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2012年9月号
   =====☆                    ☆=====
  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
                                No.142
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2012年9月15日発行 配信数 2360 無料 
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●2012年9月号もくじ●
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◎特別企画:「第4回翻訳百景ミニイベント」〈ゲストトーク〉レポート
                〜 「オズの魔法使い」シリーズ新訳チーム 〜
◎賞速報
◎イベント速報:★やまねこ翻訳クラブ協力企画のお知らせあり★
◎追悼:マーガレット・マーヒー
 レビュー:『はらっぱにライオンがいるよ!』
    マーガレット・マーヒー文/ジェニー・ウィリアムズ絵/はましまよしこ訳
◎読者の広場

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●特別企画●「第4回翻訳百景ミニイベント」:〈ゲストトーク〉レポート
                〜 「オズの魔法使い」シリーズ新訳チーム 〜
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「翻訳百景ミニイベント」とは、ミステリ翻訳家として第一線で活躍されながら、翻
訳書の質の向上と、読者層拡大にも心血を注がれている越前敏弥氏が主催する会であ
る。毎回、翻訳家や編集者など、翻訳出版にかかわるゲストをむかえ興味深い話が展
開される。もちろん、越前氏ご自身による、おもしろくてためになるミニトークもあ
り、翻訳および翻訳書に興味のある者に貴重な時間を提供してくれる。さて、このミ
ニイベントの第4回に、林あゆ美氏、宮坂宏美氏、ないとうふみこ氏、田中亜希子氏
からなる「オズの魔法使い」シリーズ(以下、オズ・シリーズ)の新訳チームがゲス
トとして登場することになった。4人はやまねこ翻訳クラブの設立当初からのメンバ
ーである。そこで越前氏に許可をいただき、イベント後半のゲストトーク部分を取材
した。パソコン通信時代から空間を超えて繋がってきた4人のチームワークと、シリ
ーズに寄せるそれぞれの思いをレポートする。取材をご快諾くださった越前氏に心か
ら感謝いたします。

【第4回翻訳百景ミニイベント〈ゲストトーク〉レポート html 版】(9月15日公開)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ozteam.htm

■「オズの魔法使い」シリーズについて

 イベントをレポートする前に、シリーズについて少し紹介する。『オズの魔法使い』
は、言わずと知れたアメリカ児童文学の古典である。ライマン・フランク・ボームが
1900年5月に出版するや、たちまちアメリカじゅうの子どもたちの心をとらえた。そ
して、ここからはあまり知られていないことだが、その人気のすごさにボームは続き
を書かざるを得なくなり、生涯に14巻のオズ・シリーズと番外編1冊を世に送りだす
こととなった。「を得なくなり」と書いたのは、作者自身が第2巻のまえがきのなか
で、子どもたちの熱心な手紙があまりにも絶え間なく届くので、続きを出すことにな
ったと言っているからだ。これだけ人気を博した理由には、第1巻の訳者あとがきに
もあるように、この作品がヨーロッパからもちこまれたおとぎ話と違い、アメリカを
舞台とした新しい児童文学だったことが挙げられる。だが、やはり見のがせないのは
物語としての力だ。新訳チームのみなさんが口をそろえるように、どの巻をとっても
奇想天外な物語で、まさかと思うキャラクターが続々登場するのだから。

■新訳刊行のいきさつ

 さて、ここからはトークの内容に入る。これまで日本では、さまざまな出版社から
1巻目の『オズの魔法使い』ばかりが刊行されてきた。映画が有名になったこともあ
りこの巻だけが独り歩きしていたのだ。一度だけ、完訳全14巻が早川書房から刊行さ
れたが(*)、今では第1巻を除いて品切れとなっている。だが、一度オズ・シリー
ズを読み、その魅力にとりつかれた人々は復刊を望んだ。そして「星に願いを」では
なく、リクエストサイト〈復刊ドットコム〉に願いをかけた。絶版・品切れ本をリク
エスト投票で復活させようというこのサイト(**)では、オズ・シリーズへの投票
数がじわりじわりと増えていき、ついに一定数を超えた。復刊の検討が始まり、新訳
での復刊が決まると、林氏が翻訳コーディネートを打診された。以前にも同社に翻訳
者を推薦したことがあったためだ。縁とは不思議なもので、じつはかつて林氏も、早
川書房のオズ・シリーズを愛読する少女だった。こうして話はとんとん拍子に進んだ。
そして訳者の選定にあたり、林氏の頭に真っ先に思い浮かんだのが「明るくてリズミ
カルな訳」がドロシーのイメージにぴったりの宮坂氏だった。

