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2009年9月号
   =====☆                    ☆=====
  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
                                No.113
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2009年9月15日発行 配信数 2350 無料
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●2009年9月号もくじ●
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◎特別企画:2010年国際アンデルセン賞の候補者たち
 "Milla ja pohjaton pyykkikori"
             ハンヌ・サヴォライネン文/サッラ・サヴォライネン絵
 "Juli!: Alle Juli-Geschichten in einem Band"
                  キルステン・ボイエ文/ユッタ・バウアー絵
◎注目の本(邦訳絵本):『空の飛びかた』
            ゼバスティアン・メッシェンモーザー文・絵/関口裕昭訳
◎注目の本(邦訳読み物):『たいせつな友だち』
                      モイヤ・シモンズ作/中井はるの訳
◎賞速報
◎イベント速報
◎世界のお祭り:第18回 イード・アル・フィトル(イスラム教)
◎読者の広場

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●特別企画●2010年国際アンデルセン賞の候補者たち
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 さる5月に、2010年国際アンデルセン賞の候補者が発表された。
 数ある児童文学賞の中で、もっとも名誉あるもののひとつとされる本賞の候補には、
国際児童図書評議会(IBBY)に加盟する国から推薦された作家、画家が名を連ね
る。多数の候補者の全業績や作品などが慎重に時間をかけて検討、審査されたのち、
受賞者の発表および賞の授与式は西暦偶数年に行われる。
 2010年の候補者をざっと見ると、邦訳が出版され日本でも人気の高い、イギリスの
作家デイヴィッド・アーモンドや、アメリカの絵本作家エリック・カールなどの名前
が挙がっている。その一方で、日本ではあまり紹介されていない作家、画家の名もあ
り、どんな作品を発表しているのだろうかと、とても興味深い。
 今回は、本誌読者にお薦めしたい画家賞候補者の、未訳作品のレビューを2本お届
けする。

【参考】
▼国際児童図書評議会(IBBY)公式ウェブサイト
http://www.ibby.org/

▼2010年国際アンデルセン賞候補者リスト(IBBY内)
http://www.ibby.org/index.php?id=966

▽国際アンデルセン賞について(本誌1999年10月号情報編)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/1999/10a.htm#a1bungaku

▽国際アンデルセン賞受賞者リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/andersen/index.htm

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〜サッラ・サヴォライネン(フィンランド)〜

『ミッラとそこなしせんたくかご』(仮題)
ハンヌ・サヴォライネン文/サッラ・サヴォライネン絵
"Milla ja pohjaton pyykkikori"
text by Hannu Savolainen, illustrations by Salla Savolainen
WSOY, 2007 ISBN 978-9510333167(Finland)
30pp.

 今日から夏休み。長い髪につけたリボンがかわいいミッラは、お母さんとでかける
約束なので、朝からうきうきしています。ところがお母さんは、着る服がないといっ
てパニックになり、寝込んでしまったのです。そのとき妖精が現れて、不思議な粉の
入った小さな袋をミッラにくれました。この粉をお母さんのクローゼットの中にまけ
ば、ステキな服が次から次に出てくる……はずでしたが、ミッラが気づかないうちに、
魔法の粉は袋ごと洗濯物のかごの中へ。さあそれからは、かごの洗濯物は洗っても洗
っても減らず、増え続けて止まりません。ミッラとお母さんとお父さんは、どうして
こんなことになったのかわからないまま、おばあちゃんにも応援を頼んで、朝から晩
まで洗濯機を回し続け、洗いあがった衣類を連日連夜干し続けます。
 画面いっぱいにひるがえる洗濯物の、バラエティー豊かなこと、カラフルなこと!
細部まで描き込む画風はこの画家の特徴ですが、洗面所に置かれているこまごまとし
た日用品など、生活感があふれていて親しみがわきます。勢いのある細いラインの輪
郭に、明るいピンクやイエローで彩色を施したコミック風の絵は、とてもにぎやかな
印象です。太陽がまぶしい夏休みに巻き起こるてんやわんやの大騒動に、これ以上ぴ
ったりの絵はないでしょう。画家と作家は妻と夫でもあるとのこと、さすがに息のあ
ったところを見せてくれます。
 底なし洗濯かごに振り回されるミッラ一家ですが、ついには夏休みらしい1日が訪
れて、ミッラも読者もそろってにっこり。魔法で増え続ける洗濯物はどうなるのかっ
て? 21世紀ならではの解決策が、用意されているんですよ。

