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2013年6月号
   =====☆                    ☆=====
  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
                                No.149
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2013年6月15日発行 配信数 2380 無料 
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●2013年6月号もくじ●
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◎特集:カーネギー賞ショートリスト作品レビュー
 "A Greyhound of a Girl" ロディ・ドイル作
 "Midwinterblood" マーカス・セジウィック作
◎賞速報
◎イベント速報
◎追悼:E・L・カニグズバーグ
 レビュー:『魔女ジェニファとわたし』
                   E・L・カニグズバーグ作/松永ふみ子訳
◎お菓子の旅:第62回 3週間も我慢できない! 〜ホットファッジサンデー〜
◎読者の広場

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●特集●カーネギー賞ショートリスト作品レビュー
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 3月12日に発表されたカーネギー賞ショートリスト(最終候補作品)より、レビ
ューを2本お届けする。受賞作品の発表および授賞式は、6月19日に行われる予定。

▼カーネギー賞公式ウェブサイト
http://www.carnegiegreenaway.org.uk/carnegie/

▽カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞ショートリスト(最終候補作品)一覧
                            (本誌2013年4月号)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2013/04.htm#sokuho

※編集部より
 当クラブでは、読書室掲示板にて「カーネギー賞&ケイト・グリーナウェイ賞候補
作品を読もう会」を開催中です。
http://www.yamaneko.or.tv/open/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=3731;id=dokusho

