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2009年2月号
   =====☆                    ☆=====
  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
                                No.107
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2009年2月15日発行 配信数 2450 無料
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●2009年2月号もくじ●
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◎プロに訊く:第30回 アレックス・シアラーさん(作家)
◎プロに訊く連動レビュー:『チョコレート・アンダーグラウンド』
                     アレックス・シアラー作/金原瑞人訳
◎注目の本(邦訳読み物):『ウェディング・ウェブ サムがつむいだ夢』
                      ネット・ヒルトン作/小松原宏子訳
◎注目の本(未訳絵本):"The House in the Night"
              スーザン・マリー・スワンソン文/ベス・クロムス絵
◎注目の本(未訳絵本):"A Couple of Boys Have the Best Week Ever"
                            マーラ・フレイジー作
◎賞速報
◎イベント速報
◎世界のお祭り:第15回 ホーリー祭(ヒンドゥー教)
◎読者の広場
◎お知らせ

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●プロに訊く●第30回 アレックス・シアラーさん(作家)
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 今回は、著書『チョコレート・アンダーグラウンド』(本誌今月号レビュー参照)
の日本でのアニメーション映画化にあたって来日されたアレックス・シアラーさんに
お話をうかがいました。『チョコレート〜』をはじめ、シアラー作品を多数訳されて
いる翻訳家、金原瑞人さんにもご同席願い、いくつか質問にもお答えいただきました。
インタビューは、金原さんとともにシアラー作品の翻訳に取り組んだ、やまねこ翻訳
クラブの面々が担当し、さらに『スノードーム』を翻訳された石田文子さんにも質問
に加わっていただきました。多忙なスケジュールの中、快く取材に応じてくださった
シアラーさん、金原さんに感謝いたします。

 映画の公開は1月31日から。監督は『図書館戦争』の浜名孝行さん、総作画監督は
『攻殻機動隊 S.A.C.』の後藤隆幸さんで、スタイリッシュな少年たちが活躍するお
しゃれなアニメとなっています。原作とは多少プロットが異なるものの、やはりチョ
コレートが食べたくなる作品。バレンタイン・デーの季節(本誌発行日には過ぎてい
ますが)、愛する人にチョコレートを贈りたくなる映画といえるでしょう。

【アレックス・シアラー(Alex Shearer)さん】
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
|1949年生まれ。英国サマセット在住。シナリオライターとして執筆活動を始め、|
|映画、舞台、ラジオ劇の脚本などを多数書く。その後、若い世代を主な対象とし|
|た小説を発表。日本でも2002年の『青空のむこう』(金原瑞人訳/求龍堂)以降|
|『スノードーム』(石田文子訳/求龍堂)、『海のはてまで連れてって』(金原|
|瑞人訳/ダイヤモンド社)と、翻訳出版が相次いでいる。最新の邦訳は2008年の|
|『透明人間のくつ下』(金原瑞人訳/竹書房)。              |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+

【求龍堂ウェブサイト(取材協力)】
 http://www.kyuryudo.co.jp/

【アレックス・シアラーさん作品リスト】
 http://www.yamaneko.org/bookdb/author/s/ashearer.htm

【映画『チョコレート・アンダーグラウンド』公式サイト】
 http://www.choco-bar.jp/index/index.html

【アレックス・シアラーさんインタビュー ロングバージョン】
 http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ashearer.htm

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 注:名前表記のないQはインタビュアーの質問、Aはシアラーさんのお答えです。

Q★お会いできて光栄です。まずは、『チョコレート・アンダーグラウンド』のアニ
メーション映画のご感想はいかがでしょうか。翻訳された金原さんのご感想もお願い
します。

A☆(シアラー)原作とはずいぶん変わっていますね。かなり未来的で、マンガ的な
解釈です。大きなチョコレートマシンなどは、異質な感じがして驚きました。もちろ
ん、表現する形式が変われば、作品が変わるのは承知しています。

A☆(金原)書籍のほうは小学生から大学生まで楽しめるようにできていますが、映
画は低年齢層にしぼっていますね。それが強みとも言えるかもしれませんが。

Q★『チョコレート・アンダーグラウンド』は、イギリスでテレビドラマ化もされて
いますが、今回の映画で新しい発見があったでしょうか。

A☆映画の冒頭に、チョコレート捜査官たちが「チョコレートを食べてはいけない」
と宣言する、インパクトのあるシーンを置き、本編につないでいくのがうまいと思い
ました。イギリスのドラマは、わたし自身が脚本を書いているので、わりあい原作に
近いですね。

Q★(金原)自分の原作にない部分を作ることもありますか?

