『あらしのよるに』シリーズの作家、
木村裕一・インタビュー



『あらしのよるに』のシリーズは、出版後、子どもから大人までじわりじわりと読者層を広げ、シリーズを通して130万部が売れる大ベストセラーとなった。

―― 一体、木村裕一さんとはどんな方なのだろう? 

 やまねこ翻訳クラブは、木村さんと出版関係者の集まりにお邪魔してインタビューさせていただいた。





★ 木村さんが、作家になったきっかけをお聞かせください。

木村:実は高校2年まで、人前に出るのが苦手でとても内気だった。それがある日、絵が書きたいと思って、自分で廃部になっていた美術部を再興したんだ。当然部長をつとめることになって、おかげで自然と人前で話せるようになった。でも、そのうち絵だけじゃ足りないと感じて、同人誌を作って文章も発表するようになった。それが作家を志した始まりかな。

 多摩美術大学を出た後、会社勤めを2回経験した。初めからフリーで仕事するために一般的な経験を積もうと思った。1度目はマネキンの製造会社、2度目はデザイン事務所に勤めて、ちゃんと社員旅行とか体験した。いつか社員旅行を題材に作品を書くときに役立てようと思った。その間もフリーで小学館の雑誌の付録の考案とか、壁面構成の本とか、「グレートマジンガー手帳」(編集部注:『グレートマジンガー』は1970年代に流行った子ども向けマンガで、そのキャラクターを使用した手帳のこと)などを作ったりしていた。23年間人形劇や料理、凧揚げなどを子どもと体験する「子どもの教室」もやっていたし、シルクスクリーンでデパートのポスターも作ったこともある。

 実は10歳の時に父が亡くなっているんだ。それで家族を養わなきゃというのがずっと気持ちの根底にあった。本当は弁護士とかの方が生活は安定するのではと考えたりもしたけど、自分の好きなこと、つまり作家になることで暮らせないかって常に考えてきた。だから会社勤めをしている間も、土・日を生かして休みなしに出版に関わる仕事もしていたんだ。

★ 『あらしのよるに』を書いたきっかけは?

木村:この本を書いたのは、「あかちゃんのあそびえほん」(偕成社)がベストセラーになったころなんだ。このシリーズが売れたことで赤ちゃん向けの絵本ばかりを頼まれるようになったが、本当は作家をめざしているのに小さい子向けしか書かないというのがどうしても納得できなかった。僕の書くものを他の人にももっと知ってもらいたいと思うようになった。つまり、今までの自分の本がライバルになってしまった。自分のイメージが固まるのは嫌で、書きたいものを書きたいと思った。一色に染まることへの反発があったんだ。

「あかちゃんえほん」とは違う自分のブランドを作りたかった。それで、「あかちゃんのあそびえほん」ほど売れなくてもいいからと思って、読み物を書き始めた。その中に『あらしのよるに』もあったんだ。

この本の発想は、高校時代の同人誌に書いた『雨滴』にさかのぼる。今思うと物書きを目指したころの原点に戻ったのかもしれない。

(当時の同人誌を見せてくださった。写真1 左端)




★ 『あらしのよるに』から『ふぶきのあしたへ』まで、どのように構想がねられていったのでしょう?

木村:はじめは『あらしのよるに』1巻だけの予定だった。でもだんだん評判がよくなって、2巻目を書くことになった。そうしたら、2巻目のときに3巻目が書きたくなって、それから3巻目はヤギの友だちがでてくるから、4巻目でオオカミの友だちも出そうという構想が出てきた。5巻目から6巻目は、5巻目を書く段階で6巻目まで考えていた。

★ 3巻目でオオカミとヤギの名前が出てきたのは?

木村:これは、必然性から出たんだ。2巻目まではオオカミとヤギしかでないから、名前を呼び合う必要が無かった。でも3巻目からそれぞれの友だちが出てきて名前を呼ばなくちゃいけない。それで、オオカミのガブとヤギのメイとつけたわけ。オオカミは、ガブリと獲物を食うから「ガブ」、ヤギはメーと鳴くから「メイ」なんだ。


★ ガブが江戸っ子なまりなのですが、これはどんなイメージだったのでしょう?

