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Japanese Children's Books 日本語版


秋号

編集部:einfo@yamaneko.org
2003年10月25日発行

目次

● 特集: スポ根 !
人気スポーツ・シリーズ
『DIVE!』 
『バッテリー』
● 創作絵本
新刊絵本 『ひげじいさん』
『旅の絵本 V』スペイン編
新刊絵本
『幻燈サーカス』
● ビジュアル

マンガ
『ヒカルの碁』 (1〜23巻)



    特集記事

  スポ根 !

 





「スポーツ根性」児童文学――古くて新しい作品「ダイブ」と「バッテリー」

「根 性」という日本語がある。粘り強さ、忍耐、意志の強さに加えて、見栄や意地のような性質をも表すこの言葉は、日本人の民族性を象徴する言葉といえるかもし れない。日本人は多くのことに「根性」をもって取り組むが、とりわけスポーツの世界では伝統的にこの性質が美徳とされている。さまざまな困難や不利な条件 を克服して努力を重ね、成果をあげる選手はとくに人気が高く、そうした姿は実際の競技場で人々に感動を与えるだけではなく、文学や漫画や映画などの設定に も繰り返しとりあげられ、多くの日本人の心をつかんできた。いわゆる「スポーツ根性(スポ根)」物語だ。

  近年、児童書でも真正面からこの「スポーツ根性」を取り上げた2シリーズが話題となっている。森絵都の「ダイブ」シリーズ(全4巻、2000年4月 〜2002年8月)と、あさのあつこ「バッテリー」シリーズ(現在5巻まで刊行中、1996年12月〜)だ。いずれも中高生を主人公に、スポーツに青春を かける少年たちの姿を描いた物語である。

「ダイブ」シリーズ(講談社)
  『ダイブ1 前宙返り3回半抱え型』 2000年 4月
  『ダイブ2 スワンダイブ』 2000年12月
  『ダイブ3 SSスペシャル'99』 2001年 7月
  『ダイブ4 コンクリート・ドラゴン』 2002 年8月(完結)
「バッテリー」シリーズ(教育画劇)
  『バッテリー』 1996年12月
  『バッテリーII』 1998年4月
  『バッテリーIII』 2000年4月
  『バッテリーIV』 2001年9月
  『バッテリーV』 2003年1月(以下続刊)

「ダ イブ」シリーズは、水泳競技「飛込み」が題材。『カラフル』(理論社)、『つきのふね』(講談社)などで現代の子どもたちの姿を鮮烈に描き出し、幅広い年 齢層に人気がある作者による「スポーツ根性」物語として話題になった。完結後の2003年9月には、シリーズ全作に対して第52回小学館児童文化出版文化 賞が贈られている。
 一方「バッテリー」シリーズは、野球がテーマ。近年サッカーに人気をさらわれつつあるといわれても、野球は日本人にとって最も親しみのあるスポーツのひ とつだ。地方都市の中学校野球部を舞台に、主人公の少年らしい潔癖さや強い自我意識を丁寧に描き出す。1巻は野間児童文芸賞、2巻は日本児童文学者協会賞 を受賞。


