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月刊児童文学翻訳

─2001年9月号(No. 33 書評編)─

※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!!

児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、
電子メール版情報誌<HP版>
http://www.yamaneko.org/mgzn/
編集部:mgzn@yamaneko.org
2001年9月15日発行 配信数 2,320


☆★姉妹誌「月刊児童文学翻訳あるふぁ」創刊(購読料/月100円)☆★

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「どんぐりとやまねこ」

     M E N U

◎賞情報1
オーストラリア児童図書賞発表

◎賞情報2
ブランフォード・ボウズ賞発表

◎賞情報3
ガーディアン賞ショートリスト発表

◎注目の本(邦訳絵本)
マリオ・ラモ作『おっかなびっくりしまうまくん』

◎注目の本(未訳読み物)
クロスレー=ホーランド作 "The Seeing Stone"

◎注目の本(未訳読み物)
セリア・リーズ作 "Witch Child"

◎注目の本(未訳読み物)
フランシス・オウローク・ダウエル作 "Dovey Coe"

◎Chicocoの親ばか絵本日誌
第13回「いろんな音」(よしいちよこ)



賞情報1

―― オーストラリア児童図書賞発表 ――

 

 8月17日、オーストラリア児童図書評議会が選出する、本年度の児童図書賞(THE CHILDREN'S BOOK OF THE YEAR AWARDS)が発表された。今年度より、新たに Early Childhood(幼年向け)部門が設立され、全部で5部門となっている。  幼年向けの部門が新設されたのは、読者の年齢により細やかに対応するため。絵本ではなく読み物を対象とするが、「挿絵が効果的に使われ、幼い読者の理解を助ける役割を果たしている」ことが審査の重要なポイントとなる。その他の部門の詳細については、本誌バックナンバーを参照のこと。

◇「月刊児童文学翻訳 情報編」1998年9月号「世界の児童文学賞」
◇やまねこ翻訳クラブ作成 オーストラリア児童図書賞受賞作リスト(1998年以降)

 


2001年の ★Winner(受賞作)、☆Honor(次点、各部門2作品)は以下の通り。


【Older Readers】(高学年向け)

★ "Wolf on the Fold" by Judith Clarke (Silverfish / Duffy & Snellgrove now Allen & Unwin)

☆ "Dogs" by Bill Condon (Hodder Headline)

☆ "Fighting Ruben Wolfe" by Markus Zusak (Omnibus Books)


【Younger Readers】(低学年向け)

★ "Two Hands Together" by Diana Kidd (Penguin Books)

☆ "Away with the Birds" by Errol Broome (Fremantle Arts Centre Press)

☆ "Nips XI" by Ruth Starke (Lothian Books)


【Early Childhood】(幼年向け)

★ "You'll Wake the Baby!" text by Catherine Jinks, illustrated by Andrew McLean (Penguin Books)

☆ "Max" by Bob Graham (Walker Books)

☆ "Pog" text by Lyn Lee, illustrated by Kim Gamble (Omnibus Books)


【Picture Book】(絵本)

★ "Fox" illustrated by Ron Brooks, text by Margaret Wild (Allen & Unwin)

☆ "The Singing Hat" by Tohby Riddle (Penguin Books)

☆"The Lost Thing" by Shaun Tan (Lothian Books)


【Eve Pownall Award for Information Books】(ノンフィクション)

★ "Olympia: Warrior Athletes of Ancient Greece" text by Dyan Blacklock, illustrated by David Kennett (Omnibus Books)

☆ "Building the Sydney Harbour Bridge" by John Nicholson (Allen & Unwin)

☆ "A is for Aunty" by Elaine Russell (ABC Books)

 

