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やまねこ翻訳クラブ 資料室
西郷容子さんインタビュー

ロングバージョン

『月刊児童文学翻訳』2003年3月号より一部転載

【西郷 容子(さいごう ようこ)さん】
 
 国際基督教大学卒業。ICU博物館・湯浅八郎記念館、(財)日本野鳥の会などで働いた経験があり、翻訳作品には自然と関わりの深いものが多い。主な訳書に『オ−デュボンの自然史』(宝島社)、『熱帯林破壊と日本の木材貿易…世界自然保護基金(WWF)レポート』(築地書館)、『狼とくらした少女ジュリー』(徳間書店)、絵本『ゆめのおはなし』(徳間書店)など。「レッドウォール伝説」シリーズ(徳間書店)では、1999年出版の1冊目『勇者の剣』から翻訳に携わっている(注)。

(注)シリーズ3冊目『小さな戦士マッティメオ』は月刊児童文学翻訳2003年3月号書評編「注目の本」にレビュー掲載

『勇者の剣』表紙
『レッドウォール伝説 勇者の剣』
ブライアン・ジェイクス作
徳間書店

 

「レッドウォール伝説」シリーズについて



Q★先月出版された『小さな戦士マッティメオ』を中心に、シリーズの内容を簡単に紹介していただけますか。

『小さな戦士マッティメオ』表紙

『レッドウォール伝説
小さな戦士マッティメオ』

ブライアン・ジェイクス作
徳間書店

A☆『小さな戦士マッティメオ』は、ネズミやアナグマなどの動物たちが活躍するファンタジー、「レッドウォール伝説」シリーズの3冊目です(本国イギリスでは、既にシリーズ15冊目まで発表されています)。シリーズ1冊目は「勇者の剣」を発見したマサイアスの物語、2冊目はそれよりはるかに時代をさかのぼった、レッドウォール修道院ができる前の出来事と、剣の真の持ち主であるマーティンの物語でした。そしてこの3冊目では、マサイアスの息子マッティメオが主人公として登場しています。今回は、そのマッティメオをはじめとする修道院の子どもたちが悪の一味にさらわれるという、これまでにもまして辛い幕開けとなります。苦難の旅を続けることになった子どもたちは、何を思いどう行動するのでしょう。マサイアスと仲間たちは、悪の手から無事に子どもたちを奪い返すことができるでしょうか。それぞれの生きものたちが個性豊かに描かれ、すみずみまで楽しめる物語にしあがっています。



Q★このシリーズとは、どのように出会われたのですか。また、最初に読んだ時の印象はいかがでしたか。

A☆編集の方から面白い物語があると勧められて読みました。原作者は物語を朗読するのが大好きということは後で知ったのですが、最初に読んだときは文章と物語のテンポの良さに感心しました。出てくる生きものの数がとても多く、それぞれのしゃべり方や性格を描き分けるのが、後々の宿題になりそうだと思ったのを覚えています。



Q★シリーズを翻訳される上で大変だった点・楽しまれた点などを教えてください。
A☆どの本にも、名前だけ登場するものも含めると60匹近い生きものが登場します。ですから、登場動物表をつくって訳のおぼえにしました。とにかくぎっしり字をつめて600ページ以上にもなる原稿ですから、こういう表でもないと、前に出てきたのはどこだったか、捜すのがとても大変なんです。

 毎回、生きものたちの様子や暮らしぶりを想像するのはとても楽しみです。なにしろ武器や性格を示す癖など、原作者の用意してくれたヒントがたくさんありますから。


 

Q★生きものたちといえば、オコジョの「〜ですらあ」とかモグラの「〜でがす」など、語り口が生き生きとしていて、魅力がさらに増しているように感じられました。
A☆生き生きしていると感じていただけたらとても嬉しいです。どの生きものも、読み進めるうちに性格や癖が見えてくると、どこかで会ったことがあるような、懐かしいような恐いような気がしてきます。もちろん、鞭のクルーニーでもヤマネコの姫君でも、あれほど極端な「人間」には出会っていませんけどね。それぞれの生きものに原作者が与えた性格は、じつはだれにも、私自身にもその片鱗があるように思え、すると自然にその生きものらしい口調が頭に浮かんできます。私自身、爬虫類から哺乳類まで、嫌いな動物が少ないことも幸いしているのかもしれませんね。



