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2015年3月号
   =====☆                    ☆=====
  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
                                No.162
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2015年3月15日発行 配信数 2530 無料
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●2015年3月号もくじ●
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◎注目の本(邦訳絵本):『やっぱりノミタくん!』
             ヘレン・スティーヴンズ文・絵/せなあいこ訳/評論社
◎注目の本(未訳絵本):
"The Noisy Paint Box: The Colors and Sounds of Kandinsky's Abstract Art"
             バーブ・ローゼンストック文/メアリー・グランプレ絵
◎賞速報
◎イベント速報
◎音楽のしおり:第1回 「無言歌集」より『夢』/メンデルスゾーン
◎やまねこカフェ:第10回 海外レポート ニュージーランド(オークランド)
◎読者の広場

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●注目の本(邦訳絵本)●男の子と孤独な犬の絆が生み出したもの
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『やっぱりノミタくん!』 ヘレン・スティーヴンズ文・絵/せなあいこ訳
評論社 定価1,300円(本体) 2014.11 32ページ ISBN 978-4566016002
"Fleabag" by Helen Stephens
Scholastic Ltd, 2008
Amazonで詳細を見る  hontoで詳細を見る
Amazonで原書(ハードカバー)を見る
Amazonで原書(ペーパーバック)を見る

 すむところも名前もなく、おまけに体はノミだらけ。いつもひとりぼっちだった犬
が、ある日、お気に入りの「みどりのばしょ」で1人の男の子と出会う。男の子は
「おおきいひと」と一緒に来ていたけれど、構ってもらえずにいた。犬と男の子はボ
ール遊びをするうちにいつしか友達になる。これまで孤独に生きてきた犬は、人間と
楽しく遊んだり優しくなでてもらったりするのは初めてで、うれしくてたまらない。
ふたりは大の仲良しになるが、ある日突然、男の子は犬に「もうきみとあそべなくな
る」と告げる。遠くの町へ引っ越すことになったからだ。
 引っ越しの前夜、男の子は眠れずに窓から外を見ると、そこには大好きなあの犬が
いた。やっぱり友達と離れたくない、という強い思いを胸に、男の子はある決心をす
る。ところが犬は、その決心が間違っていることに気づき、どうすれば男の子を止め
られるのかを必死に考える。そして、これをきっかけに、この犬の生活はがらりと変
わることになるのだ。
 本作品は、イギリスの保護施設にいた犬がモデルになっているそうだ。表紙に描か
れた犬のつぶらな瞳に見つめられると、その愛くるしい表情に心をぐっとつかまれ、
早く読みたいという気持ちに駆られる。ページいっぱいに広がる柔らかな色味の水彩
画に、登場人物の表情やしぐさが丹念に描きこまれているのも本作品の魅力の1つ。
しっぽや耳の動きから、ひとりぼっちでさびしげな様子や、友達ができてはしゃぐ気
持ちが手に取るように伝わってくる。犬が男の子と楽しそうに遊ぶ姿はほほえましく、
男の子が決めたことを何とかしてやめさせようとする場面では胸がいっぱいになった。
日に日に仲良くなっていったふたりが離ればなれになりそうになったとき、取った行
動は同じではなかったけれど、そこにはお互いを思いやる気持ちがあふれている。こ
の出来事をきっかけに男の子との絆を深めた犬は、さらに素晴らしいものを手に入れ
る。読み終えたとき、心がほっこりして、優しい気持ちになれる作品だ。

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【文・絵】ヘレン・スティーヴンズ(Helen Stephens):英国ダラム州出身。グラス
ゴー美術学校卒業。絵本の挿絵を数多く描き、絵本作家として活躍する。絵と文の両
方を手がけた "How to Hide a Lion"(『ライオンをかくすには』さくまゆみこ訳/
ブロンズ新社)が2014年ケイト・グリーナウェイ賞にノミネートされ、チルドレンズ
・ブック賞幼年向け部門ショートリストにも選ばれた。