●受賞歴など

【Older Readers】
99年次点に選ばれた Clarke が念願の初受賞。次点のふたりは今回初受賞。

【Younger Readers】
3名とも過去の受賞歴なしというフレッシュな顔ぶれ。

【Early Childhood】
受賞の Jinks は、Older Readers 部門で数度の受賞歴があるベテラン作家。

【Picture Book】
受賞作は英国のグリーナウェイ賞候補作。Riddle は初受賞、Tan は99年受賞、昨年次点に選ばれている新進気鋭の作家。

【Eve Pownall】
受賞作家の Blacklock は昨年の次点。画家の Kennett は初受賞。次点の Russell の作品は、Picture Book 部門候補作でもある。

 

●受賞作家の邦訳など

【Early Childhood】
受賞作の挿絵を担当している McLean は、『それいけ! あかいきかんしゃ』(千葉茂樹訳/徳間書店)などの邦訳がある。Graham の次点作は、『ちいさなチョーじん スーパーぼうや』(まつかわまゆみ訳/評論社)の邦題で翻訳出版されている。

【Picture Book】
受賞作画家の Brooks は、『アラネア』(大岡信訳/J・ワグナー作/岩波書店)など邦訳多数。同作の文を担当した Wild も、昨年受賞作の『ジェニー・エンジェル』(もりうちすみこ訳/アン・スパッドヴィラス絵/岩崎書店)他が邦訳されている。

 

●受賞作の紹介

 今年度受賞作には、「家族」「異文化と自己」をテーマとした作品が多かった。

 Older Readers 部門受賞作は、親子5代がそれぞれ時代や場所を超えて、自らの内面に住む "wolf"(恐怖)と向き合うというシリアスで感動的な作品。次点2作品も、それぞれドッグレースやボクシングを通じて、父と息子、兄弟が絆を確かめ合う物語だ。また Early Childhood 部門受賞作では、わんぱく姉弟と、赤ちゃんを寝かせたい母親のやりとりがユーモラスに描かれる。Younger Readers 部門受賞作は、隣家のアボリジニ家庭との交流の中で、人種差別の問題に目覚める少女が主人公の作品。

 異色作としては、以下の2作が挙げられる。Picture Book 部門受賞作の "FOX" は、手書き文字を縦横に配した大胆なデザインが、友情と裏切りという深いテーマを象徴的に表現していると高い評価を受けた(ちなみに英国版は活字を使った普通の横書きレイアウト。グリーナウェイ賞候補となったが、受賞は逃している)。Eve Pownall 賞受賞作は、古代ギリシャ兵の姿を、簡潔な文章と表情豊かな絵で忠実に描き、ノンフィクション作品としても読み物としても秀作と、審査員の絶賛を集めた。

(森久里子)

 

☆ "FOX" レビュー(「月刊児童文学翻訳 書評編」2001年6月号掲載)

☆オーストラリア児童図書評議会ホームページ

 

◇編集部注:当メールマガジンでは、これまでこの賞のことを「オーストラリア児童文学賞」と表記しておりましたが、既訳の賞名を検討の上、今後は「オーストラリア児童図書賞」と表記することといたします。

 

オーストラリア児童図書賞発表   ブランフォード・ボウズ賞発表   ガーディアン賞ショートリスト発表   『おっかなびっくりしまうまくん』   "The Seeing Stone"   "Witch Child"   "Dovey Coe"   Chicocoの親ばか絵本日誌   MENU

 

賞情報2

―― ブランフォード・ボウズ賞発表 ――

 

 ブランフォード・ボウズ賞は、1999年に亡くなった児童文学作家 Henrietta Branford と編集者 Wendy Boase 両氏に追悼の意を込め、昨年より設けられた。この賞は英国在住の新人作家の、英国内で初出版された児童文学作品に対して贈られる。賞金は1000ポンド。また受賞作の担当編集者に対し、新しい才能を育てた功績をたたえて編集者賞(Editor's award)が贈られる。

 7月11日、ウォーカー出版にて授賞式が行われた。受賞作は以下の通り。

 


★2001 Branford Boase Award

"Floodland"
by Marcus Sedgwick (Dolphin Paperbacks/Orion Children's Books)

Editor's award:
Fiona Kennedy (Deputy Publisher at Orion Children's Books)