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ "A Greyhound of a Girl" 『ひいおばあちゃんがやってきた』(仮題) by Roddy Doyle ロディ・ドイル作 Marion Lloyd Books, 2011, ISBN 978-1407131658 (Kindle) Marion Lloyd Books, 2012, 176pp. ISBN 978-1407129341 (PB) ★2012年CBI最優秀児童図書賞ショートリスト作品 ★2012年ガーディアン賞ショートリスト作品 ★2013年カーネギー賞ショートリスト作品 (このレビューは Kindle 版を参照して書かれています) Amazonで詳細を見る  12歳の少女メアリーは、家族と共にアイルランドのダブリンで暮らしている。大好 きなおばあちゃんは病気で入院中。メアリーは毎日のようにママとお見舞いに行って いた。そんなある日、メアリーは古めかしい格好をした風変わりな女の人に出会う。 どうやらおばあちゃんの知り合いらしい。ところが、タンジーと名乗るこの女の人の 話をママにすると、急にママの様子が変わる。おばあちゃんがまだ幼いときに亡くな った、メアリーのひいおばあちゃんにあたる人が同じ名前だったのだ。なんとタンジ ーは、ひいおばあちゃんの幽霊だった。  どんなに互いを愛し、満ち足りた時間を過ごしてきた家族でも、必ず別れのときが 来る。メアリーも母も、祖母との別れが間近に迫っているのを感じて、漠然とした不 安を抱えている。祖母もまた、表面上は明るく振る舞っているが、死に対するおそれ をぬぐいさることができない。そんなとき、曽祖母タンジーの幽霊が3人の前に現れ た。姿を消すことができたり、電気を嫌がったりするところはいかにも幽霊らしいが、 自分より年老いた娘をたしなめる口調は母親そのもの。快活で、ユーモアにあふれる タンジーは、メアリーたち家族の心をたちまち解きほぐしていく。  タンジーが出現したことで、メアリーたちはそれぞれの立場から家族が歩んできた 日々を振り返り、死によって何もかもが失われてしまうわけではないことに気づく。 共に過ごした幸せな時間は思い出として残り、深い愛情は死後も家族を支え続けるの だ。死との向き合い方が作品の主なテーマとなってはいるが、死してなお家族を結ぶ 絆のほうが強く感じられ、作品全体を不思議とあたたかなものにしている。  物語はメアリーを中心に展開し、その間に、母、祖母、曽祖母の過去のエピソード が効果的に挟まっている。4世代の女性の人柄や心情が丁寧に描かれているとともに、 なにげない会話のやりとりがこの4人をいっそうリアルで身近な存在にしていて、親 しみがわいた。台所で繰り広げられるメアリー親子のおしゃべりにくすりとさせられ たり、わずかな時間しか一緒にいられなかったタンジー親子の悲しみに触れてほろり とさせられたりしながら、自分自身も家族のことを思わずにはいられなかった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【作】Roddy Doyle(ロディ・ドイル):1958年、アイルランドのダブリンに生まれ る。英語と地理の教師をしながら執筆活動を開始し、1993年、"Paddy Clarke Ha Ha Ha"(『パディ・クラーク ハハハ』実川元子訳/キネマ旬報社)でブッカー賞を受 賞。大人向けの長編小説、短編小説、児童書から脚本に至るまで、アイルランドを舞 台にした作品を多く手掛けている。 【参考】 ▼ロディ・ドイル紹介ページ(Scholastic 内) http://www5.scholastic.co.uk/zone/authors_r-doyle_biog.htm                                 (平野麻紗) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ "Midwinterblood" 『冬至の夜、血は流れる』(仮題) by Marcus Sedgwick マーカス・セジウィック作 Indigo, 2011, 275pp. ISBN 978-1780620206 (PB) ★2013年カーネギー賞ショートリスト作品 Amazonで詳細を見る  2073年、ジャーナリストのエリックが、はるか北の小さな島ブレストを訪れるとこ ろから、物語は始まる。旅の目的は、島の住民が年を取らないという噂の真相をさぐ ることだ。美しいがどこか奇妙なその土地では、電子機器が作動せず、人々は友好的 なようでよそよそしい。島の女性マールに出会った瞬間、エリックは強く惹かれ、そ して思った。自分は確かにこの女性を知っている! 続く第2話では、2011年のブレ スト島で、考古学者が発掘作業を行っている。第1話とは全くちがう話のようだが、 発掘現場に顔を出す少年の名はエリックで、その母はマールだ。彼らは先に登場した ふたりと関係があるのだろうか?  本書はスウェーデンの画家カール・ラーションによる絵画「冬至の生贄」をベース にした、壮大な愛の物語である。はるか昔に引き裂かれたふたつの魂が、時を超えて 幾度となく求め合う。そんな設定にふさわしく、とてもロマンチックな話だが、それ だけではない。セジウィックの作品らしく、血なまぐさく超自然的な世界がミックス されているのだ。野ウサギのモチーフは、ぬいぐるみ、骨のお守り、さらには気がふ れた女の変身後の姿など、形を変えてくり返し現れる。竜に似た奇怪な姿の花は秘め られた力をもち、詩的な名前を与えられた月がそれぞれの話を照らしだす。事細かに 描かれた生贄の儀式は、ひどく生々しい。積み重ねられたディテールが、独特の雰囲 気を作り出している。  特筆すべきは、その構成だろう。7つの短編から成る物語は、未来から古代へ、次 第に時代をさかのぼっていく。舞台は常にブレスト島で、必ずエリックとマールらし き人物が登場するが、その間柄は親子、兄妹、恋人、画家と少女などさまざまだ。各 話は独立しているものの、読み進めるうちに次々と共通項が浮かびあがってくる。そ して第7話に達したとき、すべての謎が明らかになり、クライマックスを迎えるのだ。  読後、インターネット上の「冬至の生贄」を眺めながら、物語の余韻に浸った。た とえば恋人と、家族と、友人と、別な時代に別な形で出会っていないと、誰が断言で きるだろう? セジウィックの紡ぎだす怪しくも美しい世界を、ぜひ味わってほしい。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【作】Marcus Sedgwick(マーカス・セジウィック):1968年英国ケント生まれ。 2002年ガーディアン賞およびカーネギー賞のショートリストに選ばれた "The Dark Horse"(『ザ・ダークホース』唐沢則幸訳/理論社)、2007年ブックトラスト・ティ ーンエイジ賞受賞作 "My Swordhand is Singing"(『ソードハンド 闇の血族』西田 登訳/あかね書房)など、多数のヤングアダルト作品を執筆している。 【参考】 ▼マーカス・セジウィック公式ウェブサイト http://www.marcussedgwick.com/                                 (佐藤淑子)

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●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2013年イタリア・アンデルセン賞受賞作品発表
★2012年度アンドレ・ノートン賞発表
★2013年LIANZA児童図書賞候補作品発表(受賞作品の発表は8月5日の予定)
★2013年ミソピーイク賞児童書部門最終候補作品発表
                     (受賞作品の発表は7月14日の予定)
★2013年バンカレリーノ賞発表
★2013年ガーディアン賞ロングリスト発表(例年10月に受賞作品が発表される)
★2012年チェント賞発表
★2013年ボストングローブ・ホーンブック賞発表
★2013-2015年子どものためのローリエット(Children's Laureate)発表

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

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●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 Black bird White bird
  「ウィスット・ポンニミット絵本原画展『そらをみあげるチャバーちゃん』」
 足利市立美術館
  「ブラティスラヴァ世界絵本原画展―広がる絵本のかたち―」 など