A☆ドラマは小説とは違い、視覚的な要素が必要なので、新しくつけたさなければな
らないこともありますね。逆に、ときには好きな部分をカットする必要もあります。
つらくて大変な作業です。

Q★この作品はどんないきさつから書こうと思われたのでしょうか?

A☆個人的には、わたしの子どもたちが小さかったころ、妻が「野菜を食べないとチ
ョコレートを禁止しますよ」と注意したことからヒントを得ました。それから、アメ
リカの禁酒法のことを考え、チョコレートが禁じられたらどうなるかを書きたいと思
いました。

Q★ご自身もチョコレートはお好きなのでしょうか。ほかの作品にも食べ物の登場シ
ーンが多いようですが、食べることはお好きでしょうか。

A☆チョコレートは好きですが、歯に悪いのであまり食べないようにしています。他
の人が作ってくれた食事を食べるのは好きですが、自分の料理はあまり食べたくあり
ません(笑)。

Q★『チョコレート・アンダーグラウンド』ではチョコレート製造場面もありますが、
実際に作られたことがおありでしょうか。

A☆子どものころ、兄といっしょに作ってみたことがありますが、大失敗に終わりま
した。ココアパウダーとバターを混ぜて、小麦粉を入れただけですからね(笑)。と
ても食べられたものじゃありませんでした。

Q★この作品で特別お気に入りの登場人物はいますか?

A☆スマッジャーが一番好きです。権威に抵抗し、立ち上がって戦うキャラクターで
すから、だれもがこんな風になりたいと思うのではないでしょうか。

Q★金原瑞人さんへの質問です。翻訳家の目からごらんになった、シアラー作品の魅
力や翻訳の難しさなどについてお聞かせいただけますか。

A☆(金原)さきほどシアラーさんに、「(あなたが訳している)デイヴィッド・ア
ーモンドの文体は難しいでしょう?」と言われました。確かにアーモンド作品の文体
は難しいけれど、シアラー作品にも、英国文学らしい難しさはありますね。
 シアラーさんの作品はテンポがよく、発想、着想が面白く、それを物語として構築
していく力がすばらしい。思いもかけないような状況を語っていくストーリー・テリ
ングのうまさは、ロアルド・ダールを思わせます。シアラーさんもダールはお好きだ
とおっしゃっていましたが、ぜひダールをこえる作家になっていただきたいですね。

Q★やまねこ翻訳クラブ会員のお子さんからの質問です。「シアラーさんは娘さんや
息子さんも大きくなったベテランのお父さんですよね。そのくらいの年齢になっても、
空想豊かな物語を書けるのはどうしてですか? 家族の人たちと一緒に考えることは
ありますか? ぜひ、そのこつを教えてください。」

A☆現在と過去の自分の経験を組み合わせることはありますね。たとえば『魔法があ
るなら』(野津智子訳/PHP研究所)の例ですが、ロンドンのハロッズに初めて行
ったとき、店内のぜいたくなアイスクリームパーラーで娘が「ここに住めるわね」と
言ったのです。ハロッズにはどんなものでもそろっていますからね。それから、わた
し自身が子ども時代を送ったスコットランドで聞いた「大家が来る前に夜逃げしろ」
という言い回しを思い出したことから、(貧しい母子がこっそりデパートに住むとい
う)この本のアイデアが生まれました。

Q★ユーモラスな作品から、死や老いなどシリアスなものまで、幅広い主題、多くの
アイデアはどこから得られるのでしょうか。

A☆新聞などを読んだり、何かのできごとをきっかけにしたり、ですね。よく聞かれ
る質問ですが、はっきりとはわかりません。いろんなことが混ざり合って、出てくる
ようです。ひとつの作品を書いていて、ほかの作品のアイデアが浮かぶこともありま
す。アイデアを得てから数週間ほどで作品にしますね。

Q★ご自分の作品の中で、どれがいちばんお好きですか?

