メニュー「月刊児童文学翻訳」バックナンバー>2010年11月号   オンライン書店


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2010年11月号
   =====☆                    ☆=====
  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
                                No.125
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2010年11月15日発行 配信数 2410 無料 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●2010年11月号もくじ●
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

◎賞情報:2010年ガーディアン賞発表
 ガーディアン賞受賞作レビュー:「クロニクル千古の闇」シリーズ
                   ミシェル・ペイヴァー作/さくまゆみこ訳
◎注目の本(未訳絵本):"The Hero of Little Street"
                          グレゴリー・ロジャーズ作
◎賞速報
◎イベント速報
◎世界のお祭り:第23回 ディワリ(ヒンドゥー教)
◎追悼:エヴァ・イボットソン
◎読者の広場:早稲田大学で「やまねこ翻訳クラブの授業」

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●賞情報●2010年ガーディアン賞発表
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 10月8日、イギリスでカーネギー賞と並ぶ児童文学賞であるガーディアン賞の、
2010年受賞作品が発表された。

2010 Guardian Children's Fiction Prize

★Winner
  "Ghost Hunter" by Michelle Paver (Orion)
  (邦訳『決戦のとき』さくまゆみこ訳/評論社)

 本作は、"Chronicles of Ancient Darkness"(「クロニクル千古の闇」シリーズ)
の第6作、最終巻にあたる。シリーズのうちの1作が受賞作に選ばれることはないと
いう大方の予想を覆す結果で、審査委員長 Julia Eccleshare をはじめ、審査員とし
て名を連ねる Linda Buckley-Archer、Jenny Downham、Mal Peet といった作家たち
に、全巻通じての業績も認められたといってよいだろう。本シリーズは30もの言語で、
世界中の多くの人に読まれており、日本でも2005年の第1巻刊行から人気を集めてき
た。本誌今月号にレビューを掲載しているので詳しくはそちらをご参照いただきたい。

 なお、2010年9月17日に発表されたショートリストは、以下の通り。

☆Shortlist

  "Now" by Morris Gleitzman (Puffin)
  "Unhooking the Moon" by Gregory Hughes (Quercus)
  "The Ogre of Oglefort" by Eva Ibbotson (Macmillan)

 Morris Gleitzman の "Now" は、第2次世界大戦中のポーランドのユダヤ人少年フ
ェリックスを描いた "Once" と "Then" に続く、3部作の最終巻。老後を迎えたフェ
リックスが暮らす現代のオーストラリアが舞台となっている。"Unhooking the Moon"
は、身寄りをなくした兄と妹が、おじを探してカナダからニューヨークに向かって旅
をする物語。Gregory Hughes のはじめての長編読み物で、2010年ブックトラスト・
ティーンエイジ賞を受賞、さらには2011年カーネギー賞ロングリストにも名前があが
るなど、注目の作品といえるだろう。"The Ogre of Oglefort" が選ばれた Eva
Ibbotson は、残念なことに10月20日に亡くなった。本作品については、本誌今月号
の追悼記事の中で紹介している。

【参考】
▼公式ウェブサイト内の発表ページ
http://www.guardian.co.uk/books/2010/oct/08/michelle-paver-guardian-children
-fiction-prize

▽ガーディアン賞について(月刊児童文学翻訳1999年3月号)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/1999/03.htm#bungaku

▽ガーディアン賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/guardian/index.htm

                               (植村わらび)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2010年ガーディアン賞受賞作品
『決戦のとき』の「クロニクル千古の闇」シリーズ

「クロニクル千古の闇」シリーズ全6巻
『オオカミ族の少年』2005.06 432ページ  Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
『生霊わたり』2006.04 468ページ     Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
『魂食らい』2007.04 448ページ      Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
『追放されしもの』2008.04 448ページ   Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
『復讐の誓い』2009.04 432ページ     Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
『決戦のとき』2010.04 424ページ     Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
ミシェル・ペイヴァー作 さくまゆみこ訳 評論社 定価各1,890円(税込)
ISBN 978-4566024113, 978-4566024120, 978-4566024137, 978-4566024144,
978-4566024151, 978-4566024168
"Chronicles of Ancient Darkness"
"1. Wolf Brother"  Amazonで原書の詳細を見る
"2. Spirit Walker"  Amazonで原書の詳細を見る
"3. Soul Eater"   Amazonで原書の詳細を見る
"4. Outcast"     Amazonで原書の詳細を見る
"5. Oath Breaker"  Amazonで原書の詳細を見る
"6. Ghost Hunter"  Amazonで原書の詳細を見る
By Michelle Paver
Orion, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008, 2009