(*)この他、ポプラ社がシリーズの数巻を抄訳で出したことがある。
(**)復刊ドットコムの復刊の詳しい仕組みについては、文末掲載の「復刊ドット
コム公式ウェブサイト」を参照のこと。

■チームで翻訳するということ

 さて、訳者が宮坂氏に決まったものの、ひとつ問題があった。復刊ドットコムでは
読者にテンポよく楽しんでもらうために、全15巻のシリーズを2か月に1冊のペース
で刊行したいと考えていたのだ。これだと1冊の訳稿を仕上げる時間は2か月。しか
もその間に、改稿やゲラの校正といった作業も同時進行で入ってくる。ひとりの訳者
では不可能だと、宮坂氏が田中氏を誘い、それならと田中氏がないとう氏を誘い、気
心が知れた翻訳チームが誕生した。
 3人は、以前に「アンドルー・ラング世界童話集」全12巻(東京創元社)のチーム
翻訳でも手を組んだ。今回のチーム制には、このときの経験も大きく寄与している。
たとえば漢字のとじひらき表と表記に関する注意事項は、ラング童話集で作成したも
のを基礎に、オズに合わせた改定をした。注意事項の一覧は、司会の越前氏も舌を巻
くほど詳細にわたるが、チーム翻訳の場合こういった几帳面な前準備が大きな効果を
発揮する。ちなみに表づくりの担当は宮坂氏で、その表を駆使してしっかりと漏れの
ない校正をするのも宮坂氏だと、ないとう氏、田中氏は感謝することしきりであった。
 複数の訳者でシリーズものを訳すとき、表記・表現の統一に気をつけるのは当然だ
が、さらにもう一点、シリーズ全体をとおして矛盾を出さないことが重要となる。こ
のため、巻をまたいで出てくるキャラクターの口調については、初出で担当した人の
訳を踏襲するという取り決めをした。また、各訳者は担当外の巻の訳稿チェックもす
ることにした。他の担当者の既刊を読者の視点で読むよりも、毎回の訳稿を問題点を
探しながら編集者に近い視点で読むほうが、作品への理解はぐっと深まる。訳稿チェ
ックをしながら、以降の巻にむけての準備ができるのだから一石二鳥というものだ。
 ところで各巻をだれが担当するかは、物語の内容を考慮せず、スケジュールの兼ね
合いで決めたが、偶然にも各人の個性にあった巻を訳す結果になったという。

■「オズの魔法使い」シリーズとやまねこ翻訳クラブによせて

 チームの4人が、これまで刊行された7巻からの名言に触れつつ、担当作品につい
て、またやまねこ翻訳クラブについて語った。そのなかから印象的な部分を紹介する。

○林あゆ美氏(翻訳コーディネート/編集協力)
 オズの物語は、登場人物の個性がどれも光っているし、また100年前に書かれた当
時の時代背景がうまく取り入れられているという点でも、ほんとうにおもしろいシリ
ーズだと思う。シリーズの旧訳に加えて、福音館書店、岩波少年文庫、そして新潮社
の『オズの魔法使い』なども読んだうえで新訳の訳稿をチェックしている。さまざま
な訳を読みながら、それぞれの訳者さんに向かって「こういう解釈をしたのね」とい
う風に頭の中で話しかけていたので、まるで何人もの方と対話をしている気分だった。
 やまねこ翻訳クラブはインターネット(発足当時はパソコン通信)を使ったクラブ
で、自宅に居ながらたくさんの人と本を読む楽しみを共有することができる。クラブ
では、ネットを通してコミュニケーションを深める訓練をずいぶんさせてもらえた。
おかげで地方に住みながら、復刊ドットコム代表の左田野氏をはじめとする方々との
いい出会いに恵まれた。ネットからは仕事の上でも生活の上でも、日々おもしろい体
験をさせてもらっている。

