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月刊児童文学翻訳 増刊号 No.10

            やまねこ翻訳クラブ20周年記念
          〜トークイベント 千葉茂樹さんに聞く〜

                             2018年1月31日発行
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●もくじ●

レポート:やまねこ翻訳クラブ20周年記念トークイベント   千葉茂樹さんに聞く 〜やまねこ翻訳クラブとのかかわり、岩波書店との仕事〜 ◎トークイベント連動レビュー:  『どれがいちばんすき?』『こうえん』               ジェイムズ・スティーブンソン文・絵/千葉茂樹編訳  『スピニー通りの秘密の絵』              ローラ・マークス・フィッツジェラルド作/千葉茂樹訳
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●レポート●やまねこ翻訳クラブ20周年記念トークイベント
  千葉茂樹さんに聞く 〜やまねこ翻訳クラブとのかかわり、岩波書店との仕事〜

◆はじめに◆  やまねこ翻訳クラブは去る2017年10月に、創立から満20年を迎えた。記念に何か行 事をしようという企画が本格的に立ちあがったのは、じつはその半年前の5月初旬。 はじめの目標は「とりあえず大きな会場をひとつ確保して会員とゲストの懇親会をし たい。できればその近くでブックフェアとイベントも一度ぐらいできたらいいね」と いうひかえめなものだったが、各地の会員がそれぞれつてを頼ってブックフェアのお 願いに動きだしたら、なんと10か所もの書店や図書館で開催が決まった(注:2017年 に実施済みの分。2018年に開催されるものもある)。トークイベントも5か所で都合 8回行うことになり、ふだんから会員がお世話になっている翻訳家のこだまともこさ ん、金原瑞人さん、西崎憲さんにもご登壇いただいて、好評のうちに終えることがで きた。  11月26日のトークイベントは、なかでも大規模なものだった。懇親会の日取りがこ の日に決まったので、各地から集う会員のために大きめの会場を確保したのだ。講師 は、北海道にお住まいの翻訳家千葉茂樹さんと、岩波書店の須藤建さんにお願いする ことにした。千葉さんは、やまねこの立ち上げのころからずっと近くで見守ってくだ さっている方。例年11月初旬に仕事のため上京し、やまねこ会員とのオフ会にも出席 される。その上京の予定をなんとか月末にずらしていただけないかと無理をお願いし たところ、快諾してくださった。さらにご自身の訳された詩の絵本を「どなたかにお 願いして」朗読してもらうのもいいかも、というすてきなご提案も。ここに須藤さん から、読み手として「一番ふさわしいのは千葉さんでは」というナイスな突っ込みが 入って、千葉さん自身による詩の朗読という、すばらしい企画が実現することになっ た。さらにミュージシャンでもある西崎憲さんに朗読の伴奏をお願いしたところ、こ ちらもご快諾。じつは西崎さんもやまねこ翻訳クラブを創設当時からよくご存じで、 今回の20周年企画も最初から後押ししてくださっていたのだ。  かくして、誰もが胸をときめかせながら11月26日を迎えることになった。くわしい イベントの内容はぜひ、つぎのレポートでお読みください。 ▽やまねこ翻訳クラブ20周年特設サイト https://yamaneko20.jimdo.com/                              (ないとうふみこ) 【千葉茂樹さん(ちば しげき)さん】
 1959年北海道生まれ。出版社勤務を経た後、英米作品の翻訳に従事。絵本から
YAまで130冊以上の訳書がある。近刊に、『笑う化石の謎』(ピッパ・グッド 
ハート作/あすなろ書房)、『たのしいローマ数字』(デビッド・A・アドラー
文/エドワード・ミラー絵/光村教育図書)など。             