★講演会情報
 教文館 子どもの本のみせ ナルニア国「石井聖岳さん トーク&サイン会」
 ジュンク堂書店池袋本店
  「トークイベント『ボローニャ・ブックフェア 50年の歩み』」 など

★イベント情報
 第20回東京国際ブックフェア など

 詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、
空席状況については各自ご確認願います。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event

                           (笹山裕子/冬木恵子)

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●追悼:E・L・カニグズバーグ●12歳の葛藤をウィットをこめて描いた作家
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■人と作品■

 去る4月19日、E・L・カニグズバーグが83歳で亡くなった。カニグズバーグは
1967年に "Jennifer, Hecate, Macbeth, William McKinley, and Me, Elizabeth"
(『魔女ジェニファとわたし』松永ふみ子訳/岩波書店)および "From the
Mixed-up Files of Mrs. Basil E. Frankweiler"(『クローディアの秘密』松永ふみ
子訳/岩波書店)を相次いで発表して作家デビュー。翌1968年、『クローディア〜』
でニューベリー賞を受賞し、『魔女ジェニファ〜』がオナー(次点)に選ばれた。今
日にいたるまで、本賞とオナーを同時に手にした作家はほかにいない。さらに29年後
の1997年には、"The View from Saturday"(『ティーパーティーの謎』金原瑞人・小
島希里訳/岩波書店)で2度めのニューベリー賞を受賞。作品の多くで思春期の一歩
手前に立つ12歳前後の子どもたちを描いたカニグズバーグは、まさにアメリカを代表
する児童文学作家だった。

 カニグズバーグ作品に登場するのは、アメリカの郊外に住むふつうの子どもたち。
作者自身、子どものころ『メアリー・ポピンズ』や『秘密の花園』を読んで、召し使
いもいなければ屋敷住まいでもない自分の暮らしのほうが、おかしいのではないかと
思っていたと最初のニューベリー賞受賞スピーチで語っている。だからこそ自分の子
どもたちのために「郊外の住宅地の暮らしがどんなかを」そして「外は快適でも中は
全然そうじゃない」ということを書こうと思ったのだと("Talk, Talk: A 
Children's Book Author Speaks to Grown-Ups"『トーク・トーク カニグズバーグ
講演集』清水真砂子訳/岩波書店)。

 快適でない理由はさまざまだ。クローディアは、「ただオール5のクローディア・
キンケイドでいることがいやになった」から家出をはかった。"Up From Jericho Tel"
(『エリコの丘から』金原瑞人・小島希里訳/岩波書店)のジーンマリーは、母子家
庭でトレーラーハウス暮らしのうえ、転校生。両親とともにふつうの家に住み、小さ
いころからお互いに知り合いの「クローン」のような同級生たちになじめない。そし
て『ティーパーティーの謎』のインド系アメリカ人、ジュリアン・シンは、見た目も
言葉もふるまいも周りの子たちとちがうせいで、いじめにあう……。事情はそれぞれ
ちがえど、疎外感や、友人を求める気持ちは共通している。

 そこにはおそらく、カニグズバーグ自身の生い立ちが大きくかかわっていると思わ
れる。ハンガリー系ユダヤ人の家庭に生まれて、ペンシルベニア州の小さな町に育ち、
地元の高校を主席で卒業。当時、女性としては珍しかった理科系に進んで、カーネギ
ー工科大学(現在のカーネギーメロン大学)化学科を卒業する。子どもの世界では、
足の速い子や体の大きい子は人気者になれても、勉強のできる子はなぜか敬遠される
ことが多い。秀でたところがひとつあるという点では、かけっこの1等賞もオール5
のクローディアも同等なのに。そんなわけで、子ども時代のカニグズバーグがアウト
サイダーであったことは想像に難くない。

 しかしカニグズバーグは、作中の子どもたちのかかえる悩みを、ことさら自分の生
い立ちに重ねようとはしなかった。『トーク・トーク』では、「初めて孤独を知り、
ひとりでいいから友だちがほしいと願った」子ども時代に何度か軽くふれている。し
かし、くわしく語ってはいない。それどころか訳者の清水真砂子氏もあとがきで指摘
するように、自分自身について語っているところはごくわずかといってもいいくらい
だ。むしろ成長期の子どもたちの心のなかでは、「みんなと同じになりたいという思
いと、誰ともちがう人間になりたいという思いがぶつかりあうのです」と述べている
ように、成長の過程で誰もが体験しうる普遍的な悩みだと考えていたにちがいない。
だからこそ彼女の作品は、国境を越えておおぜいの子どもたちに支持されてきたのだ
ろう。