○宮坂宏美氏(第1、2、5巻担当)
 ドロシーがカンザスの我が家を思って口にする「わが家がいちばん」という名ぜり
ふが心に染みた。ちょうどこの第1巻を訳していた3月に東日本大震災が起きた。実
家が東北にある自分には、ドロシーを襲う竜巻が津波と重なり、家に帰りたいという
その気持ちに大きく共感した。当時は生活が混乱し心も沈むなかくじけそうになった
けれど、この作品の根底にある明るさに助けられ訳しとおすことができた。
 第5巻から登場する、全身ぼさぼさのボサ男が、個人的に気に入っている。彼は名
言が多いキャラクターでもある。この巻では越前氏に帯の言葉を書いていただいた。
他にもツイッターでやっている、オズの国の名言ボットの設定の仕方を教えてもらう
など、越前氏にはいろいろとお世話になっている。
(他のふたりが話題にした編集者のような校正能力について)出版の編集をしたこと
はないけれど、やまねこ翻訳クラブが発行するメールマガジン「月刊児童文学翻訳」
を立ちあげ、3年半の間編集長をした経験が役立っているように思う。

○ないとうふみこ氏(第3、6巻担当)
 第3巻にでてくるビリーナというしゃべるメンドリは、強烈なおばちゃんキャラ。
なんとも親しみぶかく、せりふも自然に湧いてきた。訳したあとで旧訳を読んだら、
新訳の雰囲気とあまり変わりないおばちゃんぶりだったので、原書のキャラ立てがい
かにすばらしいかがわかった。他に、この巻にはノーム王という、悪役のおっちゃん
キャラがでてくるけれど、「おっちゃん」もやっぱり訳しやすかった(笑)。
 100年前に書かれたオズ・シリーズだけれど、大学生のモラトリアムを皮肉るなど、
今の時代に通じる視点をもっているのに驚かされる。そこが時代を超えて愛される理
由なのかもしれない。ちなみにモラトリアム問題は、個人的にもちょうど「大学7年
生」の息子を抱えていたせいで身につまされるところであり、訳しながら大きくうな
ずいてしまった(苦笑)。
 やまねこ翻訳クラブは、自主勉強会の開催が発展の礎となった。また、メールマガ
ジンの編集作業をネット上で複数人数でおこなった経験が、このようなチーム翻訳を
可能にしたのだと思う。

○田中亜希子氏(第4、7巻担当)
 第4巻のまえがきは、じつは隠された読みどころ。作者が、他の物語も書きたいの
に、ファンがそれを許してくれないと、長々とぐちっているのだ。そこを読むと、執
筆の熱意がトーンダウンした?と少し心配になる。でも、そんなことはなく、重要人
物である魔法使いオズが再登場するなど、読み応え十分の巻になっている。
 第7巻に出てくるパッチワーク娘は、ちょっとおばかちゃんだけれど、素直で明る
い。何があってもアハハハと笑って、クルクル踊っちゃう子。飛び跳ねている感じが
自分に合ったキャラクターだと思っている。
 ムカムカという謎の生き物を怒らせるときに言う呪文「クルクルクルリンチョ!」
(原文は "Krizzle-Kroo!")は、いろいろ考えてひねり出した自信作(他のメンバー
もうなずく)。
 やまねこ翻訳クラブで、自分が書いたレビューを掲示板などにアップして、他の人
に読んでもらうのはためになる。なかなかお薦めの勉強法。