Q★登場する生きものの名前についてですが、〈しりっぽ五分〉など、言葉の意味をとって日本語に直したものが多くありますね。このあたりはどのように工夫されたのでしょう。
A☆登場する生きものそれぞれに、まずネズミ、ドブネズミなど動物の種類を示すカタカナの名前があり、さらに、“マッティメオ”、“スレイガー”などその動物に固有の名前が加わるため、音訳だけだとカタカナの名前だらけになってしまいがちです。そこで、主人公にしても敵の総大将にしても、物語を引っ張っていく役は、日本語に直さずにカタカナの名前のままにし、悪の手下たちやスズメやトガリネズミの仲間たちは、日本語の名前にしました。今までにつけた名前と重ならないように訳を考えるのはなかなか大変でした。なにしろ、シリーズ3冊目に進んで、生きものの数もいよいよふくらんできましたから。1冊ずつ独立しているとは言っても、似た名前に聞こえることはさけたいと思っています。



Q★このシリーズで〈謎解きの詩〉は、物語の展開の鍵を握る重要な役目を担っていますが、言葉遊びなどいろいろなしかけがしてあるので、それを日本語にするのは大変だったのではないですか。
A☆〈謎解きの詩〉は、原作者が思い切り遊んでいると感じますね。一度、直訳してから日本語として整えるときに、謎解きの構造やしかけが英語版と共通するようにしたいと、いつも心がけています。



Q★おいしそうな料理やお菓子、飲み物の描写がたくさんあって、読んでいるとため息が出てしまいます。西郷さんは、実際に作ってみたり、取り寄せてみたりといったこともなさったのでしょうか。
A☆それまで自覚がなかったのですが、「レッドウォール伝説」シリーズに出会ってから、自分の食いしん坊の一面を意識するようになりましたね(笑)。訳すためにどんな料理なのか想像するのですが、味や香りを思い描いてみたり、日本にはまったくなじみのないものについては、今、日本で手に入る商品や、外国の雑誌や本に載っているレシピを参考にしたりしています。原作者は、お料理の本を読んだり眺めたりして子ども時代にグルメな想像を膨らませていたということです。どの料理にもどのお菓子にも、原作者が子どものころに頭で想像していた味、幻の味がつけてあると考えるとわくわくします。



Q★世界的にも、また日本でも、たくさんのファンタジー作品が出版されていますが、こういった傾向についてはどう思われますか?
A☆ファンタジー作品に、ひとつの大きな受け皿が与えられたため、面白い作品が書店でまとめて探せるようになったのは大歓迎です。たとえばの話ですが、レッドウォールシリーズを動物物語に分類してしまったら、必ずしも手に取りやすい、目に付きやすい場所に並ぶでしょうか、どうでしょうか。
 


翻訳について

 


Q★翻訳をするようになったきっかけを教えてください。
A☆もともと、言葉にはとても興味がありました。最初は、海外の文献をじっくり読みたくて訳したり、仕事先で海外の情報を集めたりと、いずれも翻訳者として食べていくためではなく、およそ実用のために訳していました。物語の翻訳との出会いは、人との出会いに似ていて、得ようとして得たというよりも、たまたま縁が重なって生まれたように思います。



Q★「自然と人のつきあい方と手仕事の結びつきに興味がある」と訳者紹介に書かれていますが、そうしたご興味と翻訳とはどのようにつながっているのでしょうか。
A☆「紙一枚でも、布地一反でも、品物が、その土地と人がどう付き合っているかを示している」という言葉を読んで感動して以来、手仕事の品々がどうして好ましいのか考えるようになりました。私の好きな言葉に「気候風土」があります。これは、人の生活も文化も、住んでいる場所の気候、土地に生きる植物や人間以外の動物、海に近いか豊かな森があるかなどと密につながっている、という考え方を表す言葉だと思うのです。翻訳とは遠そうですが、日本に育った私たちが海外の文化にひかれるのはなぜだろう、あるいは異文化のなかに懐かしさを見つけることがあるのはどうしてだろう――そんなことをぼんやり考えていると、違う文化や考え方を橋渡しする翻訳とも、ときに少し気楽に、ときには襟を正して取り組めるような気がしてきます。



Q★ところで、子どもの頃から本がお好きだったのですか?
A☆本は、ひたすら学校図書館で借りて読んでいました。フィクションもノンフィクションも、図書館で人気があってしょっちゅう書棚から消えている本でも、だれも行かない書棚の隅にあるかびくさい本でも、まずは読んでみたほうです。『南総里見八犬伝』だったか『海底二万里』だったか、かびくさい上に、「昔の日本語で書いてあって読み方がむずかしい、意味がよくわからない」(という第一印象の)ものも、書棚から発見しては字面を眺め、そのうちに読めた気がしてくると先を楽しみにしてページをめくりました。本が好きだったのか、図書館が好きだったのか、中学校のころから町の図書館へも足を伸ばして、そのころには手芸や料理の本や旅行書など、小学校の図書室になかった実用書もたくさん読みました。何かが作りたくてその本を借りて帰るというよりも、写真やイラストを眺めたり、文字で記された作り方をたどって挿絵どおりの物が頭の中で作れるか挑戦したりもしました。