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ダイブ――一瞬をとらえる軽妙さ

 高さ10メートルの飛込み台からプールに飛びこむま で、わずか2秒足らずの演技で競う「飛込み」。日本では競技人口も少なく注目度も低い。また高さ、入水に失敗したときの痛みへの恐怖と戦わなければならな い、孤独で過酷な競技でもある。
 その飛込みに熱中している主人公、知季は中学1年生。5年前、3つ年上の要一の飛込みを偶然見かけて感動し、同じクラブに入会した。だが、つい練習をサ ボったり弱音をはいたりし、大会でもぱっとした成績をおさめたことのない平凡な選手だ。一方要一は両親がともに飛込み選手で才能にも環境にも恵まれ、なお 人一倍の努力を怠らない。
 ある日、クラブがスポンサーの意向で閉鎖の危機にあることが発覚した。存続の条件はオリンピック代表に選手を送り込むこと。困惑する知季たちの前に、謎 の鬼コーチ夏陽子が現れる。さらには、戦前「幻のダイバー」といわれた名選手を祖父に持ちながら、とある事情から夏陽子に見出されるまでひとり津軽の断崖 で飛込みを続けていた高校生、飛沫もクラブに加わった。知季、要一、飛沫たちと夏陽子の熱い日々が始まる。目指すは2000年シドニーオリンピック代表の 座!
 自他ともに認める(?)平凡な選手だった知季だが、所属クラブの危機、そして夏陽子という情熱の塊であるコーチとの出逢いによって、自分自身を見つめな おし、競技にものめりこんでいく。仲間との確執と友情、三角関係の果ての失恋、そして自分の才能の壁。さまざまな困難にくじけそうになりながらも、徐々に 飛込みという競技のおもしろさに目覚め、選手として人間として文字通り大きく飛躍する。知季だけではなく、一見順調な競技人生を送っている要一も、豪放で 我が道をいくタイプの飛沫も、そして熱血コーチの夏陽子も、不器用なまでにまっすぐ飛込みと自分の人生に対峙している姿がまぶしい。
 少年たちの苦悩と成長を真正面から描いた骨太の物語ながら、口語をふんだんに用いた語りと、ユーモアたっぷりの会話はあくまでも軽やか。個性豊かな登場 人物たちはそろって魅力的で、泥臭いテーマを扱いながらも極上のエンタテインメント作品になっている。宙を舞う瞬間の、知季たちの煌きをとらえることがで きるのは、まさにこの軽妙さゆえかもしれない。


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バッテリー――自分であること、誰かとつながること

  投手として天賦の才に恵まれながら、自我の強さと潔癖さで周囲との衝突が絶えない主人公、巧。中学にあがる前の春休み、引っ越し先の地方の町で、生まれて はじめて、自分の球を精神的にも技術的にもしっかりと受け止めた同い年の少年、豪と出会う。ふたりは同じ中学に進み、野球部でバッテリーを組んだ。周囲の 大人たちに押し付けられる「中学生らしい」野球にことごとく反発する巧だが、その巧が投げる球を黙々と受ける豪は素直で屈託がない。しかしひたすらに野球 に情熱を傾ける巧の傲慢ともいえる強靭さに対して、豪はやがて「バッテリー」としての自分の役割に迷いを覚え始める……。
  チームプレイのスポーツ、野球の中でも、投手と捕手で組むバッテリーは特別な存在かもしれない。また投手は個とチームの両方を背負う形でプレイしなければ ならない。しかし巧は、ただ自分の力だけを信じて球を投げる。それだけ強く自分の力を信じるための努力も惜しまない。豪は豪で、鷹揚とした性格ながら巧の 球を受けることだけには貪欲で、ひとり突っ走る巧についていこうと必死になる。ふたりはときに衝突し、互いに「自分らしさ」を譲らず、それでもまっすぐに 相手と向き合うことをやめない。豪が巧とバッテリーを組むことに疑問を覚えるのは、視線を反らしているのではなく、真正面から巧を見ているからこそ、その 情熱と真摯さを共有しうるかと激しく自問するためである。
  端正な文章でスポーツに打ち込む少年たちの心理を丁寧に綴る、ごくまっとうな青春文学の形をとるこの作品だが、決して型どおりの「友情」や「成長」を描い てはいない。ストイックなまでに強烈な自意識と、他者との一体化を望む衝動にも似た思いが共存する少年期の葛藤を、野球というチームスポーツ、なかでも バッテリーという関係の中に浮かび上がらせていく。同時に、こうした思春期の影の部分を掘り下げながらも暗さがないのは、野球を愛する少年たちのひたむき さが確かに輝きを放っているからだろう。
 きっと続刊では、巧と豪は単なる友情以上の絆で結ば れたバッテリーになっていくだろう。ありきたりの感動では伝わらない、その先にある青春の価値を示してくれると信じている。