A☆(シアラー)いつも、そのとき執筆している作品がいちばん面白くて好きですね。

A☆(金原)翻訳も同じです。今訳している作品がいちばん面白い。

Q★最後に、新作について、日本の読者に教えていただけますか。

A☆少年と母親を扱ったコメディ、"Acting up" を書き上げたばかりです。少年は落
ち着いた暮らしをしたいのですが、母親のほうは、バレエとか役者とか目立つことを
子どもにさせたがる。やがて少年は、有名になりたいのは母自身だということに気づ
き……という話です。まだ出版は決まっていません。

           (取材/相山夏奏・月沢李歌子・菊池由美 文/菊池由美)

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●特別企画連動レビュー●世の中を変えるのは、そう、君なんだ!
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『チョコレート・アンダーグラウンド』 アレックス・シアラー作/金原瑞人訳
求龍堂 定価1,260円(税込) 2004.05 507ページ ISBN 978-4763004208
Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
"Bootleg" by Alex Shearer
Macmillan Children's Books, 2003
Amazonで詳細を見る

 チョコレートの包み紙を破り、銀紙をめくってかぶりつく幸せ……それは何ものに
も代えがたい。でも、あるとき政府によってそれが取りあげられてしまったとしたら?
ハントリーとスマッジャーの国では、まさにそれが起こった。〈健全健康党〉が打ち
立てた政策は、チョコレートをはじめとする砂糖使用のお菓子の禁止。所持している
ことが見つかれば、逮捕され、恐ろしい「再教育」を施される。その理由は「甘いも
のは体によくないから」。でも、だからってチョコレートを排除することが国民にと
って本当に「健全で健康」なのだろうか?
 ハントリーとスマッジャーの行きつけの店からもお菓子は没収されるが、ふたりは
店を営むバビおばさんと手を組んで、チョコレートの密造を始める。試作を繰り返し、
完成したチョコレートを銀紙で包めば、立派な「密売品」のできあがり。でも重要な
のはお金じゃない。これは自由と権利を求める戦いだった。「すべての人に自由と正
義とチョコレートを」その思いを胸に、行動的なアイデアマンのスマッジャーと正義
感の強いしっかり者のハントリーは、信頼できる大人たちとともに、いよいよ大胆な
作戦に乗り出すことになる。
 彼らは力を合わせ、どんなふうに圧政に立ち向かうのか。物語はラストにむかって
一気にスリリングさを増していく。読み終わったときには、勇気がわいてくるととも
に最高の爽快感に包まれることだろう。毎回異なる雰囲気とテーマの作品を書き、楽
しませてくれるシアラーだが、この作品にもシアラーらしさはしっかり出ている。独
創的な設定でユーモアがあるところ、ハラハラドキドキする展開、そしてちょっぴり
怖いところなどだ。分厚いながらも一気に読めるこの作品は、いつもに増してスケー
ルアップしたものとなっており、ところどころに出てくる含蓄のある言葉や格言が、
このワクワク感あふれる物語にスパイスを加えている。ちなみに作者本人にもご好評
との日本版の装丁だが、このチョコレート色の本もなかなかカッコいい。2009年1月
31日にアニメ映画も公開された本作、ぜひ原作を手に取って、アニメとはまた違った
魅力を味わってみてほしい。きっと幅広い年齢の読者に楽しんでもらえると思う。

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【作】アレックス・シアラー(Alex Shearer):本誌今月号「プロに訊く」参照。

【訳】金原瑞人(かねはら みずひと):1954年岡山県生まれ。法政大学文学部博士
課程修了、同大学教授・翻訳家。『ユゴーの不思議な発明』(ブライアン・セルズニ
ック作/アスペクト)、『あの犬が好き』(シャロン・クリーチ作/偕成社)など英
米作品を中心に多数の翻訳を手がけ、訳書数は320冊を超える。

【参考】
▼金原瑞人公式ウェブサイト
http://www.kanehara.jp/

▽金原瑞人訳書リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/mkaneh10.htm

                                (金山裕実)

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●注目の本(邦訳読み物)●クモがつむぐ、ひいおばあちゃんの思い出
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『ウェディング・ウェブ サムがつむいだ夢』 ネット・ヒルトン作/小松原宏子訳
くもん出版 定価1,365円(税込) 2008.08 126ページ ISBN 978-4774314150
Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
"The Web" by Nette Hilton
HarperCollins Publishers Australia, 1992
Amazonで詳細を見る