 クロニクル(年代記)と銘打った一連のシリーズが終わった。6年間見つめ続けて
きた主人公トラクの旅も幕を下ろす。ここで今一度、物語の魅力を振り返ってみたい。
 12歳の少年トラクは生まれてこの方、父親と2人で暮らしてきた。狂気に駆られた
大熊が森を襲い、父親は瀕死の傷を負ってしまう。小さなたき火しかない漆黒の森で
傷の痛みに身をよじる父親。その傍らにいる少年の心細さが、不安が、じくじくと読
者を浸していく。こうしてまだ狩猟採集民として未熟なトラクとともに読者は旅を始
めることになる。父と子はなぜ氏族の群れを離れて暮らしていたのか? 「北へ向か
え。〈天地万物の精霊〉が宿る山を見つけるんだ」という父親の言葉の意味は? 最
初からいくつもの謎をはらんで物語は進んでいく。その一つ一つは巻を追うごとに明
らかになり、過酷な旅と戦いの日々を経て、少年トラクは青年へと成長していくのだ。
 このシリーズが他と一線を画すのは、紀元前4000年、今から6000年も前のまだ深い
森林に覆われたヨーロッパを舞台としていることだ。この時代を生きる人々にとって
は、薬効成分のある草木も、前触れもなく襲ってくる動物たちも、天変地異もすべて、
大いなる力のなせる技であったろう。生き抜くための糧を与えてくれる全世界は、畏
敬の念をもって接するべき相手だったに違いない。そこは文字通り精霊や悪霊が息づ
く所なのだ。現代であればちょっとした知識や技術も、魔術に見えたはずだ。著者の
緻密なフィールドワークと実体験に裏打ちされて、狩猟採集民族の日常はこと細かに
描かれる。自然の中で生きるにたる卓越した技術と知識を持つ彼らの息吹が聞こえ、
必要なものだけ持つ生活と、死と隣り合わせの生を実感できる。
 とりわけ一人ぼっちの子オオカミ、ウルフの存在はひときわ異彩を放つ。著者はウ
ルフの思いや言葉をオオカミの側から描く。たとえばトラクは「背高尻尾なし」、火
は「熱い舌で刺すまぶしい獣」となる。オオカミの視点から物事を眺めるのは得難い
体験だ。動物の持つ直感と本能によって行動するウルフには迷いがない。いつも迷い
ながら道を行くトラクのことがはがゆくもある。けれども出会ったときからトラクは
ウルフのたった一人の兄貴となっていくのだ。
 ワタリガラス族の少女レンをはじめ、魅力的な登場人物はどの巻にも現れる。触れ
れば傷つきそうなほど鋭く熱い彼らの思いは全編にあふれ、その強烈な生き様に圧倒
される。物に囲まれ便利な暮らしに慣れた我々が見失ったものがここにはある。トラ
クやウルフとの旅は掛け値なしの充足感を与えてくれるだろう。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【作】ミシェル・ペイヴァー(Michelle Paver):1960年アフリカ東南部にあるマラ
ウイ共和国で生まれ、1963年に英国に移住。オックスフォード大学で生化学を専攻し、
薬事法を取り扱う弁護士となる。在学中より小説を書いていたが、1996年父の死をき
っかけに本格的に執筆活動に入った。邦訳は「クロニクル千古の闇」シリーズのみ。
最新作 "Dark Matter" は、北極探検を題材にした初めてのゴーストストーリーだ。

【訳】さくま ゆみこ:1947年生まれ。東京都出身。出版社勤務を経てフリーの編集
者、翻訳家となる。青山学院女子短期大学教授。最近の訳書に『クイックと魔法のス
ティック チュウチュウ通り6番地』(エミリー・ロッダ作/たしろちさと絵/あす
なろ書房)、『わたしは、わたし』(ジャクリーン・ウッドソン作/鈴木出版)など
がある。

【参考】
▼ミシェル・ペイヴァー公式ウェブサイト
http://www.michellepaver.com/

▼さくまゆみこ公式ウェブサイト
http://members.jcom.home.ne.jp/baobab-star/

▽ミシェル・ペイヴァー作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/p/mpaver.htm

▽さくまゆみこ訳書・著作リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/ysakuma.htm

                               (尾被ほっぽ)