Q★ノンフィクションなど大人向けの本も訳されていますが、子どもの本と大人の本では訳すときに違いはありますか?
A☆これは子どもの本、こちらは大人の本と分けてあるのはなんだかおもしろくないと、小学校の高学年のころに感じていました。今でも、ちょっぴりそう思うことがあります。レッドウォールもそうなのですが、私自身、原書を読んでいる段階では、物語の本だと思うことはあっても、子どもの本だと強く意識してはいないのです。
『狼とくらした少女ジュリー』(ジーン・クレイグヘッド・ジョージ作/徳間書店)を訳したときから、こんなことを考えるようになりました。通し訳をし、さらに推敲を重ねるあいだも、難しい言葉を易しいものに書きかえたり、大人はうろ覚えにしか思い出せないけれど、子どものころにはしっかりわかっていた理科や社会の知識を意識し直したりすることがあります。それは、読者の年齢に合わせているというよりも、物語のスピードや見えるはずの景色を再現するためじゃないだろうか、と。難しい言葉を使いすぎると、物語の流れを原作者のテンポに合わせられなくなるし、自然現象や建物の構造をごまかしたまま通そうとすると、どこかで歯車がかみ合わなくなるんですね。

『狼とくらした少女ジュリー』表紙
『狼とくらした少女ジュリー』
ジーン・クレイグヘッド・ジョージ作
ジョン・ショーエンヘール挿絵
徳間書店




Q★この先、どのような本を訳してみたいと思われますか? また、今後の出版予定を教えてください。「レッドウォール伝説」シリーズ4冊目以降は出版されますか?
A☆半分フィクションで半分は事実に基づく物語にも興味をひかれます。考古学が好きなため、文字で記録されなかったけれど、口伝えで残った物語などがあったら読んでみたいし、もし機会があったら訳せたらいいと思います。

 今後の予定ですが、今4冊目の翻訳の準備をしています。ちょうど風邪を引いてしまい、長い物語を読みきる体力を蓄えなければと反省しているところです。




Q★翻訳家をめざすみなさんへのアドバイスをお願いします。

A☆アドバイスというとおおげさなのですが、私の翻訳のやり方や考え方について少し話させてください。

 原作者が思い描いたとおりの画像を、翻訳者を通して読者に伝えるために、見たこともない風景や植物や動物でも、3−Dの映像のように目の前に思い描けるようになるまで、調べ物を重ねています。『狼とくらした少女ジュリー』では、アラスカの果てしなく続く雪の平原とは実際にどんな風なのか、そこにひとりきりでいる主人公のさみしさはどんなものなのか、それがなかなか見えてきませんでした。図書館や古書店で本を探しては北極圏を描いた挿絵を見つけ、写真集を何度も見て、主人公の居場所を感じるようになったとき、気持ちの動きが伝わってきて、ようやくぴったりくる言葉が出てきました。また『モスフラワーの森』(「レッドウォール伝説」シリーズ2冊目)でモグラが洞窟の壁に穴をほって仲間を脱出させる場面では、自分で身振り手振りで真似てもぴんと来なくて、簡単な模型を作ったり、絵を書いてみたりということもやりました。

『モスフラワーの森』表紙

『レッドウォール伝説 
モスフラワーの森』

ブライアン・ジェイクス作
徳間書店

 調べ物をする際には、動物ならこの人、植物ならこの人と、実物をよく見ている人に会って直接教えてもらうこともあります。そして、メモを取っておく。そうすると、後で同じ言葉にでくわしたときにもう一度その意味を考えるチャンスができて、だんだん自分の知識になるように思えます。

 また、よく言われることですが、辞書はとことん引くようにしています。英和・和英と引き比べ、日本語の大きな辞書ともあわせて見ると、自分がぴったりだと思って選んだ訳語が、ほんとうにニュアンスまで合っているかどうか確かめる手立てになるようです。また原作者がいいたかったことに少しでも近づけるように、英英を引き、英英の類語辞典・日本語の類語辞典も参考にします。どの辞書を引くのでも、(1)の意味から最後の記述までじっくり目を通すのが肝要です。どうもこの言葉のニュアンスは微妙にずれていると気づくことも多々あります。そんなときには国語辞典を何冊も引きくらべてさらに確認します。時には自分のとんでもない記憶違いや勘違いがあきらかになったりして、冷や汗を流すことも……。最近は、「ああ今のうちに気づいてよかった」と間違いを認めた自分を励ますことにしています。 

インタビュアー:植村わらび
2003-03-15作成

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています

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