■取材を終えて

 はじめは緊張した面持ちだったオズチーム。しかし、応援に駆けつけたやまねこ翻
訳クラブの会員たちに勇気をもらってか、トークはなごやかな雰囲気のなか行われ、
オズ・シリーズの魅力とチームの熱意がダイレクトに伝わってきた。折り返しとなる
第7巻まで刊行が進んだが、残りの8冊にも大いに期待したい。なお、次回の「翻訳
百景ミニイベント」は11月22日開催予定とのこと。越前氏の実践的なミニトークは、
翻訳学習者にとって実り多いものとなるはず。足を運んでみてはいかがだろう。

【参考】
▼翻訳百景公式ウェブサイト
http://techizen.cocolog-nifty.com/

▼「第4回翻訳百景ミニイベント」主催者報告記事(上記ウェブサイト内)
http://techizen.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-6b5d.html

▼復刊ドットコム公式ウェブサイト
http://www.fukkan.com/

▼「オズの魔法使い」シリーズ紹介ページ(復刊ドットコム内)
http://www.fukkan.com/sp/oz/?tr=t

▼オズの国の名言 bot
https://twitter.com/OzBooksBot

                        (取材・文/おおつかのりこ)

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●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2012年LIANZA児童図書賞発表
★2012年オーストラリア児童図書賞発表
★2012年ミソピーイク賞児童書部門発表

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

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●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 安曇野ちひろ美術館「中国の絵本画家展」
 西宮市大谷記念美術館「ボローニャ国際絵本原画展」 など

★講座・講演会情報
 国立国会図書館国際子ども図書館「天沢退二郎さんに聞く─21世紀の宮沢賢治─」
                                    など

★イベント情報
 ツインメッセ静岡「よむよむ・わくわく広場 in 静岡」 など

★コンテスト情報
 「第19回いたばし国際絵本翻訳大賞」 など

 詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、
空席状況については各自ご確認願います。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event

★★やまねこ翻訳クラブ協力企画のお知らせ★★

「真夏の読書探偵」作文コンクール
(主催 翻訳ミステリー大賞シンジケート/協力 やまねこ翻訳クラブ)

 7月号でお知らせした「真夏の読書探偵」の応募締め切り日は9月18日です。
 郵送は当日の消印有効、メールの場合は日付が変わる前までとなっています。
 詳しくは翻訳ミステリー大賞シンジケートのウェブサイトをご参照ください。

翻訳ミステリー大賞シンジケート
「第3回読書探偵作文コンクール開催!」
 http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20120720/1342740383

昨年の開催状況は以下のURLでご覧になれます。
応募要項
 http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20110901/1314829931
審査結果
 http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20111118/1321570333

 締め切りまであと数日、たくさんのご応募をお待ちしています!

                           (冬木恵子/笹山裕子)

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●追悼:マーガレット・マーヒー●ニュージーランドに根ざした「言葉の魔女」
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■人と作品■