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●注目の本(未訳絵本)●400年前の絵画がくれた魔法の時間
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『小さなヒーロー』(仮題) グレゴリー・ロジャーズ作
"The Hero of Little Street" by Gregory Rogers
Allen & Unwin, 2009 ISBN 978-1741145243
32pp.
"The Hero of Little Street" by Gregory Rogers
Amazonで詳細を見る
★2010年オーストラリア児童図書賞絵本部門受賞作

 そこにいる間だけは現実の世界を忘れられる空間──美術館には、日常とは少し違
う空気が流れているように感じたことはないだろうか。そして本当に魔法にかかって、
目の前にある絵の中に入ることができたら。そんな楽しい発想が絵本になった。
 ロンドンのある昼下がり。いじめっ子たちから隠れるため、主人公の男の子がたま
たま紛れ込んだのはトラファルガー広場にあるナショナル・ギャラリーだ。磨かれた
床に高い天井。絵画や彫刻に囲まれて、ひっそりとした部屋の中を歩いていくと、な
んと絵の中から犬が1匹飛び出してきた。一緒に追いかけっこやかくれんぼをして遊
んでいると、大きな絵の前に紙が1枚落ちているのに気がついた。落とし主はだれ?
と考えているうちに、犬がその絵の中に入り、君もおいでよと誘ってきた。そこで思
いきって入ってみると、オルガンのような楽器の前に、青いドレスを着た女の人が腰
かけていた──。
 丸顔にたれ眉、チャーリー・ブラウンを思わせる主人公は、2004年に発表された1
作目で16世紀のロンドンの町へ迷い込み、シェークスピアの『夏の夜の夢』の森を舞
台にした2作目で妖精になった。そして3作目の本作品では17世紀のオランダ、当時
活躍した画家フェルメールが描いた下町の中へ繰り出していく。現実ではいじめられ
っ子の主人公が、絵の中でどうやってヒーローになっていくのか。それは、見・て・
の・お楽しみ。そう、この作品には文字がない。そのかわり、主人公と犬がコマ割り
されたページの上でコミカルに生き生きと動き回っている。シンプルで軽妙なタッチ
の絵は、油絵で描かれた趣のある400年前の町をぐっと身近な世界に感じさせてくれ
る。だから、子どもたちは絵の中にすうっと入り込んで魔法の時間を楽しむことがで
きる。そして登場人物の表情や行動をひとつひとつ追いかけているうちに、いつしか
自分の言葉でストーリーを語りたくなっているだろう。
 作品に登場した有名な絵画は……ここでは秘密にしておこう。作者が届けたかった
のは、歴史や絵画の知識より、「この絵の向こうにはどんな世界が広がっているんだ
ろう?」という純粋な好奇心のはずだから。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【作】Gregory Rogers(グレゴリー・ロジャーズ):1957年生まれ。 Queensland
College of Art を卒業後、グラフィックデザイナーを経てフリーのイラストレータ
ーになる。絵本 "Way Home"(Libby Hathorn 文)で、1994年にオーストラリア人で
初のケイト・グリーナウェイ賞を受賞する。オーストラリアのブリスベン在住。

【参考】
▼グレゴリー・ロジャーズ紹介ページ(Allen & Unwin 内)
http://www.allenandunwin.com/default.aspx?page=312&author=230

▽オーストラリア児童図書賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/au/cbca/index.htm

                              (かまだゆうこ)

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2010年全米図書賞(児童書部門)最終候補作発表(受賞作の発表は11月17日の予定)
★2010年金の石筆賞発表
★2010年アウグスト賞ノミネート作品発表
★2010年カナダ総督文学賞(児童書部門)最終候補作発表
                      (受賞作の発表は11月17日の予定)
★2010年スペイン国民児童文学賞発表
★2010年ブックトラスト・ティーンエイジ賞発表
★2011年カーネギー賞ロングリスト発表
★2011年ケイト・グリーナウェイ賞ロングリスト発表
(カーネギー賞および、ケイト・グリーナウェイ賞ショートリストの発表は
               2011年4月8日、受賞作の発表は6月23日の予定)
★2010年度ニューヨークタイムズ・ベストイラスト賞発表

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 北海道立帯広美術館「ベルギー絵本作家展」
 石川県七尾美術館「2010イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」 など