◆レポート◆  2017年11月26日、やまねこ翻訳クラブ20周年企画の一環として、クラブの会員を対 象にしたトークイベントが開催された。話し手は、翻訳家の千葉茂樹さんと、岩波書 店児童書編集部の編集者で、千葉さんの作品を多数担当されている須藤建さん。スペ シャルゲストは、翻訳、創作、編集、音楽などさまざまな分野で活躍中の西崎憲さん。 聞き手は、当クラブの会員で翻訳家のないとうふみこさんが務めた。  ふだん、あまりイベントなどには登壇されない千葉さんの話が聞けるとあって、多 くの会員から申し込みがあり、会場は椅子を足しての満席状態。やまねこたちの熱気 に包まれるなか、終始なごやかに進んだ2時間におよぶイベントの様子をお届けする。 〈やまねこ翻訳クラブとのつながり〉 ――おふたりの、やまねこ翻訳クラブとのつながりについて教えてください。 【須藤さん】(以下【須】):きっかけは、やまねこ翻訳クラブの読書会に参加させ てもらい、その際、クラブのメールマガジン「月刊児童文学翻訳」で取材していただ いたことです。読書会の課題本は『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』(フラン シスコ・X・ストーク作/千葉茂樹訳/岩波書店)でした。読者の感想を直接うかが う機会は少ないので、とても励みになりました。でも実は、以前からやまねこのサイ ト、特に資料室などはよく利用していました。 【千葉さん】(以下【千】):私はやまねこの前身、パソコン通信ニフティサーブ (現 @nifty)の「翻訳フォーラム」に所属していました。児童書編集者から翻訳者 になった1995年頃のことです。「翻訳フォーラム」のなかで児童書好きが集まりはじ めたので、編集者の視点から児童書翻訳の話などをしていました。今から考えると上 から目線の発言をしていたかな(笑)。 ――『ザ・ギバー 記憶を伝える者』(ロイス・ローリー作/掛川恭子訳/講談社) を課題本にした第1回のシノプシス勉強会では、アドバイスをいただきました。 【千】:シノプシスが長すぎるのではないかという話をしましたね。A4で1枚半も あればじゅうぶんではないかと。編集者の心をつかむ短いものをまず提出して、くわ しい話を聞きたいと思ってもらうのがいい。だらだらとあらすじを書いて、本当はお もしろいものがつまらなく見えちゃったら、損ですよね。  それから、だれに向けて書いているのか、という点を意識したほうがいいという話 もしました。シノプシスは、編集者や営業の人、ときには社の偉い人に対する本の売 り込みなのだから、マーケットに対する意識をもち、その本の対象がだれなのかを考 えなければいけないという話です。 【須】:私が所属している編集部では、シノプシスを読むのは担当編集者だけです。 私自身はシノプシスだけで出版を決めることはなく、英語のものなら自分でも原書を 読みますね。そのあとシノプシスを見ると、どこを端折っているのかなど、よくわか ります。 ――千葉さんからは長きにわたってさまざまなアドバイスをいただいてきました。北 海道にお住まいなので、現在も年に2回上京されるときは、やまねこで必ずオフ会を 開き、千葉さんを囲んで親睦を深めています。 【千】:オフ会といえば、最初の頃は「センダックってだれ? カニグズバーグって だれ?」なんていってる人もいて、これはまだまだ時間がかかるなと思っていたら、 半年後のオフ会ではその人が全部そのあたりを読み終えていて、どんどん情報通にな っていって……なんてこともありました。やっぱり勉強は大切だし、する意味はある と思いましたね。 〈千葉さん:編集者から翻訳者へ〉 ――千葉さんはもとは佑学社の編集者で、93年に退社されました。佑学社は『センス ・オブ・ワンダー』(レイチェル・カーソン作/上遠恵子訳)を日本で最初に紹介し た出版社です。千葉さんはこの本の編集を担当されたんですね。 【千】:あの本がなかったら、今の仕事にはついていなかったかもしれません。はじ まりは、大学入学後に原書でレイチェル・カーソンの『沈黙の春』を読んだことです。 すごく感銘を受けました。その後、編集者になったとき、カーソンの別の作品を訳し たり、評伝を書いたりされていた上遠恵子さんとお目にかかる機会がありました。そ の際『センス・オブ・ワンダー』のことを話題にしたら、原書をお持ちで見せていた だいたのです。それが本当にすばらしくて、絶対に日本で出版したいと思いました。 