【訳】せなあいこ:東京都生まれ。同志社大学文学部卒業。訳書に『あたし、うそつ
いちゃった』(ローラ・ランキン文・絵/評論社)、『ママ、きょうからようちえん
だよ!』『ふたごのもうふ』(ともにへウォン・ユン文・絵/トランスビュー)、
『そらはどうしてあおいの?』(ジェラルダイン・テイラー文/エイミー・シムラー
絵/パイインターナショナル)ほか多数。

【参考】
▼ヘレン・スティーヴンズ公式ウェブサイト
http://helenstephens.com/

                                (神原里枝)

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●注目の本(未訳絵本)●色と音の魔術師、カンディンスキーの世界
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"The Noisy Paint Box: The Colors and Sounds of Kandinsky's Abstract Art"
『にぎやかなえのぐばこ 色と音の魔術師、カンディンスキー』(仮題)
text by Barb Rosenstock, illustrations by Mary GrandPre
バーブ・ローゼンストック文/メアリー・グランプレ絵
Alfred A. Knopf, 2014, 40pp. ISBN 978-0307978486 (HB)
★2015年コールデコット賞オナー作品
Amazonで詳細を見る

 抽象画ってなんだかわからない! そんな苦手意識を吹き飛ばしてくれるのが、こ
の絵本だ。抽象画の創始者と呼ばれるカンディンスキーが、芸術家として大成するま
での軌跡をたどったこの作品は、見たものをありのままに「感じる」ことの大切さを
教えてくれる。鮮やかな色彩と大胆な構成が印象的な、カンディンスキーのリズミカ
ルな絵はどんなふうに生まれたのだろう。小さな絵の具箱をそっとのぞき込む、少年
の表情に誘われるように表紙をめくった。
 青い落ち着いた色調の部屋で、眠そうな目をしたワーシャ(ワシリー・カンディン
スキーの愛称)が、本を開いて勉強している。教育熱心な大人たちに囲まれた、単調
で静かな生活。それを大きく変えたのは、伯母がくれた絵の具箱だった。ワーシャが
絵の具を混ぜると、色がささやき出し、音となって部屋じゅうに広がっていく。あふ
れ出した色と色が絡み合い、渦を巻き、さまざまな音色で音楽を奏で始める。オーケ
ストラの指揮者さながらに、両手で力強く筆を振るうワーシャ。そんな劇的な色との
出会いを、躍動感あふれるグランプレの絵と、独特な表現で色と音を結びつけるロー
ゼンストックの文章が、ダイナミックに描き出す。
 あとがきにもあるように、カンディンスキーには、色を音として、また音を色とし
て感じる能力(共感覚)が備わっていたと言われる。その不思議な感覚を見事に視覚
化したこの絵本を見ていると、いつのまにか色と音が交錯する画家の世界へと引き込
まれていく。色や形を感じたままに表現したカンディンスキーの斬新な絵は、人物や
風景をリアルに写し取る伝統的な絵のスタイルとかけ離れていたため、周りからはな
かなか理解されなかった。しかし、初めて絵の具箱を手にした時の驚きと喜びは、そ
の心の奥で決して色あせることなく息づき続けた。
 くしくも、来年はカンディンスキーの生誕150年にあたる。どこかで作品を目にす
ることがあったら、この本の最後の言葉を思い出してほしい――きみはどんなふうに
感じる? きっとカンディンスキーの音楽が聞こえてくるはずだ。

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【文】Barb Rosenstock(バーブ・ローゼンストック):シカゴ生まれ。教師などい
くつかの職業を経て児童文学作家となり、主に歴史や伝記に基づいた作品を書いてい
る。邦訳作品に『トマス・ジェファソン 本を愛し、集めた人』(ジョン・オブライ
エン絵/渋谷弘子訳/さ・え・ら書房)がある。

【絵】Mary GrandPre(メアリー・グランプレ):ミネソタ州在住のイラストレータ
ー。米国版「ハリー・ポッター」シリーズの挿絵でよく知られ、タイム誌やペンギン
ブックスのカバーイラストを手掛けるなど、幅広く活躍している。邦訳絵本に『おひ
さまはどこ?』(フィリス・ルート文/岩崎たまゑ訳/岩崎書店)がある。