【サッラ・サヴォライネン(Salla Savolainen)について】
 1962年生まれ。ヘルシンキ芸術デザイン大学を卒業後、教材や雑誌類のイラストの
仕事を始める。2000年から児童書の挿絵を描くようになり、絵本、読み物ともにさま
ざまな作家とコンビを組んで製作してきたほか、自身が文も手がけた絵本を、これま
でに3作発表している。
 2005年に、絵本 "Pikku Xing"(Leena Virtanen 文)の挿絵でルドルフ・コイヴ賞
を受賞。中国から養子としてフィンランド人の家庭に迎えられた少女の物語で、国際
養子縁組が増えているこの国の社会情勢が背景にある1冊だ。
 活発な女の子 Vesta-Linnea を主人公とした絵本のシリーズは、スウェーデン系フ
ィンランド人作家 Tove Appelgren の文にサヴォライネンが絵を描く人気作。ドイツ
語、ロシア語、ヒンディー語など8つの言語に翻訳されている。シリーズ最新作であ
る4作目 "Vesta-Linneas svartaste tanke" は、2008年のフィンランディア・ジュ
ニア賞候補になった。
 子どものいる一般家庭を取材し、それぞれの家の中の様子を絵と文でつづった異色
の絵本 "Mennaan jo kotiin"(Riina Katajavuori 文)では、緻密な描き込みを得意
とする画家の技量が光る。すみずみまで、実にこまやかに描かれたリビングや子ども
部屋の絵からは、そこで暮らす家族の息づかいと体温が伝わってくるようだ。
 サヴォライネンは、2009年のブラティスラヴァ世界絵本原画展に、フィンランドか
ら作品が出展された7人のうちの1人でもあり、その活躍ぶりから目が離せない。作
品の邦訳はいまのところまだないが、今後、ぜひ日本の子どもたちのもとに、この画
家の手になる楽しい本がたくさん届くようになっていってほしい。
 国際アンデルセン賞画家賞は、これまでフィンランドから受賞者が出たことはなく、
北欧全体でもデンマークから1970年代に2回だけだ。この北の国にそろそろ栄冠を、
と願っているのは、わたしだけではないだろう。

【参考】
▼ Vesta-Linnea シリーズ第4作の紹介(Books from Finland 内、英語)
http://www.booksfromfinland.fi/2009/03/vesta-linneas-svartaste-tank/

▽ルドルフ・コイヴ賞について(本誌2007年2月号「世界の児童文学賞」番外編)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2007/02.htm#kikaku

▽フィンランディア・ジュニア賞について(本誌2007年12月号「世界の本棚」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2007/12.htm#bungaku1

【特殊文字】
「Vesta-Linnea」:「Linnea」の「e」の上にアクセント記号(´)がつく
「Mennaan jo kotiin」:「Mennaan」の全ての「a」の上にウムラウト(¨)がつく

                               (古市真由美)

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〜ユッタ・バウアー(ドイツ)〜

『ユリ!』(仮題)
キルステン・ボイエ文/ユッタ・バウアー絵
"Juli!: Alle Juli-Geschichten in einem Band"
text by Kirsten Boie, illustrations by Jutta Bauer 
Beltz & Gelberg, 2006 ISBN 978-3407740014(Germany)
168pp.
(このレビューは、"Juli!" シリーズ全7巻の合冊版を参照して書かれています)
Amazonで詳細を見る

 ぼく、ユリ。幼稚園に通っているんだ。世界はぼくにとって驚きのかたまり、わか
らないことだらけだよ!
「トイレ怪獣」って知ってる? ぼくんちに住んでるんだ。すがたは見えないんだけ
どね。生きているもの全部が見えるなんてことはないだろう? みんなにトイレ怪獣
のことを教えてあげているのに、だれも信じてくれない。いったい、どうやってやっ
つければいいんだろう?(第5巻)
 ママのお買い物についていくほど退屈なことはない。「自分のゴーカートに乗って
いっしょにいらっしゃい」ってママは言うけどさ……あ、あれもゴーカート?「ちが
うよ、これ、車椅子っていうんだ」、そう答えてくれた足の動かないお兄ちゃんと仲
良しになった。そしてね、車椅子ゴーカートを超高速で飛ばして遊んだんだ!(第3
巻)