 

 イングランドが水没し、ノリッジは島と化した。脱出の騒ぎの中、10歳のゾーイは両親とはぐれ、取り残されてしまう。なんとかボートを見つけ、ひとり漕ぎ出したゾーイは、ある島にたどりつき……。斬新な設定の作品、"Floodland" でデビューを飾った Sedgwick。精力的に作家活動を進めており、半年後には次作 "Witch Hill" を出版している。今後の作品も期待できそう。両作品とも、挿絵(版画)も自分で担当している。

 尚、昨年の第1回受賞作 "Song Quest" by Katherine Roberts は、2000年10月1日『ライアルと5つの魔法の歌』(吉田利子訳/サンマーク出版)として邦訳出版されている。

(西薗房枝)

 

【参考】
◇ブランフォード・ボウズ賞関連サイト
http://www.henriettabranford.co.uk
http://www.peters-books.co.uk/prizes/boase.htm

◇ブランフォード追悼記事とレビュー(本誌書評編1999年6月号掲載)

 

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賞情報3

―― ガーディアン賞ショートリスト発表 ――

 

 英国の児童文学賞、ガーディアン賞は、作家が審査にあたるという特色を持つ。今年の審査員は、ジャクリーン・ウィルソン、アン・ファイン、フィリップ・プルマンと、錚々たる顔ぶれだ。例年の発表は春であったが、今年は秋に変更されている。すでに10作が候補作として挙がっていた中で、9月11日、以下の5作がショートリスト(最終候補作)に残ったと発表された。受賞作の発表は9月29日。

 

★The shortlist for the Guardian Children's Book Prize


"My Brother's Ghost" by Allan Ahlberg

"Arthur: The Seeing Stone" by Kevin Crossley-Holland

"Witch Child" by Celia Rees

"Journey to the River Sea" by Eva Ibbotson

"Journey to the River Sea" by Eva Ibbotson

"Raspberries on the Yangtzee" by Karen Wallace

 

"Arthur: The Seeing Stone""Witch Child" の2作は、本号の「注目の本(未訳読み物)」コーナーで取り上げているので、ぜひご参照いただきたい。

(菊池由美)

【参考】◇ガーディアン賞サイト

 

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注目の本(邦訳絵本)

―― 子どもの成長を温かく見守りたい ――

 

『おっかなびっくりしまうまくん』
マリオ・ラモ作
いわきりしょういちろう訳
2001.6 セーラー出版 本体1,500円

"VALENTIN LA TERREUR"
by Mario Ramos
Pastel-L'Ecole des loisirs 2000

『おっかなびっくりしまうまくん』表紙

 

 真夜中、小さなしまうまくんがたった1頭で水飲み場に向かう。星をつかまえようと張り切っていたが、ハゲワシにギロリとにらまれ、おっかなびっくり。だけど、途中で出会ったキリンやゾウがしまうまくんに驚くものだから、しまうまくんは自分が恐ろしがられる動物、すごい動物なんだと勘違いして、だんだん大胆になっていく。ライオンを見たことがないしまうまくん。危険な夜の草原から、無事に帰ってこられるのかしら。

 このお話には、草原に住むたくさんの動物たちが登場する。白と黒を中心とした迫力のある構図で、ページをめくると、キリンの足だけが4本の棒のように現れたり、ゾウの顔のアップが迫ってきたりする。きっと、幼い読者は、絵を見ながら動物の名前あてゲームを楽しむことだろう。それに加えて、小学生くらいになると、しまうまくんの夜の冒険に共感してわくわくするのかもしれない。

 だが、子育て中の私にとって、この絵本の内容は、わくわくというより、ハラハラするものだった。子どもは危険を経験して大人になっていくとわかってはいる。けれど、ひとつ間違えて命を落とすことを考えると、どこまで危険に近づけていいものか、悩みは大きい。