 そしてカニグズバーグは作品のなかで、この同化と孤高という矛盾する望みのあい
だに「第三の小道」(『トーク・トーク』)を提示する。『クローディアの秘密』に
は、メトロポリタン美術館に家出したクローディアと弟のジェイミーが、日中、美術
館見学にくるさまざまな小学生グループに混じって学芸員の話をきく場面がある。そ
れによってふたりは「グループのそばにいながらけっしてその一部にならない技術」
を身につける。これなどは非常に象徴的な場面といえるのではないだろうか。

 ではグループのそばにいながら、そこに飲みこまれずにすっくと自分らしく立って
いるためには何が必要なのか。それがクローディアにとってはミケランジェロの天使
像の秘密だったし、『ティーパーティーの謎』の子どもたちにとっては、気の合う仲
間同士の秘密のお茶会だった。「秘密」は、カニグズバーグのほぼすべての作品に登
場するといってもいい重要なキーワードだ。心に豊かな秘密をいだいていれば、集団
のなかにあっても自分らしくいられる。ただし秘密というのは扱いが難しくて、
"Silent to the Bone"(『13歳の沈黙』小島希里訳/岩波書店)のブランウェルのよ
うにあまりにも危険な秘密をかかえこんでしまうと、心身を傷つけることにもなりか
ねない。かといって "About the B'nai Bagels"(『ベーグル・チームの作戦』松永
ふみ子訳/岩波書店)に登場する教育熱心な近所の母親のように、親子のあいだの秘
密を完全になくそうとすれば、自立をさまたげることになる。カニグズバーグは12歳、
13歳という特別な年齢の子どもたちの、いちばん微妙で、危険で、やわらかく、そし
て輝かしい一時期を、バラエティ豊かなプロットと、ウィットに富んだ文章で描きつ
づけた。わたしは大人になってからカニグズバーグに出会ったが、自分のなかにある
空っぽの池のようなものが、彼女の作品によって初めて満たされたと実感したのをお
ぼえている。

 カニグズバーグは亡くなってしまった。もう新しい作品を読むことはできない。で
ものこされた作品を読みかえせば、そのたびに新たな発見があっていくらでも深く味
わうことができる。わたしにとってカニグズバーグの作品は、心の芯を支えてくれる、
ミケランジェロの天使像のような存在なのだ。

【参考】
▼E・L・カニグズバーグ追悼記事(Publishers Weekly 内)
http://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/authors/obituaries/article/56904-e-l
-konigsburg-1930-2013.html

▼E・L・カニグズバーグ追悼記事(The New York Times 内)
http://www.nytimes.com/2013/04/23/books/e-l-konigsburg-author-is-dead-at-83.html
?_r=0

▽E・L・カニグズバーグ作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/k/elkonig.htm

                              (ないとうふみこ)

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■レビュー■

『魔女ジェニファとわたし』 E・L・カニグズバーグ作/松永ふみ子訳
岩波書店 定価672円(税込) 1989.03 189ページ ISBN 978-4001140842
"Jennifer, Hecate, Macbeth, William McKinley, and Me, Elizabeth"
by E. L. Konigsburg
Macmillan Publishing Company, 1967
Amazonで詳細を見る  hontoで詳細を見る  Amazonで原書を見る