 ところで、こんな元気なぼくを生み出してくれたのはボイエって人で、ぼくを描い
てくれたのがユッタ・バウアーおばちゃんだ。バウアーおばちゃんの手にかかると、
とたんにぼくは、すうっと流れるように動きはじめる。特に、走っている姿がトレー
ドマークさ。それにぼくの怒った顔、むくれた顔見てよ、最高だから! 目のふちが
ほんのり赤くてさ。どんなにぼくが真剣に考えてるか、鈍感な大人たちだってもう1
回見てくれればさすがに気づくだろうね。ところどころに登場するぬいぐるみたちの
顔にも注目してくれるとうれしいな。愛嬌たっぷりだし、今にもおしゃべりしはじめ
そうな感じでしょ……。

【ユッタ・バウアー(Jutta Bauer)について】
 ユッタ・バウアーは1955年、ドイツ・ハンブルクのフォルクスドルフ生まれ。ハン
ブルク造形大学在学中からイラストレーターとしての歩みを始めた。児童書分野での
初作品は、1981年の "Der Zauberbacker Balthasar"(Uwe Wandrey 文)だ。
 バウアーの仕事は大きく4つに分けられる。ひとつめは著名な作家作品に挿絵を描
くことで、クリスティーネ・ネストリンガー(1984年国際アンデルセン賞、2003年ア
ストリッド・リンドグレーン記念文学賞)、キルステン・ボイエ(国際アンデルセン
賞3回ノミネート、2007年ドイツ児童文学賞特別賞)、クラウス・コルドン(ドイツ
児童文学賞2回受賞)らの代表作でその手腕を発揮している。
 ふたつめが自分で文も書く絵本。バウアーの突き抜けた感性がもっとも発揮される
分野で、1998年『色の女王』(橋本香折訳/小学館)でトロースドルフ絵本賞、2001
年『おこりんぼママ』(橋本香折訳/小学館)でドイツ児童文学賞を受賞した。その
ほかに『羊のセルマ』(山崎慶子訳/二見書房)、『いつもだれかが…』(上田真而
子訳/徳間書店)も多数の国で訳されており、この4作品がユッタ・バウアーの名を
世界に知らしめたといってよい。
 3つめが雑誌等への発表で、"Brigitte" という女性雑誌に掲載されていたコミッ
ク作品に言及しないわけにはいかないだろう。そして最後が、大学での講義や世界各
地を回るイラストレーションのワークショップである。
 ユッタ・バウアーという名を聞くだけで、わたしのなかでユリが駆け回り、動物た
ちがずっこけ、光鮮やかなシーンが心に広がる。ドイツ語圏は2006年、2008年と国際
アンデルセン賞の舞台で栄誉が続いた。それを思うと欲張りなのだがバウアー・ファ
ンのはしくれとしては、ぜひ受賞を、と願わずにいられない。

【参考】
▼ドイツ国立図書館 ユッタ・バウアー作品一覧(ドイツ語)
https://portal.d-nb.de/opac.
htm?query=atr%3D120077752+OR+nid%3D120077752&method=simpleSearch

▽ドイツ児童文学賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/de/dj/index.htm

【特殊文字】
「Zauberbacker」:ふたつめの「a」の上にウムラウト(¨)がつく

                              (たかおまゆみ)

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●注目の本(邦訳絵本)●ペンギンだって、太めだって、飛ぶぞ!
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『空の飛びかた』 ゼバスティアン・メッシェンモーザー文・絵/関口裕昭訳
光村教育図書 定価1,575円(税込) 2009.04 49ページ ISBN 978-4895726887
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"Fliegen lernen" 
by Sebastian Meschenmoser Esslinger Verlag J. F. Schreiber GmbH, 2005
Amazon.ukで詳細を見る  Amazon.comで詳細を見る