ただ、写真入りの大判の原書は、そのままの形で出版するととても高価なものになっ てしまいます。一度はあきらめかけましたが、先輩編集者からの励ましもあり、判型 を小さくし、新たに選んだ写真をそえて出版にこぎつけました。  おかげさまで多くの人に読んでいただき、正直いって、編集者としてこれ以上の仕 事はできないだろうとさえ思いました。そんなとき、上遠さんからある作品を訳さな いかとお話をいただいたのです。それが『夜の国 心の森羅万象をめぐって』(ロー レン・アイズリー作/上田理子共訳/工作舎)で、翻訳者としてのデビュー作となり ました。 〈千葉さん:持ち込みについて〉 ――初期の頃に出された本は、ほとんど持ち込みによるものだそうですね。 【千】:はい。96年に出た『ちいさな労働者 写真家ルイス・ハインの目がとらえた 子どもたち』(ラッセル・フリードマン作/ルイス・ハイン写真)は写真家の伝記で すが、あすなろ書房の社長さんがかつて写真家を目指していたことを知っていたので、 写真家の伝記ならお好きだろうと思って持ち込み、出版に至ったものです。 『心は高原に』(ウィリアム・サローヤン作/杉田比呂美絵)は、小峰書店の知り合 いの編集者さんが、短編集のシリーズを企画されていることを知り、サローヤンで短 いものはどうかと持ち込みました。このあたりは出版界につながりがあったので、ラ ッキーだったかもしれません。  99年刊行の『「イグルー」をつくる』(ウーリ・ステルツァー文・写真/あすなろ 書房)の原書は、札幌にある洋書専門の古本屋さんのワゴンで見つけたんですよ。 ――その話をうかがってから私もよくワゴンをのぞくんですが、めぼしいものは見つ からないんですよね(笑)。ジェイムズ・スティーブンソンが絵を描いている『あた まにつまった石ころが』(キャロル・オーティス・ハースト文/光村教育図書)も持 ち込みだとか。 【千】:地味な本だからか、数社に断られたのですが、光村教育図書さんから出して もらえました。ロングセラーになっていて、今は教科書にも入っています。ここ数年 で持ち込みから出版されたものだと、『スピニー通りの秘密の絵』(ローラ・マーク ス・フィッツジェラルド作/あすなろ書房 ※本誌本号「トークイベント連動レビュ ー」参照)がそうですね。新宿の紀伊國屋書店で見つけました。2018年の春に出版予 定の作品も、札幌の紀伊國屋書店で見つけて持ち込んだものです。 〈作品のタイトルはどうやって決まる?〉 ――千葉さんは作品のタイトルをご自分で決めることも多いのでしょうか? 『雲じ ゃらしの時間』(マロリー・ブラックマン作/あすなろ書房)などは、とても詩的な タイトルですよね。 【千】基本は出版社側にお任せしますが、「雲じゃらし」という訳語はわたしの創作 です。原題は "Cloud Busting" ですが、雲をいろんなものに見立てる話なので、じ ゃらしているのかな、と。 ――散文詩を集めたような作品ですが、タイトルも詩の一部みたいです。『マルセロ ・イン・ザ・リアルワールド』も、英文そのままという思い切ったタイトルで、おも しろいですね。これはどちらのご提案ですか? 【須】:この本は主人公のマルセロが独り立ちをする話なので、はじめ「マルセロの 出発」というタイトルをご提案したのですが、千葉さんに却下されました。「公開し てすぐ打ち切りになる単館映画みたいだ」って。(会場爆笑) 【千】:"Alice in Wonderland" のもじりでもあるのかと思い「リアルな国のマルセ ロ」もいいかなと考えたり。 【須】:「マルセロ」の部分を切った「イン・ザ・リアルワールド」はどうかという ご提案をいただいたり、「マルセロのリアルな世界」が候補になったりもしましたね。 編集会議で「マルセロ」はタイトルに入れたいという話になり、原題のままでも、簡 単だし伝わるのではないかということで、今の形に決まりました。 〈『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』について〉 【千】:「マルセロ」は、初めに岩波の別な編集者さんから頼まれて読みました。す ごくよかったんですけど、そのときはまだ STAMP BOOKS のレーベルがなかったこと もあり、単独ではどうかなと思って、強くは推せませんでした。