 一方、そんな親の悩みを忘れさせてくれる部分もある。それは、ゆったりとしていて、すべてを包み込んでしまうような日本語のリズム。まるでゆりかごの中でゆられているような安心感がある。訳者の岩切氏は、お子さんといっしょに絵本を楽しんでいるそうだ。ふだん、子どもに語りかける調子が、そのまま絵本の文章になっているのかもしれない。

 しまうまくんを心配する動物たちは「夜中にひとりであるいてちゃだめよ!」「おや! おっかないね、ぼうや」と、まるで近所のおばさんやおじさんのよう。私が子どもの頃は、田舎ということもあって、学校の行き帰りに声をかけてくれる大人がたくさんいた。親だけでなく周囲の大人たちに見守られて育った。

 懐かしい子ども時代の想い出に浸っていると、ふと、息子のことが頭に浮かぶ。交通量が多い割に、ほとんど人通りのない国道沿いの通学路を帰ってくる小2の息子。ハラハラ、ドキドキ。一気に悩み多き親に戻る。

(河原まこ)

 

【作者】マリオ・ラモ(Mario Ramos)

 1958年、ベルギーのブリュッセル生まれ。学生時代にトミー・アンゲラーなどの作品と出会い、影響を受ける。広告デザインの仕事をした後、絵本の仕事をはじめた。"Orson"(邦訳『くまのオルソン』ラスカル文/堀内紅子訳/徳間書店)など、初期の作品では絵のみを担当していたが、1995年頃から、文と絵の両方を手がけた作品を年に数冊ずつ発表している。


【訳者】岩切正一郎(いわきり しょういちろう)

 1959年宮崎県生まれ。仏文学者。フランス文学の研究のほか、詩と翻訳の仕事で注目されている。訳書に『ガラ―炎のエロス―』(ドミニク・ボナ著/筑摩書房)、『ノアノア』(ポール・ゴーギャン著/ちくま学芸文庫)、詩集に『秋の余白』(ふらんす堂)がある。

 

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注目の本(未訳読み物)

―― 現代の吟遊詩人が深い愛で詠うアーサー王伝説 ――

 

『アーサーの鏡石』(仮題)
ケビン・クロスレー=ホーランド作

"Arthur: The Seeing Stone" 324pp.
Kevin Crossley-Holland
Orion Children's Books 2000, ISBN 1858813972

★ガーディアン賞最終候補作

 

 1199年、英国は王権交代などで過渡期にさしかかっていた。13歳のアーサーは、一日も早く兄のような騎士見習いになりたいが、父のコルディコット卿はなぜか認めてくれない。アーサーは、身分差別が厳しい中世にあっても、召使いを同等の人間として思いやる優しい子である。そういう彼に父の友人、マーリンは目をかけてくれた。

 ある日、アーサーはマーリンから黒曜石でできた秘密の「鏡石」を授かる。その石が映し出すアーサー王の物語とアーサー少年自身の物語が、不思議にも重なっていく。

 この小説は、一人称で書かれた、1、2ページ程度のごく短い100章から構成される。各章が、散文詩のような完成度の高さをみせ、まるで中世に育つ少年のひとときを捉えた肖像画のようだ。しかも物語としての連続性は保たれている。

 著者ホーランドは詩人でもあるため、ことばの使い方が実に意味深い。題名にも多くの思いが込められ、鏡石が見せる(See)ものは、アーサー王の物語だけではない。見つめるアーサー自身の心のうちを映し出し(See)、将来まで占う(See)。また、アーサー少年自身が、読者にとっての一つの "Seeing Stone" だといえる。現代の子どもにとって、アーサー王は遠い伝説上の人物。しかし、中世の少年の眼を借りることによって、時や文化の距離はぐっと縮まり、アーサー王は身近な存在に変わる。

 アーサー王には "The King Who Was and Will Be" という別名がある。波乱の時代には偉大なアーサー王が蘇って、英国を救ってくれるという願いを込めた名だ。作中ではこの名が何度も使われ、アーサー少年が鏡石を授かった理由を示唆する。