 世界で最もたくさんのペンギンが飼育され、世界一長寿のペンギンに会える国、そ
れは日本だそうです。ペンギンは日本人にとても愛されています。ここにもう1羽、
ちょっと太めのドイツ生まれをご紹介しましょう。
 どちらかといえば風采の上がらない男が、散歩の途中でペンギンに会います。やつ
は「空から落っこちたんだよ」と言うのです。でもペンギンって空を飛んだっけ?
もちろんふたりとも「ペンギンは飛べない」ということは知っていました。けれども
男はやつをひきとってやり、空を飛ぶための作戦をあれこれ練ります。失敗につづく
失敗。ついに物々しい機械まで持ち出し実験しようとしていた、まさにそのとき……。
 と、まあこんな話なのですが「ペンギンなんて飛ぶわけない。バカバカしい」と切
って捨てた現実主義のあなたにこそ、読んでいただきたい。結果が予想できるだけに、
大まじめに取り組む1人と1羽の悪戦苦闘の数々に吹きだします。洗濯機を使っての
耐久能力テストなど、作者の悪乗りかと思えるほど。その写真は作者のウェブサイト
(下記参照)で見ることができます。ところが最後は意外な展開を見せます。幼い読
者なら、不思議な夢の続きに大喜びするでしょう。人生真っただ中の方々には、足元
を見つめる機会を提供することになるかも。果たして、ありえないことに挑戦するの
は愚かなことでしょうか。可能性とは? 夢を持つとは? 信じるとは? 努力とは?
いろんな問いかけをしつつ、読者それぞれ、どのようにも読み解けるおもしろさがこ
の本の魅力でしょう。子どもから大人まで楽しむことができる絵本です。
 ゼバスティアン・メッシェンモーザーの邦訳絵本は本書で3冊目ですが、実はこれ
が彼のデビュー作です。どの絵本でも描写力の確かさが軽やかな動きを感じさせ、細
かな絵コンテにほんの少し彩色されただけのスケッチが、読者の想像を豊かにかき立
ててくれます。だいたんな構図で迫る展開のおもしろさも見逃せません。読み終わっ
たあと、あなたの心に灯る温かさをぜひ感じてください。

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【文・絵】ゼバスティアン・メッシェンモーザー(Sebastian Meschenmoser):1980
年ドイツのフランクフルト生まれ。ドイツ新進気鋭の若手画家。2001年から2007年ま
で美術学校で学び、在学中より活躍し注目を集める。『リスとお月さま』(松永美穂
訳/コンセル)は2007年ドイツ児童文学賞絵本部門にノミネートされ、『リスとはじ
めての雪』(同上)は2008年にオランダ銀の絵筆賞を受賞している。ベルリン在住。

【訳】関口裕昭(せきぐち ひろあき):1964年大阪府生まれ。慶應義塾大学大学院
文学研究科博士課程修了。在学中に、ドイツのゲッティンゲン大学に留学。絵本の翻
訳に『うんちしたのはだれよ!』(ヴェルナー・ホルツヴァルト文/ヴォルフ・エー
ルブルッフ絵/偕成社)、『エルネスト─たびするいぬのものがたり』(ヨッヘン・
シュトゥーアマン文・絵/フレーベル館)などがある。現在、明治大学情報コミュニ
ケーション学部准教授。

【参考】
▼ゼバスティアン・メッシェンモーザー公式ウェブサイト(ドイツ語)
http://www.sebastian-meschenmoser.de/
※ペンギンと作者の写真(5枚)を見たい方は、下の手順でクリックをしてください。
NETZWERK(頁上段の一番右)→ Bucher(頁の一番下、「u」の上にウムラウト)→
vor

                               (尾被ほっぽ)

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●注目の本(邦訳読み物)●ほんとうの友だちは心の目でみつけよう
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『たいせつな友だち』 モイヤ・シモンズ作/中井はるの訳
くもん出版 定価1,365円(税込) 2009.07 142ページ ISBN 978-4774316536
Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
 "Hello God" by Moya Simons 
 Harper Collins Publishers Australia Pty Limited, 2007
Amazonで詳細を見る

「こんにちは、神さま。いつもひとりでさびしくない?」ひとりっこのケイトは、空
の上でひとりぼっちであろう神さまに、毎晩家族や友だちの話をすることにした。話
しかけても返事はないけれど、きっと聞いてくれていると思いながら。
 そんなある日、ダサい女の子ステファニーが転校してきた。イケてるなかまから自
分がはずされないよう、ステファニーとは距離をおこうとしていたケイトだが、海で
偶然会ったのをきっかけに、両親が一家を夕食に招待してしまう。ケイトはその日だ
けステファニーにカゼをひかせてと、神さまにお願いをした。そして当日、なんとほ
んとうにステファニーが病気になり、食事はキャンセルされたのだが……。
 なかまはずれにされると困るから、ダサい子には近づかないほうがいいよ。あだな
をつけるのはイジワルじゃなくて、からかっているだけだよ。神さまにむかってあま
りにも素直にそんな話をするケイト。大人から見れば正しくない行動も、そういえば
こんなふうに考えていたかもしれないと、遠い日の記憶を呼び起こす人もあるだろう。
悪いことをした言い訳でもなんでもなく、ただそう思っているのが子ども特有の残酷
さなのだが、それに気づくのは残念ながら大人になってからだ。
 ステファニーの病気をきっかけに、ケイトは今までの自分や友だちの考え方がどこ
かおかしかったことに気づく。ステファニーのいいところもたくさんみつけたケイト
は、勇気を持って自分の態度を変えた。するとまわりの子どもたちも少しずつ変わっ
ていった。だが皮肉なことに、ステファニーの病状はそれと反比例するように悪化し
ていく。ケイトの勇気はきっと実を結ぶ、そう信じてページをめくり続けた先で待っ
ていた結末に、著者が作品に込めたものの大きさを感じ、子どもたちのさらなる成長
を予感しながら本を閉じた。
 ケイトのひとり語りで日記のようにつづられていく物語のなかでもうひとつ注目し
たいのが、ステファニーの創作する童話だ。小さな子どもたちに語るという形式で、
話は少しずつ展開していく。どこかステファニーを思わせる主人公のネコが最後にた
どりつく場所に、幸せな光が満ちあふれることを願ってやまない。