【参考】
▼バーブ・ローゼンストック公式ウェブサイト
http://barbrosenstock.com/

▼メアリー・グランプレ公式ウェブサイト
http://www.marygrandpre.com/

【特殊文字】
「Mary GrandPre」:「GranPre」の「e」の上にアクセント記号(´)がつく。

                               (手嶋由美子)

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●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2014年度ローカス賞YA部門推薦作品発表(読者投票受付は4月15日迄)
★2014年度アガサ賞児童書部門およびヤングアダルト部門候補作品発表
                     (受賞作品の発表は5月2日の予定)
★2015年ケイト・グリーナウェイ賞ロングリスト発表
★2015年カーネギー賞ロングリスト発表
(カーネギー賞およびケイト・グリーナウェイ賞ショートリストの発表は3月17日、
                      受賞作品の発表は6月22日の予定)
★2015年エズラ・ジャック・キーツ賞発表
★2015年ボローニャ・ラガッツィ賞発表
★2014年度アンドレ・ノートン賞最終候補作品発表
                     (受賞作品の発表は6月6日の予定)
★2015年チルドレンズ・ブック賞受賞作品発表
★2015年ゴールデン・カイト賞およびシド・フライシュマン賞受賞作品発表

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

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●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 松屋銀座「生誕100年 ターシャ・テューダー展」
 安曇野ちひろ美術館「―絵はみなくてもいい美術館― まるごとちひろ美術館」
                                    など

★講演会情報
 国立国会図書館国際子ども図書館 講演会「私が子ども時代に出会った本」
 岡山県立美術館「トーベ・ヤンソンの知られざる素顔、魅力、思い」 など

★イベント情報
 ゲートシティホール「子どもの本の日フェスティバル2015」 など

 詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、
空席状況については各自ご確認願います。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event

                           (冬木恵子/笹山裕子)

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●音楽のしおり●第1回 言葉が無くても伝わるもの
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 本誌で人気のあった「世界のお祭り」の終了に伴い、今月から新しく「音楽のしお
り」がスタートします。このコーナーでは、曲に限らず児童文学の中の音楽にまつわ
るさまざまなモチーフを取り上げて、皆さんにご紹介します。クラシックあり、ジャ
ズあり、ジャンルを問わず、また楽器そのものについてなども取り上げていく予定で
す。記念すべき第1回のしおりでご案内するのは、メンデルスゾーン作曲「無言歌集」
の中の1曲。文学と音楽のすてきなハーモニーをお楽しみください。

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    〜「無言歌集」より『夢』/フェリックス・メンデルスゾーン〜

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 朝食がすむと、ルーベン・ワインストックはテーブルの上をきれいに片づけ、お皿
を洗い、パンくずを集め、デビーはピアノのお稽古をしました。それはもう三週間も
練習している、メンデルスゾーンの『夢』という曲でした。
                               『ピアノ調律師』
      M・B・ゴフスタイン文・絵/末盛千枝子訳/現代企画室/2012年復刊
                  Amazonで詳細を見る  hontoで詳細を見る