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  この2シリーズはさまざまな面で対照的だ。軽やかさが持ち味の「ダイブ」、緊張感あふれる硬派の「バッテリー」。飛込みはマイナーなスポーツで、野球には 多くのファンがいる。挫折だらけで平凡な知季と、才能にあふれ強い意志を持つ巧。しかし作品としての意義は、ともに大きい。
  まず「スポーツ根性」という古典的な設定に斬新さをもたらしたという点。「ダイブ」は現代的なキャラクター設定と軽妙な語り口で従来の型を破った。「バッ テリー」は深い内面描写で、画一的になりがちな青春群像を一歩踏み込んだ形で描き出している。ともに人気作家の手による作品だからこそ、より多くの人に受 け入れられたという側面もある。愚直なまでに何かに熱中し、自分を信じて突き進む尊さを子どもたちに伝えた功績については、もちろん言うまでもない。
  今号で紹介している漫画『ヒカルの碁』も、スポーツが題材ではないものの、主人公が勝負の世界で自分を高め、仲間と友情を育む姿は「ダイブ」や「バッテ リー」に通じるものがある。子どもが無気力化したといわれて久しい今、こうした作品が人気を得ることに希望と喜びを感じる。



森絵都(もり えと) 1968-
  東京都生まれ。日本児童教育専門学校・児童文学科を卒業後、シナリオライターとしてアニメーション映画の脚本を数本手がけたのち、1991年第31回講談 社児童文学新人賞を受賞した『リズム』で作家デビュー。その後、『宇宙のみなしご』、『アーモンド入りチョコレートのワルツ』など、現代の中学生の日常を 舞台に、時代を切り取ったかのような鮮烈なストーリーに普遍的なテーマを盛り込んだ作品で、幅広い年齢層に人気を博す。ほかに小学生向け作品で、「にんき もの」シリーズ(武田美穂絵/童心社)、翻訳に『永い夜』(ミシェル・レミュー作/講談社)、絵本に『ぼくだけのこと』(スギヤマカナヨ絵/理論社)ほか 作品多数。

あさのあつこ(あさの  あつこ) 1954-
  岡山県生まれ。青山学院大学文学部卒業。日本児童文学者協会会員。全国児童文学同人誌連絡会「季節風」同人。1991年『ほたる館物語』(新日本出版社) で作家デビューした。以後この「ほたる館」シリーズや『舞は10さいです』(同)、『タンポポ空地のツキノワ』(長新太絵/国土社)など、主に小学校中学 年から高学年向けに、子どもの気持ちを優しさに満ちた視点で丁寧に描いた作品を発表している。ほかにエンタテインメント性の高い「テレパシー少女『蘭』事 件ノート」シリーズ(講談社)や、『ぼくらの心霊スポット』(学研)などの作品も人気が高い。

(森 久里子)
     








   新刊絵本  

penkiya
(c) Ayuko Uegaki


(c) Mitsumasa Anno



『ひげじいさん』 まいえ かずお 文 植垣歩子 絵
こどものとも
年少版 2003年10月号 福音館書店

『旅の絵本 V』 スペイン編 安 野光雅 作
2003年9月 ISBN: 4834006301 福音館書店

  福音館書店から出版された2冊の新刊絵本をご紹介したい。日本のペーパーバック絵本として先駆者である「こどものとも」シリーズから年少版10月号『ひげ じいさん』(まいえ かずお文/植垣歩子絵)と、20年ぶりの新刊で話題をよんでいる『旅の絵本 V』(安野光雅)だ。