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【作】モイヤ・シモンズ(Moya Simons):オーストラリア、ニューサウスウェール
ズ州生まれ。自分の子どもに励まされて児童文学の道に入る。主な著書に "The Walk
 Right in Detective Agency" シリーズ、"My Amazing Poo Plant" など。 初の邦訳
 である本書は、2008年度オーストラリア児童図書協議会優良図書に選ばれている。

【訳】中井はるの(なかい はるの):大学卒業後、外資系企業に勤務。その後フリ
ーの翻訳・通訳者となり、出産をきっかけに児童書の翻訳をはじめる。訳書は「グレ
ッグのダメ日記」シリーズ(ジェフ・キニー作/ポプラ社)、『悪徳子犬ブリーダー
をさがせ』(ローリー・ハルツ・アンダーソン作/金の星社)など。

【参考】
▼モイヤ・シモンズ公式ウェブサイト
http://www.moyasimons.com/

                                (冬木恵子)

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●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2009年ミソピーイク賞受賞作発表
★2009年エスター・グレン賞、ラッセル・クラーク賞発表
★2009年オーストラリア児童図書賞受賞作発表
★2009年エルサ・ベスコフ賞発表
★2009年度ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)賞発表

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

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●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 鎌倉文学館「こころとココロのひみつ展」
 西宮市大谷記念美術館「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」 など

★講座・講演会情報
 成増図書館「金原瑞人さん講演会」
 京大会館「ヤングアダルト文学講座」 など

★イベント情報
 前進座劇場「ファンタジー・ミュージカル 夜物語」
 上野公園「こどもの本まつりinとうきょう」 など

 詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、
空席状況については各自ご確認願います。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event

                           (冬木恵子/笹山裕子)

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●世界のお祭り●第18回 イード・アル・フィトル(イスラム教) 今年は9月下旬
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 子どもたちの夏休みも終わり、秋の訪れを感じるころになりました。日本では実り
の秋、食欲の秋ですが、イスラムの人びとは今、断食の月であるイスラム暦の9月
(アラビア語で「ラマダン」)を迎えています。ラマダンのあいだは、日の出から日
没まで食べ物や飲み物を口にすることが禁じられています。イスラム教の開祖である
ムハンマドの苦難を追体験し、飢えの体験を通して唯一の神アッラーへの感謝の気持
ちを新たにするためだそうです。そんな人びとが1か月間楽しみにしているのが、断
食明けのお祭り「イード・アル・フィトル」です。
 アラビア語で「イード」はお祭り、「フィトル」は断食の終わりを意味し、「イー
ド・アル・フィトル」は文字通り断食が終わったことを祝うお祭りです。イスラム教
の暦は純粋な太陰暦なので、ラマダン同様、イード・アル・フィトルの時期は年によ
って変わります。今年は9月20日過ぎの予定ですが、それぞれの国でイスラムの長老
が実際に月を観測して決定するため、正確な日程は直前になるまで分かりません。
 お祭りは、ラマダンが明け、イスラム暦の10月(シャウワール)が始まると同時に、
通常3日間行われます。学校や官公庁などが休みになり、多くの人が故郷に帰ります。
お祭りの初日にまず行うのが、特別な礼拝です。人びとはみな着飾って、モスクなど
の祈りの場に出かけます。伝統衣装を身につけた子どもや、ヘナと呼ばれるハーブで
手にタトゥーのような模様を入れた女性もいます。知らない者同士も「イード・ムバ
ラク(イードおめでとう)」と声をかけあうそうです。
 礼拝がすむと、親戚や友人が集まってパーティーが始まります。前日から準備され
た「シュワ」というヤギの蒸し焼きや「ウルシーヤ」と呼ばれるうるち米料理、バー
ベキューなどのごちそうや、ナツメヤシやアーモンドをセモリナ粉と混ぜ、丸い型に
入れて焼いた「マモウル」などの菓子がふんだんに出されます。会えない親戚や友人
とはカードを交換したり、イーディーヤと呼ばれるお年玉のようなものをもらったり、
子どもたちにとってもイード・アル・フィトルは楽しいお祭りです。
 ただ、同じイスラム教といっても、信者は世界各国にいるため、祝い方やごちそう
には違いもあります。パキスタンの砂漠で、ラクダを愛しのびのびと生活していた少
女が、大人たちの思惑と因習に縛られながらも力強く成長していくさまを描いた『シ
ャバヌ 砂漠の風の娘』(スザンネ・ステープルズ作/金原瑞人・築地誠子訳/ポプ
ラ社)には、主人公のシャバヌが、イランやアラブの国ぐにでイード・アル・フィト
ルのごちそうにラクダを食べると聞いて、ショックを受ける場面があります。