その後、須藤さんか ら STAMP BOOKS の立ち上げの話をうかがい、そのラインナップに入れると聞いて、 それなら是非やらせてくださいといいました。 【須】:分量の問題もあったんですよね。原書で320ページくらいだったかな。ただ、 STAMP BOOKS には多少分量が多い作品でも入れたいと思っていたし、この作品は、や はり内容がすごくよかった。 ――「マルセロ」はアスペルガーの症状を持つ少年が主人公で、話し方に特徴があり ますが、訳すとき、そのあたりの苦労はありましたか? 【千】:アスペルガー症候群の特徴に、コミュニケーション能力が低くて人づきあい が苦手ということがあります。その特徴に沿って、マルセロの話し方をあれこれ考え ました。場の空気が読めなくて偉い人にもタメ口をきいちゃうというやり方もあると 思ったけど、一方で、アスペルガーの人には自分がこだわりをもつことには厳格なル ールをつくって、それに従うという面もあります。マルセロはそちらではないかと思 いました。目上の人、友だち、家族など、相手によって話し方を決めていると考えて 訳したのです。その上で、職場の先輩に対する話し方を少しずつ変えていくことで、 人間関係が変わっていくところまで表現できるのではないか、と。 〈千葉さん:翻訳者は王さまである〉 ――訳すときは、あまり時間をかけずに一気にやるそうですね。 【千】:悩んでいても仕方ないから、まずは1回通して訳してしまう。終わったとこ ろでプリントアウトして、今度はスイッチを切り替え、編集者の目で見直します。創 作をする人たちは、世界をつくりあげるわけだから神さまですが、翻訳者は王さまな んですよ、偉そうな言い方だけど。王さまとして、自分の国を完全に統治しなきゃい けない。うまくルールをつくって、それに従わせて、クーデターを起こさせないよう にして。大変なこともあるけど、王さまのつもりで国を隅々まで統治する。そういう 気構えでやるべきだと思ってます。そうすれば、在位期間も長くなる(笑)。 ――須藤さん、王さまから最初の原稿が届いたときはいかがでしたか? 【須】:覚えているのは、ちょっと気になった言葉をピックアップしてお伝えしたら、 敢えて粒立たせたい言葉は引っかかりができるようにしたので、そこに違和感をもっ たのなら、むしろ思った通りだから直しませんといわれました(笑)。 ――それはなかなかできないことだと思います。実際にゲラのやり取りで指摘された とき、どこまで聞くのか、どこからこれで行きますといえるのか、なかなか難しい。 千葉さんはそういう部分で、編集者としての経験が役立っていますか? 【千】:編集者さんが一生懸命考えてくださったことなので、基本はほぼ受け入れま す。ただ、これはゆずれない、その言葉は自分のなかからは出てこない、というもの に関しては断りますけどね。 〈ウィリアム・グリルの絵本とコープロ〉 ――千葉さんはウィリアム・グリルの絵本を2冊訳されています。『シャクルトンの 大漂流』と『カランポーのオオカミ王』で、どちらも岩波書店から刊行されました。 『シャクルトンの大漂流』はケイト・グリーナウェイ賞受賞作ですね。 【須】:出版を決めた後、受賞の知らせを受けました。 【千】:この本は気に入って、自分で持っていました。ただ、日本で出すとかなりコ ストがかかりそうだから無理かと思い、自分からは動きませんでした。だから須藤さ んから話をいただいて、すごくうれしかった。この作品は、なんといっても絵がすば らしいんです。細かいところと大胆なところと。 【須】:20世紀初頭、シャクルトンがエンデュアランス号で南極探検に挑んだ話をも とにしているわけですが、当時の日記や資料をみると、実はかなり悲惨で壮絶です。 でも、温かい絵柄のためか、この絵本にはどこか楽しそうなところがある。希望があ る終わり方もいいですね。  先ほどコストの話がありましたが、これは海外で印刷と製本を一気にやる国際共同 出版、いわゆるコープロという形をとっています。翻訳のスケジュールが決められて しまう点と、蓋を開けてみるまで仕上がりがわからないという点で、積極的にやりた くはないのですが、この本はどうしても出したくて。カバーをとると表紙は布張りで、 UVインキを使って立体感やツヤを出す加工がしてあり、日本で印刷製本したら高く なりすぎる。だから、やはりコープロでやるしかないと思いました。