 はじめに『ひげじいさん』からご紹介したい。ご存知、福音館書店の「こどものとも」シリーズは月刊のペーパーバック絵本。現在〈こどものとも0.1. 2〉〈こどものとも年少版〉〈こどものとも年中向き〉〈こどものとも〉〈ちいさなかがくのとも〉〈かがくのとも〉〈おおきなポケット〉〈たくさんのふし ぎ〉の8冊が刊行されている。子どもの年齢に応じた細かな設定により、保育園や幼稚園でまとめて購入されている場合が多い。手頃な値段設定で気軽に入手で きるのもうれしいシリーズだ。子どもの頃からこのシリーズを読んで大人になり、親子2代、3代で楽しんでいるというのもままあるほど長く刊行されている。 新しい作家をこのシリーズで知ることもあり、毎月の出会いがとても楽しみ。10月号でであったのが、この『ひげじいさん』。年少版の絵本なので、文章も少 なく、すっすっすっと読めていく。
「これなあに?」という問いかけからはじまり、画面には、もくもく雲のようなものが描かれている。なんだろ、なんだろとページをめくると、そのもくもくし たものが、いろんなものに見えてくる。網になったり、すべり台になったり、ふとんになったり、そしてその上に、いろんな生きものがのってくる。魚だった り、牛だったり、小さい女の子だったりと。読んだことのある昔話から登場してくるような人や動物もあり、これは! と、見つける楽しみにも満ちている絵本 なのだ。あっという間に読み終わってしまうのだけど、子どもと読むと「もういっかい!」とリクエストの声がすぐかかる。そして、大人の私は、子どもがいな い時に、ひとり絵本をひらいて、この絵の牛はあの話かな、読んでる本はあの絵本だ、などと楽しみを反芻する。アクリル画材で描かれた不思議な、灰色のもく もくがなんともいい存在感だ。
 物語を書いたのは1952年生まれの、まいえかずおさん。子どもの世界を子どもと一緒に散歩しようと童話を書きはじめたそうだ。この物語も、ナンセンス の世界を子どもと一緒に楽しもうという空気に満ちている。絵を描いたのは、1978年生まれの植垣歩子さん。若い方だが、デビュー(?)はなんと12歳。 絵本『いねむりおでこのこうえん』(石毛拓朗・文/小峰書店)で第1回DIY創作子どもの本大賞を受賞し、その作品が出版されているのだ。残念ながら現在 は流通していないので、図書館でさっそく読んでみると、のびやかで明るい楽しい絵が展開されていた。子どもの頃、「こどものとも」をたくさん読んで見て、 大きくなったという植垣さん。今度は読むだけではなく、発信する描き手となり、私たちを楽しませてくれる。次の作品が待ち遠しい、新進の絵本作家。
 さて、『旅の絵本 V』。安野光雅といえば、この旅シリーズを思い浮かべるファンも多いのではないだろうか。私自身、10代の頃このシリーズを愛読して いた。愛読といっても、文字はない。「旅の絵本」では馬に乗った旅人が見開きページのどこかに静かに前をみて進んでいる。通りすぎるそれぞれの土地の様子 が細かく美しく描かれている。読み手は、絵をじっとながめて旅をすればいいのだ。作者安野氏は、「登場する一人一人が全部本当はせりふを持っています」と 言う。しかし、「その物語は私(安野氏)しか分からない」と。見た人が心の中でせりふをつぶやき、時には耳をすませて旅人の声を聞けばいいのだ。シリーズ では、中部ヨーロッパ、イタリア、イギリス、アメリカと続き、今回はスペイン編となっている。中部ヨーロッパ編では「赤ずきん」や「はだかの王様」「ねむ り姫」らの主人公がさりげなく登場し、イタリア編では「ピノッキオ」「シンデレラ」「家なき子」の画面があちこちにある。イギリス編では、「ピーター・パ ン」や「不思議の国のアリス」、そればかりかネッシーまでもみることができる。アメリカ編には「オズの魔法使い」「トム・ソーヤー」、セントラル・パーク には18人の映画スターがいる。また、だまし絵を描くことでも知られている、安野氏ならではのトリックも随所に堪能できる。新刊のスペイン編でも、〈何 か〉を見つける楽しみは健在だ。闘牛などスペイン独特の風景があり、「ドン・キホーテ」や「カルメン」があり、ピカソなどの作品もさりげなく置かれてい る。「旅の絵本」にぎゅうっとつまっている〈何か〉を見たくて、ページをめくる手はしぜんとゆっくりになる。ゆっくりじっくり、絵ととけこむようにながめ る至福。ほくほくうれしい新刊2冊だ。
(林 さかな)

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植 垣 歩 子
絵本原画展

―― 「ひげじいさん」福音館書店刊 ――
2003年10月31日(金) 〜 11月5日(水)
12:00-19:00 最終日 17:00

楽しさとユーモアのあふれる作品です。新作の絵画・絵本も展示
場所:150-0013 東京都渋谷区恵比寿4-8-3-1F
tel/fax 03-5475-5054
URL http://g-forum.com
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 新刊絵本 