 引っ越してきたばかりで、なかなか友だちのできない小学5年生のエリザベスは、
ひとりぼっちで登校中、同じ学校に通う黒人の女の子ジェニファに会う。風変わりで
大人びたジェニファもまた、同級生に溶け込めず、浮いている存在だった。そんなジ
ェニファに魔女なのだと打ち明けられ、エリザベスは弟子入りすることに。言い渡さ
れた最初の修行は、生卵を1週間食べ続けること(おえ!)と、ジェニファにゆで卵
をあげること(ん?)。こうして、魔女見習いの訓練とともに、秘密の友情が始まっ
た。どちらも、学校では相変わらず〈孤立〉しているものの、もう〈孤独〉ではない
のだった。ところが、ある日、魔法の飛び薬を作っているときに事件が起こり、ふた
りの間に亀裂が……。
 端的に言えば、孤独な少女たちの友情物語だ。だが、さすがはカニグズバーグ。こ
のありふれたテーマに、魔女や呪文といった謎めいたスパイスを練り込み、さらには、
ユーモアを随所に散りばめて、重層的な味わいを持つ作品に仕上げている。
 一筋縄ではいかない性格のせいで、ひとりぼっちでさびしいのに友だちをうまく作
れないふたり。そんな者同士が仲良くなるというプロットに説得力を持たせるため、
作者が用いたのが〈魔法〉だ。ふたりは、ジェニファが噴水のまわりに描いた「魔法
の輪」のなかで、ロウソクに火を灯し、指先の血を交わして、まずは契約によって結
ばれる。はじめは形から入ったエリザベスとジェニファだったが、飛び薬の材料を集
めたり、共に呪文を唱えたりしながら、その中身を徐々に、そしてしっかりと育んで
いく。つまり、ふたりの友情を芽生えさせたのが魔法なら、育てたのもまた魔法だっ
たのだ。
 魔法は、解けるのが常だ。だが、すでにふたりの絆は、魔法の助けなどなくても
(「魔女のふりなんか」しなくても)切れないほどに強くなっていた。さらには、魔
法から解き放たれたとき、ふたりは自らまとっていた殻を破り、ひとまわり成長する。
その結果、友だちの輪が広がるのだ。魔法をかける訓練をしていたジェニファとエリ
ザベスこそが、実はとびきり素敵な魔法にかかっていたというわけだ。

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【訳】松永ふみ子(まつなが ふみこ):1924年東京生まれ、1987年没。慶應義塾大
学図書館情報学科卒業。『クローディアの秘密』『ぼくと〈ジョージ〉』『ジョコン
ダ夫人の肖像』(いずれも岩波書店)などカニグズバーグ作品のほか、『白鳥のトラ
ンペット』(E・B・ホワイト作/福音館書店)や『キルディー小屋のアライグマ』
(ラザフォード・モンゴメリ作/福音館書店)など、児童文学作品を数多く翻訳した。

                                (相良倫子)

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●お菓子の旅●第62回 3週間も我慢できない! 〜ホットファッジサンデー〜
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The fact that her allowance was so small that it took her more than three
weeks of skipping hot fudge sundaes to save enough for train fare was
another example of injustice.

         "From the Mixed-up Files of Mrs. Basil E. Frankweiler"
                         by E. L. Konigsburg (1967)
                          Aladdin Paperbacks (2002)
          Amazonで原書を見る
         『クローディアの秘密』 
          E・L・カニグズバーグ作/松永ふみ子訳/岩波書店/1975年
          Amazonで詳細を見る  hontoで詳細を見る
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 引用は、追悼記事で紹介している『クローディアの秘密』から。クローディアは日
頃からさまざまな不公平を感じており、そのひとつが、おやつのホットファッジサン
デーを3週間以上我慢しないと家出の電車賃すら貯まらないお小遣いの少なさでした。
 アイスクリームと生クリームに甘いソースのとりあわせが絶妙な「サンデー」は、
アメリカでは定番のデザート。クローディアが好きなホットファッジサンデーは、あ
たたかいチョコレートソースがとろりとかかった人気の一品です。
 アメリカ生まれのお菓子の例にもれず、サンデーの発祥地争いもまた盛んです。な
かでも1881年説をとるウィスコンシン州トゥーリバーズと、現存最古の1892年の記事
が残るニューヨーク州イサカとの論争は、テレビニュースで全米に流れたほど。名前
の由来も、日曜に禁じられていたお酒や炭酸を使わないデザートとして生まれた、日
曜だけ売った、ゾンターク(ドイツ語で日曜の意味)という人が作った、とさまざま。
さらに、つづりが "sundae" なのは、安息日である日曜と同じ表記を避けたから、日
曜以外にも売るため、など、これまたさまざまで決着がつきません。
 そんな果てしない談義をよそに、ホットファッジサンデーの誕生地は、1906年にロ
サンゼルスで開業したアイスクリームショップC・C・ブラウンズとはっきりしてい
ます。創業者C・C・ブラウンが考案し、20年の歳月をかけて最高の味にたどりつき
ました。残念ながら1996年、お店は90年の歴史に幕を閉じましたが、秘伝のホットフ
ァッジソースだけは、継承者の手でいまも変わらぬ味のまま販売されています。
 今回は、あっさりめのファッジソースを使ったレシピをご紹介します。アイスクリ
ームは市販のものでも十分ですが、本コーナー第19回のレシピ(※)で手作りすれば、
格別の味が楽しめること請け合いです。そちらで登場している赤毛のアンには憧れだ
ったアイスクリームが、クローディアが暮らした1960年代のアメリカでは子どもがお
小遣いで買えるおやつになっているところに、時の流れを感じます。この世を去った
著者カニグズバーグがもしモンゴメリに会えたなら、きっとホットファッジサンデー
を紹介することでしょう。