 また、この呼び名は、読者への呼びかけともいえるだろう。中世に比べると自由になったはずの現代社会だが、人種や宗教、慣習などが身分に代わって人々の枠になる。アーサー王は、高貴な精神をもち、弱き者への配慮を忘れず、裏切りにも屈せず、大切なことのために戦った。ホーランドは、小さな枠に収まりがちな現代っ子の中にも潜む、"The King Who Will Be" を目覚めさせようとしているのではないか。

(池上小湖)

 

【作者】Kevin Crossley-Holland(ケビン・クロスレー=ホーランド)

『あらし』(島田香訳/ほるぷ出版)でカーネギー賞を受賞。創作以外にも神話・伝説書の執筆を行い、語り部としての活躍も盛ん。ホーランドはアーサー王物語を長年愛し続け、研究を重ねてきた。自分の中で煮詰めた十数年の思いが、オリジナルストーリーを織り込んだ今回の作品として誕生したという。本作は今年のウィットブレッド賞の候補作にあがったが、受賞は逃した。三部作となる予定で、今年8月には第二部、来年以降に第三部が出版されるとのこと。

 

【参考】◇作者インタビュー記事

 

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注目の本(未訳読み物)

―― わたしは魔女。わたしの生きる場所はどこにあるのか。 ――

 

『魔女の娘』(仮題)
セリア・リーズ作

Celia Rees "Witch Child" 237pp.
Bloomsbury Publishing Plc, 2000, ISBN 0747550093(UK)
Candlewick Press, 2001, ISBN 0763614211(US)

★ガーディアン賞最終候補作

 

 17世紀半ば、イギリスでは異端撲滅の名の下に、恐ろしい魔女裁判が行われていた。少女メアリーの祖母は有能な産婆だったが、魔女の汚名を着せられ惨殺される。祖母の処刑の日、孫娘メアリーの身にも危険が迫った。間一髪、見知らぬ貴婦人に救われ、メアリーは新教徒のもとへ逃走する。新教徒たちはイギリスでの弾圧から逃れて、アメリカに渡り新しい生活を始めようとしていたのだ。その船旅は辛かったが、メアリーは産婆マーサの見習いになり、自分の将来の役割を見いだす。メアリーは過去を捨て、アメリカで新しい生活を築こうと希望を抱くのだった。

 しかしアメリカでの暮らしは想像以上に過酷だった。大陸の厳しい自然は脅威となって襲いかかり、新教徒の堅苦しい規律は自由な生活を許さなかった。しかも入植してきた人々は、ここアメリカにまで魔女裁判を持ち込んでいた。作物の不作、貧困、病気など人々を苦しめるものは限りなく、神に祈ってもどうしようもない苦しみに耐えるために、彼らには憎悪の対象が必要だった。それが魔女だったのだ。メアリーは過去の秘密を隠し通さなければならなかった。気づかれてはならない、でなければ、待っているのは迫害と死、それだけだ……。

 物語はメアリーの手記の形で語られている。淡々としたその口調から、どこにいてもよそ者として生きねばならなかった、少女メアリーの孤独が骨に沁みるほど強く伝わってくる。彼女はアメリカの原生林に生きる一匹狼のように、孤独という崖っぷちに、自らのやり場のなさに苛立ちながら、立っていた。後半に登場するネイティブ・アメリカンの少年とメアリーとの友情により、物語はさらに深みを増す。入植者に故郷の地を荒らされた少年もまた、行き場を失った存在だったのだ。

 作者リーズは史実に基づき、リアリティのある作品に仕上げながら、単なる歴史ものにはしていない。主人公メアリーの姿を通して、現代の若者にも通じる、孤独な心情や生きる上での居心地の悪さを、創造性あふれる筆致で描き出している。メアリーは、不安の多い今の時代を生きる者にとっても、心優しい寂しい友になるだろう。甘い癒しを許さない、痛切な物語である。

(中務秀子)

 

【作者】Celia Rees(セリア・リーズ):