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 ピアノ調律師のルーベン・ワインストックは、2年前に息子夫婦を亡くし、小さな
孫娘デビーと2人で暮らすことになりました。周囲の人たちは、男手ひとつでどうや
って小さな子どもの面倒をみるのかと心配顔。ルーベンも、自分にできるのはピアノ
を教えることだけだとわかっています。でもそうすれば、いつかデビーがピアニスト
になれるのではないかと期待していました。引用部分はデビーとルーベンのお決まり
の朝の光景です。3週間同じ曲の練習を続けてきたけれど、デビーはなかなか上達せ
ず、ルーベンはがっかりしてしまいます。ところが、デビーの方はちっとも気にして
いない様子。「この古いピアノ、また調律したほうが良いかもしれないわ!」と早速
ピアノの中をのぞこうとします。それもそのはず、デビーの夢は、おじいちゃんのよ
うなピアノ調律師になることだったのです。
 この場面でデビーが弾いている曲は、ドイツの作曲家メンデルスゾーンによる「無
言歌集」第7巻の作品85第1番ヘ長調。"Reverie" という標題を付けて出版されたこ
ともあったため、日本では『夢』や『夢想』『夜曲』といった名前で知られている作
品です。作曲家本人がつけた標題ではなく、第三者によって付けられたものなのです
が、低音部から中音部へと繰り返し流れる伴奏にのせて、叙情的に歌われるメロディ
ーは、夢見る気持ちを思わせます。時折聞こえる憂いをおびた和音の響きは、ふとよ
ぎる未来への不安の現れでしょうか。物語と重ね合わせながら聴くと、憧れるだけで
はなく夢を実現しようとする強い思いが、そこに秘められているようにも感じます。
 作曲家のメンデルスゾーンが活躍した19世紀には、それまで主に使われていたチェ
ンバロやクラヴィコードといった鍵盤楽器に代わって、現代のピアノの前身であるフ
ォルテピアノが一般的になりました。そしてこのころ、ブルジョアジーと呼ばれる資
本家階級の家庭で、教養としてピアノを弾くようになったのです。そんな時代背景を
反映するように、高い技術がなくても演奏を楽しめる作品として、全8巻の「無言歌
集」は作られました。どの作品も親しみやすいものばかりで、あたたかく優美なメロ
ディーが印象的です。原題はドイツ語で "Lieder ohne Worte"。「言葉の無い歌曲」
というその名の通り、ピアノを使って歌うような表現を学ぶのにはうってつけの作品
でもあります。ルーベンがデビーの課題に選んだというのもうなずけます。
 孫娘には自分よりいい仕事についてほしいと願うルーベンと、ピアノ調律師になり
たいと一途に思うデビー。そんなふたりに、その後大きな転機が訪れます。名ピアニ
スト、アイザック・リップマンが町を訪れ、コンサートを開くことになりました。ル
ーベンの古い友人であり、演奏旅行を共にしたこともあるリップマンは、孫娘を思う
ルーベンの気持ちを受け止めながらも、デビーの夢に理解を示します。そして、コン
サートの最後にアンコールとして『夢』を演奏するのでした。「人生で自分の好きな
ことを仕事にできる以上に幸せなことがあるかい?」美しいメロディーにのって、リ
ップマンのメッセージが、言葉は無くても伝わってきます。曲はヘ長調の主和音(フ
ァ・ラ・ド)が2度響いて締めくくられますが、その穏やかな余韻は、子どものひた
むきな思いと大人たちの深い愛情に満ちたこの物語の、心温まる読後感と通じるよう
に思いました。

★参考文献・CD
『西洋音楽の歴史』高橋浩子・中村孝義・本岡浩子・網干毅編著/東京書籍
『メンデルスゾーン――美しくも厳しき人生』ひのまどか著/リブリオ出版
CD『メンデルスゾーン:無言歌集(全48曲)』
   ダニエル・バレンボイム(ピアノ)/ユニバーサルミュージック クラシック

                          (増山麻美/加賀田睦美)

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●やまねこカフェ●第10回 海外レポート ニュージーランド(オークランド)
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        〜2014年ベティ・ギルダデール賞授賞式レポート〜        