 マーガレット・マーヒーが亡くなった。4月にがんと診断され、7月23日にクライ
ストチャーチのホスピスで息を引き取った。享年76歳。ニュージーランドでは、新聞
やテレビで大きく報じられ、作家や出版関係者たちの多くが、追悼の言葉を発表した。
国会では、キー首相が追悼の意を表し、マーヒーの絵本の一節を紹介した。
 1980年代に2度にわたってカーネギー賞を受賞し、2006年には国際アンデルセン賞
作家賞の栄誉に輝いたマーヒーは、世界的に高く評価されている。しかし、ニュージ
ーランドの作家だということは、あまり知られていない。豊かな想像力とすぐれた表
現力が生み出した独特の世界には、いかにもニュージーランドらしい要素は少なかっ
たこと、作品の多くが英米の出版社から発表されたことなどが原因だろう。実際は、
他の国で暮らしたことは一度もない、生粋のニュージーランド人である。
 マーガレット・マーヒーは、1936年に、ニュージーランド北島のファカタネで生ま
れた。幼少時から詩や物語の創作が大好きで、小学生のときには、自作のお話がロー
カル紙に掲載された。将来は作家になるという揺るぎない思いを抱いていたが、当時
の社会では、女性が作家を職業にするなんて無謀だと考えられていたため、高校を卒
業後、看護師助手になる。しかし、この仕事には向いていなかったようで、1年も勤
めずに退職した。その後、親元を離れ、大学に進んで文学士号を取り、司書の養成学
校を経て、図書館司書の職に就く。
 マーヒーは生涯独身だったが、娘が2人いる。20代半ばで長女を出産後、図書館で
働きながら子育てに励むシングルマザーとしての生活が始まった。それでも創作はや
めなかった。深夜の時間を執筆にあて、作品を書いては投稿した。当時、子ども向け
作品を受け入れる唯一の媒体だった雑誌 "School Journal" に、マーヒーの作品は次
次と掲載された。しかし、本の出版にはなかなか至らない。国内の児童書業界は、ニ
ュージーランドらしい作品を求めていたのだが、マーヒーの作品は、空想の世界を描
いたものばかりだったからである。そんな中、アメリカの編集者の目に留まり、1969
年に、とうとう作家デビューを果たす。"A Lion in the Meadow"(『はらっぱにライ
オンがいるよ!』ジェニー・ウィリアムズ絵/はましまよしこ訳/偕成社)ほか数作
が絵本となって、アメリカとイギリスの出版社から世に出されたのだ。
 その後も、1980年に作家専業になるまで、図書館勤務のかたわらに執筆をする生活
は続く。世界的に有名になった後のマーヒーは、自分が南半球の小さな国ニュージー
ランドで、つましい庶民の暮らしをしてきたことを、ポンコツ車のエピソードをもっ
て話すことがあった。お金に苦労しながら子育てをしていた頃のマーヒーは、愛車の
エンジンがかからなくて、後ろから押してもらうことが日常茶飯事だったそうだ。そ
の頃の経験は、作品にも色濃く反映されているように思う。カーネギー賞を受賞した
ヤングアダルト作品 "The Changeover: A Supernatural Romance"(『めざめれば魔
女』清水真砂子訳/岩波書店)では、主人公の母親が、ポンコツ車を自分で押して、
車が動きだしたら運転席に飛び乗るというくだりがある。料金滞納で電話を止められ
たり、病気になると診療費の問題がのしかかってきたりといった、経済的に苦しい母
子家庭の現実も語られている。
 一方で、貧しい暮らしを題材に、ユーモアを炸裂させた絵本もある。日本でも人気
の高い "Down the Back of the Chair"(『みーんな いすの すきまから』ポリー・
ダンバー絵/もとしたいづみ訳/フレーベル館)だ。ポンコツ車の鍵をなくしてしま
ったことから、話は始まる。車社会のニュージーランドでは、これは死活問題。「く
るまが なければ しごとが ない。しごとが なければ おかねも ない。」と、
切実そのものだ。「いすの すきまを みてみれば?」という子どもの一言から、布
張りのいすのすきまに手を入れてみると、すてきなものや金目のもの、そしてあり得
ないものが次々と飛びだしてくる。泣きたくなるような貧しさを、心がうきうきする
ようなお話に変えてみせたのだ。まるで魔法をかけられたように、言葉が躍動してい
る。これぞマーヒーの真骨頂といえるのではないだろうか。2009年に出版された作品
集のタイトルは、"The Word Witch"(Tessa Duder 編/David Elliot 絵)。そう、
マーヒーは、まさに「言葉の魔女」なのだ。
 いかにもニュージーランドらしい作品は少なかったとはいえ、マーヒーの作品はど
れも、母国に根ざした生活の中で生まれたものだ。かつては、本といえば欧米の作品
ばかりだったニュージーランドに、児童文学を育んでいった作家の一人でもある。マ
ーヒーの国際的な活躍は、国民に誇りを与え、若い作家たちを励ました。作家協会や
児童図書団体の活動にも、マーヒーは熱心に関わった。1991年には、そんな功績をた
たえる賞を授けられる。その名もマーガレット・マーヒー賞。これは、ニュージーラ
ンド児童文学に貢献した作家、画家、出版関係者等に贈られるものとなり、現在も続
いている。
 ニュージーランドでは、作家の学校訪問が盛んだが、マーヒーも、学校や図書館で
子どもたちとふれあう機会がよくあった。トレードマークのカラフルなかつらをかぶ
り、それはそれはパワフルで、子どもも大人も引き込まれるような読み聞かせをして
いたそうだ。そんな声も聞けなくなったのだと思うと寂しい限りだけれど、マーヒー
亡きあとも、作品は生き続ける。言葉の魔女が息を吹き込んだ物語は、いつまでも色
あせることはない。