★1993年オーストラリア児童文学賞低学年部門オナー(次点)作品

 わたしはジェニー。89歳のひいおばあちゃん、ヴァイオレット・アンの家に遊びに
行くのが大好き! トカゲやフクロネズミがいるし、古いボタンやガラスのかけらな
んてお宝があるんだもん。でも、なんといっても一番の楽しみは、亡くなったひいお
じいちゃんのお話を聞くこと。だけど、最近、アンはむかしのことを思い出せなくな
ってきたみたい。それに、うとうとと居眠りをすることが多いんだ。だいじょうぶか
なぁ、ちょっと心配。そんなある日、アンが7本足のクモを見つけて、サムと名づけ
たんだ。アンは、サムのつむいだ巣を見ては、自分で作ったウェディングベールを思
い出したり、巣についた朝つゆを見ては、ひいおじいちゃんにもらったダイヤの指輪
をなつかしんだりしてる。サムのおかげで、大切な思い出が少しずつよみがえってき
たみたい。ずっとこのままでいられればよかったんだけど……。万が一のことを心配
するママとパパが、アンを老人ホームに入れると決めてしまった。かわいそうなアン。
わたしに、できることってなんだろう――。
 子どもにとって、ひいおばあちゃんとは、どんな存在だろうか。心配が先にたち、
禁止事項を作りがちな両親とは異なり、ちょっとくらい危険なことにも挑戦させてく
れる。自分が生まれる前の歴史を、みずからの体験として話してくれることもある。
親には言えないことでも、ひいおばあちゃんになら言える。そんな、世代の隔たりが
あるからこそ築き得る友情を、ジェニーとアンは、はぐくんできたのだ。
 本書は、子どもの視点から「老い」を書いた作品でもある。ジェニーは、アンが老
いつつあることに気づいている。老人ホームに行くのをいやがっていることも知って
いる。さらには、アンをホームに入れることが、両親にとって苦渋の決断であったこ
とも分かっている。子どもは大人が思っている以上に、周りをよく見ているのだ。と
はいえ、子どもにはなかなか理解しづらい「老い」の問題。それを、この作品は、ジ
ェニーの心情を丁寧に追いながら易しい言葉で伝えている。
 人はある程度の年になると、死の準備を始めなくてはならない。そのひとつが、大
切な過去を思い出し、いつくしみ、いい人生だったと納得することであるように思う。
ひ孫のジェニーとクモのサムは、その手助けをしてあげたのではないだろうか。

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【作】ネット・ヒルトン(Nette Hilton):1946年オーストラリア、ヴィクトリア州
生まれ。非常勤で教師として働きながら作家活動をしている。学校嫌いの娘のために
物語を書いたのが、作家になるきっかけとなった。本書のほか、"The Long Red
Scarf" と "Ghost of a Chance" が、それぞれオーストラリア児童図書賞の絵本部門
と低学年部門のオナー(次点)を受賞している。

【訳】小松原宏子(こまつばら ひろこ):1960年東京都生まれ。青山学院大学文学
部英米文学科卒業。作家。2004年、「ぼくの朝」で第13回小川未明文学賞優秀賞を受
賞。著書に『いい夢ひとつおあずかり』、『いい夢ひとつみぃつけた』(共にくもん
出版)がある。本書は、初めての翻訳作品。子どものころ、大の虫嫌いだったが、な
ぜかクモとクモの巣だけは美しいと思うことさえあったという。

【参考】
▼ネット・ヒルトン公式ウェブサイト
http://www.nettehilton.com

                                (相良倫子)

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●注目の本(未訳絵本)●夜空に思いをはせる、おやすみ絵本
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『よるのいえ』(仮題) スーザン・マリー・スワンソン文/ベス・クロムス絵
"The House in the Night"
text by Susan Marie Swanson, illustrations by Beth Krommes
Houghton Mifflin Company, 2008 ISBN 978-0618862443
40pp.
Amazonで詳細を見る
★2009年コールデコット賞受賞作品