 1949年、英国のワーウィックシャーに生まれる。ワーウィック大学でアメリカ史と政治学を学ぶ。その後、中学校で国語教師を務め、1993年に最初の作品 "Every Step You Take" を出版する。現在 "Witch Child"の続編 "Sorceress" を執筆中。他の作品に "The Vanished"、"Truth or Dare" などがある。ワーウィックシャーに夫と娘とともに住んでいる。

 

【参考】◇作者インタビュー記事
    ◇Witch Child公式サイト

 

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注目の本(未訳読み物)

―― 殺人事件を通して見える、少女の成長と家族の絆 ――

 

『あたしは殺してない』(仮題)
フランシス・オウローク・ダウエル作

"Dovey Coe" 181pp.
Frances O'Roark Dowell
Atheneum Books for Young Readers, 2000
ISBN 0689831749

★2001年度MWA賞(エドガー賞)最優秀児童図書賞受賞作

 

 1928年、アメリカ、ノース・カロライナの山岳の町で、殺人事件が起きた。被疑者の12歳の少女が語り出す。「あたしの名前はダヴィ・コウ。パーネル・キャラウェイのことは大きらいだったけど、殺したのはあたしじゃない――」

 ダヴィの家族は、両親、姉、兄の5人。コウ家は代々この地に住みつき、貧しいながらも、他人に頼ることなく、誇り高く暮らしていた。両親は優しさと厳しさをもって、子どもたちに愛情を注ぐ。ダヴィは感受性が強く、怖いもの知らずで、本音をすぐ口に出してしまう。姉のキャロラインは教師になる勉強をするため、町を出る予定。兄のエイモスは、幼い頃に患った病気が原因で耳が聞こえず、まわりから差別を受けている。ダヴィは、兄を支えられるのは自分しかいないと思っていた。

 町で一番裕福なキャラウェイ家の長男、パーネルが美しいキャロラインに熱をあげる。お金で何でも手に入れるパーネルも、キャロラインの心だけは思い通りにできない。ダヴィはパーネルの傲慢で意地悪な性格に我慢がならないが、姉は曖昧な態度をとり続け、両親はふたりの問題だと取り合わない。結局、キャロラインは送別パーティーの席で、パーネルの求婚を断った。大勢の前でプライドを傷つけられたパーネルは、キャロラインのみならず、コウ家を罵倒し、姿を消す。翌日、キャロラインは両親に送られ新しい町に旅立った。ダヴィが兄とふたりで残された夜、事件は起きる。

 南部なまりの英語で、ダヴィが事件をふりかえり、心をさらけだして語りつくす一人称小説。事件の行方を追いながら、家族ひとりひとりへのダヴィの愛情や、成長過程の少女ならではの心理状態を読みとることができる。とりわけ、耳の聞こえない兄とダヴィの関係は、この物語のなかでもっとも心を動かされるものであり、もっとも重要な鍵でもある。裁判が始まり、ダヴィは明らかに成長する。無実を信じる家族の愛情をあらためて実感する場面が印象深い。

 表紙カバーの淋しげに微笑む少女の写真は、著名な写真家ウォーカー・エヴァンズの1936年の作品。エヴァンズといえば、カレン・ヘスの "Out of the Dust"(邦題『ビリー・ジョーの大地』伊藤比呂美訳/理論社)のカバーに使われていた少女の写真を思い出す。両書ともに、貧しいけれども家族の絆が強かった大恐慌の頃のアメリカを、少女の目から描き出す秀作である。

 なお、本書はMWA賞(エドガー賞)の2001年度最優秀児童図書賞に選ばれている。

(よしいちよこ)

【作者】Frances O'Roark Dowell(フランシス・オウローク・ダウエル)

 マサチューセッツ大学で詩を学び、文芸修士号を取得。その後、さまざまな文芸誌に詩を発表したり、英語教師や弁護士補助員を務めたりするが、本当にしたいことは子ども向けの本を書くことだと気づき、デビュー作となる本書を執筆。その後、少女向けの文芸雑誌 "Dream/Girl" を創刊し、編集にも携わる。幼い息子の母親でもある。