★講座・講演会情報
 メリーゴーランド「谷川俊太郎さん&賢作さん講演&ライブ」
 岡山子どもの本の会「脇明子さん講演会」 など

★イベント情報
 とりぎん文化会館「絵本ワールドinとっとり2010」 など

 詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、
空席状況については各自ご確認願います。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event

                           (冬木恵子/笹山裕子)

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●世界のお祭り●第23回 ディワリ(ヒンドゥー教) 今年は11月5日〜11月9日
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 お祭りの多いインドでも、人々がもっとも楽しみにしているのが、今回ご紹介する
「ディワリ」です。毎年10月下旬から11月上旬(ヒンドゥー暦でカーティック月)の
新月の日に祝われます。この祭りは、サンスクリット語では「ディーパヴァリ(灯明
の列)」といわれるだけあって、いにしえより無数の灯明が夜を彩ってきた美しい祭
りです。ヒンドゥー教徒にとって闇は悪を、光は知識を意味しており、この祭りには、
人々の知識や精神で悪を打ち破る、という意味があります。
 祭りの準備は、壁を白く塗り替えたり、大掃除をしたりするところから始まります。
そして、素焼きの小皿ディヤに、ギー(精製バター)を満たし、綿で芯を作って灯り
をともします。ろうそくと違って、ディヤの灯りはなかなか消えないそうです。昔は
このディヤで作った灯明がほとんどでしたが、近年は家や庭を電飾で飾ることも多く
なりました。明るく輝く家には、富と幸運の女神ラクシュミーがやってくるといわれ
ているため、女神に迷うことなく自分の家や店に来てもらおうと、人々は家の電気を
つけっぱなしにし、窓や戸も開け放ちます。また、玄関先にはカラフルな原色の細か
い砂や米粉などで、花や幾何学模様などの吉祥文様を描きます。この絵は地方によっ
てランゴリ、コーラム、マンダナなどと呼び名が異なり、もともとは花嫁修業のひと
つで、代々母から娘へと受け継がれてきたものでした。
 祭りの期間は仕事も休みになるところが多く、故郷に帰る人もたくさんいます。家
族全員が新しい服を用意し、親戚や友人同士で交換する贈り物やお菓子の準備もしま
す。本誌2009年2月号で取り上げたホーリー祭でもご紹介したとおり、ヒンドゥー教
のお祭りには甘いお菓子が欠かせません。半生ミルク菓子のバルフィをはじめ、かり
んとうのようなシャンカルパラ、スパイスの効いたクラッカーのようなマタリ、小麦
粉、バター、牛乳、ナッツ、砂糖などを炒めたシーラ、バドゥーシャと呼ばれるシロ
ップ漬けのドーナツなどが用意されます。
 この祭りは、パンジャーブ州などの北インドでは、その昔国外追放されていたラー
マ王子が祖国に凱旋したことを祝い、西ベンガル州ではクリシュナ神が悪魔ナラカス
ラを退治したことを祝うなど、なにを祝うかについては地方によって違いがあります。
また、地方によって祭りの日数やその日の持つ意味にも若干違いが見られます。ディ
ワリは5日間続くことが多いのですが、西インド地方の人々にとっては初日に重要な
意味があり、商売繁栄を祈ります。マハーラーシュトラ州の人々は、2日目の夜明け
前、ベサン粉(ひよこ豆を挽いた粉)にチャンダンパウダー(白檀の木を削った粉)
やローズウォーターを混ぜて作ったペーストで全身をパックし、体を清めるそうです。
3日目(もしくは祭りの中日)には、多くの地方で女神ラクシュミーに祈りを捧げる
「ラクシュミー・プージャ」が行われます。ラクシュミー像の前にお供え物をし、サ
ンスクリット語のマントラを唱えます。プージャが終わると、お供え物をみんなで分
かち合い、一晩中ごちそうを食べ、花火をしたり爆竹を鳴らしたりして楽しみます。
4日目もしくは5日目は、兄弟姉妹が互いに訪問しあうことが多いそうです。
 1940年代のインドを舞台にした『図書室からはじまる愛』(パドマ・ヴェンカトラ
マン作/小梨直訳/白水社)には、ディワリだけでなく、クリシュナ・ジャヤンティ
やガネーシャ・チャトゥルティーなど、ヒンドゥー教のお祭りがたくさん出てきます。
主人公の少女ヴィドヤは、医者だった父親が不当な暴力を受けて重い障害を負ったた
め、それまでの何不自由ないお嬢さま生活から父方の祖父の家庭の居候へと、生活が
一変してしまいます。いつもなら祭りのために新調してもらえるサリーも、今年は新
調してもらえそうもありません。そんなヴィドヤに母が声をかける場面です。