ラトビアという 初めての国での制作で、戦々恐々としていたのですが、出来あがってみたらすごく状 態がよくて、不良本もほとんどありませんでした。 【千】:別な本ですが、チェコで印刷製本をしたら、日本語のルビをゴミだと思われ て、みんな取られてしまったなんて話がありましたね。 【須】船ではるばる運ばれてくるため、予定通りに着くかという不安要素もあります。 『カランポーのオオカミ王』はリトアニアで制作されたのですが、船の関係で刊行が 予定より遅れてしまいました。 【千】:この作品は、以前訳した『シートン動物記「オオカミ王ロボ」』(アーネス ト・トンプソン・シートン作/学研プラス)と同じ題材を扱っていますが、少し切り 口が違います。ロボの視点から見ると、シートンは情け容赦がありません。賢いオオ カミを、知恵を使って殺してしまうわけですから。でも『カランポーのオオカミ王』 のほうはそこで終わらず、シートンがその後どんな行動をとったのか、後日談まで描 いている。そこが貴重だと思います。 〈ハックルベリー・フィンと古典新訳〉 【千】:2018年1月に『ハックルベリー・フィンの冒険』(マーク・トウェイン作) が岩波少年文庫から出ます。(※1月25日に刊行済み。)冒険物語として純粋に楽し める作品ですが、黒人奴隷ジムの逃亡を助ける話なので、差別用語の「ニガー」が 200か所以上出てきて、その処理をどうするか、微妙な問題を抱えている作品でもあ ります。既訳だと解説や注をつけて「黒んぼ」としているものが多いのですが、私は どんな解説や注をつけても「黒んぼ」という言葉自体を使いたくないと思いました。 「黒んぼ」が200回も出てきたら、子どもは使っていいんだと思うかもしれません。 それは絶対に嫌でした。  それから、既存の本では、ハックやジムの話し方が、うそっぽい方言で訳されてい るんですね。確かに原文も普通の文章ではないから、みなさん工夫されてそういう言 葉遣いにされたのだと思いますが、私はそれも嫌でした。もうひとつ、この仕事の話 をもらったとき、これは通させてほしいとお願いした点があります。それは、ハック の一人称を「ぼく」、トムの一人称を「おれ」にすること。既訳ではトムが「ぼく」 でハックは「おれ」とか「おら」が大半ですが、私はむしろ逆だと思うんです。原作 を読むと、トムのほうがオレ様キャラですから。 【須】:千葉さんの翻訳はすでにかなり進んでいて、私も目を通していますが、従来 のものとは印象ががらっと変わり、新鮮な感じがします。田舎の方言でしゃべってい ないので、今度のハックは今の子どもたちも身近に感じてもらえるんじゃないかと思 います。 〈ジェイムズ・スティーブンソンと詩の翻訳〉  トークイベントの最後には、詩の朗読というサプライズが用意されていた。2017年 3月に岩波書店から刊行されたジェイムズ・スティーブンソンの詩集『どれがいちば んすき?』と『こうえん』(※本誌本号「トークイベント連動レビュー」参照)は、 全7冊の詩集から抜粋した詩を2冊にまとめた、日本のみの新編集版とのこと。まず は『どれがいちばんすき?』より「かさ」「早春」「のうじょう」「じいちゃんいぬ」 の4編、『こうえん』より「ついに」の1編、計5編の詩を、当クラブ会員で翻訳家 の武富博子さんが英語で、ないとうふみこさんが日本語で朗読。そのあと、それぞれ の詩の訳について千葉さんがコメントしてくださった。 「かさ」の原文は三人称で書かれているが、かさの気持ちをきわだたせたくて、一人 称にしたとのこと。「早春」は、最初に訳してみたとき、訳文が5・7・5・7の形 式になっていると気づき、短歌にすることを思いついたそうだ。「のうじょう」では、 最後の一文で会場から笑いがもれた。スティーブンソンの隠れたユーモアをすくいと っているという、ないとうさんの説明に納得。「じいちゃんいぬ」は最初に思い浮か んだ訳文が、そのまま決定稿になったとのこと。「ついに」も思わず笑ってしまうユ ーモラスな詩だが、その雰囲気にぴったりの「わんこ」という訳語も、自然に頭に浮 かんできたそうだ。  締めくくりは、この5編を含めた16編の詩を、千葉さん自身の朗読と、西崎さんの ギターのコラボレーションで楽しむという、なんとも贅沢なクライマックス。