 

【参考】
◇MWA賞(エドガー賞)(本誌情報編2001年5月号掲載「世界の児童文学賞」
◇"Out of the Dust" とエヴァンズについて(本誌書評編2000年6月号掲載)
◇作者インタビュー記事

 

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Chicocoの親ばか絵本日誌 第13回 よしいちよこ

―― 「いろんな音」 ――

 

『きこえる きこえる』表紙

「しゅんね、いろんなおと、すき」ある日、おやつを食べながら、とつぜん息子がいいだしました。2歳半になり、おしゃべりが上手になったとはいえ、その場の状況と関係のないことをいわれると、何のことだかわかりません。「ふーん」とてきとうに相槌をうっていると、しゅんは「うぃーん、うぃーん、せみないてるね」「だれか、じてんしゃ、のってるね」といいました。窓から聞こえる音の話をしていたのです。

 しゅんは、いろんな音がたくさん出てくる絵本『きこえる きこえる』(マーガレット・ワイズ・ブラウン作/レナード・ワイズガード絵/よしがみきょうた訳/小峰書店)が大好きです。子犬のマフィンは目にごみが入って痛くなりました。お医者さんに包帯をまかれ、何も見えなくなりましたが、耳をぴんとたて、音を聞きます。チックタック、シューシュシュー、グルルルル……。さあ、何の音でしょう。

『おばけの地下室たんけん』表紙

 次々に出てくる音の正体を、しゅんも真剣な顔であてていきます。「クシャーン。何の音?」ときくと、「おいしゃさん、くしゃみした」と即答。「お日さまが顔をのぞかせた音」や「雪がふってきた音」など、答がのっていないページでは、ずいぶん考えたあとに「きらきら」「ぽろぽろ」と教えてくれました。キュッ、キュッという小さな音の正体がマフィンにはわかりません。馬の鳴き声? 飛行機の音? なかなかあてられず、「まさか」「とんでもない」「ちがう、ちがう」と否定語のオンパレード。いま何でも否定するしゅんは、大喜びでボキャブラリーを増やし、生活のなかで「まさかー」「とんでもなーい」を連発。これを聞くと、息子の反抗期にいらいらするわたしも腰がくだけ、笑ってしまいます。原書出版から60年近くたっていますが、「音のあてっこ」遊びは、いまも変わらず2歳児の心をとらえるのです。

 もう1冊、音が効果的に使われている絵本、『おばけの地下室たんけん』(ジャック・デュケノワ作/おおさわあきら訳/ほるぷ出版)を紹介します。古いお城で、なかよしおばけがトランプ遊びをしていました。夜中の12時、どこかで「どすん! どすん!」とすごい音。おばけたちは震えながら、音の正体をつきとめようと、地下室を探検します――。わたしが大きな声で「どすん! どすん! どすん!」と読むたびに、こわがりのしゅんはびくっとして苦笑い。ドアが風で閉まったり、物が落ちたりして大きな音がなると、「どすん、なんのおと?」と、しゅんは不安そうな顔でききます。この夏、しゅんははじめておばけを知りました。

 

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●編集後記●

 何が真実かは決めつけられないけれど、大きな悲しみがそこにあるのは事実。これ以上の悲劇がもたらされないことを祈ります。(き)


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★(株)エス・エフ・ジェイ:やまねこ賞協賛会社


発 行: やまねこ翻訳クラブ
発行人: 瀬尾友子(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人: 菊池由美(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画: かもめ 河まこ キャトル きら くるり こべに さかな 小湖 Gelsomina sky SUGO Chicoco ちゃぴ つー どんぐり NON BUN ベス みーこ みるか MOMO YUU りり Rinko ワラビ わんちゅく
協 力: @nifty 文芸翻訳フォーラム
小野仙内 ながさわくにお


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