 ニュージーランドの児童文学賞といえば、当クラブの賞速報でもお伝えしているニ
ュージーランド・ポスト児童図書賞(本年から名称が変更される)やLIANZA児
童図書賞(図書館協会が主催)が有名だが、児童文学にまつわる賞は、ほかにも存在
する。中でも、児童文学団体「ストーリーラインズ」(Storylines) が設けている8
つの賞は、目的や対象もさまざまで興味深い。この記事では、そのひとつであるベテ
ィ・ギルダデール賞 (Betty Gilderdale Award) の概要を紹介し、昨年11月13日の夕
刻にオークランドでおこなわれた、2014年の授賞式の様子をレポートしたいと思う。
 ベティ・ギルダデール賞は、ニュージーランド児童文学の普及に貢献した人物を幅
広く対象にした賞で、過去の受賞者の顔ぶれを見ると、作家、研究者、図書館司書、
児童書専門店経営者など、職業は多岐にわたる。その名を冠されたベティ・ギルダデ
ールは、英国で生まれ、1960年代後半に40代でニュージーランドに移住した女性。そ
の直後から、教員養成学校や大学で教壇に立つと同時に、児童文学の普及、発展に貢
献し続けている。当初は、情報が整理されていなかったせいで、ニュージーランドの
作家が英米の作家に紛れてしまい、海外はもとより、国内でさえ認識されていない状
態だった。そんな作家たちの情報を拾って本にまとめあげたり、アンソロジーを編さ
んしたりという貴重な役割を果たした。また、児童文学団体の設立、児童書の書評執
筆、マーガレット・マーヒーの伝記などノンフィクション作品の執筆と、多面的に活
躍。1992年に発表した絵本 "Little Yellow Digger" シリーズ(Alan Gilderdale 絵)
はロングセラーとなり、現在も版を重ねている。90歳になった今も、穏やかでやさし
そうなたたずまいの中に気品を感じさせる、すてきな女性だ。
 授賞式は、国立図書館オークランドセンター1階のロビーで開催された。この日集
まったのは50人ほど。地元オークランド在住者を中心に、作家、イラストレーター、
研究者、図書館司書、出版業界の面々など、児童文学に関わる人々だ。ほとんどが互
いに顔見知りで、年齢に関係なくファーストネームで呼び合う気さくな雰囲気。サン
ドイッチや飲み物が用意され、立食パーティーでなごやかに会話がはずんだ。ちょう
どニュージーランドを旅行中だった私は、ストーリーラインズ会員の方に声をかけて
いただいて出席したのだが、フォーマルな服を持ち合わせていなかったため、全くの
普段着だった。そんな私を、開催スタッフは「私たちはフォーマルとは無縁なの。ド
レスコードなんてないから大丈夫よ」と、明るく歓迎してくれた。
 ほどよくなごんだころに、セレモニーが始まった。主催者のあいさつのあと、すで
に発表済みの受賞者が、改めて紹介された。2014年のベティ・ギルダデール賞を受賞
したのは、大手出版社に勤務する女性ロビン・サウザム (Robyn Southam)。前職の教
員時代から読書推進に熱心で、出版社に転職してからは、20年にわたりプロモーショ
ン担当として活躍している。自宅に本がない子どもたちに本を贈るプロジェクト
Duffy Books in Homes などの慈善事業にも深く関わり、その熱意あふれる活動ぶり
は、多くの人にたたえられている。今回の受賞は、長年にわたる功績が総合的に評価
されてのことだ。受賞スピーチでは、子どものころの本との出会いや、児童書のプロ
モーターとしての経験談が語られた。サウザム氏は、特に男の子に読書の楽しみを伝
える活動を、積極的におこなってきたそうだ。例としてあげられた本には、「スーパ
ーヒーロー・パンツマン」や「グレッグのダメ日記」など、日本でもおなじみのシリ
ーズがあり、拝聴しながらほほえまずにはいられなかった。国は違えど、同じ作品に
同じ価値観を見いだせることがうれしい。最後にベティ・ギルダデール本人から賞状
と花束が贈られると、会場は大きな拍手に包まれた。
 余談だが、会場となったロビーには「マーガレット・マーヒーの椅子」がある。マ
ーヒーの代表作のひとつである絵本『みーんないすのすきまから』(ポリー・ダンバ
ー絵/もとしたいづみ訳/フレーベル館)の、すてきなものが次々飛びだしてくるあ
の椅子が、ポリー・ダンバーのイラストそのままに再現されているのだ。来館者は誰
でも自由に座ることができる。記念写真を撮ってもいいし、運がよければこの椅子で
読書もできるだろう。今は亡きマーヒーが、この椅子から授賞式を見守っていたとし
ても不思議ではないような気がした。
 エントランスの自動ドアは、夕方6時になると、自動的に停止する。授賞式があっ
たこの日も例外ではなく、6時以降は出入りがあるたびに、中にいる誰かが手動でボ
タンを押して開閉しなければならなかった(!)。気づいた人がその役割を果たし、
みんながそれをネタにジョークを飛ばして笑い合う。開かずの自動ドアの向こう側で
おどけてみせる人もいる。そんななごやかさが、日本人の私にはとても新鮮だった。
ざっくばらんでフレンドリーな「キーウィ流」の授賞式とその前後の立食パーティー
を満喫し、幸せな気分で会場をあとにした。
 本賞を主催するストーリーラインズは、ニュージーランドで生まれた2つの児童文
学団体が合併して誕生した組織だが、国際児童図書評議会(IBBY)のニュージー
ランド支部としての役割も担っている。2016年8月には、IBBYの国際大会が、初
めてニュージーランドで開催される。そのときにはまた足を運びたい。どんな大会に
なるのか、今からとても楽しみである。