 家族で散歩に行った帰り道、父親は幼い娘に家の鍵を渡す。陽が沈み、あたりは薄
暗く、幸せそうな灯りが、家族の帰りを待つかのように窓からこぼれている。少女は
鍵を開け、自分の部屋へと戻る。おもちゃやけいこ道具でちらかってはいるが、居心
地の良さそうな部屋から、自宅でくつろぐ安心感が伝わってくる。しばらくして、ベ
ッドの上に置いたままの絵本に気づき、ページをめくると、そこには見開き一面に鳥
の羽ばたく絵が描かれている。すると次の瞬間、少女は鳥の背に乗り、窓から夜空へ
と飛びたっていくのだった。
 今年のコールデコット賞に輝いたこの作品には、奇想天外な発想も、驚くような展
開もない。現実から離れ、おとぎ話のような空想に遊ぶ少女を描いてはいるが、その
幻想は誇張されることなく、再び日常へ降り立つまでがとても自然に過ぎていく。
 "This is the key of the kingdom" で始まるマザー・グースの詩に構想を得たと
いうスワンソンは、前の文の一語から次の文を連想させ、短い文を鎖のようにつなげ、
主人公の少女と一緒に夜空を一回りする。言葉はゆっくりと進み、夜の物語にふさわ
しい、呼吸するようなリズムをきざむ。一方、『100まんびきのねこ』(いしいもも
こ訳/福音館書店)で有名な、ワンダ・ガアグに影響を受けたというクロムスは、ス
クラッチボードを使った細かい線描で、版画のような素朴な味わいを引き出している。
黒と白のモノトーンに、ところどころ落ち着いた黄色を差し、その部分を闇に浮かぶ
光のように輝かせる技法は効果的で、わずか3種類の色が多色づかいの絵をしのぐ存
在感を放つ。ガアグの画風は多くの作家に創作意欲を促し、近年でも2005年にケビン
・ヘンクスが "Kitten's First Full Moon"(『まんまるおつきさまをおいかけて』
小池昌代訳/福音館書店)でコールデコット賞を受賞している。ガアグを知る人は、
クロムスの絵に彼らの印象を思い浮かべることも多いだろう。その中で受賞の栄誉を
手にしたことは、偉大な先人から受け継ぐだけでなく、クロムス自身がさらに絵本の
可能性を広げたといえるし、今の時代においても、ガアグへの尊敬が揺るぎないもの
であることを証明したともいえる。ガアグやヘンクスの作品同様、誰もが信頼してこ
どもに手渡したいと思える、息の長い絵本となるに違いない。

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【文】Susan Marie Swanson(スーザン・マリー・スワンソン):米国イリノイ州生
まれ、ミネソタ州在住。詩人、作家として25年以上創作活動を続けながら、芸術教育
にも力を入れている。"The First Thing My Mama Told Me"(Christine Davenier 絵)
で、2002年度ニューヨークタイムズベストイラスト賞を受賞。邦訳はまだない。

【絵】Beth Krommes(ベス・クロムス):1956年、米国生まれ、ニューハンプシャー
州在住。美術教師や雑誌のアートディレクターを経て、1989年から挿絵画家として活
躍。"The Lamp, the Ice, and the Boat Called Fish"(『氷の海とアザラシのラン
プ〜カールーク号北極探検記』ジャクリーン・ブリッグズ・マーティン作/千葉茂樹
訳/BL出版)で、2001年ゴールデン・カイト賞絵本(絵)部門を受賞している。

【参考】
▼ベス・クロムス公式ウェブサイト
http://www.bethkrommes.com/

▼ベス・クロムス紹介ページ(Publishers Weekly 内)
http://www.publishersweekly.com/article/CA6633316.html?nid=2788

▼スーザン・マリー・スワンソン紹介ページ(Children's Literature Network 内)
http://www.childrensliteraturenetwork.org/aifolder/aipages/ai_s/swanson.html

▼スーザン・マリー・スワンソンのインタビュー(Cynthia Leitich Smith ブログ内)
http://cynthialeitichsmith.blogspot.com/2008/04/author-interview-susan-
marie-swanson-on.html
▽ベス・クロムス作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/author/k/bkrommes.htm                                 (大原慈省)

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●注目の本(未訳絵本)●「自然教室、最高!」「でも、何したっけ?」
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『ぼくらの、とびきり最高の7日間』(仮題) マーラ・フレイジー文・絵
"A Couple of Boys Have the Best Week Ever" by Marla Frazee
Harcourt, 2008 ISBN 978-0152060206
40pp.
Amazonで詳細を見る
★2008年ボストングローブ・ホーンブック賞絵本部門オナー(次点)作品
★2009年コールデコット賞オナー(次点)作品