プロジ ェクターで映しだされたスティーブンソンの絵を見ながら、千葉さんの言葉に耳をか たむける。西崎さんの奏でるギターの音色がときには効果音のように、ときには詩の 情景に寄り添うように千葉さんの言葉と合わさっていく。いつの間にかスティーブン ソンの詩の世界を全身で感じていた。思わず笑ったり、ちょっとしんみりしたり……。 みんなで共有した珠玉の時間だったように思う。やまねこ会員でよかった、トークイ ベントに参加してよかったと、あの場にいただれもが思ったのではないだろうか。  翻訳の仕事をしている会員や翻訳者を志す会員にとって、おおいに刺激となる話を 惜しげもなく披露してくださった千葉さん、須藤さん、すてきな演奏で詩の朗読を盛 りあげてくださった西崎さん、本当にありがとうございました。 【参考】 ▽出版社シリーズ研究:第3回 岩波書店「STAMP BOOKS」(本誌2014年3月号) http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2014/03.htm#series1 ▽『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』レビュー(本誌2013年9月号「特集」) http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2013/09.htm#hyomi1 ▽"Shackleton's Journey"(『シャクルトンの大漂流』原書)レビュー                         (本誌2015年7月号「特集」) http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2015/07.htm#mehon ▽"The Wolves of Currumpaw"(『カランポーのオオカミ王』原書)レビュー                        (本誌2017年4月号「賞情報」) http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2017/04.htm#mehon ▽千葉茂樹訳書リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/schiba.htm                                 (佐藤淑子)
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●トークイベント連動レビュー●

◆日常にきらりと輝きをくれる詩たち◆ 『どれがいちばんすき?』 ISBN 978-4001112610 Amazonで検索する:ISBN  Amazonで検索する:書名と作者名 『こうえん』 ISBN 978-4001112627 Amazonで検索する:ISBN  Amazonで検索する:書名と作者名 ジェイムズ・スティーブンソン文・絵/千葉茂樹編訳 岩波書店 定価各1,100円(本体) 2017.03 48ページ (詩集絵本 "Corn Book" シリーズ7冊から選んだ46編の詩を2冊にまとめた                        日本版オリジナルアンソロジー) ★2017年やまねこ賞絵本部門大賞受賞作品 『どれがいちばんすき?』の表紙には、パンやケーキ、クッキーなど、かわいらしい イラストが散りばめられ、裏表紙の色が水色。『こうえん』の表紙は、色とりどりの 花が並ぶ花屋さんで、裏表紙は若草色だ。1編につき見開き2ページを使い、詩ごと に語り口や文字のデザインを変えた文章に、ペンで軽やかに描き、水彩の淡い色を付 けたイラストが添えられている。どのページを開いても、まるで一枚の絵画のように 美しい。小ぶりで軽いサイズは、手に持って読むのにぴったりだ。我が家では、7歳 の娘のベッドサイドが定位置で、寝る前に数編読み聞かせるのが習慣になっている。 楽しかった日はもちろん、叱り過ぎてしまった日は特に、この詩集に助けられている。 娘との距離が縮まるように、丁寧に言葉を追う。身近なものや風景から生まれた、あ たたかな詩たちは、どんな日も笑顔で終わらせてくれる力を持っている。  私が特に好きなのは、「バスケット屋さん」。