Cooking the Finnish Way" Ulla Kakonen (The New York Times Book Co.)                          ※資料収集には、フィンランド大使館広報部にご協力いただきました。ありがとうご ざいました。                           (田中亜希子/森久里子) PR========================================================================== ◆◇◆◇◆◇◆◇◆  やまねこ翻訳クラブ(会員数126名)  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ やまねこ翻訳クラブは、NIFTY SERVE 文芸翻訳フォーラム内にある児童書専門サー クルで、海外の子どもの本に関する情報交換および翻訳・レジュメ勉強会を主な目的 として活動してます。児童書に興味のある方でしたらどなたでも入会できますので、 ぜひお気軽にご参加ください。           ―― 99年2〜3月の主な活動 ――     ・海外児童文学賞受賞作読破マラソン     ・未訳作品の全訳勉強会(Sharon Creech "Pleasing the Ghost") ◆◇◆◇ http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/index.htm ◇◆◇◆ ============================================================================ ●編集後記●98年12月号でもお知らせしましたが、99年1月号は、年末年始の編集作 業となるため、お休みさせていただきました。――ということで、改めまして「あけ ましておめでとうございます!」今年も頑張りますのでよろしくお願いします!(み) ============================================================================ 発 行 NIFTY SERVE 文芸翻訳フォーラム・やまねこ翻訳クラブ        発行人 小野仙内(文芸翻訳フォーラム・マネージャー) 編集人 宮坂宏美(やまねこ翻訳クラブ・スタッフ)   企 画 河まこ、キャトル、くるり、Chicoco、BUN、ベス、YUU、りり、ワラビ 協 力 ながさわくにお、SUGO、わんちゅく ============================================================================ ・ご意見・ご感想はyamaneko-mgzn@office-ono.comまでお気軽にお寄せください。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■無断転載を禁じます。