*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
 母がわたしを抱き寄せた。「ごめんなさいね」それ以上、言ってほしくなかった。
「いいのよ。もうたくさん持ってるもの。第一、ディーパヴァリは内なる光のお祭り
でしょう。新しい服で着飾るためのお祭りじゃない」
 母はうれしそうに、にっこりした。「お祈りは、ちゃんとしないとね」言われて、
わたしはうなずいた。
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*

 灯明が揺れる静かな祭りから、爆竹で騒ぐにぎやかな祭りへと、ディワリも時代と
ともにその姿を変えてきたようですが、インドの人々にとって、神に祈りを捧げ、自
分の内なる光を見つめ直す祭りであることは、今も昔も変わらないようです。

★参考文献・ウェブサイト
『シリーズ世界のお祭り8 ヒンズー教のお祭り』
           (スワスティー・ミッタル著/溝上富夫監訳/同朋舎出版)
『ヒンドゥー教』(山下博司編/講談社)
ASKSiddhi インドをもっと知ろう!
http://jp.asksiddhi.in/
インドチャネル
http://www.indochannel.jp/culture/festival/01.html
Society for the Confluence of Festivals in India
http://www.diwalifestival.org/

                           (村上利佳/笹山裕子)

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●追悼:エヴァ・イボットソン●居場所を求める者にハッピーエンドをくれた作家
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 1925年、オーストリアのウィーンでユダヤ系の生理学者と劇作家との間に生まれた
エヴァ・イボットソンは、わずか2歳で両親の離婚を経験。以来、父、母、祖父母の
家を転々とするさびしい幼少期を過ごした。さらに、8歳の頃、ヒトラーの脅威から
逃れるため家族でイギリスへ移住し、彼女は愛する故郷も失った。そんなエヴァがよ
うやく落ちついた先は、"The Dragonfly Pool"(未訳)に登場する寄宿学校のモデル
で、進歩主義をうたうダーティントンホール校だった。自由な校風と子どもの自主性
を尊重する教育方針が彼女にぴったりだったのだろう。その後ケンブリッジの大学院
で父と同じ生理学者を目指したが、動物実験がつらくて悩んでいたところを昆虫学者
のアラン・イボットソンに救われる。大学院を中退し、彼のお嫁さんになったのだ。
息子3人と娘1人に恵まれ、夫婦はほぼ50年つれそった。生き物のすみかをしりつく
すアランは、散歩の途中で石を裏返してはエヴァに美しい別世界をのぞかせてくれた。
 エヴァは早くから脚本や女性誌向けの短編を書いていた。ところが初めての児童書 
"The Great Ghost Rescue"(未訳、映画は2011年公開予定)を発表したのは、なんと
50歳の時だったという。つづく『黒魔女コンテスト』(三辺律子訳/偕成社)では大
魔法使いのお見合い大作戦を描き、カーネギー賞次点作品に選ばれた。妙に人間味
(?!)あふれる幽霊や魔女が登場し、ウィットのきいた会話や描写によって、万人
が笑える物語がうまれ、大人気を得た。それからも彼女の作品は各児童文学賞の候補
に何度もあがっている。また、故郷オーストリアの田園風景などを背景にしたロマン
ス小説を書いており、米国ではYA読者に人気が高い。
 しかし、晩年になって夫を亡くした悲しみから、一時ユーモラスな物語が書けなく
なり、作風が変容した。そのときにうまれたのが最高傑作といわれる、スマーティー
ズ賞金賞の『夢の彼方への旅』(三辺律子訳/偕成社)。20世紀初めのアマゾン川流
域で独自の楽園を見いだす子どもと大人の冒険ロマンだ。古典を思いおこさせる正統
派児童文学に安心感をおぼえる。
 最新作の "The Ogre of Oglefort"(未訳)は本年度のガーディアン賞ショートリ
ストとロアルド・ダールのおもしろい本で賞(Roald Dahl Funny Prize)の候補にあ
がった。さまざまな理由から故郷を追われたかわいそうな魔女やトロルたちは、あき
らめてほかの風変わりな下宿人たちとひとつ屋根の下に暮らしていた。ふしぎなもの
たちが集まる魔法大会に出席するため、魔女とトロルとマザコン魔法使い、そして急
きょ魔女の使い魔となった孤児院の少年からなる4人組ででかけた。そこではおそろ
しく年老いた運命の女神、ノルニルたちが透視を間違え、「姫を人食い鬼のオグルか
ら救え」と彼らに命じた。おびえつつオグルの城へ到着した4人組を迎えたのは、人
食いどころか、菜食主義のオグル。姫も王子様との結婚や王女業はまっぴらだと言い
はる。こういう意外な展開こそエヴァが得意とするところ。愛妻を亡くしたオグルは
床にふせっており、もう先が長くないと言う。彼の財産を分けるためにおば3人がお
城に呼ばれた。オグルのおばとはつまり、鬼婆だ。さあ、大変。だが心配はご無用。
エヴァの物語は必ずハッピーエンドと決まっているから……。住みなれた家を追われ
る辛さ、つれあいを亡くした悲しみ。そしてその気持ちを癒やしてくれるものとは?
著者自身の生き方や生活史、作品を書いたときの心境、そして聡明な女性が長い一生
のなかで培った智恵がうかがえる。
 ひとは何があれば幸せと感じるのだろう。気の合う仲間と落ちつく居場所があり、
生きがいとなる仕事をすることではないか。逆にこれらが満たされていなければ、い
くら財産や名誉を与えられても、物足りなさに悩むのではないか。結局、エヴァ・イ
ボットソンのいうハッピーエンドとは、ここに至る。エヴァの児童書から感じられる
温かさと優しさは、もはや現代風の児童書にはない古風なものかもしれない。
 2010年10月20日、エヴァ・イボットソンはニューカッスルの自宅で静かに息を引き
とり、夫アランのもとへ旅立った。ひとり、またひとりと20世紀イギリスの児童文学
を支えてきた作家たちがいなくなり、さびしい。だが彼らが魂を注ぎ込んだ素晴しい
作品の数々はずっとわたしたちの手元に残る。これからも大切に読み返していきたい。
最後の作品となる "One Dog and His Boy" は2011年5月出版予定。