左のページに昼間の、右のページに 夜のバスケット屋さんのイラストを載せて対比した作品で、人物も背景も描かないシ ンプルさが、昼のにぎわいと夜の静けさを際立たせている。通りの雑踏や、お店を営 む人の人生をあれこれ想像して、いつまででも見飽きない。娘のお気に入りは、アイ スクリームを題材にした、「どれがいちばんすき?」。おいしそうなイラストと、 「どれがいちばんすき? すぐになんか こたえられない ぜーんぶ たべてみなく ちゃね」という、甘やかすような優しい言葉が、読むたびに心を溶かしてくれる。  どの詩も文章が素晴らしく、最初から日本語で書かれていたかのような自然な訳な のだが、千葉さんの講演を拝聴して、さまざまな工夫のたまものだったことを知り、 感銘を受けた。また、この2冊の詩集が刊行されるまでには、20年の歳月を超える千 葉さんの尽力があったという。素敵な詩を日本の読者に届けてくださった千葉さんに、 心からの感謝をお伝えしたい。生きることの面白さ、愛おしさに光を当てたスティー ブンソンの詩が、多くの人の心を明るく照らしてくれますように。
【文・絵】ジェイムズ・スティーブンソン(James Stevenson):1929年ニューヨー ク生まれ。米国の雑誌 "The New Yorker" でイラストレーターを務め、2000点近い挿 絵や1コマ漫画を描いた。絵本作家としても100冊を超える作品を創作している。邦 訳されたものに、『あたまにつまった石ころが』(キャロル・オーティス・ハースト 文/千葉茂樹訳/光村教育図書)などがある。2017年に87歳で永眠した。 【編訳】千葉茂樹(ちば しげき):本誌本号「レポート」参照。 【参考】 ▼ジェイムズ・スティーブンソン追悼記事(The New York Times ウェブサイト内) https://www.nytimes.com/2017/02/23/arts/james-stevenson-dead-new-yorker-cart oonist.html ▽本誌2017年12月号「特集:第20回やまねこ賞」 http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2017/12.htm#tokushu                                (山本真奈美)
◆スピニー通りで謎ときを!◆ 『スピニー通りの秘密の絵』ローラ・マークス・フィッツジェラルド作/千葉茂樹訳 あすなろ書房 定価1,500円(本体) 2016.11 296ページ ISBN 978-4751528631 "Under the Egg" by Laura Marx Fitzgerald Dial Books, 2014 Amazonで検索する:ISBN  Amazonで検索する:書名と作者名  ニューヨークのおしゃれな家が並ぶスピニー通りで、母と祖父と一緒に暮らす13歳 の少女セオ・テンペニー。画家でメトロポリタン美術館の警備員でもある祖父の手ほ どきを受け、幼いころから本物の絵に囲まれて育ってきた。ところが、突然の事故で 祖父を失い、生活は一変してしまう。遺されたのは、時代に取り残されたようなおん ぼろ屋敷とわずかな現金、そして「卵の下を探せ」という謎の言葉だけ。心を病んだ 母を抱え、これからどうやって生きていったらいいのだろう。藁にもすがる思いで、 セオは祖父の遺した言葉の意味を探ろうとする。  テンペニー家には毎朝恒例の儀式があり、庭で飼っている鶏が産んだいちばん形の いい卵をアトリエの炉棚に捧げていた。この炉棚の上にあった祖父の絵に、セオは誤 って消毒アルコールをかけてしまう。すると表面の絵の具がはげ、なんと下から古い まったく別の絵が現れたのだ! どうやらルネサンス期の巨匠ラファエロの描いた聖 母子像らしい。これを売れば生活苦から抜け出せるかも。一方で疑問が頭をもたげる。 なぜそんな貴重な絵がここにあるのだろう。贋作か、ひょっとしたら祖父が盗んだの かもしれない。たったひとりで悩んでいたセオは、ひょんなことから同じスピニー通 りに住む有名俳優の娘ボーディと出会い、一緒に謎を追うことに……。  1枚の絵をめぐってテンポよく展開するストーリーに、ページを繰る手が止まらな い。