★参考文献
"Margaret Mahy - a Writer's Life" by Tessa Duder (HarperCollins, 2005)
"New Zealand Hall of Fame: 50 Remarkable Kiwis"
               text by Maria Gill, illustrated by Bruce Potter
               (New Holland Publishers (NZ) Ltd, 2011)
「南半球評論 第6号」より〈マーガレット・マーヒーさん来日特集〉
           オーストラリア・ニュージーランド文学会 編集発行 1990

【参考】
▼マーガレット・マーヒー紹介ページ(Christchurch City Libraries 内)
http://christchurchcitylibraries.com/MargaretMahy/

▼マーガレット・マーヒー紹介ページ(Storylines 内)
http://www.storylines.org.nz/Profiles/Profiles+I-M/Margaret+Mahy.html

▼ジョイ・カウリーによるマーガレット・マーヒー追悼記事(Stuff.co.nz 内)
http://www.stuff.co.nz/the-press/news/7371049/The-queen-of-story

▽『みーんな いすの すきまから』レビュー
               (本誌2009年5月号「プロに訊く連動レビュー」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2009/05.htm#kikaku

▽マーガレット・マーヒー作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/m/mmahy.htm

                                (大作道子)

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■レビュー■

『はらっぱにライオンがいるよ!』
マーガレット・マーヒー文/ジェニー・ウィリアムズ絵/はましまよしこ訳
偕成社 定価1,260円(税込) 1991.12 25ページ ISBN 978-4033274706
"A Lion in the Meadow"
text by Margaret Mahy (1969, 1986), illustrations by Jenny Williams (1986)
J.M.Dent & Sons Ltd.
★1969年に Franklin Watts 社より出版された初版本 "A Lion in the Meadow" は、
同じくジェニー・ウィリアムズがイラストを描いているが、本邦訳作品とは別の絵で
あった。
Amazonで詳細を見る  Amazonで原書の詳細を見る
 
「おかあさん、たいへん、はらっぱに ライオンがいるよ!」男の子が叫ぶ。おかあ
さんの返事は「なにいってるのチム、ライオンなんているはずないわ」男の子はまた
叫ぶ。「でっかくて、きいろいライオンがいるよ!」くり返す男の子におかあさんは
「そこにマッチ箱があるでしょ。はらっぱにもっていってあけるとね……」男の子が
その言葉通りにすると、たちまち火をふく巨大なものがあらわれ、ライオンも男の子
も大急ぎで逃げだす。
 この絵本は、マーガレット・マーヒーのデビュー作だ。原作が出版されて40年以上
経てもなお、人々に親しまれ愛されている。登場人物はライオンと小さな男の子とお
かあさん。絵本の表紙に描かれているライオンは、花の咲き乱れる美しい草原に、金
色のたてがみを風にゆらして立っている。『みーんないすのすきまから』(*)みた
いに指輪やネックレスといっしょに、イスのすきまから現れるわけではない。『ロバ
ートのふしぎなともだち』のおとうさんは困って子ども専用魔女を呼んだけど、この
おかあさんが頼ったのはマッチ箱だ。もちろんライオンは『しゃぼんだまぼうや』の
ように飛んでいったりしないし、『うちのペットはドラゴン』のドラゴンみたいに、
ペットになるわけでもない。この話には、のちのマーヒーの絵本に見られるようなめ
くるめく展開も、たくさんの小道具もないのだ。しかも『かぼちゃおじさんとわがま
まつる草』や『ジャムおじゃま』のように、あらすじを追いかけたくなる長い文もな
い。どこにでもある、なにげない母と子のやりとりから始まって、子どもが物語の世
界に身も心もすっぽり入りこみ、遊ぶ姿を見せてくれる。
 マーヒーは現実の社会を反映したものや、独自のファンタジーの世界を描いたもの
など、さまざまな題材をいろいろな味付けで世に送り出した。「そんなものさ。ほん
とうのこともあれば、そうじゃないこともあるのさ」このライオンの台詞は、マーヒ
ー自身の声と重なって聞こえる。彼女はここに登場するライオンのように、雄雄しく
優しい児童文学の王者として、常に子どもとともにいたのだ。

