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やまねこ翻訳クラブ 資料室
幸田敦子さんインタビュー


『月刊児童文学翻訳』2000年2月号より

【幸田 敦子(こうだ あつこ)さん】

 1953年、東京生まれ。『リトル・カーのぼうけん』(リーラ・バーグ作/大日本図書)で翻訳家としてデビュー。主な訳書に、『イングランド田園讃歌』(スーザン・ヒル作/晶文社)、『夏の記憶』(ピーター・ロビンスン作/東京創元社)などがある。1996年に出版された『千尋の闇』(R・ゴダード作/東京創元社)は、ミステリ界におけるゴダード人気の火つけ役となった。横浜在住。

※本インタビューは、編集部の質問に対し、幸田さんがファックスでご回答くださったものを掲載しています。

Q★ミステリ、ノンフィクションなど、幅広い分野で活躍なさっていますが、最初に出版された訳書は児童文学だったそうですね。

A☆はい、思いがけず。本当に幸運でした。通っていた翻訳学校で神宮輝夫先生の講座が始まり、「日本語を鍛えたい」の一心で参加しました。そのときのテキストが『リトル・カーのぼうけん』。その後、先生から、訳してみますかとお声をかけていただいて、出版の運びとなりました。

Q★児童書としては2冊目の翻訳作品『わんぱくピート』(リーラ・バーグ作/あかね書房)についてお聞かせてください。原作は50年ほど前のものですが、どのような経緯で出版に至ったのでしょうか。

A☆『リトル・カーのぼうけん』を訳してから、リーラ・バーグの他の作品をいくつか読んでみました。そのなかで光っていたのが『わんぱくピート』。四つの男の子が、晴れの日も雨の日も、表に出ては、いたずらしたり発見したり、いろんな生き物と仲良くなったり大人と元気に渡り合ったり。すっかりピートが好きになって……。で、全訳して出版社に持ちこんでみたのですが、御返事はどこも「ノー」。幼年向けにしては長すぎる、内容があまりに地味……。あきらめかけていたときに、あかね書房さんが引き受けてくださいました。全訳してから四、五年経っていましたが、いま思えば、「めぐりあい」のための大事な五年だったんですね。

Q★1999年10月に出版された『穴』(ルイス・サッカー作/講談社)についてお聞かせください。

A☆まだ米国で刊行される前でしたが、講談社からリーディングの依頼を受けてシノプシスを書きました。即決で版権をお取りになったのは編集者の「眼力」です。私はといえば、出だしを読んで、まったく別種の物語を想像していたものですから、意外な展開と大団円に、ちょっぴりキョトンとしてしまった。みごとにすぎるのではないか!
 ところが訳しはじめたら、そんな思いは吹っ飛びました。並行して語られる三つのお話。現実と、それをくるむファンタジー。語り口を工夫するのが本当に楽しかった。
 主人公のスタンリーも大好きです。心根のやさしいいじめられっ子。でも、どんなときにもくすりと笑う不思議なゆとりが、この少年にはあるんですね。そのやさしさとユーモアが、運命を切り開いてゆく力になる……。それから、字を覚えてゆくときの、黒人少年ゼロの喜び。一読者として、この作品で一番好きな場面です。
 訳出作業にかかる前に、アメリカでいくつも賞を取ったと聞かされ、かなり緊張しました。責任重大。気合いを入れたつもりでしたが、刊行後、訳文のミスに気づいてドッキリしたり。でも、この作品を訳す機会に恵まれて、本当にしあわせでした。装丁も含めて、編集者にはすばらしい本づくりをしていただきました。こういうとき、訳者は、出来上がった本を抱きしめ、「ああ、天国だあ!」です。

「穴」表紙

『穴』
 (ルイス・サッカー作/講談社)

Q★最近、お気に入りの児童書を教えてください。

A☆『くまのオルソン』(ラスカル作/堀内紅子訳/徳間書店)抱きしめたい。
  『ひねり屋』(ジェリー・スピネッリ作/千葉茂樹訳/理論社)生まれもった魂というものを思いました。
  『レモネードを作ろう』(ヴァージニア・E・ウルフ作/こだまともこ訳/徳間書店)人間がいとしくなります。
  『おねえちゃんは天使』(ウルフ・スタルク作/菱木晃子訳/ほるぷ出版)少年ウルフと同じ思いを、子供時代、私も味わったのでした。なつかしい。
  『なあくんとちいさなヨット』(神沢利子作/ポプラ社)愛嬌たっぷり、ひきごろうじいさん!

Q★児童書の翻訳をするときに特に意識していることはありますか。

A☆『穴』については、子供の本だからこう訳そうという意識は、特にありませんでした。でも、『リトル・カー』と『ピート』の場合は、いわゆる「大人の読み物」とはずいぶん勝手が違ったように思います。流れ(メリハリ)のつけかたがむずかしい。
 児童書を訳したのは、『穴』でようやく三冊目。なにかが見えてくるとしたら、これからだと思っています。いままでは、「むだ」をそぎおとすことに目をらんらんと(!)光らせていた。これからは、いい意味でむだ(遊び)のある文章を、道草のようなふっくらとした文章を、書けるようになりたいなあと。

Q★翻訳作業全般を通して大切にしているのはどんな点でしょうか。

A☆推敲推敲また推敲! 本当にこれでいいのか、これでベストかと、自分を疑いつづけること。たとえば、知っているつもりの言葉でも、国語辞典、英英辞典を、引きまくる。これをちょっと怠ると、神様は意地悪なもので、その「ちょっと」に罰をくださいます! 駆け出しのころに訳した本で、私は「やおら」という訳語を使いました。それまで、使用語彙のなかになかった言葉。無性に使ってみたかった。で、二度も使った。刊行後、ふっと気になり、辞書を引いたら、「おもむろに」の意味。「突然に」だと、ずっと思っていたのです。もっともいまだに、いろいろポカをやりますが。
 もうひとつ、これは理想で、むずかしいことなのですが、「行間をすくって、日本語をふくらませ、でも行間をつぶすことのないように」

Q★最後に、文芸翻訳家をめざしている読者のみなさんに、ひとことお願いします。

A☆翻訳は、いくつになってもデビュー可能。それまでのいろんな体験が活きてきます。つらいことも楽しいことも、たっくさんの栄養を心に与えつづけてください。

インタビュアー : 柳田利枝

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。

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