【参考】
▼エヴァ・イボットソンのリーディング・ガイド(Penguin Group 内)
http://www.penguinputnam.com/static/rguides/us/eva_ibbotson.html

▼エヴァ・イボットソンのインタビュー(Indie Bound 内)
http://www.indiebound.org/author-interviews/ibbotsoneva

▼エヴァ・イボットソン関連記事(The Guardian 内)
http://www.guardian.co.uk/books/eva-ibbotson

▼"The Great Ghost Rescue" 映画公式ウェブサイト
http://www.thegreatghostrescue.com/

▽エヴァ・イボットソン作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/i/eibbotso.htm

                                (池上小湖)

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●読者の広場●海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 今月は編集部からちょっとした報告をさせていただきます。

 さる10月15日、「やまねこ翻訳クラブの授業」が行われました。
 この催しは、早稲田大学文学学術院の教授であり翻訳家の松永美穂さん(本誌2010
年7月号「プロに訊く」参照)が担当されている「翻訳論」ゼミの中でのこと。松永
さんのゼミでは、年に何度か翻訳や出版に携る方々をゲスト講師に迎えて授業が行わ
れるそうです。
 きっかけは昨年12月、編集部から松永さんに、第12回やまねこ賞絵本部門の大賞受
賞の連絡をしたことでした。メールのやり取りの中で、松永さんがやまねこ翻訳クラ
ブの活動にご興味を示され、授業にとお誘いくださったのです。
 授業には、本誌の歴代編集長から4人が参加しました。それぞれが翻訳を志すまで
のエピソードを交えながら、やまねこ翻訳クラブに入会したきっかけ、クラブの活動
内容の紹介、「月刊児童文学翻訳」創刊時の話、インタビューや出版社取材から翻訳
の仕事をいただけるようになったり、翻訳家の方とつながりができたりしたことを、
リレー形式の語りで進めていきました。さらに本誌スタッフが執筆に参加した『大人
のファンタジー読本』(マッグガーデン)を紹介しました。
 授業に参加された30人ほどの学生さんたちは熱心に話に耳を傾けながら、メモを取
ったり、私たちが持参した原書や本を見たりしていました。松永さんによると、将来
は翻訳家や編集者を目指している方が多いそうです。
 授業の内容を考えることは、私たちにも自分たちの原点や歩いてきた道を振り返る
いい機会となりました。今回の授業が学生さんたちの心に何かを残すことができ、少
しでも将来の参考になればうれしく思います。
 貴重な機会をくださった松永美穂さんに、心から感謝を申し上げます。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 このコーナーでは、海外児童書にまつわるお話、ご質問、ご意見等を募集していま
す。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せください。