(*)文中の書名はすべてマーガレット・マーヒーの邦訳絵本。

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【絵】ジェニー・ウィリアムズ(Jenny Williams):1939年英国生まれ。ウェールズ
南西部の農場に家族とともに住む。マーヒーの作品では "The Boy with Two
Shadows"、"The Witch in the Cherry Tree"、"Leaf Magic" などで挿絵を担当。"A
Lion in the Meadow" はライオンを青い目で描いたものもあり、また別の作風を見る
ことができる。

【訳】はましま よしこ(浜島誉志子):1940年インドネシア生まれ。神戸大学文学
部国文学科卒業。中学国語科教諭を経て松戸市おはなしキャラバン創設、運営ののち、
劇団天童設立。劇団天童・天童芸術学校代表として、子どもたちにミュージカルを教
える。訳書は『マウイたいようをつかまえる』(ピーター・ゴセージ作/偕成社)な
ど。

【参考】
▼ライオンが青い目で描かれた初版本 "A Lion in the Meadow" 紹介ページ
                     (Suite101 の Children's Books 内)
http://suite101.com/article/timeless-classic-childrens-book---a-lion-in-the-
meadow-review-a352301

                               (尾被ほっぽ)

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●読者の広場● 海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ!
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 このコーナーでは、本誌に対するご感想・ご質問をはじめ、海外児童書にまつわる
お話、ご質問、ご意見等を募集しています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せ
ください。

※メールはなるべく400字以内で、ペンネームをつけてお送りください。
※タイトルには必ず「読者の広場」とお入れください。
※掲載時には、趣旨を変えない範囲で文章を改変させていただく場合があります。
※質問に対するお返事は、こちらに掲載させていただくことがあります。原則的に編
集部からメールでの回答はいたしませんので、ご了承ください。

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●お知らせ●

 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。
こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。
http://www.yamaneko.org/info/order.htm
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           ・☆・〜 次 号 予 告 〜・☆・

 詳細は10日頃、出版翻訳ネットワーク内「やまねこ翻訳クラブ情報」のページに掲
載します。どうぞお楽しみに!
          http://litrans.g.hatena.ne.jp/yamaneko1/

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▽▲▽▲▽   海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽

  やまねこ翻訳クラブ(yagisan@yamaneko.org)までお気軽にご相談ください。

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 独創的なデザインで世界100ヶ国以上で愛用されているフォッシルはアメリカを代
表するライフスタイルブランドです。1984年、時計メーカーとして始まったフォッシ
ルは時計をファッションアクセサリーの一つと考え、カジュアルな「TREND」ライン
からフォーマルなシーンにも使える「CERAMIC」など、年間300種類以上のモデルを発
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http://www.fossil.co.jp/     (株)フォッシルジャパン:やまねこ賞協賛会社
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●編集後記●特別企画でも取りあげた「翻訳百景ミニイベント」に行ってきました。
越前氏の翻訳にまつわるお話はとてもおもしろくて、勉強であることを忘れてしまい
そうでした。ゲストで登場した、やまねこ翻訳クラブの4人のメンバーはとても輝い
ていて、駆けつけたやまねこ会員にとって、大きな励みと刺激になりました。(か)
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発 行 やまねこ翻訳クラブ
編集人 蒲池由佳/大作道子/植村わらび(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画 おおつかのりこ 尾被ほっぽ 加賀田睦美 かまだゆうこ 小島明子
    笹山裕子 しまだまみ 武富博子 中井理佳 冬木恵子 村上利佳
    森井理沙
協 力 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内
    さかな ながさわくにお
    html版担当 ぐりぐら
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