(c) Yuki Sasameya



『幻燈 サーカス』

中澤晶子文 ささめやゆき画
BL出版 2003年8月2日発行 ISBN: 4-7764-0023-5

 薄紙のカーテンをめくると、そこはテント小屋のなか。明かりに浮かぶ「幻燈サーカス」の文字。さあ、サーカスの一夜のはじまりはじまり。オープニングを つげるラッパふき。綱わたり、火の輪くぐり、一輪車、ラインダンス、空中ブランコ……。はなやかな衣装を身につけた主役のよこの、バイオリン弾き。胸おど らせるエンタテインメントには、演じる者の、芸をする動物の、見ている者の、物語があります。年老いた道化師はかつて人気者だったトラに自分の人生を見、 むかし女の子とサーカスごっこをしたクマのぬいぐるみは、成長したその女の子をチェストのうえでいまも見守っています。また、はしご乗りの女に恋する男は はしごを支えながら彼女の重みをうけとめるのです。ページをくるたび、あざやかな色が目にとびこみ、そこに描かれている人たちのまなざしに、時がたつこと のせつなさや、恋することの喜びと悲しみ、一夜のわくわくする気持ちを感じます。

『幻燈サーカス』は、ささめやゆきさんのガラス絵と中澤晶子さんの詩でくりひろげられる、幻想的で、どこかなつかしいサーカスの絵本です。ガラス絵とは、 ガラスにアクリル絵具で絵を描く画法です。絵本をつくるにあたっては、ささめやゆきさんのガラス絵を写真家の中里和人さんが撮影し、そのポジフィルムから 紙に印刷したといいます。本書の奥付には、デザイナーの祖父江慎さん、編集の松田素子さんのお名前もあり、多くの人の愛情をそそがれて生まれた絵本である ことが想像できます。その宝物のような絵本を、いつくしんで手でなでながら読んでみてください。つるつるとした光沢のあるページがあったり、ざらざらとし た温かみのあるページがあったりします。カラフルな硬表紙がのぞくほどに上辺を短くしたページが幕のように感じられるでしょう。帯やカバーをはずしたり、 つけたりしてみてください。しゃれた秘密が見つかるはずです。この絵本は作り手たちの宝物であり、上質でぜいたくなおもちゃでもあるのかもしれません。

 楽しい時間はいつか終わるもの。サーカスの一夜はフィナーレを迎えます。あとになれば、あれは夢だったのかしらと思うかもしれません。あなたも幻燈サー カスをのぞきたくなりました? サーカス小屋にはいるには入場券がいるみたいですがご心配なく。絵本の帯にちゃんとついていますから。


ささめやゆき(ささめや ゆき) 1943-
東京都生まれ。版画家、イラストレーターとして活躍。 『マルスさんとマダムマルス』(原生林)、『あしたうちにねこがくるの』(石津ちひろ文/講談社)、『ヴァン・ゴッホ・カフェ』(シンシア・ライラント作 /中村妙子訳/偕成社)など、絵本や挿絵の分野での著書多数。自らが文章も書いた『ほんとうらしくうそらしく』(筑摩書房)や、本名で出した版画集『細谷 正之銅版画集』(架空社)もある。1995年に『ガドルフの百合』(宮澤賢治文/偕成社)で小学館絵画賞受賞。

中澤晶子(なかざわ しょうこ)1953-
名古屋市生まれ。広告制作ディレクター、コピーライター、児童向け小説の作家。『あしたは晴れた空の下で』(汐文社)、『エレファント・タイム』(偕成 社)、『あした月夜の庭で』(国土社)などの作品がある。1991年に『ジグソーステーション』(汐文社)で野間児童文芸新人賞受賞。ささめやゆき氏の挿 絵による作品が多い。『幻燈サーカス』は、ロシア語訳でも出版された画文集『テントの旅人』(ささめやゆき画/汐文社)の続編ともいえる作品となった。
(よ しいちよこ)
 









    ビジュアル

              マ ンガ





©ほったゆみ・小畑健/集英社



ヒカル(全23巻)