*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
わたしは気持ちが悪くなり、さっき食べた物がそのまま喉まで上がってきた。わたし
たちはイードの祭りにはヤギを殺す。イードというのは、聖なる断食月のあとにおこ
なう、イスラム教のお祭りのこと。ほんとうに、考えただけでぞっとする。うちの立
派なラクダが、喉をかき切られ、ドクドクと流れる血が砂の中にあとかたもなく吸い
こまれ、血が一滴もなくなるまでのたうちまわるなんて。話のあいだ、わたしは息を
つめ、体を固くしていた。
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*

 慈しみ育てたラクダを食べるかどうかはともかく、イード・アル・フィトルのごち
そうは、1か月の苦行に耐えた人にしか味わえない、格別のおいしさがあることでし
ょう。 

★参考文献・ウェブサイト
『世界の食文化9 トルコ』(鈴木董著/農山漁村文化協会)
『世界の食文化10 アラブ』(大塚和夫責任編集/農山漁村文化協会)
『国際理解を深める世界の宗教3 イスラム教』(清水芳見監修/ポプラ社)
"Gulf News" ウェブサイト
http://www.gulfnews.com/home/index.html

                           (笹山裕子/村上利佳)

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●読者の広場● 海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ!
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 このコーナーでは、本誌に対するご感想・ご質問をはじめ、海外児童書にまつわる
お話、ご質問、ご意見等を募集しています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せ
ください。

※メールはなるべく400字以内で、ペンネームをつけてお送りください。
※タイトルには必ず「読者の広場」とお入れください。
※掲載時には、趣旨を変えない範囲で文章を改変させていただく場合があります。
※質問に対するお返事は、こちらに掲載させていただくことがあります。原則的に編
集部からメールでの回答はいたしませんので、ご了承ください。

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●お知らせ●

 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。
こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。
http://www.yamaneko.org/info/order.htm
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           ・☆・〜 次 号 予 告 〜・☆・

 詳細は毎月10日頃、やまねこ翻訳クラブHPメニューページに掲載します。
          http://www.yamaneko.org/info/index.htm
 どうぞお楽しみに!

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▽▲▽▲▽   海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽

  やまねこ翻訳クラブ(yagisan@yamaneko.org)までお気軽にご相談ください。
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「FOSSIL は化石って意味でしょ? レトロ調の時計なの?」 これは創業者の父親が
FOSSIL(石頭、がんこ者)というあだ名だったことから誕生したブランド名。オーソ
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2005年より新しいスローガン "What Vintage are you?" を掲げ、更にパワーアップ
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                             やまねこ賞協賛会社
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          吉田真澄の児童書紹介メールマガジン
             「子どもの本だより」
     http://www.litrans.net/maplestreet/kodomo/info/index.htm
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●編集後記●ラマダンの断食とは、期間中に一切の飲食ができないものだと思ってい
た私。今月の記事でその誤解は解けたのですが、それでも日中に食事が取れないのは
想像もできません。ランチで栗ご飯や秋刀魚の塩焼きを堪能できるこの季節、日本に
生まれた幸せをかみしめるのでした。(い)
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発行人 村上利佳(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人 井原美穂/赤間美和子/植村わらび(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画 尾被ほっぽ かまだゆうこ 児玉敦子 笹山裕子 たかおまゆみ
    冬木恵子 古市真由美 村上利佳
協 力 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内
    ながさわくにお 林檎
    html版担当 shoko
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