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月刊児童文学翻訳

─2000年3月号(No.18 書評編)─

※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!!

児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、
電子メール版情報誌<HP版>
http://www.yamaneko.org/mgzn/
編集部:mgzn@yamaneko.org
2000年3月15日発行 配信数1,530


「どんぐりとやまねこ」

     M E N U

◎特集
★2000年コールデコット賞★受賞作レビュー

◎注目の本(邦訳絵本)
エド・ヤング再話・絵『ロンポポ』

◎注目の本(邦訳読み物)
ロアルド・ダール作『ねぶそくの牧師さん』

◎注目の本(未訳読み物)
ポリー・ホーヴァート作 "The Trolls"

◎Chicocoの洋書奮闘記
第13回「父親が書いた育児日記」(よしいちよこ)



特集

―― 2000年コールデコット賞 受賞作レビュー ――

 

 本誌号外でお知らせした通り、1月17日、アメリカの伝統ある児童文学賞、ニューベリー賞、コールデコット賞の受賞作が発表された。この賞は、米国図書館協会(ALA―American Library Association)が、昨年米国で出版された子どもの本の中から、最も優れた作品に対して贈るものである。

 先月号のニューベリー賞受賞作レビューに引き続き、今月は、コールデコット賞受賞作"Joseph Had a Little Overcoat"のレビューをお届けする。

 

ユダヤ民族の知恵とユーモア

『ヨゼフのおんぼろコート』(仮題)
シムズ・タバック作

Simms Taback "Joseph Had a Little Overcoat" 34pp.
Viking 1999, ISBN 0-670-87855-3

 

「ヨゼフのお気に入りのコート。着古してぼろぼろになっちゃった。そこで仕立て直して上着にしたよ。ヨゼフのお気に入りの上着。着古してぼろぼろになっちゃった。そこで仕立て直してベストにしたよ……」

 ユダヤの民謡を題材にした、仕掛け絵本である。繰り返しの多いリズミカルな文章と単純明快なストーリー。明るい画風と鮮やかな色使い。服を仕立て直す場面では、ページに窓が切り取られていて、ページをめくると直した服が現れる仕掛けになっている。アマゾン・コムでの読者評は上々だし、わが家の子どもたちの受けもよかった。ただ惜しむらくは、あまりに色使いがにぎやかなために、肝心の服が目立たないこと。そのためか、せっかくの仕掛けが今ひとつ目に飛び込んでこない。

 むしろ興味をそそられるのは、ヨゼフの部屋の壁にさりげなく飾られたポスターや写真、そして机に置かれた本の数々だ。「きれいな穴より、みにくいつぎあて」といったユダヤの格言あり、ユダヤ人で精神分析の創始者であるフロイトの肖像あり。中でも最も頻繁に登場するのが、『屋根の上のバイオリン弾き』の下敷きとなる短編を書いた、ユーモア作家ショーレム・アレイヘムの本や肖像画だ。

 作者自身はアメリカ育ちのようだが、作中では、ポーランドのユダヤ人村で暮らすヨゼフにみずからを重ねて、先祖から受け継いできたユダヤの知恵やつましさ、そして何よりユーモアの精神を、絵本の形で残そうとしているのが感じられる。子どもにわかるのかな、と思う反面、気に入った本は何度でもめくり、隅々まで舐めるように楽しむ子どもたちなら、案外そんな面白さも直感的に受けとめるのではないか、という気もする。

 なお同じ民謡を題材にした別の絵本が、98年に邦訳出版されている(『おじいさんならできる』フィービ・ギルマン作・絵 芦田ルリ訳 福音館書店)。こちらは、孫のヨーゼフの服をおじいさんが仕立て直すという設定。また違った味わいの作品に仕上がっていて、比べて読むのも面白い。

(内藤文子)

 

【作者】Simms Taback(シムズ・タバック)

 ブロンクスで育つ。グラフィック・デザイナーとして活躍するかたわら、ニューヨークのスクール・オヴ・ヴィジュアルアーツやシラキュース大学で教鞭をとる。絵本の作品も多く、中でも"I Know an Old Lady Who Swallowed a Fly"は、98年のコールデコット賞オナーを受賞している。

 

 

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注目の本(邦訳絵本)

―― オオカミに捧げられた昔話 ――

 