【参考】
▼ストーリーラインズ公式ウェブサイト
http://www.storylines.org.nz

▼同ウェブサイト内ベティ・ギルダデール賞のページ
http://www.storylines.org.nz/Awards/Betty+Gilderdale+Award.html

▼第35回(2016年)IBBY世界大会ウェブサイト
http://www.ibbycongress2016.org/new-zealand/

▼Duffy Books in Homes 公式ウェブサイト
http://www.booksinhomes.org.nz/

                                (大作道子)

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●読者の広場● 海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ!
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 このコーナーでは、本誌に対するご感想・ご質問をはじめ、海外児童書にまつわる
お話、ご質問、ご意見等を募集しています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せ
ください。

※メールはなるべく400字以内で、ペンネームをつけてお送りください。
※タイトルには必ず「読者の広場」とお入れください。
※掲載時には、趣旨を変えない範囲で文章を改変させていただく場合があります。
※質問に対するお返事は、こちらに掲載させていただくことがあります。原則的に編
集部からメールでの回答はいたしませんので、ご了承ください。

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●お知らせ●

 本誌では、これまで書籍の価格を「税込」(消費税5パーセントで計算)で表記し
ておりましたが、消費税率引き上げにともない、2014年4月からは本体価格としてお
ります。バックナンバーに掲載されている書籍につきましては、価格の訂正はいたし
ませんので、ご了承ください。

 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。
こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。
http://www.yamaneko.org/info/order.htm
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           ・☆・〜 次 号 予 告 〜・☆・

 4月号では、「出版社シリーズ研究」第4回をお届けする予定です。
 詳細は10日頃、出版翻訳ネットワーク内「やまねこ翻訳クラブ情報」のページに掲
載します。どうぞお楽しみに!
          http://litrans.g.hatena.ne.jp/yamaneko1/

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▽▲▽▲▽   海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽

  やまねこ翻訳クラブ(yagisan@yamaneko.org)までお気軽にご相談ください。

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 独創的なデザインで世界120ヶ国以上で愛用されているフォッシルはアメリカを代
表するライフスタイルブランドです。1984年、時計メーカーとして始まったフォッシ
ルは時計をファッションアクセサリーのひとつと考え、カジュアルでポップなライン
からフォーマルなシーンにも使えるアイテムまで、年間300種類以上のモデルを発売
し続けています。またフォッシル直営店では、時計以外にもレザーバッグ、革小物、
ファッションサングラスなどのラインを展開しています。
TEL 03-5992-4611
http://www.fossil.co.jp/     (株)フォッシルジャパン:やまねこ賞協賛会社
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★☆     出版翻訳ネットワークは出版翻訳のポータルサイトです     ☆★
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          http://honyakuwhod.blog.shinobi.jp/
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編集者の方々へのインタビューもあります!    〈フーダニット翻訳倶楽部〉
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★広報ブログ「やまねこ翻訳クラブ情報」(litrans グループ ブログ内)
                  http://litrans.g.hatena.ne.jp/yamaneko1/
 ※各掲示板の話題やクラブの動きなど、HOTな情報をご紹介しています。

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●編集後記●新コーナー「音楽のしおり」をスタートさせました。不定期ではありま
すが、情報系の連載記事としてお届けしていきます。ご感想など、ぜひお寄せくださ
い。(お)
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発 行 やまねこ翻訳クラブ
編集人 大作道子/蒲池由佳(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画 牛原眞弓 尾被ほっぽ 加賀田睦美 かまだゆうこ 神原里枝
    くどうあきこ 相良倫子 笹山裕子 武田牧子 手嶋由美子 冬木恵子
    増山麻美 三好美香 森井理沙
協 力 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内
    くらら ながさわくにお
    html版担当 shoko
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