ラファエロの絵にまつわる秘密、第2次世界大戦中に特殊任務についていた祖父 の過去など、謎が謎を呼び、歴史をさかのぼる壮大なミステリーへと発展する。そし て、謎ときの面白さもさることながら、なんと言っても読み手の心をつかんで離さな いのが、主人公セオとボーディの絶妙なコンビだ。かたや図書館で専門書を読みあさ る美術通。かたやインターネットを駆使する怖いもの知らずの現代っ子。まったく対 照的なふたりが、大人顔負けの推理力と行動力でニューヨーク中を駆けめぐる。脇を 固める個性豊かな大人たちとの軽妙なやりとりがまた小気味いい。一匹狼だったセオ は、謎ときをきっかけに少しずつまわりに心を開いていく。セオが卵の下に見つけた もの。それは、かけがえのない仲間だったのかもしれない。
【作】ローラ・マークス・フィッツジェラルド(Laura Marx Fitzgerald):米国生 まれ。ハーバード大学とケンブリッジ大学で美術史を専攻した後、本作品で作家とし てデビュー。同じく美術をテーマにした作品 "The Gallery" が2016年に刊行されて いる。現在、夫とふたりの子どもとともにニュージャージー州で暮らしている。 【訳】千葉茂樹(ちば しげき):本誌本号「レポート」参照。 【参考】 ▼ローラ・マークス・フィッツジェラルド公式ウェブサイト https://www.lauramarxfitzgerald.com/ ▼作品・作者紹介ページ(Penguin Random House ウェブサイト内) https://www.penguinrandomhouse.com/books/313482/under-the-egg-by-laura-marx -fitzgerald/9780142427651                                (手嶋由美子)
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●お知らせ●

 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。
こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。
http://www.yamaneko.org/info/order.htm

           ・☆・〜 次 号 予 告 〜・☆・  2月中旬に、ニューベリー賞・コールデコット賞・プリンツ賞の発表にともなう号 外を発行する予定です。どうぞお楽しみに!
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PR      ★☆メールマガジン『海外ミステリ通信』 隔月15日発行☆★           http://honyakuwhod.blog.shinobi.jp/ 未訳書から邦訳新刊まで、あらゆる海外ミステリの情報を厳選して紹介。翻訳家や 編集者の方々へのインタビューもあります!    〈フーダニット翻訳倶楽部〉
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●編集後記●日頃はオンラインで活動し、交流を深めているやまねこ翻訳クラブ会員 たち。20周年を機に各地から集まり、思いをひとつにした時間は、かけがえのないも のになりました。その感動をぜひとも形にして残したい、会場に来られなかった会員 やメルマガ読者の方々にもお届けしたいと、イベントの興奮冷めやらぬうちに本号の 発行が決定しました。イベントの企画、準備から本号の編集、発行に至るまで、ご協 力くださった多くの方々に心から感謝申し上げます。(ひ)
発 行 やまねこ翻訳クラブ 編集人 平野麻紗/三好美香(やまねこ翻訳クラブ スタッフ) 企 画 牛原眞弓 佐藤淑子 手嶋由美子 ないとうふみこ 古市真由美 森井理沙     山本真奈美 山本みき 協 力 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内     20周年企画実行委員一同(やまねこ翻訳クラブ会員有志)     winter キジトラ くらら ながさわくにお みちこ MOMO
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