『ロンポポ』
エド・ヤング再話/絵 藤本朝巳訳
1999.10 古今社 本体1,800円

"Lon Po Po: A Red-Riding Hood Story from China"
Ed Young
Philomel Books 1989

『ロンポポ』表紙

 

 「ロンポポ(虎姑婆)」は中国に千年以上前から伝わる昔話をもとに作られた絵本である。訳者説明にもあるように、ヨーロッパの「狼と七匹のこやぎ」、日本の「天道さま金の鎖」がこの話によく似ている。こう書くと物語の筋を想像できる人は多いかもしれない。シャン、タオ、パオツェという3人の娘が、母親の留守におばあちゃんの名をかたって訪ねてきたオオカミにどう応対するか、という物語である。

 オオカミの目がこちらをじっと見つめている、という印象的な表紙をめくると、中国古来の屏風絵の手法を取り入れた雰囲気ある絵、そしてリズムある言葉で物語は展開され、つるんと昔話の世界に入り込める。

 絵の一枚一枚が目に焼き付くほど美しく、うっとりしてしまう。昔話は筋の展開に重きを置いているので、心理描写、風景描写が一切なく、簡潔にすすんでゆく。最近、昔話のおもしろさに目覚めた私にはとてもうれしい絵本である。

 おもしろいとはいえ、物語そのものは残酷な面もある。先日、昔話研究家・稲田和子氏の講演を聞いたところ、「昔話の中の人物は象徴であるので、たとえ死んだとしても、それは<悪>を象徴しているものが無くなるだけなのだ」と述べていて納得させられる。

 もうすぐ4歳になる私の息子はこの物語がずいぶん心に残ったらしく、夜、布団に入ると「ロンポポのオオカミはねぇ」と反芻している。暗い部屋で聞く息子の話はまた楽しく、「ロンポポの話をして」と私の方からリクエストしてしまう。

 この絵本はぜひ声に出して読んでほしい。声に出すことによって昔話の楽しさがより体感できるはずだから。

(林 さかな)

 

【作者】 Ed Young(エド・ヤング)

 中国の天津生まれ、上海で育つ。イリノイ大学、ロサンゼルス・アート・センター大学、ニューヨークのプラット研究所などで学ぶ。現在は妻のフィロメナとともに、ニューヨークのヘイステイングで絵本を製作。"Lon po po"で1990年、コールデコット賞を受賞。"Seven Blind Mice"(『七匹のねずみ』/古今社)では、1992年にコールデコット賞オナー受賞。未訳だが "Voices of the Heart" は、文字をコラージュした美しい絵本で一読に値する。


【訳者】藤本朝巳(ふじもと ともみ)

 1953年、熊本県生まれ。現在、フェリス女学院大学文学部英文学科助教授。湘南昔ばなし大学(小澤俊夫主宰)実行委員会代表。エド・ヤングの『七匹のねずみ』(古今社)も訳している。著書『絵本はいかに描かれるか』(日本エディタースクール出版部)では絵本の読み方のおもしろい切り口を紹介している。

 

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注目の本(邦訳読み物)

―― さかさま言葉で村中大騒ぎ ――

 

『ねぶそくの牧師さん』表紙

『ねぶそくの牧師さん』
ロアルド・ダール作 クェンティン・ブレイク絵
久山太市訳 1999.10.20 評論社 本体1,200円

Roald Dahl "The Vicar of Nibbleswicke"
Illustrated by Quentin Blake
Paperback : Penguin Putnam Books 1994
Hardcover : Viking Children's Books 1992

 

 子どもの頃言語障害を持っていたロバート・マントは、治療の甲斐あって障害を克服し、念願の牧師になることができた。ところが、最初の赴任先であるイナラシモレダ村へ向かって車を走らせながら、だんだん不安になってくる。「ぼくはいい牧師になれるかしら……」眠れない夜を過ごした翌朝、マント師は不思議な病気にかかっていた。彼が口を開くと、ところどころがさかさま言葉になってしまうのだ。しかも本人はまったく気づかない。その日から、彼が何かしゃべるたびに村は大騒ぎに――。