*-* ホットファッジサンデーの作り方 *-*
                    画像はこちら(やまねこ翻訳クラブ喫茶室)
材料(4人分)

 バニラアイスクリーム    適量    〈ホットファッジソース〉
 *市販品、または第19回レシピ参照     生クリーム         100cc
 生クリーム         200cc     ライトコーンシロップ    50cc
 砂糖          小さじ2     ミルクチョコレート     130g
 素焼きアーモンド(砕く)  4個
 缶詰または生のチェリー   4個

1.生クリームに砂糖を加え、角が立つまで泡立てておく。
2.ソース用の生クリーム、ライトコーンシロップを小鍋に入れ、よく混ぜながら弱
  火でふつふつとなるまであたためる。
3.チョコレートを砕いて2の小鍋に加え、かき混ぜて溶かし、火からおろしておく。
4.アイスクリームを好みの器に形良く盛り、3でできたファッジソースをあたたか
  いままたっぷりかける。
5.1の生クリームをのせ、好みでさらにファッジソースをかけ、砕いたアーモンドを
  ふって、上にチェリーを飾る。

※「お菓子の旅」第19回 アイスクリーム
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2002/07a.htm#okashi

★参考ウェブサイト
C. C. Browns
http://www.ccbrowns.com/
The food timeline
http://www.foodtimeline.org/

お菓子の話題は喫茶室掲示板へどうぞ。
★「やまねこ翻訳クラブ喫茶室掲示板」
        http://www.yamaneko.or.tv/open/c-board/c-board.cgi?id=kissa

                   (冬木恵子/かまだゆうこ/加賀田睦美)

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●読者の広場● 海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ!
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 このコーナーでは、本誌に対するご感想・ご質問をはじめ、海外児童書にまつわる
お話、ご質問、ご意見等を募集しています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せ
ください。

※メールはなるべく400字以内で、ペンネームをつけてお送りください。
※タイトルには必ず「読者の広場」とお入れください。
※掲載時には、趣旨を変えない範囲で文章を改変させていただく場合があります。
※質問に対するお返事は、こちらに掲載させていただくことがあります。原則的に編
集部からメールでの回答はいたしませんので、ご了承ください。

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●お知らせ●

 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。
こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。
http://www.yamaneko.org/info/order.htm
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           ・☆・〜 次 号 予 告 〜・☆・

 7月号では、150号を記念してクラブ内で開催しているレビューコンテストの結果
を発表し、最優秀レビューを掲載いたします。
 詳細は10日頃、出版翻訳ネットワーク内「やまねこ翻訳クラブ情報」のページに掲
載します。どうぞお楽しみに!
          http://litrans.g.hatena.ne.jp/yamaneko1/

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▽▲▽▲▽   海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽

  やまねこ翻訳クラブ(yagisan@yamaneko.org)までお気軽にご相談ください。

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 独創的なデザインで世界100ヶ国以上で愛用されているフォッシルはアメリカを代
表するライフスタイルブランドです。1984年、時計メーカーとして始まったフォッシ
ルは時計をファッションアクセサリーの一つと考え、カジュアルな「TREND」ライン
からフォーマルなシーンにも使える「CERAMIC」など、年間300種類以上のモデルを発
売し続けています。またフォッシル直営店では、時計以外にもレザーバッグ、革小物、
ファッションサングラスなどのラインも展開しています。
TEL 03-5992-4611
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●編集後記●先月、Kindle を購入しました。あっという間に洋書がダウンロードで
きて、紙の本より安く、もちろん送料無料。読みやすさも評判通りでした。でも、こ
れを本と呼んでいいものか……。本好きとしては、複雑な気持ちです。(お)
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発 行 やまねこ翻訳クラブ
編集人 大作道子/植村わらび/蒲池由佳(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画 尾被ほっぽ 加賀田睦美 かまだゆうこ 小島明子 相良倫子 笹山裕子
    佐藤淑子 ないとうふみこ 平野麻紗 冬木恵子 村上利佳 森井理沙
協 力 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内
    あんこ からくっこ SUGO ながさわくにお ゆま
    html版担当 ayo
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