 夏休み、ジェームズと友人のエイモンは1週間の自然教室に参加することになった。
自然教室にはエイモンの祖父母、ビルとパムの家から通うのだが、ふたりにとって楽
しみなのは、自然教室よりもその「お泊まり」のほう。とくに、こんなに長く家族と
離れて過ごすのは初めてというジェームズは、山ほど荷物を抱えてやってくる。一方、
ビルとパムもこの「お泊まり」を心待ちにしていた。パムはパンケーキの山や「氷山
アイス」で少年たちを歓待。南極マニアのビルは、ふたりにも南極に興味を持っても
らおうと、ペンギン展に誘ったり南極の地図を広げて見せたりする。しかし、ふたり
は自分たちの遊びに夢中。主目的の自然教室にも、目の前に広がる海にも、子どもた
ちの関心は薄い。ふたりきりで枕をならべて眠ったり、テレビゲームに興じたり、何
でもかんでも互いのまねっこをしたり、そんなたわいないことがむしろ楽しくてしょ
うがないのだ。思惑のはずれたビルはちょっとさびしそう。だが最後の晩、少年たち
は偶然に自然とのふれあいを楽しみ、ビルとパムに思いがけないプレゼントをする。
 コミック風の表紙に、まず「おや?」と思わされた。写実性の勝るいつもの作風と
はちょっと違って、漫画的な味つけが加えられたこの絵本は、フレイジー作品の中で
もひときわ軽快なユーモアに包まれている。同時に、細やかに子どもを観察し、子ど
もの何気ないしぐさや表情を生き生きと描き出す彼女の持ち味はこの作品にも生きて
いて、物語への温かな共感を誘う。少年たちが身近なだれか――たとえば、わが子や
昔の自分の姿に重なって見える。実はこの絵本、フレイジーの三男ジェームズの体験
をもとに作られたもので、エイモンとその祖父母も実在の人物だそうだ。この1週間、
子どもたちは無邪気に遊んでいただけで、これといったできごとは何も起こらない。
しかし、親――つまりは大人の価値観から自由になって、子どもであることを満喫し
た日々は、ふたりにとってまぎれもなく「最高」の時間だったのだ。どんなに無意味
に見えても、子どもたちの生きている一瞬一瞬は二度とない美しい時間である。そし
て時にその中で、子どもたちは無意識にかけがえのない体験をしているのだ。フレイ
ジーはそれを母親の温かいまなざしで描いている。

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【文・絵】Marla Frazee(マーラ・フレイジー):米国カリフォルニア州生まれ。同
州パサデナのデザイン学校を卒業。母校で教鞭をとるかたわら、多数の絵本を発表す
るほか、児童向け読み物の挿絵も手がけている。邦訳に『サンタクロースはおもちゃ
はかせ』(うぶかたよりこ訳/文溪堂)など。"Mrs. Biddlebox" で2002年ゴールデ
ン・カイト賞の絵本(絵)部門を受賞した。夫と3人の子どもとともにパサデナ在住。

【参考】
▼マーラ・フレイジー公式ウェブサイト
http://www.marlafrazee.com/

                                (杉本詠美)

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●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2008年度ローカス賞(YA部門)推薦作品発表(読者投票受付は4月15日迄)
★2009年ルドルフ・コイヴ賞発表

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

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●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 ブックハウス神保町「オリシヴァング絵本原画展」
 鹿児島メルヘン館「黒川みつひろ恐竜絵本原画展」 など

★講座・講演会情報
 三重・メリーゴーランド「ささめやゆき講演会」
 大阪府立国際児童文学館「インドと日本の絵本」シンポジウム など

 詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、
空席状況については各自ご確認願います。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event

                           (冬木恵子/笹山裕子)