 信仰心の厚い村人たちが、厳粛な礼拝の最中にこらえきれず笑い出してしまったり、わけの分からないことを言われて逃げ出してしまったり。ひとつひとつのさかさま言葉が、文章の中で意味を持ち、まじめで礼儀正しいマント師の口から飛び出すことで、おかしさが何倍にもなって押し寄せてくる。たびたび村人たちを驚かせてしまうマント師だが、人の好い彼が悪く思われることはなく、ブレイクのほのぼのとした挿絵も手伝って、物語全体の印象はどことなくほんわかとしている。

 ところで、この本にちりばめられているさかさま言葉はすべて、日本語として意味が通るように作り変えられているのだが、物語の大筋を変えずにこれだけ笑える内容になっているのは、訳者の久山太市さんの力量に負うところが大きい。きっとユーモアあふれる方なのだろう。久山さんによればとても分かりやすい英語で書かれているとのことなので、ぜひ原書でも読んでみたい。ひとしきり笑った後は、ダールらしい意外な展開が待っている。この本は言語障害協会支援のために書かれたものだが、障害に限らず、いろいろと問題を抱えながら生きる私たちに、ときには肩の力を抜いて、気持ちを楽にしてみようと思わせてくれるような1冊である。

(赤間美和子)

 

【作者】Roald Dahl(ロアルド・ダール)

 1916年、イギリス生まれ。18歳でレプトン・スクールを卒業後、シェル石油に入社。第二次世界大戦中は英国空軍のパイロットとしてアフリカなど各地を転戦する。1942年にアメリカ駐在イギリス大使館付武官としてワシントンに勤務、この頃から短編小説を書きはじめる。主な児童文学作品に『チョコレート工場の秘密』『おばけ桃の冒険』(いずれも評論社)などがある。1990年11月死去。


【画家】Quentin Blake(クェンティン・ブレイク)

 1932年イギリス生まれ。ケンブリッジ大学卒業、チェルシー美術学校で絵画を学ぶ。ロアルド・ダール、ラッセル・ホーバンなどの本の挿絵のほか、自作の絵本も多い。主な作品に『みどりの船』(あかね書房、第1回やまねこ賞[絵本部門])『ピエロくん』(あかね書房、1996年ボローニャ・ラガッツィ賞〔児童書フィクション部門〕)などがある。


【訳者】久山太市(ひさやま たいち)

 詳細は不明。主な訳書に『ずーっとずっとだいすきだよ』『ボールのまじゅつしウィリー』『恋のまじない、ヨンサメカ』(いずれも評論社)などがある。

 

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注目の本(未訳)

―― 語り手を得てよみがえる家族の歴史 ――

 

『トロルは本当にいるの?』(仮題)
ポリー・ホーヴァート作

Polly Horvath "The Trolls" 144pp.
Farrar Straus Giroux 1999, ISBN 0-374-37787-1

 

 両親が1週間の旅行に出かける間、3人の子どもの面倒を見てくれる人が見つからない! この緊急事態にカナダから飛んで来てくれたのは、父親の姉のサリーおばさんだ。それまで親戚付き合いをしておらず、会ったこともなかったサリーおばさんは、とても話が上手だった。10歳のメリッサ、8歳のアマンダ、6歳のフランクは、夢中になって次から次へとお話をせがむ。おばさんが話してくれるのは、カナダ・バンクーバー島の森の中に建つ家で育った子ども時代のことだ。おじさん、おばさん、祖父母、大おじさんなどの信じられないようなおもしろい話。近所の人たちのちょっと怖くて不思議な話。海岸に出没するという巨人トロルのこと。そして、最後の晩、サリーおばさんとお父さんの間が疎遠になっている理由が明らかになる……。

 サリーおばさんの語る話ひとつひとつの、なんと魅力的なことか。お話に出てくる一人ひとりが、サリーというストーリーテラーの存在によって、生き生きとよみがえる。家族の歴史を語り継いでいくことの大切さと、語り聞かせてもらうことの喜びが実感できる。うちの親戚にもこういう人が一人いないかなあ。

 原題でもあり、おばさんの話にも出てくる「トロル」は、話の中で重要な位置をしめる。大おじさんは、知り合いの人が家族やペットをトロルに食べさせるところを見たというけれど、トロルは本当にいたのだろうか? 「トロルは向こうからやってはこないのよ。わたしたちの心の中の暗闇がトロルをひきよせるの」というサリーおばさんの言葉は、深く重い。