原作/ほったゆみ  漫画/小畑健  監修/梅沢由香里5段(日本棋院)
集英社



 少年漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」で1998年12月から 2003年4月まで約4年半にわたって掲載された連載囲碁漫画。本編189局(囲碁の対局になぞらえて「話」ではなく「局」と数える)と番外編6局が23 巻のコミック本に収録された。
 2000年に「第45回小学館漫画賞」、2003年に「第7回手塚治虫文化賞新生賞」を受賞。原作者、漫画家の両氏は、大倉喜七郎賞(日本棋院)をはじ め、囲碁普及貢献に対する数々の賞も受賞している。
 また、テレビアニメ化され、それまで碁石にふれたこともなかった子どもからその親たちにまで囲碁ブームを巻き起こした。4巻までがノベライズ出版され、 アジア数か国のほかフランス、ドイツでも翻訳出版されている。さらに英語版の 'SHONEN JUMP' 誌でも、2004年1月号から掲載、それにあわせて漫画本も出版される予定である。



●物語のはじまり

  小学6年生の進藤ヒカルは祖父の蔵で古い碁盤をみつけ、盤上に点々と血のようなしみがあるのに気づく。するとどこからともなく「見えるのですか? 私の声 が聞こえるのですか?」という声が聞こえ、平安朝時代(794-1192)の衣をまとい扇子を手にした貴人の姿が現れた。ヒカルだけに姿が見え、声が聞こ えるその人の名は、藤原佐為。腹黒いライバル棋士の罠に落ち、汚名をきせられ入水自殺した平安時代の天才棋士だった。佐為の魂は成仏できずに碁盤に宿り、 江戸時代末期には本因坊秀策(*1)の意識にはいりこんだ。それから100余年の年月が流 れ、佐為の魂はいまふたたび、碁盤からヒカルの意識にはいりこんだのだった。神の一手を極めるために――。

*1 本因坊秀策(1829〜1862)
『ヒ カルの碁』の登場人物では唯一、実在した人物。江戸時代末期の棋士で、後世に「碁聖」と称えられた。彼の布石法は後に「秀策流」といわれ、現在まで研究さ れてきている。ただし漫画では、秀策は、意識にはいりこんだ佐為が指示するままに碁を打っていたという設定になっている。


佐為編(1〜148局)

 佐為のためにしかたなく、佐為の指示にしたがって碁を打っていたヒカルが、自分の力で打つようになり、名人、塔矢行洋を父親にもつ天才囲碁少年アキラほ か大勢のアマ・プロ棋士と出会って、囲碁を打つ喜び、苦しみを知り、天性の才能を伸ばしていく。中学2年生の終わりにプロ試験に合格。アキラとともに囲碁 界に大きな波をもたらしていく。


●北斗杯編(149〜189局)

 ヒカルは、大手合い(*2)、タイトル戦予選などプロとして本 格的に活躍しはじめ、最強の初段と呼ばれるようになる。北斗杯(日本・中国・韓国の18歳以下のプロ棋士による架空の国際棋戦)に日本代表として、すでに プロ3段に昇段しているアキラとともに出場。ある誤解から、韓国の大将(*3)、高永夏(コ ヨンハ)が本因坊秀策の碁を蔑んでいると思いこんだヒカルは、異常な闘志を燃やして永夏に挑み、自分が碁を打つ理由――自分が存在する理由をはっきり意識 する。

*2 大手合い
 成績により昇段が決まる、プロ同士の公式戦。現在は 廃止されている

*3 大将
 団体戦のメンバーのひとり。各チーム3人で戦う場合 のメンバーは大将、副将、三将と呼ばれる。


感想

 学校の成績は悪いが明るく元気な少年ヒカルが、囲碁をはじめてからほぼ3年という短期間でプロ棋士へと急成長していく姿と、囲碁界という勝負の世界―― 上には上があり、つねに追うものと追われるものがいる、実力本位で終わりのない、厳しい勝負の世界を描いた作品。