木村:本の文章量に制限があった。背景描写が少なく会話が多い作品なので、どうしても個性のある話し方でガブとメイを区別したかった。ガブのイメージは、下町のチンピラ風だけど丁寧にしゃべるタイプ。反対にメイは山の手の学のある知性を感じさせるタイプにしたかった。この話し方で性格描写も出せたと思っている。

★ 『あらしのよるに』のイタリア語版の出版のきっかけを聞かせてください。

木村:イタリアのボローニャの児童書展に何度も足を運んでいるうち通訳の方と知り合って出版社を紹介してもらい、出版が決まった。イタリアでは、2万部売れるとベストセラーだそうだけど、たしか2万部くらい初版に刷って、2回再版されている。

 実はイタリア語の訳文についてはちょっと気になっているところがあるんですけどね。(編集部注:オオカミのセリフとヤギのセリフが取り違えている箇所があるそうです。)補足ですが、イタリア語版のイラストレーターは、あべ弘士さんではなく、イタリア人の方です。この作品は、現地の賞も受賞していて、劇化もされている。僕はまだ見に行っていないけど。

★ 海外の読者へのメッセージは?

木村:『あらしのよるに』に関しては3つある。まず、何も考えずに読んでいただきたい。

 1つ目はどこにもメイがオスかメスか書いていないので、その人の受け取り方で受け取って欲しい。2つ目は、どんな感情移入をされたかふり返って欲しい。ガブなのか、メイなのか、どちらでもないのか。そして3つ目は、『あらしのよるに』には、結末が無いので、この後を読者に想像して欲しい。とにかく読者のイメージにまかせて読んでもらいたい。

 はじめはヤギをオスとして書いていたんだけど、性別を限定しない方のがいいと思った。日本語版の初版ではヤギのセリフで明らかにオスだとわかるところが1か所だけあったけど、編集者が僕の意図を察して言葉を差し替えたくらいなんだ。(編集部注:2000年に大型版を出版する際に本文中のメイのセリフが、「にてますなあ」が「にてますねえ」に変わった。それ以降、小型本の方も言い回しが変更された。)

 これは、ぼくが絵本に仕掛けた言葉の実験なんだけど、限定しないことで幅のあるとり方をして欲しいと思った。幅広い解釈をしてもらいたい。人種も宗教も多種多様のアメリカで出版されることによって、また今までより違った広がりがでてくるのではと期待しているんだ。

★ あべ弘士さんは、どんないきさつでこの本の挿絵を描くことになったのでしょう?

木村:僕が彼の『ゴリラはゴリラ』をみて、彼に描いてもらいたいとお願いした。

★ あべ弘士さんのイラストについてのコメントをいただけますか?

木村:彼は、動物園の飼育係というすごくハードな仕事をしながら、イラストを仕上げた。初めて彼のイラストを見た僕は、効率よく効果的なイラストを仕上げてきたので頭がいいなあと思った。

 彼は、いい意味で労力をかけずにすごい効果のあるイラストを仕上げている。『あらしのよるに』は、どうやって描いたかというと、普通のサインペンの線画をコピーで反転させたものに、フェルトペンで色をつけただけなんだ。これを、黒いクレヨンで塗ってから削るようなことをしていたら時間がかかるからね。

 この本を初めとして8年で6冊出版しているけれど、全部前の本の描き方と違うのにも感動した。彼は旅先に持っていった画材でイラストを描いているんだ。『ふぶきのあした』は北海道、『どしゃぶりのひに』は、西表島を旅行している最中に描いている。(編集注:あべ弘士さんは、1996年4月には飼育係を辞め3作目からイラストレーターとして独立している。)

★ 最後にお好きな画家のお名前をうかがわせてください。

木村:たくさんいる。僕はまず田島征三さんの絵が好きで、田島さんみたいな絵が描きたいなと思って尊敬している。他にも和田誠さんとか長新太さん、もちろんあべ弘士さんも大好きな作家だ。

★ ところで、オオカミには特別な思い入れがあるのでしょうか?

木村:ははは、オオカミばっかりといわれて、今度出す予定の本はオオカミからキツネにしたんだ。(編集部注:『ゆらゆらばしのうえで』福音館書店から9月に出版予定)

――木村裕一さんは常に殻を破って前進している方のようだ。あかちゃんの絵本にも、オオカミにも固執していない。次から次へと新たな挑戦をしてゆく。
インタビューを終えると、木村さんは編集者やイラストレーター、書店の店長さんらとにぎやかにしゃべりながら食事をはじめた。たぶん、一番たくさん食べていたのは、木村さんだったと思う。大盛りのご飯を2回もお代わりしていた。いつもこんなふうに、木村さんの周りに人が集まってくるそうだ。作品の幅も広い。実はマンガの原作やミステリー小説まで発表している。今月にはヤングアダルト絵本『キミへの手紙』も出版される。
これからの木村裕一さんの作品も楽しみだ。

◎今回のインタビューにあたり、講談社の野口満之さんにご協力をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。

(取材・文 高橋 美江)



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