 マイペースな弟フランクをつい邪険に扱ってしまうメリッサ、アマンダの姿と、大事にされている末の弟(メリッサたちの父親)をねたむ子どもの頃のサリーおばさんの姿がじょじょに重なってくるあたり、少し作為的かなという感はある。だが、全体的にユーモアにあふれ、リズムも良く、楽しく読める作品だ。1999年度ボストングローブ=ホーンブック賞オナー受賞、また全米図書賞のYA部門にもノミネートされた。小学校中学年から。

(植村わらび)

 

【作者】Polly Horvath(ポリー・ホーヴァート)

 1957年ミシガン州生まれ。9歳から創作をはじめ、18歳までのあいだ原稿を書いては編集者に送り続けた。その頃原稿を受け取った編集者の一人が現在のエージェントである。18歳でいったん執筆を中断し、トロントやニューヨークの学校でダンスを学ぶ。1989年に1作目である "An Occasional Cow" を出し、当作品で5作目。カナダのバンクーバー島在住。

 

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Chicocoの洋書奮闘記 第13回 よしいちよこ

―― 「父親が書いた育児日記」 ――

 

 洋書奮闘記だか、マタニティ日記だか、よくわからなくなってきたこの連載。今回は臨月にはいって読んだ洋書。"GOOD MORNING, MERRY SUNSHINE/ A Father's Journal of His Child's First Year"(Bob Greene/1984年/PENGUIN BOOKS)。児童書ではなく、字が小さい上に305ページもある。洋書奮闘中の私に読み切れるのか不安だったが、読めちゃったんだな、これが。内容は、ジャーナリストのボブ・グリーンが、娘アマンダが生まれてから1歳になるまでの365日を綴った日記。

 

【1999年Chicocoの日記から】
【2/4】 ボブ・グリーンの日記1日目は、妻スーザンの陣痛と出産。10p。
【2/5】 読み進むうちに、この本はぜひ夫に読ませなければ、と思う。アマンダが初めて笑う。かわいいんだろうなあ。いっきに34p。
【2/6】 アマンダは日々成長していく。スーザンとボブのちょっとした会話がおもしろい。妻の微妙な心の動きを夫は理解できるのだろうか。きょうはなんと、54p。
【2/7】 きょうもいっきに52p。
【2/8】 毎日、こんなに書くことがあるのかと思うほど、赤ちゃんは日々成長(変化)していくんだなあ。28p。
【2/9】 34p。アマンダは6か月。歯がはえかけてきて、むずかる。はじめてのクリスマス・プレゼントは、布の本。参考にしよう。
【2/10】 予定日まであと10日。健診の待ち時間に読む。25p。アマンダが生まれる前は、スーザンもボブも分娩のことばかり考えていたと書いてある。今の私みたいだ。生まれてからの生活なんか想像もできず、ただ産むことばかりが心配な私。
【2/11】 アマンダは10か月になった。37p。
【2/12】 アマンダが歩く。感動。いよいよ、アマンダの1歳の誕生日。31p。読了。

 

 この時の私は、お腹で動いているわが子に会う瞬間のこと、出産の不安しか頭になかった。この洋書は、新たな希望とさらなる不安を感じさせてくれた。医師や学者の言葉ではなく、父親の素直な、愛情深い言葉で、子どもの体と心の成長を書いているところが、この本の魅力だ。残念ながら洋書は絶版になっているが、邦訳『ボブ・グリーンの父親日記』(ボブ・グリーン/西野薫訳/中公文庫)が出ている。これから出産する人、0歳児のいる人には、ぜひぜひおすすめの1冊。

 

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●編集後記●

 やまねこ翻訳クラブで話題だった本の邦訳が、次々出ています。どれも売れ行きが良いそうで、嬉しい。べつに何の得があるわけでもないですが。(き)


発 行: やまねこ翻訳クラブ
発行人: 森久里子(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人: 菊池由美(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画: 河まこ キャトル くるり 小湖 Chicoco どんぐり BUN ベス YUU りり ワラビ MOMO つー さかな こべに みーこ きら Rinko SUGO わんちゅく みるか
協 力 @nifty 文芸翻訳フォーラム
小野仙内 ながさわくにお NON


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