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●世界のお祭り●第15回 ホーリー祭(ヒンドゥー教) 今年は3月11日
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 今回ご紹介するのは、春の訪れを祝うヒンドゥー教の「ホーリー祭」です。色彩の
祭りとも呼ばれ、毎年2〜3月(ヒンドゥー暦でパールグナ月)の満月の日に行われ
ます。起源はとても古く、はっきりとしたことはわかりませんが、紀元前から伝わる
ヒンドゥー教の聖典プラーナ文献には、すでに現代と変わらぬ祭りの様子が描かれて
いるそうです。現在も、主にインド全土とネパールで祝われています。
 この祭りの由来には諸説がありますが、とりわけ有名な伝説がふたつあります。そ
のひとつが、クリシュナ神と恋人ラーダーが色水をかけあったというもので、もうひ
とつが、ホーリカーと呼ばれる火をたく前夜祭に絡んだものです。実はこのたき火の
由来も諸説があるのですが、その昔、神を自称していた悪の王ヒラニヤカシプが、父
を神と認めない息子プラフラーダを殺そうとした伝説が最も知られています。息子が
ヴィシュヌ神を信じ続けることに怒ったヒラニヤカシプは、火に入っても焼けない特
別な力を持った自分の妹ホーリカーに、プラフラーダを抱かせて火の中へ入らせます。
ところが、助かったのはプラフラーダで、ホーリカーは死んでしまいました。この伝
説から、ホーリー祭は「悪に対する善の勝利」「神への強い信仰心の勝利」を祝う祭
りとも考えられています。
 さて、この祭りの醍醐味は、なんといっても色粉の塗りあいと色水のかけあいです。
赤、青、ピンク、緑、黄、オレンジ、紫といった「グラール」と呼ばれるさまざまな
色粉が街中で売られており、それらを水に溶いてかけあったり、直接塗りあったりし
ます。そのため、この日、街行く人々の衣服や顔は、実にさまざまな色に染まること
に。階級や貧富、カーストの差といったあらゆる「差」が日常の生活に色濃く残るイ
ンドですが、この祭りに関しては無礼講となっているのです。「友愛と喜びの祭り」
と言われているのはそのためです。
 ヒンドゥー教では、肉や魚より野菜のほうが清らかな食べ物と考えられているため、
祭りの日は誰もがベジタリアンとなります。また、甘いお菓子はめでたい食べ物とさ
れており、「ミターイ」と呼ばれるお菓子が祭りの定番です。「ミターイ」にはいろ
いろな種類があり、代表的な「バルフィ」は、牛乳と砂糖を煮詰めて作った半生ミル
ク菓子に銀箔をつけたもので、味は練乳に似ています。インドのお菓子は強烈に甘い
のが特徴と言われており、日本の味に慣れているとびっくりするかもしれません。
 古代インドの長編叙事詩として有名な「ラーマーヤナ」の21世紀版、『ラーマーヤ
ナ1 蒼の皇子〈上〉』(アショーカ・K・バンカー作/大嶋豊訳/ポプラ社)では、
修行から戻った4人の皇子たちが、8年ぶりに故郷の都で迎えるホーリー祭を楽しみ
にしている様子が描かれています。また、インドを舞台にした『モンスーンあるいは
白いトラ』(クラウス・コルドン作/大川温子訳/理論社)にも、ホーリー祭の様子
が描かれています。父親が大金持ちであるがゆえに学友に受け入れてもらえない少年
バプティは、農民の息子ゴプーを自分専用のボーイとして雇ってもらいました。ゴプ
ーを友人にしたかったのです。ところが、お金で雇ったゴプーと友情を築くのは難し
く、思ったようにはいきません。そんなバプティが、グラールを買いに学校を抜け出
し、ホーリー祭真っ最中の街を走っている場面です。

*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
街は人であふれていた。みんな踊ったり、笑ったり、歌ったり、仮装行列が通ったり
している。色水や色とりどりの粉を自分たちだけにではなくバプティにも降りかけた
りする愉快な男の人や女の人のことをバプティは笑った。それだけじゃない。ある少
女がバルコニーから赤い水をバケツ半杯分、バプティめがけてぶっかけた時にもバプ
ティは笑った。水はバプティの頭から下へと流れ落ちたが、バプティは少女に向かっ
てにこやかに「ホーリー、ハイ!」と呼びかけただけだった。
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*

 大人も子どもも、頭のてっぺんから足の先までさまざまな色にまみれるなんて、本
当に楽しそうなお祭りですね。

★参考文献
『世界大百科事典』平凡社
『世界の子どもたちはいま 3 インドの子どもたち』学習研究社
『国際理解に役立つ世界の衣食住 4 特別な日の食べもの』小峰書店
『アジアの友だちに会おう!』東京書籍

                           (村上利佳/笹山裕子)

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FOSSIL(石頭、がんこ者)というあだ名だったことから誕生したブランド名。オーソ
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まいました。プロの方にお話をうかがうのは刺激があり、とても勉強になります。今
後もインタビュー企画が続きますので、どうぞお楽しみに(う)
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    笹山裕子 相良倫子 杉本詠美 月沢李歌子 冬木恵子 村上利佳
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