 くっきりと描き分けられた個性豊かで多彩な登場人物が、勝負の世界に渦巻く感情を鮮やかに映し出している。勝者の誇らしさと敗者の悔しさ、優越感と自己 嫌悪、自信喪失、嫉妬、焦り……そして、上昇する喜び。それは、囲碁界の頂点に近いものから裾野を歩くものまで――トッププロから市民囲碁講座の生徒や中 学囲碁部の部員まで――また囲碁の世界に限らず、この世に生きる私たちすべてが、いつかどこかで味わう感情だろう。そのため登場人物のさまざまな感情がよ く理解でき、大人でも物語に引きこまれる。
  碁はふたりの対局者が交互にパチ、パチと碁石を盤上においていく極めてシンプルな戦いである。動きが激しいスポーツと違い、ルールのわからないものが観戦 すれば退屈なだけだ。だがこの漫画では、静かな対局の裏にある、対局者当人にしかわからない心理劇を、碁石を打つ時の姿と顔の表情、セリフ、独白、またと きには挟みこまれる回想で、ドラマティックに盛り上げる。それで、碁石の流れが理解できない読者も十分に楽しめる。なにしろ、この漫画を読んで囲碁をはじ めた子どもたちがまず覚えるのは、囲碁のルールではなく、いい音をさせてかっこよく碁石を打つ手の動かしかたなのだから。
 さらに、平安時代の天才棋士、藤原佐為(あまりにも美しい線で描かれているので女性と間違える読者も多いというが、男性である)が登場することで、幽玄 で雅やかな、そして凛とした雰囲気がこの漫画に加わってくる。佐為のものやわらかな貴族風の言葉や正義感に裏打ちされた決然とした態度、対局時に漂わせる すさまじい気迫、絶対的な強さは、胸がどきどきするほど魅力的だ。読者は読みながら「はるかな高み」にいる佐為を感じ、自分も引き上げられ昇華していく気 分を味わえる(と思いきや、佐為は突如としてギャグ調になり、笑わせてくれるのだが……)。
 だが、主役はあくまでもヒカル。佐為はヒカルの導き手であり、ヒカルの対局中は手を貸さずにひたすらうしろから見守る。対局を佐為にゆだねた秀策と異な り、ヒカルは自分の力で打つのだ。

 さて、こうした勝負物の少年漫画では、主人公と競いながらともに成長していくよ きライバルが必ず登場するものだが、この作品でヒカルのいちばんのライバルは天才囲碁少年アキラだ。アキラは、名人の父親を持ち、幼いころから棋士たちの 努力と苦しみを目にし、自らも悔し涙をいくども流しながら惜しまず努力してきた、碁ひとすじの生真面目な少年である。対照的にヒカルは一般家庭でのんびり と育ってきた。アキラの真剣さをヒカルははじめ異様に感じるが、次第に触発され、アキラを追って歩き始める。たがいにまっすぐ前を向いて同じ道を歩き、友 情をはぐくんでいくふたりの姿がすがすがしい。
 こうして、ヒカルは胸がすくような急成長を遂げる。それは、佐為というすばらしい指南役が文字通り片時も離れずについていたせいもあるが、ヒカルが生ま れながらにして恐るべき素質を持っていたからにほかならない。
 平凡に見えた少年が隠された才能を発揮し、周りを驚かせながらぐんぐんと成長していく。こうしたストーリーは、いつの時代も子どもたちの憧れであり、子 どもたちの心をがっちりつかむ。

 しかし、この作品は、囲碁の世界を舞台にした成長物語で終わらない。古代から引 き継がれている囲碁。そして平安の昔も今も変わらず、囲碁に情熱を傾ける棋士たちの様々な姿を描くことで、壮大な時のロマンが全編を通して静かに語られて いる。このことを、最終局まで読んで読者ははじめて気づかされるのである。

緒 紀)








 


(編集後記)


秋といえば、読書、食欲、そしてスポーツ。今回は編集とともに「スポ根」 について書かせていただきました(実際は運動音痴のわたし)。新刊絵本3冊、そして漫画「ヒカルの碁」は、読書の秋、文化の秋にぴったりの、自信のライン ナップです。(も)          

    


 


発 行 やまねこ翻訳クラブ
発行人 西薗房枝(やまねこ翻訳クラブ 会長)
企 画 やまねこ翻訳クラブ スタッフ並びに有志メンバー
編 集 池上小湖 森久里子
編集協力 河原まこ 菊池由美 杉本江美 高橋めい ながさわくにお
西薗房枝 林さかな 横山和江 三緒由紀 よしいちよこ
協 力 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内

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