※メールはなるべく400字以内で、ペンネームをつけてお送りください。
※タイトルには必ず「読者の広場」とお入れください。
※掲載時には、趣旨を変えない範囲で文章を改変させていただく場合があります。
※回答も読者のみなさまから募集し、こちらに掲載させていただきます。原則的に編
集部からメールでの回答はいたしませんので、ご了承ください。

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●お知らせ●

 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。
こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。
http://www.yamaneko.org/info/order.htm
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
           ・☆・〜 次 号 予 告 〜・☆・

 12月号ではいよいよやまねこ賞の発表! 今年会員にもっとも愛された作品は?
 詳細は10日頃、やまねこ翻訳クラブHPメニューページに掲載します。
          http://www.yamaneko.org/info/index.htm
 どうぞお楽しみに!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▽▲▽▲▽   海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽

  やまねこ翻訳クラブ(yagisan@yamaneko.org)までお気軽にご相談ください。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     ☆☆ FOSSIL 〜 Made in USA のカジュアルウオッチ ☆☆
「FOSSIL は化石って意味でしょ? レトロ調の時計なの?」 これは創業者の父親が
FOSSIL(石頭、がんこ者)というあだ名だったことから誕生したブランド名。オーソ
ドックスからユニークまで様々なテイストの時計がいずれもお手頃価格で揃います。
2005年より新しいスローガン "What Vintage are you?" を掲げ、更にパワーアップ
した商品ラインナップでキャンペーンを展開。Vintage を表現する重要なツールが
TIN CAN(ブリキの缶)のパッケージです。年間200種類以上の新しいTIN CAN が発表
され、時計のデザイン同様、常に世界中のコレクターから注目を集めています。
http://www.fossil.co.jp/      (株)フォッシルジャパン:TEL 03-5992-4611
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
          吉田真澄の児童書紹介メールマガジン
             「子どもの本だより」
     http://www.litrans.net/maplestreet/kodomo/info/index.htm
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
★☆       出版翻訳ネットワーク・メープルストリート       ☆★
        http://www.litrans.net/maplestreet/index.htm
新刊情報・イベント情報などを掲載いたします。詳細はmaple2003@litrans.netまで。

       出版翻訳ネットワークは出版翻訳のポータルサイトです
             http://www.litrans.net/ 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     ★☆メールマガジン『海外ミステリ通信』 隔月15日発行☆★
          http://www.litrans.net/whodunit/mag/
未訳書から邦訳新刊まで、あらゆる海外ミステリの情報を厳選して紹介。翻訳家や
編集者の方々へのインタビューもあります!    〈フーダニット翻訳倶楽部〉
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
*=*=*=*=*=*= やまねこ翻訳クラブ発行メールマガジン&ウェブジン =*=*=*=*=*=*

★やまねこアクチベーター(毎月20日発行/無料)
  やまねこ翻訳クラブのHOTな話題をご提供します!
                 http://www.yamaneko.org/mgzn/acti/index.htm

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●編集後記●今年もやまねこ賞投票の時期がやってきました。1年間の読書とともに、
自分自身をもふりかえる大切な機会になっています。集計の結果は12月号でお届けし
ますので、お楽しみに。(う)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
発行人 かまだゆうこ(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人 植村わらび/井原美穂(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画 池上小湖 石田景子 岡田衣央 尾被ほっぽ 加賀田睦美 かまだゆうこ
    蒲池由佳 児玉敦子 笹山裕子 平野麻紗 冬木恵子 村上利佳 横山和江
協 力 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内
    ながさわくにお
    html版担当 ぐりぐら
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・このメールマガジンは、「まぐまぐ」( http://www.mag2.com/ )を利用して配信
しています。購読のお申し込み、解除もこちらからどうぞ。
・バックナンバーは、http://www.yamaneko.org/mgzn/ でご覧いただけます。
・ご意見・ご感想は mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せください。
・無断転載を禁じます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


メニュー「月刊児童文学翻訳」バックナンバー>2010年11月号   オンライン書店

Copyright (c) 2010 yamaneko honyaku club. All rights reserved.

やまねこ翻訳クラブロゴ